02. 始まりのカリヨンの音
02. 始まりのカリヨンの音
●
────予感がする。
心の奥でざわつく。何が起きるのかはわからない。けれど、どうしようもなく足が動いた。
嫌な予感と新しいものに出会えるような高揚感。苦しくて、でも、どこかで期待してしまった自分がいる。
……思い出せるような気がする。
失った過去を、この手に取り戻せるような気がするのだ。
「はあ……! はあ……!」
息を切らして小さな木々の間を走って抜ける。枝に服や肌を引っ掛けて裂けるが気にもしなかった。
腕を振って足を動かし、前を見て走る。
ここがどこかわからないのに予感のままに突き進む。
少女とナイ達が出会うまでもう少し────。
●
ヴィオラに送ってもらったナイとアサギは徒歩でローゼ村を訪ねていた。整備された道を進み、門を通って村の中に入る。
村の中は家が数軒、農作物の畑や家畜を育てている牧場があった。
村の景色を見たナイは懐かしく思う。幼い頃、住んでいた村を思い出す。畑や家畜を育てて、自給自足をしつつも誰かに贈られた資金で服などを購入していた。決して裕福ではないが落ち着いていて、のどかな雰囲気の村だった。
失われた故郷を思い出し、ナイは目を細める。
「……ナイ様?」
アサギに声をかけられ、ナイは目を大きく開く。慌てて、横に立っているアサギの顔を見た。
「……あ、すみません。アサギさん、ぼーっとしちゃいまして……」
「いえ、私は大丈夫です。ご気分が優れないようでしたら、村長様のお宅に行く前に休憩を……」
「だ、大丈夫です! 行きましょう、アサギさん」
調査依頼だが、魔界の欠片が出現しているなら一刻も早い対処が必要だ。
ナイは首を横に振り、アサギよりも一歩前へ足を踏み出して歩いた。
自分より前へと歩き出すナイを見て、アサギは眉を寄せてナイを気遣う表情を浮かべて追いかけるように歩く。
二人は村の中を歩き、奥にあるという村長宅を目指す。
村の中でも奥の方に建つ、他の家よりも大きい。屋敷という言葉の方が合ってるのかも知れない。大きくて立派な村長宅にナイは口を開けて、間抜けな顔をした。
……わひゃー、大きいお宅……。
ぼけっとするナイとは違い、アサギは落ち着いていた。石で作られた正門に近づき、アサギは門扉の横に付けられた機械装置を一瞥。そこが呼び鈴みたいな装置なのだろうと理解したアサギはナイの方へと振り返った。
「……ナイ様、押しても良いでしょうか?」
一応、ナイに確認するアサギ。ナイは間抜けな顔から戻り、慌てる。
「……は、はい! 大丈夫です! あ、いえ! 僕が……!」
押します、とナイが全部言う前にアサギは装置に付いたボタンを押した。
低い呼び出し音が鳴った後に、穏やかな音楽が流れた。音楽が鳴り止むと静かな女性の声が装置から聞こえた。
〈……はい。ウォルター家でございます〉
恐らく、この家に仕えている使用人だろう。これだけ大きな家なら使用人がいても不思議ではない。
アサギは穏やかな声音で丁寧な言葉を使って、装置に向かって。
「依頼を頂いたルミナス学園の者です。私含めて二名で参りました。お話をお伺いしたいのですが……」
言葉の後、アサギは相手の出方を待つ。使用人と思われる女性は一呼吸の後。
〈……お話は旦那様より。鍵を開けますので少し、お待ち下さい〉
女性の声と少し混じっていた雑音が装置から消える。
……あれ?
妙な胸わぎが突然、ナイを襲う。どこからか視線を感じたのと、村の内側で黒い空気が漂った気がした。
生まれつき魔力の質と量が一般基準値よりも高いナイは第六感が鋭い。目には見えぬ気配を感じ取ることも出来る為、予兆のようなものも感じれる。
「……?」
ナイは首を傾げるが、それよりも今は話を訊くことを優先にし、アサギの背後に歩いていく。
門扉の鍵が解除される音が大きく聞こえた。家の方を見れば玄関の扉が開き、中から女性が姿を見せる。
制服の上にエプロンを身に着けたすらりとした長身の女性がアサギとナイのいる門まで駆けてくる。
「お待たせして申し訳ありません」
門を挟み、女性は一礼し謝罪。彼女の姿を見て、ナイは空間画面を起動し使用人の女性に見せるように画面を動かした。
画面にはルミナス学園の紋章と、ローゼ村から送られた依頼メッセージが映っている。一応、アサギとナイの身元証明でもある。
二人の身元も確認出来、女性は門扉を開けてくれた。
ナイはほっと、胸に手を当てて安堵する。
「私はアサギと申します。こちらはナイといいます」
「……ナイです! よろしくお願い致します!」
アサギは落ち着いて自分とナイを使用人の女性に紹介し、ナイは緊張して動きがぎこちなくなったが懸命に挨拶をした。
使用人の女性はようやく緩やかな表情を見せて、二人を家の中へと導く。
「こちらです」
先導して歩く使用人の女性の後ろ姿を見てナイは緊張が収まらず、終始動きが変。それを見て、アサギは苦笑いを浮かべる。
二人は並んで歩き、使用人の案内で玄関に入る。玄関に設置されたマットで靴裏を綺麗にし、使用人の女性の案内で廊下を歩く。
良く磨かれた石の廊下、大きな窓から庭園が見える。
……広くて、綺麗……。
ナイはそんなことを思いながら、アサギと共に再び先導する使用人の女性の後についていった。
使用人の女性に通されたのは応接間と思われる広い部屋だった。仄かに木の匂いがしてナイの緊張が少し、和らぐ。
コーヒーテーブルを挟んで向かい合わせのソファーが二つ。ナイはソファーの位置を見る。
……えと、下座は……!
普段は他の仲間がサポートしてくれるので、いざ自分と新入生のアサギの二人となると学んだマナー講座が頭の中でぐるぐると巡回するように浮かぶ。
顔面蒼白のナイの横でアサギが微笑む。
「よく来てくださいました。私はローゼ村の村長を務めております、オストロと申します」
ナイとアサギの前に初老の外見の男性が歩いてきた。男性は穏やかな表情を浮かべ、アサギと向かい合う。
アサギの背後に隠れているような形となったナイは慌ててアサギの横へ行こうとしたが……。
…………え?
細く鋭い針に刺された、決して小さくない痛みがナイの首を襲う。すぐに幻覚だと理解したが、ナイは驚いて瞬きを繰り返した。
「…………、」
ナイは息を呑む。先ほどから感じる何かが、このローゼ村の不穏な空気を肌からナイの内側に知らせているようで。
だが、この場を無視して確かめるには予感だけであって、アサギに迷惑がかかってしまうかも知れない。
ナイが迷っていると村長が話しかけてきた。
「ルミナス学園のお二人様、どうぞこちらへ」
村長は言って扉から離れた奥の方のソファーへ二人を案内する。
「失礼します」
アサギが言い、ナイは予感を胸にしまい込んでアサギと並んでソファーの前に立つ。
横目でナイの顔を一瞥したアサギはすぐに村長へ視線を戻すと、微笑む。
「私はルミナス学園の生徒の一人、アサギと申します。こちらはナイと申します。この度は我が学園への依頼、ありがとうございます」
アサギは村長へ挨拶をし、村長はそれに応えるように穏やかな表情を浮かべる。
「ご丁寧にありがとうございます。さ、おかけになってください」
「……それでは、失礼します」
村長に促されたアサギは言って、ナイを見る。アサギの視線に気づいたナイは先ほどからフォローされっぱなしの自分を恥じる。
…………しっかりしろ! 僕! さっきから、不抜けてるじゃないか!
村から感じる、身体に纏わり付くような不穏な気配を振り切ってナイは心の中で己に活を入れる。
ナイの心中を察しているかどうかは不明だが、アサギはにっこりと優しい微笑みをナイに向けてくれた。
反省とアサギへの謝罪は後にし、ナイはアサギと共にソファーに座って村長と向かいあう。
「先ずは、最近の村の近況からですが……」
村長が話を切り出す。アサギとナイは村長の話を黙って聞く。
「最初は裏山での作物への被害でした。村の者が裏山へ収穫に行った時、溶かされた植物達を見て気づいたのです」
村長の言葉にアサギは頷く。
「……魔界の欠片は瘴気の塊。彼らはあらゆる生命を瘴気で穢し、取り込もうとします」
静かなアサギの言葉にナイは顔を俯かせた。
自分が仲間達に教えられたことが真実なら、と……。現在は魔界を統べる者がいない状態で、長らく魔界は誰も流れを制御出来ていないのだということ。
アサギには口外してはいけないと言われた話。
「彼らには知能と呼ばれる機能は無いと言われています。あるのは殺戮衝動と、他者の生命への渇望」
それが、世間で知られる魔界の欠片という存在だ。何時から現れたのか歴史でも追いきれない遠い過去から、魔界の欠片は地上に存在する。
次元の小さな綻びを通って魔界から地上へと現れるらしい。
アサギは真剣な表情で村長に言う。
「すぐにでも調査を進めさせて頂きたく思います」
村長はアサギの言葉を受け、数十秒ほど沈黙した。
その沈黙の中でまたもナイの背中に小さな痛みが走る。
…………?
何か警告のような痛みだとナイは直感した。この村に何かあるのではないか?
そう思わせるような違和感がずっと、ナイの心に居座る。
●
────ルミナス学園の庭園。白い花の群れが風に揺れ、木に生い茂る葉と風の音が心地よい。
空は青く、白い雲が流れている。
花畑の中で女性が立っている。彼女は銀色の美しく長い髪を持ち、金色の大きな瞳を持っていた。白い滑らかな肌、可愛らしい顔立ちの女性は憂いを帯びた表情を浮かべていた。
彼女には心配なことが沢山ある。養父母のこと、実の子供のこと。
……自分のことをきっかけに色々なことが変わってしまった。
…………ルナ。
子供の名前を声に出す。何時だって、心の中にある大切な存在。腕に抱いた赤子の頃を思い出して、切なく愛しいあの頃を思い出す。
強い風に吹かれた白い花が散り、女性の金色の目に花弁が映る。
……愛しい子よ、どうか思いのままに……。
女性は願う。思うままに生きてほしい。
苦しみも悲しみも、時としては大きな困難が襲いかかってくることもあろう。乗り越え、明日を得てほしい。
残酷な世界の中、愛する者に幸あれ。
女性は手を上げて空へ伸ばす。
瞳から小さな涙が零れ落ちて、頬に流れる。
●
ローゼ村の村長宅を出たアサギとナイは魔界の欠片の痕跡が見つかった村のすぐ裏にある山へ。
ナイの移動魔法ですぐに入山できたアサギは先頭に立って山道を進む。普段から畑や収穫などに使われている山なので整備がされており、道も綺麗に整えられている。
麓に移動魔法で転移した二人は注意深く、気配を探りながら歩く。
魔界の欠片はあらゆるものを溶かすとされる瘴気が厄介だ。現在、判明しているのは魔力による攻撃と防御が有効だ。
アサギは自分の後ろに歩くナイを気にしながら進む。
「……ナイ様、お足元にお気をつけください」
アサギの気遣いに後ろのナイから元気のいい返事が来た。
「はい!」
整備されているとはいえ、生えている木々や植物の手入れはされていない。人の腰くらいの高さの、木などの尖った枝などで引っかけそうではある。
ナイは魔界の欠片との遭遇を考えて、愛用している杖を手にアサギの後をついて歩く。
耕されているとかではないので地面は固い。長く歩いているとナイのような体力の無い者は足裏が痛くなりそうだ。
それを考えてナイはアサギに言う。
「あ、アサギさん、疲れたら言って下さい! ……あの、少しなら疲労を和らげる魔法を心得てますので」
所々、言葉が詰まったり声が小さくなりながらもナイはアサギに頑張って伝える。
ナイの言葉をしっかり聞いたアサギは微笑み、ナイに優しい声で返事をした。
「はい、その時は是非ともよろしくお願い致します」
顔は見えないがアサギの優しい声にナイは嬉しくなった。
ナイは後方担当で支援や治療が得意だ。けれど、アサギを守りたいと思っている。出会ってまだ短い時間だが、ナイの中でアサギは大事な仲間だと思える。
両手で杖をしっかりと握り締めてナイは足を動かし、前へと進む。
「ナイ様、お疲れではありませんか」
山の中の道を歩いて数十分程。アサギがナイに声をかけてきた。
これぐらいなら、多少は訓練してるのでナイは笑顔で答える。
「はい、大丈夫です!」
だが、言った後に石に躓いてナイは転びかけたが、アサギが素早くナイの腹に腕を回して支えた。
地面に顔をぶつけることなく、ナイは無傷だ。瞬きを繰り返してナイは何が起きたか頭で処理する。
「……ナイ様、お怪我は?」
アサギの穏やかな声音にナイは何度も頷く。
腹に回された腕の感触が硬いような気がする。筋肉質な女性なのだろうか……?
ナイは不思議に思うも、すぐにアサギに謝罪と感謝を伝える。
「……す、すみません、アサギさん。ありがとうございます!」
己を恥じて情けなくなりながらもナイは体勢を直し、アサギから少し距離を取ろうとしたがアサギに手首を掴まれる。
「アサギさん……?」
しっかりと掴まれ、ナイは首を横に傾ける。
困惑を表情を浮かべているナイにアサギはにっこりと穏やかな微笑みを浮かべた。
掴んでいたナイの手首を放し、アサギはナイの手を握る。
「ぷえ……⁈」
顔を真っ赤にしたナイが変な声を上げた。
他の誰かの、しかも会ったばかりの人の体温が手から直に伝わってくる。保護者でも、自分を長年育てて来てくれた家族同然の仲間達でもない。
ナイは驚きと言葉に言い表わせない感情に顔が熱くなった。
けれど、アサギの体温は温かくてどこか懐かしい記憶を思い出させそうな気がする。
……昔に、なかったっけ……?
霞がかかった記憶を思い出す。優しい母の手の温もり、顔は思い出せない誰かと手を繋いだ記憶。愛していると言ってくれた人の声。
沢山の記憶がはっきりとは思い出せないが頭に過ぎる。
……あれ……?
記憶の中で誰かとアサギが重なったような気がして、ナイは不思議に思う。アサギとは初対面の筈。
「ナイ様……?」
アサギの姿をまじまじと凝視しているナイに何かあったのかとアサギは不思議に思う。
名前を呼ばれたナイはアサギの声に現実に引き戻され、首を横に振って意識をしっかり保つ。
「ご、ごめんなさい! さっきから、何だかぼんやりとしてしまって……」
これではアサギに迷惑がかかってしまう。否、既にかけているだろうことを自覚してナイはしっかりしようと改めて思う。
けれど、幼い頃から意識障害を患っており度々こう言うことが起きる。
原因が何か解っており、解決しようと努力しているがすぐに解決できるものではない。普段は理解のある仲間達が傍にいてくれるから、それに甘えていたが今はアサギといるのだ。
短い時間だがナイのぼんやりプリを見てアサギはどう思うのだろう?
ナイはアサギの瞳を見つめる。夕暮れを閉じ込めたような優しい眼差し。
「ナイ様、お辛い時は無理をなさらないで下さい。魔力が高い方は我々では感じられないものを感じ取る力がありますから」
「……アサギさん……」
「私の力の限り、サポート致しますので……」
優しい言葉にナイは目を潤ませた。しっかりと握られた手。
アサギとナイは互いに見つめ合う。だが、その時────。
草むらで大きな音が二人の耳に届く。草同士が擦れる音と粘着質な音がした。
アサギとナイはすぐに音のする方へと向く。
「「‼︎」」
水の塊のような物が草を溶かしながら、ゆっくりとアサギとナイに近づいてくる。大きさはナイの腰まで長さがある。横幅もあって、重量感がある。
ナイはすぐに杖を構える。アサギも構えに入り、制服の上着から石を取り出す。石は変形し、刀へと姿を変える。
アサギは変形した刀の柄を手に握り、地を蹴って刀を構えて魔界の欠片に斬りかかる。
「……アサギさん」
ナイは杖を掲げた。杖の先に付いた青い石が光り、アサギの刀の刃も光り輝く。ナイの魔力がアサギの刀に宿り、それが水の塊が纏う瘴気を斬る。
アサギは一瞬と思わせる一閃で水の塊を斬り裂く。
魔界の欠片であるならば、今の一撃でも有効だ。
アサギは警戒を解かずに刀を手に跳躍し、ナイの前に立つ。
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ルミナス学園の校舎の地下には大きな部屋があった。椅子が二つ、今ではあまり目にすることがない本が乱雑に置かれたり、一箇所で積まれて置かれていたり。
壁も床も無機質で簡単な造りの部屋の中央に杖を手にし、座っている女性がいた。
漆黒の長い髪を二つに分けて結び、金色の神秘的な瞳。美しく整った容姿だが、ミステリアスな雰囲気を持つ女性はゆっくり立ち上がる。
椅子の上に置かれた大きな丸いレンズの眼鏡を手に取って、女性は靴音を響かせて歩き部屋から出て行った。
それから、数分後のことである。
寮の建物の一階に造られた食堂のテーブル席で狼耳の男性が四角い画面と睨めっこしていた。
男性の名前はコウ。人狼と呼ばれる種族の出身だ。
「……はあ」
不安から来るため息を吐いてコウはアサギとナイが心から心配していた。
……大丈夫か?
……怪我、してないだろうな?
……ナイのことだから緊張してるんだろうなあ。
などなど、心の中で思いながらコウは任されている事務仕事と向き合う。複数起動した画面の一つにはローゼ村からの依頼メッセージと、ローゼ村周辺の地図を表示させていた。
ただの魔界の欠片なら、アサギの剣の腕とナイの魔法で何事もなく任務は達成させることができるだろう。
「……まだ心配なのかよ、コウ」
洗って消毒した皿を乾かし、食器棚に戻していたニクスが呆れたような表情と言葉をコウに向ける。
親友の気がかりはどうにも消えないらしい。何がそこまで引っ掛かっているのやら、とニクスは思いながら夕飯の献立を考える。
「……そういえば、今日は誰が任務に行ってるんだ?」
画面を起動する。ニクスの前に一瞬で現れた四角い画面にはこの学園の者にしか見れないページが表示されている。
指で画面を動かし、外に出ているであろう生徒の名前を把握して今日在校中の生徒の献立を考えるのがニクスの日課の一つである。
外に出ている生徒は基本的には外食するか、帰ってきて自分で作る二択だ。
「……おし、仕込みするかー」
夕飯の準備をしようとニクスはコウを放置して食料を保管している部屋に向かった。
コウは事務仕事をし、キーパッドを叩いて文字入力をするも頭はアサギとナイへの心配でいっぱいだった。
「────‼︎ くそ! 俺らしくない!」
ナイの自立心を尊重して任務に送り出したが、着いていけば良かったとコウは素直に後悔する。
普段は出ていない尻尾が出てしまい、苛立ったコウの感情を表現しているかのように激しく左右に振って。何もなければそれで良しとすればいいとコウは椅子から立ち上がる。
そこに声がかかった。
「……随分と焦ってるじゃないか。コウ」
コウの背後に近づく気配。慣れた気配にコウは振り向くことはなく。
「────タキ」
よく知っている男性の名前を呼ぶ。
コウにタキと呼ばれた男性は大きなレンズの眼鏡をかけており、そのレンズが特殊加工の作りなのでタキの目はコウには見えない。
けれど、口角が上がっているのを見る限りは余裕そうな表情だと、コウは思った。
「ナイ達、任務に行ってるんでしょ?」
「……ああ、今から俺も後を追って行くつもりだ」
「そっか。僕も行くよ」
「…………」
自分も行くと言ったタキの顔をコウはじっと見つめる。
「────何?」
タキは自分の顔を見てくるコウを不思議に感じたのか、首を横に傾げた。
「……視えたのか?」
コウが確信めいた言葉をタキに投げる。それを受け取ってタキはどう思うかは、長い付き合いなのでコウは分かっているつもりだ。
タキの出自もある程度は知っている。
「────訊かなくても、分かってるんじゃない?」
「……何が読めたんだ」
「……行かなきゃ、後悔することになりそうなのは読めたよ。僕の力がどこまで及ぶかコウも理解しているだろう?」
「お前とロザリは隠し事多いから、全部は信じてない」
「ひどいなあ」
信じていないと、コウに言われてもタキは笑っている。
タキ本人も隠し事多いのは自覚しているのでコウの責める言葉には弁明はしない。
「さ、行くよ」
タキは懐から石を取り出す。石は変形し、杖を形成する。長い柄の先には石が付けてある。
柄を握りタキは紋章陣を足下に展開し、移動魔法発動の準備をする。効果は転移。
タキとコウをローゼ村へと転移させる魔法だ。
起動した複数の画面を全て閉じ、コウはタキの隣に立つ。
「────頼む、タキ」
コウの言葉にタキはしっかりと頷く。
魔法が発動し、二人の姿は食堂から消えた。食料を取りに行っていたニクスが厨房から、コウとタキの転移を見て苦笑を浮かべた。
「最初から着いて行けば良かったのに……」
ニクスは呟き、耳たぶに付けた耳飾りの石を指で触った。