14話 追放
気づいたら、ベッドの上にいた。
体が鉛のように重い。
頭にもやがかかったようで、思考がまとまらない。
ぼんやりと天井を見上げる。
木造の、簡素な天井。
(ここは……?)
記憶を手繰り寄せる。
どれくらい気を失っていたのか。
パーティはどうなった?
オーガは――
何も分からない。
起き上がろうとした時、扉が開いた。
「あ、よかった!」
ルナだった。
安堵の表情を浮かべている。
「鬼塚さん、目を覚まされたんですね!」
「……どのくらい寝てた?」
喉がカラカラだった。声が掠れる。
「丸二日は起きなかったんですよ」
ルナが水差しを持ってきてくれた。
冷たい水が喉を潤す。
「心配しました……」
「二日……」
水を飲み干してから、俺は聞いた。
「オーガはどうなった?」
ルナの表情が曇る。
「……討伐には、失敗しました」
「……は?」
耳を疑った。
「お前らが負けたってのか? 圧倒してたじゃねぇか」
「何があったんだ?」
「それが……」
ルナが言葉を濁す。
「私も、間違いなく圧倒していたと思っていたのですが……」
俯きながら、震え声で続けた。
「鬼塚さんが倒れた後、オーガが……急に、本気を出したんです」
「本気……?」
「はい……黒い炎が復活して、力も、速さも、全てが桁違いになって……」
「神崎さんも、ガルドさんも、セリアさんも、一瞬で吹き飛ばされて……」
「私が逃げましょうと叫んで、鬼塚さんを担いで、なんとか……」
ルナの目に涙が浮かんでいた。
「ごめんなさい……私、力不足で……」
ガチャ。
扉が開いた。
神崎が入ってきた。
「やあ、起きたのかい?」
軽い口調だが――
神崎の腕には包帯が巻かれていた。
顔にも生々しい傷跡がある。
「呑気に二日も寝やがって」
冷たい目で俺を見下ろす。
「話がある。来いよ」
「鬼塚さんは、まだ起きたばかりなんです!」
ルナが立ち上がった。
「無茶はよくないかと……」
「こいつのせいで、僕たちは散々な目に遭ってるんだよ!」
神崎が声を荒げた。
「二日寝かせてやってるだけでも、ありがたいと思ってくれないかな?」
「早く来いよ」
そう言い残して出て行った。
重い体を引きずってホールに向かうと、ガルドとセリアがいた。
ガルドの額には包帯。
セリアの腕は三角巾で吊られている。
二人とも、不機嫌そうな顔をしていた。
(……マジで、ボコられたんだな)
「悪いな、早々にぶっ倒れて」
俺は頭を下げた。
「どうなった?」
「どうなった、だと?」
神崎が鼻で笑った。
「この空気で察してもらえないかな?」
テーブルを叩く。
「失敗だよ! 足手纏いの誰かさんのせいでね!」
「……」
「お前が囮として役立たずだったせいで、僕が前に出ることになったんだよ」
神崎が俺を睨みつける。
「おかげで、こんな怪我だ」
「お前のせいで回復が分散したのよ」
セリアが冷たく言い放つ。
「ルナがあんたの治療に魔力を使ったせいで回復が足りなかったわ」
「いえ、そんなことは!」
ルナが必死に反論する。
「私は、戦闘中も全力で回復を……」
「あんたは黙ってて!」
セリアがルナを睨みつけた。
「……」
ルナが黙り込む。
「それに二日も寝込むとか、軟弱にもほどがあるわ」
「私たちは半日で復帰したのに」
「ほんと愚図ね」
セリアが鼻で笑った。
「つーか、お前のツラ見ると、むしゃくしゃするぜ」
ガルドが拳でテーブルを叩いた。
「もっと持ち堪えろよ! オーガにボコられたのも、全部お前のせいだ」
「……」
俺は何も言えなかった。
「率直に言うと」
神崎が俺を見た。
「もう君、パーティやめてくれないかな?」
「いや、やめろ」
「クビだ」
「……」
「足手纏いなんだよ」
「魔法が使えない奴は、やっぱり無理だったね」
神崎が嘲笑を浮かべる。
「正直、いない方がマシだね」
「お前がいなければ、楽に倒せたのに」
セリアが冷たく言った。
「荷物持ちなんて、誰でもできるわ」
「……そうかよ」
俺は拳を握りしめた。
「悪かったな」
チャリン。
神崎が銀貨一枚を投げた。
床に転がる。
「荷物持ちの報酬だよ」
「お疲れさま」
神崎が笑った。
俺は銀貨を拾わずに、そそくさと立ち去った。
どうでもよかった。
むしろ、速攻ぶっ倒れて迷惑かけて、パーティにいられるような図々しい真似はできない。
何より――
不甲斐ない自分が、許せなかった。
拳を握りしめる。
(……俺、何やってんだ)
「鬼塚さん!」
ルナの声が後ろから聞こえた。
「待ってください!」
俺は立ち止まらなかった。
歩き続ける。
「本当に、鬼塚さんのせいではないんです!」
ルナが必死に叫ぶ。
「でも、みんな聞いてくれなくて……」
「やめてくれ」
俺は立ち止まった。
「惨めになる」
「でも……」
「世話になった」
俺はまた歩き出した。
ルナの声が遠くなる。
もう、何も考えられなかった。
ただ歩いた。
宿を出て、街を歩く。
行く当てもない。
考えることもない。
ただ、歩いた。
夕暮れの街。
人々が行き交う。
笑顔で話している。
家族で歩いている。
冒険者が酒場で笑っている。
俺は――
一人だった。
ベンチに座る。
空を見上げる。
茜色に染まっていく。
(俺、何やってんだ)
異世界に来て、もうすぐ二ヶ月。
女神に転生させられて、冒険者になって、パーティに入って――
そして、クビになった。
「……最悪だな」
何のために、ここにいる?
何のために、生き返った?
分からない。
空が暗くなっていく。
星が見えてきた。
俺は、ベンチに座ったまま、夜を迎えた。




