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16話


「おい」


俺は拳を握りしめた。


チンピラたちが振り向く。

薄暗い路地に三つの影。

月明かりが剣の鞘を鈍く照らしてる。


「あ?何だテメェ」


リーダー格の男が俺を値踏みするような目で見た。

ボロい服、疲れた顔、何もかもが落伍者の俺を見て鼻で笑う。


「関係ねぇだろ、失せろ」


別の男が腰の剣に手をかけた。

脅しのつもりか。


俺は一歩前に出た。

石畳を踏む音が路地に響く。


「その女、離せ」


「はぁ?」


リーダー格の男が信じられないという顔をした。

そして次の瞬間、ニヤリと笑った。


「おいおい、正義の味方気取りか?」


男が仲間を見て肩をすくめる。

「見ろよこいつ。ボロッボロじゃねぇか。どこの落伍者だ?」


仲間たちが下卑た笑い声を上げる。

女の子は壁に押し付けられたまま震えてる。

金髪のツインテールが恐怖で小刻みに揺れてた。


チンピラの一人が俺に近づいてくる。

酒臭い息が漂ってきた。


「テメェ、誰に口きいてんだ」


「知らねぇよ。ただのチンピラだろ」


男の顔が歪んだ。

プライドを傷つけられたらしい。


「舐めてんのか、ああ?」


男が俺の胸倉を掴もうとした。

汚ねぇ手が伸びてくる。


その瞬間――


俺の体が勝手に動いた。

久しぶりの感覚。

血が熱くなる。


俺の拳が男の顔面に炸裂した。


「オラァ!!」


バギィ!

硬い手応え。

鼻の骨が砕ける感触。


男の体が糸の切れた人形みてぇに吹っ飛ぶ。

路地の壁に激突。

ズルズルと崩れ落ちる。

動かない。


「な…!?」


残り二人が慌てる。

さっきまでの余裕が消えた。


「て、てめぇ…!」


一人が震える手で剣を抜いた。


「ぶっ殺してやる!」


(……武器持ちか)


いいぜ。かかってこい。


男が剣を振り上げる。

素人丸出しの大振り。

遅い。

話にならねぇほど遅い。


横に体をずらす。

剣が空を切る。

そのまま踏み込んでカウンター。


拳が男の顎に入る。


「ぐはっ…!」


いい音がした。

男の意識が飛ぶ。

膝から崩れ落ちる。

剣がカランと音を立てて転がった。


残り一人。

最後の男は既に腰が引けてた。

後ずさりながら震える手で何かを構える。


「く、くそ…!」


男が必死の形相で叫んだ。

「ファイアボール!」


呪文を唱える。

魔法か?


「……あれ?」


何も起きなかった。

男の手は空を切るだけ。

炎の欠片すら生まれない。


「え…!?な、なんで…!?」


男が目を見開く。

信じられないという顔。


混乱してる男に飛びかかる。

距離を一瞬で詰める。

顔面を殴る。


「おらぁ!!」


拳が顔の中心にめり込む。

男が吹っ飛んで地面を転がる。


だが俺は止まらなかった。

無心だった。

何も考えてない。

ただ殴る。


この数日間の鬱憤。

溜まりに溜まった怒り。

全部ぶつける。


一人目が意識を取り戻して起き上がろうとする。

顔面を蹴り飛ばす。

また沈む。


二人目が這いずって逃げようとする。

背中を踏みつける。

うめき声を上げる。


三人目がまだ呻いてる。

もう一発、顔面に拳を叩き込む。


「クソが!クソが!!」


拳を振るうたびに何かが晴れていく気がした。

でも同時に虚しさも募る。


気づけば三人とも動かなくなってた。

完全に沈黙。


「…はぁ、はぁ…」


息が荒い。

心臓がバクバクいってる。

久しぶりに体を動かしたからか。


拳を見る。

血がついてる。

指の関節が赤く腫れてる。

自分のか相手のか分からねぇ血が滴ってた。


(……ちょっと、やりすぎたか)


チンピラたちはピクリとも動かない。

死んではいねぇだろうが、しばらく起きねぇだろう。


路地には俺の荒い息遣いだけが響く。


(……何やってんだ、俺)


こんな雑魚ボコしても虚しいだけだ。

こんな奴らに勝ったところで何も変わらない。


「す、すごーーーい!!」


突然の歓声に我に返った。

女の声。


そうだ、女が襲われてたんだ。

すっかり忘れてた。


振り向くと女の子が目をキラキラさせて俺を見てる。

さっきまでの恐怖はどこへやら。

興奮した様子で飛び跳ねてた。


「すごいよ、お兄さん!一瞬で三人もやっつけちゃった!」

「めちゃかっこいいんだけど!」


「……すごくねぇよ」


俺は拳の血を服で拭いた。

鉄の匂いが鼻につく。


「ただチンピラ相手に調子乗っただけだ」


「チンピラじゃないよ!」


女の子が力説する。

「あの人たち、冒険者だよ!しかも結構ランク高い人たちだったのに!」


「……そうかよ」


どうでもよかった。

冒険者だろうがチンピラだろうが。

結局俺は、パーティをクビになった落伍者だ。


「一人で暗ぇ路地歩いてんなよ」

俺は踵を返した。


「こんな時間に出歩くな。気をつけろ」


そう言って去ろうとする。


「待って待って!」


女の子が素早く俺の前に回り込んだ。

フリフリのスカートが揺れる。


「お兄さん、何者なの!?」


間近で見ると、派手な見た目の割に顔立ちは整ってる。

大きな瞳が好奇心でいっぱいだった。


「……何者でもねぇ。ただのゴロツキだ」


「ゴロツキさん?」


女の子が首を傾げた。

「優しいゴロツキさんもいたもんですね〜」


女の子がニコニコ笑ってる。

能天気な笑顔だった。


「もういいだろ。俺は行くぞ」


「待って待って待ってお願い!冗談だって!」


女の子が必死に俺の腕を掴んだ。

細い指が俺の袖をぎゅっと握る。


「ねぇねぇ、もしかして、A級…いや、S級冒険者とか?」


その言葉に、カチンときた。


「だからちげぇって言ってんだろ!!」


思わず声を荒げた。

路地に怒鳴り声が響く。


「俺の冒険者ランクはF!最底辺だ!」

握り拳に力が入る。


「魔力もねぇカスだ!ゴブリンにすら勝てねぇ雑魚だ!二度と言わせんな!」


女の子がビクッと体を震わせる。

目を丸くして俺を見上げた。


「またまたぁ、謙遜しちゃって〜」


茶化そうとしたが俺の真剣な空気を察したのか口を閉じた。

笑顔が消える。


「……え、本当なの?」


「本当だっつってんだろ」


「でも、それって…」


女の子が眉をひそめた。

「おかしいよ」


真剣な顔になった。

さっきまでの能天気な雰囲気が消える。


「さっきの三人、知ってる」

女の子が倒れてる男たちを見た。


「落ちぶれたとはいえ、リーダーの人は元A級冒険者」

「他の二人もB級冒険者だよ!?」


「うぜぇ、またかよ!」


俺は拳を握りしめた。

爪が掌に食い込む。


「なんなんだよこの世界の人間は!」

苛立ちが募る。


「いつもいつも、ランクがどうだ、魔法がどうだって!」

「俺はただ喧嘩が得意なだけだ!他にはなんもねぇんだよ!」


「違うの!」


女の子が俺の前に立ちはだかった。

真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。


「あなたが真剣に言ってることも伝わったから、あたしも真剣に話してるの!」


「お兄さんが喧嘩強いのはわかるよ、わかるんだけど…」

女の子が大きく息を吸った。


「それだけじゃ説明がつかないの!」

「魔法が使えないのに、魔法使いに勝てるのがあり得ない話なんだよ!」


声に熱がこもる。


「ランクの差も、一つ違うだけで天と地ほどの差があるの!」

「ましてやFランクがA級に勝つなんて…!」


「知らねぇよ」

俺は女の子を睨んだ。


「勝てちまったんだからしょうがねぇだろ」

「理屈なんか知るか」


「だから、それが凄いんだって!」


女の子が一歩前に出た。

俺との距離が縮まる。


「あ、ごめん。自己紹介がまだだった」


急に調子を変えて、ぺこりと頭を下げた。


「あたし、リリィ・ベルフラワー」

顔を上げてにっこり笑う。


「これでも王立魔法学院を首席で卒業した、結構できる魔法学者なんだ!」


得意げに胸を張る。


「専門は魔力理論と異常現象の研究!」


「だから?」


「だから!」

リリィが目を輝かせた。


「お兄さんの存在が、すっごく興味深いの!」


「助けてくれてありがとう。本当にありがとう」

深々と頭を下げる。


「ありがとうついでに、お兄さんのこと教えて欲しいなー、なんて」

上目遣いで俺を見る。


「くだらねぇ」


俺は踵を返した。

こんな話に付き合ってる暇はねぇ。


「待ってお願い!」


リリィが慌てて俺の腕を掴む。

必死の形相だった。


「お礼!そう、お礼させて!」

「命の恩人に何もしないなんて、リリィのプライドが許さない!」


俺の前に回り込む。

「うち来ない?ご飯だけでもご馳走させて!」

「美味しいもの、いっぱい作るから!」


「…………」


釈然としねぇ。

関わりたくねぇ。


でも。


腹が鳴った。

情けねぇ音が路地に響く。


金がねぇのは事実だ。

ポケットには銅貨三枚しかない。

明日の飯も買えねぇ。


プライドと空腹。

天秤にかけるまでもなかった。


背に腹は変えられねぇ。


「……チッ」

舌打ちが漏れた。


「しゃあねぇな」


(神崎といい、こいつといい、なんなんだ?)

(それに、チンピラも結局魔法なんか使わなかったじゃねえか。)


リリィが嬉しそうに笑ってる。

満面の笑みだった。


「やった!じゃあ、こっちこっち!」


「あ、そうだ。お兄さんの名前は?」


「……鬼塚剛だ」


「ゴウさんね!いい名前!」


リリィが俺の手を引く。


「うち、すぐそこだから!」

「美味しいシチュー作ってあげる!」


(……あー、腹減ったな)

(シチュー、か)

(いつぶりだろう、温かい飯)


俺はリリィについて行った。


倒れたチンピラたちを一瞥する。

まだピクリとも動かない。


月明かりが、静かな路地を照らしていた。

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