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これで最後

作者: 夕月ねむ

 この子と会うのはこれで最後。そう思って送り出したはずだった。


 可愛い弟子だ。本当は手放したくなんてない。もっとたくさんいろんなことを教えてやりたかった。けれど、もう限界だ。これ以上一緒に居れば、私が普通ではないことを気付かれる。


 まだ若い愛弟子が、どうか良い人と出会って、楽しく暮らせますように。私はそう祈っていたのに。







「……なんで戻ってきてるの」

 朝食後、畑に出たら弟子がいた。

「あ、師匠。おはようございます」

「おはようじゃないのよ。どうしてここに居るの」


「え、だって。僕が居ないと誰が師匠の面倒を見るんですか?」

「自分のことは自分でできるわよ!」


「できてないですよね?」

 三日前に旅立ったはずの弟子は、ずいっと私に顔を近付けてきた。


「寝癖直せてませんよ。と言うか、直そうという努力しました? そもそも、ブラッシングしてます?」


「そんなことどうでもいいのよ」

「良くないですよ! 師匠の髪、こんな綺麗な髪は滅多にないのに! 全然、自分で管理できないじゃないですか!」


 世話好きな弟子は私の腕を掴むと家の中に連行した。

「あー! 皿洗ってない。いつのですかコレ!」

「今朝よ、今朝。後でやろうと思ったの」


「ちょっとそこ座っててください」

 私を椅子に座らせると、皿を洗い始めた弟子。後でいいと言っても聞きやしない。


「食料は? ちゃんとありますか。今朝は何を食べたんです?」

「ええと……昨日採ったトマトとパンとチーズ」


「それ、全部そのまま囓っただけでしょう。料理って知ってます?」

「知ってるわよ、失礼ね!」

「じゃあ、スープを作るとか肉を焼くとかしましょうよー」


 弟子は家の収納を勝手にあちこち開けた。

「うわ、生肉どころか、ベーコンもソーセージも卵も無い!」


「明日か明後日には行商人が来るわよ」

「あと二日も野菜とパンで過ごすつもりだったんですか!? いや、これ、パンも足りなくなるでしょう……」


「あのねぇ。あなたはここを出て行ったはずなのよ?」

「出て行けるわけがないでしょう。そういうことはまともな生活ができるようになってから言ってください」


 じとっとした目を向けられ、ちょっと怯んだ。でも、ここで譲るわけにはいかないのだ。


「だめよ。お願い。もう出て行って。私はひとりになりたいの」

「……それって、師匠が年を取らないからですか」


 気付かれていた。いつから。私の顔からは血の気が引いて、座っていなければふらついていたかもしれなかった。


「すみません。そんな顔をさせたかったわけじゃないんです」

 弟子は私の近くまで来ると、屈んで視線を合わせてきた。


「師匠。あなたが何者か、聞くなと言うなら聞きません。でも、どうかそばに居させてください。僕は短命な人間かもしれない。けど、師匠の近くに居たいんです」


「絶対、後悔するわ」

「僕はしません」

「普通の女の子を好きになるかもしれないじゃない」


「僕が好きなのは師匠ですから」

 真っ直ぐな目でそんなことを言われて、流石に照れる。


「……馬鹿な子」

「馬鹿で構いません。そばに置いてください」


 つうっと頬を涙が流れ落ちた。

「師匠!?」

「ごめんなさい、泣くつもりじゃ」


 本当は寂しかった。昔の魔法の事故で年を取れなくなった私は、いつまで生きるかもわからない。人恋しくて弟子を取り、魔法を教え、けれど長くは一緒に居られない。寂しくて、悲しくて。


「師匠。僕がここに居るの、そんなに迷惑ですか?」

「……違う。違うの。本当は……」


 私は泣きじゃくりながら、自分の事情を話した。

「じゃあ、僕の寿命を延ばすか、師匠が年を取れるようになれば解決ですね! 僕、頑張って研究します!」


「なんでそんなに前向きなのよ」

「だって。話してくれたってことは、僕はここに居てもいいんでしょう?」


 誰もそんなことは言っていない。言っていないけれど。もうこれ以上、独りは嫌だ。そう思った。






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― 新着の感想 ―
めっちゃ面白くて夢中で最後まで見れました。ささやかながらブクマと評価、お気に入りユーザーにも登録しましたので、応援しています!これからも読ませてもらいます。お互い頑張りましょう!
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