13話
神崎が先陣を切り、重厚な扉を押し開いた。
中は異様に広い空間だった。
天井は高く、松明の光が届かないほど。石造りの円形闘技場のような造り。
そして――
その中央に、それはいた。
巨大な人型の影。
いや、人ではない。鬼だ。
身長は優に三メートルを超える。
筋骨隆々とした体躯は、まるで岩を削り出したよう。
背中には人間の胴体ほどもある金棒が背負われている。
そして、その顔――
額から生えた二本の角。
鋭く尖った牙。
血のように赤い瞳が、こちらを見据えていた。
「……。」
それはゆっくりと口を開いた。
「人肉か」
低く重い声が、空間に響き渡る。
「久方ぶりの馳走だな」
こいつ――喋りやがった。
「オーガ……」
ガルドの声が震えている。
「まさか、オーガが出てくるとは……」
セリアも冷や汗を流していた。
「しかも、かなりの上位個体ですわ」
「なんで分かるんだ?」
俺は最後尾から尋ねた。
「知性が高いほど、より強力な個体なんです」
ルナが青ざめた顔で答える。
「このオーガは人語を話しました……つまり……」
ルナの手が杖を握りしめて震えている。
(こいつら、相当ビビってやがる)
(それほどヤバいモンスターなのか……?)
「まさに試練だね……」
神崎が剣を構える。
だが次の瞬間、神崎は笑った。
「でもさ、僕らAランク依頼なんて楽勝だったじゃん?」
「トロールだって瞬殺してきたんだ。Aランクダンジョンなんて、目じゃないって!」
オーガが牙を剥いて笑う。
「別れの挨拶は済ませたか?」
「さあ、喰らってやる。順に並べ」
「それとも……少しは楽しませてくれるか?」
「勇者の実力も分からないようじゃ、君も大したことないよね!」
神崎が叫んだ。
「挨拶代わりだ! セラフィックアロー!!」
神崎の手から光の矢が放たれた。
高速でオーガの額を狙う――
ガキィィィン!!
火花が散った。
「え……!?」
「魔法障壁…!?」
ルナが叫ぶ。
「それも、かなり重厚です!!」
オーガが哄笑した。
「がはははは!! なんだ、その軟弱な技は!」
「どうやら本当に、ただの馳走がやってきたようだな」
オーガがゆっくりと拳を構える。
「挨拶というのは――こうやるのだ」
「グオアァァァァ!!!」
咆哮と共に、ドス黒い覇気が爆発的に広がった。
「うわあああ!!」
神崎が吹き飛ばされ、壁に激突する。
「ぐはっ……!」
さらに――
オーガが遠くで拳を振るう。
ただそれだけ。
だが直後――
「ぐおあっ!!」
ガルドが見えない衝撃波に殴られたように吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「ガルドさん!!」
ルナが駆け寄る。
(おいおい、マジかよ……)
(咆哮だけで神崎が吹っ飛び、拳を振るっただけでガルドが壁に……)
「ははは、愉快だな」
オーガが楽しそうに笑っている。
「身の程知らずの童どもに、冥土の土産だ」
オーガの周りに黒い炎が浮かび上がった。
禍々しくゆらめいている。
「ヘルブレイズ……」
セリアが震え声で呟く。
「最上位クラスの炎魔法……」
「ガハッ……パワーも半端じゃねぇぞ……!」
ガルドが血を吐きながら呻いた。
「……おい、神崎」
俺が声をかける。
「やれんだろ?」
「あ、当たり前でしょ?」
神崎の声は明らかに震えていた。
「トロールだって瞬殺してきたんだ。負けるわけないだろ、囮くん」
「ふん」
俺は拳を握りしめた。
「んじゃ、ちょっくら行ってきますか」
「剛さん……!」
ルナが心配そうな顔をしている。
(なに心配そうな面してんだ)
(イラつかせやがるぜ)
俺はオーガに向かって歩き出した。
「おう、オーガさんよ」
真っ直ぐに。正面から。
「強ぇんだって?」
オーガが俺を見下ろした。
「我と対峙して、何も感じぬとは。もはや哀れだな」
「楽にしてやろう」
「囮だってのに、なんで真正面から行くんだよ!!」
神崎が叫ぶ。
「ほんと役立たずだな!!」
「まずいです!! 身体強化!!」
ルナが杖を向ける。
俺はオーガを睨みつけた。
「ぶっ殺す」
「死ね。ヘルブレイズ」
オーガが黒い炎を放つ。
だが――
「……はん?」
バギィ!!
俺の拳がオーガのボディにめり込んだ。
「グッ!!」
オーガが怯む。
「……ほう」
オーガの瞳がわずかに細くなった。
いつの間にか、オーガの周りにまとわりついていた黒い炎が消えていた。
魔法障壁とやらの気配も、まるで感じねぇ。
オーガが一歩、後ろへ下がる。
赤い瞳がじろりと俺を観察してやがる。
「……なるほど。妙な力よな」
オーガが低く呟いた。
「勇者は、貴様か」
「ちげぇよ、バカが」
俺はもう一発、ボディに拳を叩き込む。
オーガが腹を抱える。
そこに顔面へ飛び膝蹴り。
まともに入った。
ラッシュでたたみかける。
左、右、左、右――
「図に乗るな!!」
オーガの腕に薙ぎ払われ、横に吹き飛ばされた。
ガードは間に合ったが、パワーは段違いだ。
「ぐっ……」
地面を転がる。
「貴様の能力は把握したぞ」
オーガが背中の金棒を手にした。
「油断はしない」
オーガが金棒を構える。
(来る……!)
金棒に気を取られた瞬間――
前蹴りが腹にめり込んだ。
「がっ……!!」
壁に叩きつけられる。
肋骨が軋む。
(くそ……金棒はフェイクか……!)
オーガがゆっくりと歩いてくる。
俺は遠くで眺めている神崎たちに叫んだ。
「いつまでビビってんだ!!」
「やれるんじゃねぇのかよ!!」
「さっさと来いや!!」
「……みなさん、行きましょう!!」
ルナが叫ぶ。
神崎たちがようやく動いた。
「奥義、セラフィックストリーム!!」
無数の光の剣がオーガを襲う。
「グッ……!」
オーガが怯む。
「ファイアブラスト!」
セリアの炎がオーガを包む。
「おらぁ!!」
ガルドの斧がオーガの肩に傷を刻む。
「ブレスオブライト!!」
ルナの補助魔法が全員を包んだ。
「ぐぅ……」
オーガが膝をつく。
「効いてる!!」
神崎が歓喜の声を上げた。
「はは、効いてるよ!! やっぱり、女神の加護のある僕に倒せないわけないんだ!!」
「ぐっ……遅ぇよ……」
俺は何とか立ち上がる。
「だってさ、あんな愚直に真っ直ぐ向かっていってさ」
神崎が俺を見た。
「馬鹿なの? 即死かと思ってたんだよ」
神崎たちがさらにたたみかける。
だが――
オーガがゆっくりと顔を上げた。
その赤い瞳は怒りで満ちている。
(……ボコられてブチギレてやがるな)
次の瞬間、オーガの視線が俺に移った。
「勇者よ……愚策であったな」
低く吐き捨てる。
「貴様は初から後方に陣取るべきだったのだ」
「グオオオオオ!!!!」
咆哮と共に衝撃波が神崎たちを吹き飛ばす。
「うわあっ!!」
そして――
オーガが俺に向かって突撃してきた。
(くそっ……!)
(体が動かねぇ……!)
(避けきれねぇ……!)
薙ぎ払われた金棒が直撃した。
「がっ……!!」
俺の体が吹き飛ぶ。
ドゴォォォン!!
壁に激突。
視界が真っ暗になった。
意識が遠のいていく。
(くそ……まだ……まだ終われねぇ……)
だが――
俺は、気を失った。




