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08.bloody lord2

08.bloody lord2


 ソファーに腰を掛けたナイの額にサラの手の平があてられる。優しい光がサラの手の平からナイの身体へと流れ込み、ナイの疲弊した身体の内側を癒してくれる。

 ナイは両目を閉じて、サラの優しい魔法に目尻から涙が零れた。

「ナイ、頑張ったのね」

 サラが優しく微笑み、ナイに言葉をかける。

「頑張れたかな、僕……」

「ナイは何時だって頑張ってるじゃない。私はそう思ってるわ」

「……僕は……間違えてばかりの気がするんだ」

「ナイ、少し眠った方が良いわね」

 サラは疲労軽減の治療魔法と、睡眠導入効果を持つ魔法を合わせて使用した。

 ナイは両目を閉じたまま、ゆっくり眠りに落ちていく。ソファーの背もたれに身体を預けて眠るナイを横目にアサギは眉を下げた。

「…………」

 ナイの消耗は予想外の敵とアサギの力不足が原因だとアサギは思っている。魔法使いは己の体内の魔力を外へ放出しているもの。

 それを行使することで体内の様々な臓器に負担をかけるのが魔法使いについて回る代償。アサギとて強化魔法の使用で身体の内部に負担をかけた。

「さて、アサギ君の脚を治すわね。お待たせしました」

 ニッコリと優しい笑みを浮かべて、サラはナイの隣に座るアサギの前に来て跪く。

「も、申し訳ありません……お手数を……」

 自分の利き足に手をあてて、魔力で状態を診てくれるサラにアサギは申し訳なく思った。攻撃魔法はある程度、学んではいるのだが治療魔法はアサギには不得手だった。

 使えないわけではないが、幼い頃から方々に向いていないと断言されている。アサギの他者を重んじる性格なら使えて良い筈なのに、と言われてきた。

 魔法は精神が深く関係している為、性格で使える魔法の種類が変わっていく。他者に攻撃的な人格では治療魔法は上手く使えない。

 治療魔法を使うには他者を思える性格と、最低限の医療知識が必要とされる。更には外傷と内部の治療も片方のみ出来れば、両方兼任して出来る者もいるなど治療魔法は複雑で難しい魔法だ。

 そこに薬学など入れて扱える治療魔法使いは稀少である。

 アサギは己が治療魔法をまともに扱えないことに落ち込む。使えればナイを癒してやれたのに。

「……あの、サラ様」

「……ん? どうしたの? アサギくん」

「サラ様の見立てでも私は治療魔法に不適格なのでしょうか……」

「……アサギくん……」

 アサギの暗く沈んだ表情と落ち込む言葉に優しいサラはどう答えてやれば良いか、言葉に詰まる。二人の会話を黙って聞いていたカイトは口を開く。

「……向いているかどうかと問えば、向いていない」

「カイくん!」

 はっきりと言い切ったカイトにサラは慌てて彼を窘めるように名前を呼ぶ。

 サラの顔を一瞥し、カイトは言う。

「お前の代わりに言ってる」

「……カイくん……」

「……だからこそ、俺は治療魔法の才能が無いのだろうな」

 彼の言葉にサラは眉を下げ、顔を俯かせる。

「くらーい面ネエ?サラ」

 ぴょこぴょこと変な足音をさせながら、不思議な生き物ラピンが歩いて来る。長い耳が大きく揺れ、どうやって持っているのか片手に棒付きの飴。

 ラピンはマイペースにのんびりな足取りでソファーの背もたれに沈んでいるナイの膝に乗った。

「万能に魔法を使える者は、ほんのひとつまみ。出来ないことを何時までも悩むモノデハナイノヨ」

「……ラピンちゃん」

「けれども、この星に生きる者には最低一つは祝福が与えられてイルと古来から云われているワ。それを古い人間の鼓舞かどうか、決めるのは今を生きるモノ次第」

 ラピンは手に持つ飴を口に入れる。

 独特な話し方で少し分かりにくいが、ラピンは励ましてくれているのだとアサギは感じた。

「……ラピン様、ありがとうございます」

 今持てる技術でナイを、自分のしたいことを出来るように。アサギ達に遠回しにラピンは言っているのだと。

「ラピンちゃん、いつもごめんね。ありがとう」

「なーんのことカシラ?」

 ラピンはナイの膝に乗りつつ、ナイの寝顔を見つめる。

 真ん丸の金色のラピンの目に映ったのはナイ本人が幼い頃より、ラピンが見ている寝顔。悲しい過去の記憶を封じられ、投薬治療を受けていた幼いナイ。

 …………全てはこの子の未来にと思っていたけれど。

 生きている以上、現れる選択肢の正しさなど誰にも分からない。

 ラピンはナイを見た後にアサギの顔を見つめる。

「……ラピン様?」

 視線に気づいたアサギが不思議そうな表情をする。

「なーんでもナイワ」

「そ、そうですか」


 ●


 ────それは、遠い遠い昔。

 白い花びらの群れの中で子供達が駆けて遊ぶ。楽しそうな子供達の声を聴きながら、女性は木陰で腰を下ろしていた。下には大きめの布を敷き、その上に座って女性は遊ぶ子供達を見つめる。

『シンとイシュは何時も一緒に遊んでいるわね』

  女性が微笑む。微笑みを向けた相手は女性の横に座って目を細めて、子供達に視線を向ける。

『あの二人は元気だな』

『そうね。ね、兄様……』

『ん……?』

『私、あのこ達とあの人の為なら命を懸けたって良いと思ってる』

 女性の言葉の後、強い風が吹く。白い花びらが風に乗って無数に舞い踊り、遊ぶ子供達と女性、女性の横に座る男性の銀色の髪を大きく揺らした。

 女性の強い決意を秘めた眼差しと不穏を思わせる言葉に、兄と呼ばれた男性は子供達に視線を向け続けて。

 ────変わらぬ明日が来るという保証はどこにもない。

 彼の心の中の呟きが聴こえる。

 ────この世界は、残酷なのだから。

 その言葉と思いにどんな意味が込められていたのだろうか。石が時折に見せる夢にナイは胸が締め付けられるような来るしさと、遠い日々の記憶に切なさを感じる。

 意識だけの存在になって遠い過去の、誰かの記憶を見るのは初めてではない。

 代々、受け継いできた特別な石。その石には沢山の想いと記憶が宿っている。

 ……勿論、ナイのが失った記憶も。

『ナイさん、その石は過去から今、そして未来へ繋がっています。どうか、未来へ……』

 誰かの声がする。聞き慣れた声だ。石に込められた思いなのか、それとも……。

 ナイは漂うだけの意識となって追憶の中で目を閉じる。

 ────未来。

 それは当たり前に来る明日であって欲しい、と願わずにはいられなかった。


 記憶の場面が変わった。白い花が無数に咲く花畑に独りの女性が立っている。

 銀色の長い髪を風に靡かせて、こちらを真っ直ぐに見ている。

 女性の金色の瞳と銀色の髪はよく覚えている。それはナイの……。


 ●


 ソファーの背もたれに沈み、眠っているナイに軽いブランケットを胸の上までアサギはかけてやる。

 強化魔法で負傷したアサギの脚はサラに治してもらった。サラとカイトは仕事があるとアサギにブランケットを渡して、食堂から出て行った。

 ラピンはナイの横に座って飴を口の中で転がして楽しんでいる。

「……あの、ラピン様……」

 アサギはずっと気になっていた事を思いきってラピンに訊くことにした。答えてくれるか分からない。

 ナイを起こさないように小声で訊いてくるアサギにラピンは首を傾げる。

「……ぬーん?」

 自分の知識と照らし合わせ、アサギは疑問に思っていたことがあった。

「ナイ様とロザリア様が月属性の魔法を使っていたことが気になっていまして……」

 アサギは眉を寄せ、苦しげな表情を浮かべる。言うか言うまいか、まだ悩んでいるのがラピンにも分かり、ラピンは長い耳の片方を動かす。

「現代の社会情況では月属性は禁忌に近いわネエ……?」

 意地の悪い声音でラピンはアサギに確認するように言う。ラピンの言葉にアサギの肩が震える。

「私がどこぞに報告すればナイ様の身は……。なのに、何故ナイ様は……」

 自分の前で月属性の魔法を使ったのだろう?

 それがアサギには分からなかった。月属性を持っているならナイは知っている筈だ。世界がナイ達を拒絶していること。

 ラピンは足を上下に動かして特に時間をかけずにアサギの疑問に答える。

「頭では分かってはいるけど、若いからナイは感情で動くノヨ。その時はアサギ達を守りたい一心だったんジャナイ?」

 ラピンの言葉を聞き、アサギはあの戦いを思い出す。血を吐いても攻撃魔法を撃って、アサギ達を守ろうとしていたナイの姿。

 規則正しいナイの小さな寝息が聞こえ、アサギは両目を伏せる。

「…………ナイ様」

 もっと、色々な話をナイとしたいとアサギは思う。

 ────私はあなたのことが知りたい。


 ●


 ────翌日。

 任務の疲れが少し癒えたような気がしたナイはいつの間にか自分の部屋のベッドで寝かされていた。起きて吃驚したが、誰かが運んでくれたのだと、食堂へ行って話を聞くことにした。

 突然、任務が入るかもと制服はしっかり着用する。

 食堂へ足を踏み入れ、中央へ向かうとテーブル突っ伏し、椅子に座っている人物がいた。

 見慣れた銀色の髪にナイは声をかける。

「……ロザリア?」

 どうしたの?という疑問を持ったナイは左右を確認してルシーの姿を捜す。彼なら何か知っているだろうと思った。

 ルシーは小さな器を片手にナイの隣に歩いて来る。器に入ってるのはプリンらしい。

「ルシーくん、おはよう」

「おはよう、ナイ」

「……ロザリア、どうしたの?」

 先程から、机に突っ伏したまま動かないロザリアが心配でナイはルシーに訊く。

 ルシーは落ち着いた表情のまま。

「……歌を聴いたら、こうなった」

「う、歌……?」

「歌」

「どんな歌を聴いたんだろ……」

「流行りの歌だ。ユニット名は桜華というらしい」

「おうか……?」

「東大陸の名木、サクラの別読みが由来と調べた」

 サクラ、とルシーから聞いてナイは思い浮かべる。仄かな桃色に色付く花びらと大きな木を記録で見たことがある。東大陸にのみ生えており、南大陸では見られない美しい木。

 東大陸では終わりと始まりの意味を持つ木らしい。

 東大陸へ渡航したことがないナイは密かに見てみたいと思っている。

「……桜華、素敵なユニット名だね!歌を歌うユニットなの?」

「そうらしい。歌唱ユニットで世界に歌声を届けているのだとか。……ナイは見たことないのか」

 ルシーに訊かれてナイは首を横に振る。

 世界には歌を色々な方法で届けている人がいるということは知っているが、ナイはあまり歌を聴いたことがない。

 歌を映像で配信している人もいたり、人を集めて会場で歌う人もいるのだとか。

「……僕もまだまだ知らないことが沢山あるんだなあ。桜華もサクラの木も見てみたいな」

「……近く行くことになるだろうから、楽しみにしてるといい」

「……え?」

 ルシーはプリンを食べながら、机に突っ伏し続けているロザリアに視線をやる。先程から全く動く気配を見せないロザリア。

 ナイは意味深なルシーの発言に緊張を感じた。

 一足遅れに食堂へコウとアサギ、任務時にナイとアサギが助けた謎の少女が入って来た。目を覚ました謎の少女と、新入生でまだ慣れていないアサギをコウが連れて来たようだ。

「おはよう、早いな」

 コウは言って、中央へ二人を連れてくる。挨拶を軽くして、テーブルに突っ伏しているロザリアを一瞥。すぐにルシーの方を見た。

「流行りの歌を聴いたらこうなった」

 律儀にルシーも答えてくれる。

「流行りの歌で⁈」

 コウは驚き、珍しく耳といつも隠している尻尾の毛が逆立つ。突然現れたコウの大きくてふさふさの長毛の尻尾に謎の少女は大喜びの表情を浮かべた。

「ロザリアをへこます歌って何だ……? 音痴か?」

「桜華という歌唱ユニットだ」

「「桜華……?」」

 ルシーの答えにコウと謎の少女は知らないと言わんばかりに首を傾げるが、アサギは知っているらしく落ち着いて説明をしてくれる。

「桜華、というのは東大陸で最初は名を揚げて今は世界で活躍している歌唱ユニットですね」

 アサギは四角い画面を空間に起動し、素早い操作で画面に桜華と呼ばれる歌唱ユニットのメンバーのプロフィールページを表示した。

 その画面を拡大し、皆が見える位置に移動させる。

「桜華は三名の男性……? で、組まれたユニットでして……」

「何で疑問系……ああ、確かにこのヤマト以外はちょっと性別が分からないな」

 アサギの表示した画面をまじまじと見つめてコウも苦笑する。

 プロフィールページに映っている三名。名前はヤマト、イオリ、ソウマ。それぞれの顔と簡単な紹介が画面に表示されていたが、ヤマト以外の容姿は美人で中性的だ。

「歌の映像ありますね。聴いてみますか?」

 アサギが皆に訊けば、ロザリアとルシー以外は興味津々と頷く。微笑んでアサギは画面の操作をした。

 暫くした後に綺麗な音楽が流れ、歌声が聴こえる。そのハーモニーは魅力的で心惹かれる。

 一曲聴き終わって、三人は不思議に思う。

「何でロザリアはこれを聴いて、そんな状態なんだ」

 コウの疑問に、先程から動かなかったロザリアの肩が動く。ロザリアはゆっくり顔を上げる。

「……綺麗で、ファンに……なっちゃいそうで……」

 照れているのか小さい声で呟くロザリアに、まだプリンを食べているルシーが口の端を吊り上げた。

「お前の好みの顔はソウマか」

「か、顔じゃないわよー! 歌声だって、綺麗なのよ!」

 少年のルシーにからかわれてロザリアはぷんすこ怒りながら言い返す。

 アサギは二人はどういう関係なのか気になったが、声には出さなかった。コウとナイは日常のようなもので慣れているので二人に関しては何時もの事で済ましている。

「でも、ソウマさんお顔綺麗ですね! お声はどの……」

 聴いたのは三人で歌っているもので、謎の少女はソウマはどの声なのか気になったらしい。アサギはすぐにソウマという男性が独りで歌っている曲を再生した。

〈────愛してる。愛してる……〉

 切ない音楽と共に流れたのは綺麗な歌声だ。

 綴られた詞に歌声と想いを乗せた切なさと儚さ、美しいソウマの歌声。

 愛の言葉を紡ぐ、その歌は自分に向けられていないと分かっていても誤解してしまいそうになる程に。魅了されてしまう歌声だ。

「これは確かに、綺麗な歌声だな」

 ソウマの歌声を聴き、コウが納得。

「でしょ! とっても綺麗な歌声でしょ!」

 ロザリアが自分のことでもないのに何故か胸を張って言う。

「近々、東大陸でライブが行われるようですね」

 アサギが微笑んで言えば、ロザリアは肩を落とす。

「……一度は行ってみたいけど、きっとチケットの倍率高いわよね……」

「そうですね……。ライブコンサートのスポンサーと繋がりなどあれば、特待チケットやVIP席のチケットを戴けるのでしょうが……」

「スポンサーチケット羨ましいっ!」

 アサギの言葉にロザリアは唇を噛み締めて悔しそうな声を出す。アサギは苦笑を浮かべ、コウは呆れてため息を吐いた。

「映像だけでも素敵ですね! エルもソウマさんのライブ観てみたいです!」

 アサギが画面に映したソウマのライブ映像を、謎の少女は目を輝かせて食い入るように観ていた。

 エルヴァンスの使用人ではそういう機会は得られるか難しいかも知れない。コウはそう考え、謎の少女をこの学園に入学させようかと一瞬考えた。

 ……いやいや、それはエルヴァンスが許さないかも知れない。あの家と小さな問題ですら諍いを起こすもんじゃない。

 コウは喉からでかかった入学の勧誘の言葉を飲み込む。そんなコウの色々な事情を考慮している苦労をロザリアは笑って取っ払う。

「そういえば、エルちゃん見てくれた? うちの入学パンフレット~!」

「は、はい! 読みました!」

 …………ロザリアっっ‼︎

 ロザリアと謎の少女の会話を聞いたコウは大声で叫びそうになった。

 学園と名乗っている以上は入学パンフレットの作成は規定であり、新規入学募集も行っている。規定的にロザリアは何も間違っていないが、謎の少女は大富豪エルヴァンスの使用人。

 コウは頭を抱えた。

「…………? ロザリア、エルトレスのことを知っているのか?」

 コウとて謎の少女の身元は政府の機関に近日の行方不明者リストを取り寄せて知ったのに。まだ、仲間の誰にも共有してない情報だ。

 ロザリアは笑みを浮かべる。時折見せる何もかもを見抜いているような、鋭い眼差しと弧を描く笑み。

 ────こいつ。

 コウは大きなため息を再び吐く。

 ロザリアはいつもの明るい笑顔に切り替えている。

「エルちゃんっていうの?」

 ロザリアとコウが呼ぶ謎の少女の名前らしき言葉にナイは微笑む。

 謎の少女は明るい笑顔を浮かべて自己紹介する。

「はい! エルはエルトレスといいます! エルヴァンスの使用人をさせて頂いてます! よろしくお願い致しますです!」

 謎の少女、エルトレスはにっこりと笑顔を浮かべ、ナイも返すように笑顔を向ける。

「よろしくお願いします、エルちゃん。僕はナイだよ。この学園の生徒なんだ」

「ナイさん!」

「気軽に呼んでくれていいよ? ナイ、とかでも」

「では、ナイちゃんと呼ばせて下さい!」

「……、……うん、よろしくね! エルちゃん」

 会話を少ししただけだがナイとエルトレスは早くも打ち解けた様子を見せる。

「エルトレス様はエルヴァンス家の使用人なのですね。自動侍立型人形では……いらっしゃらないのですね」

「はい! エルはヒトだと旦那様もキリヤ様も仰ってくださいました!」

 アサギの疑問にもエルトレスは嫌そうな顔せずに答える。根が真っ直ぐで優しい子なのだろう、とコウはエルトレスを評価する。

 世間知らずのナイは会話に出てくる単語が分からず、首を傾げている。

「え、エルヴァンス家……? じ、自動侍立型人形……?」

 ナイの学んでいる知識は偏りがあり、世間に対する常識が少し欠けているのは皆、分かっている。

 コウは教えてやろうと思ったが先にアサギがナイに教えた。

「エルヴァンス家というのは北大陸の大富豪です。噂によれば、北大陸の経済やその他のことを全て握っていると言われています」

「大富豪……っていうのはお金持ちさんですよね……?」

「表面上はエルヴァンス家もそう名乗ってはいますが、世間では北大陸の王家と認識されています」

「エ……、エルちゃん、凄いお家の使用人さんなのですね!」

 アサギの解説にナイは驚く。だが、エルトレスは頭を振った。

「エルはキリヤ様に仕えている使用人の下っ端の下っ端ですので……」

「キリヤ様の……」

 エルトレスの出した名前にアサギは聞き覚えがあった。面識はないがアサギは姿を見たことがある。

 この世の美しい糸を集めたような金色の長い髪、真紅の宝石のような瞳。美しい整った顔立ちにすらりとした身体の、中性的な男性。

「キリヤ様はヴィルシーナ学園の生徒でいらして、とてもお強い方と人伝ではありますが、聞いております」

「ヴィ……ヴィルシーナ学園……?」

 もうナイの世間知らずに慣れたのかアサギは優しい微笑みを浮かべて答える。

「世界最高峰の学園です。運営もそのエルヴァンスだとか」

 ナイの無知っぷりにコウはアサギに申し訳ないと思いつつ、無言でロザリアを横目で見た。

 コウの視線に気づいたロザリアは苦笑する。コウが何を言いたいのか察しているのだ。

「……あの、アサギさん、自動侍立型人形というのは……?」

「自動計算を組み込まれた電子パーツを人型に作ったものですね」

「自動計算……?」

「行動を常に計算して動く人形に使用人としてのあらゆる行動パターンを組み込んだものらしいです。詳細は専門外なのでお教え出来ませんが……」

「…………? 何だか分かったような、分からないような……」

 ナイの言葉にアサギは苦笑する。

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