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01.貴方と私が出会った日

01.貴方と私が出会った日


 ルミナス学園に新入生が入った。

 とても綺麗な人で、ナイは新入生を見て顔を赤くし、朝食を忘れて見入ってしまう。

 艶やかで長い髪は少し癖があるがとても綺麗で、スラリとした細身の体躯。なんて綺麗な女性なのか、とナイはこの時は勘違いをしていた。

 新入生アサギは男性なのだが、ナイは気づいていなかった。

「あわわわ、わわわ……」

 何とも情けない声を発しながら戸惑うナイを見て、ニクスとコウは互いに目を合わせた。

 コウは穏やかな表情でナイに言う。

「──ふむ、いいかもな。なあ、ナイ?」

「ふぇ?」

「……アサギと任務に行って来たらどうだ?」

 コウの言葉にナイは口をあんぐりと大きく開いてコウの顔をまじまじと見つめる。

「…………え?」

 暫く沈黙してやっと言葉を発したナイは困惑の表情を浮かべる。

 ニクスもにっこりと笑顔を浮かべてナイを見ていた。

 あわあわと慌て困惑のナイの様子を見たアサギは微笑む。

「入ったばかりで右も左もよく分かっておりませんが、是非とも同行させて頂きたく思います」

 アサギの言葉にナイはコウとニクスを見つめ、助け舟を出して欲しいと視線で訴えた。

 ……僕、後方支援担当だよ⁈

  と、無言で訴えるナイの思いにコウとニクスは勿論察していたが二人はナイの望みを叶えてやろうとは思わなかった。

「アサギは接近担当だから、大丈夫だ。ナイ」

 コウが言ってやるとナイは驚いた表情を浮かべてアサギを見る。アサギはニコッと微笑み、ナイに頷いた。

 不安はどうにも拭えないナイの元に妙な足音をさせた生き物がやってきた。足音を言葉にするとピコピコだろうか?

 その生き物を見たアサギが今度、驚いた表情をした。

 揺れる長い耳、金色の大きくて丸い瞳。身体は銀色で尻尾はハートのような形をしている。首元に大きな青いリボンを付けており、片耳には不思議な形の飾りが付いている。

「おはよう、みんな。……あら? お客さんかしら?」

 首を横に傾げて、妙な生物はアサギの方へ向き顔を見つめた。

 アサギの脚の膝辺りまでの身長の妙な生き物は変な足音をさせて、ナイの膝に乗っかる。

「ラピン、新入生のアサギだ」

 短い紹介をコウから受けたラピンは驚く様子も見せず、落ち着いた態度だった。

「アサギさん、というのネ。よろしくだわ、ボクはラピンちゃん。気軽にラピンちゃんと呼んでね」

「……は、はい。よろしくお願い致します」

 どうにも戸惑いの色が隠せないアサギの話し方にラピンはコウを見る。

「恥ずかしがり屋サンかしら?」

「いや、お前が不思議な生き物だからじゃないか?」

 コウのツッコミにラピンは再び、首を傾げる。

「可愛い生き物じゃないノ? ボク」

 可愛いには可愛いが動いて喋っているのを見ると戸惑うのは無理もない。

 姿形、とても可愛らしさがあるラピンはナイから受け取った焼きたてのパンを小さい口で頬張る。

 ますます奇妙な生き物感が出ているラピンは特に何かを気にする様子を見せず、ナイに言った。

「そうだワ、ナイ。任務の同行者は決まったかしら?」

 ラピンの質問にナイは苦笑いを浮かべる。

「アサギさんと行こうかって話になってて……」

 ナイの答えにラピンは長い耳を動かす。

「良いんじゃない?」

 ラピンの言葉にナイは顔を俯かせる。周囲が基本、歳上でナイの甘えに素直に応えてくれる人達ばかりだから、ナイにとって同年代はどこか苦手意識がある。

 それにもし、入ったばかりのアサギに怪我を負わせてしまったらともナイは考えていた。

 ナイの思いを察してかラピンは微笑む。

「……危険なのはアサギも承知だワ。良い機会なんだワ」

 ラピンのその言葉にナイは静かに頷く。

 ナイの様子を見ていたアサギは穏やかな微笑みを浮かべて、ナイへ声をかける。

「行きましょう? ナイ様」

 優しい声だ。アサギとの任務へ行くことへ戸惑いを隠せずにいたナイを見ていたアサギは失礼だと怒ることもなく。優しくナイを受け入れている。

 ナイの膝に乗ってるラピンは二つめのパンを食べる。

「…………」


 ●


 ────それは何時の記憶だったか。

 まるで悪夢のように繰り返され、自分から決して離れない残酷な(うつつ)の記憶を何度も見る。

 手に握られているのは錠剤が入った瓶。床には白く小さな錠剤が数個、転がっていた。

 幸せな記憶が脳裏に再生される。黒い長い髪、紫色のリボンを付けた幼い娘と、娘によく似ている妻が楽しそうに笑っている日常の記憶。娘のよく変わる表情と妻の穏やかな瞳。仕事は忙しいと思いつつも、家族の暖かさと二人への愛しさが心を満たしてくれていた。

 ────パパ。

 記憶の中の娘が笑顔で手を差し伸べてくる。

 手を伸ばしても勿論、握り返すことは出来ない。

 ────貴方。

 妻の優しい眼差しと穏やかな表情がこちらを見ている。

「カレン……」

 呼んでも妻は応えてくれない。もう二度と、二人の返事はない。

 どれだけ声をかけても、言葉を発しても、二人からの返事は過去の記憶のみ。

 虚ろな目で横にあるテーブルを見る。腰をかけている古びた椅子が悲鳴のような音をさせているが気にならない。テーブルに乱雑に置かれた資料と、常に表示されている愛しい二人の笑顔の写真。

 瓶を手から落として、無造作に置かれた黒い小さな塊を手にする。手の平に収まる程の小さな塊は丸い形をしている。

「…………」

 裏に指を這わせると黒い塊が起動し、自分の前に四角い画面を表示する。画面に書かれた事件の顛末を確認する。

 全てを失ったあの日、倒壊した家屋を退かし、やっと見つけたのは娘の一部のみだった。

 天から降り注いだ極光の柱。それは小さな村を簡単に破壊し、命は消えた。

 ────ねえ、パパ。

 愛しい娘の声が語りかけてくる。

 ────フリージア、パパは仕事もあるんだから。

 優しい妻の声が聞こえる。

 守りたい者達はあっという間に自分の手をすり抜けて行ってしまった。この手に残ったものは、残酷な世界への憎しみと絶望だけだった。

 古びた書物に書かれた研究論文を辿り、ようやくここまで来た。

「……もう少しだ。二人とも」

 深い絶望をこの世界に────。


 ●


 ナイの髪が揺れる。不可思議な予感めいたものが心を騒つかせ、ナイは顔を上げた。

 そんなナイを不思議に思ったアサギが首を傾げて声をかけてきた。

「ナイ様?」

「……あ、アサギさん。ごめんなさい、ぼーっとしちゃいました」

 妙な気配を感じたような気がするが任務前だ。しっかりしないといけない。ナイは気を取り直し、アサギの横に立つ。

 二人は学園の敷地内の広場に来ていた。草が生えた広場はとにかく面積が広く、何故こうも広いのかとアサギは疑問に感じるが口にはしなかった。

 二人の近くにはコウと女性が立っていた。女性は紫の長い髪と金色の瞳、頭部には銀色の狼耳が生えている。狼耳はコウと同じ銀色で毛並みが美しい。ナイ達と基調が同じ制服を着用し、胸元の部分を着崩しており胸の谷間の肌が露出されていてアサギは彼女を直視出来なかった。

 女性はアサギの様子を見て目を細めて、口の端を上げた。

「……あらあら、可愛い子が入ったのね。……ねえ? コウ」

 女性は悪戯っぽさを含ませた美しい笑みを浮かべて、隣に並んで立っているコウへ視線をやった。

 大人の女性の妖艶さの雰囲気を出す彼女にアサギは困惑の表情を隠しもしない。

 女性はその豊満な胸を両腕で挟み寄せてみる。アサギはうっかりそれを見てしまい、頬を赤くさせた。

「……ヴィオラ」

 見かねたコウが隣に立つ女性に注意する。された女性、ヴィオラは微笑む。

「ふふ、だって新鮮なんだもの。ここの学園にいるのはリアクション薄いのばっかりだし」

「からかってやるな……」

「アサギ……だったかしら? かわいーのね」

 ヴィオラがアサギを可愛いと評価するとコウの眉間に皺が寄る。明らかに不機嫌そうな表情をコウがし、アサギがそれを見て困る。

 それを見ていたナイがアサギに伝えた。

「コウの隣にいる女性、ヴィオラっていう名前でコウの育ての親なんだって」

「……ヴィオラ様」

 アサギが小さく名前を呟けばヴィオラはニコッと微笑む。コウとヴィオラとの距離は数歩程だがヴィオラにはバッチリ聞こえたらしい。

「うふふ、よろしくね」

 艶やかで色気のあるヴィオラの微笑みにアサギは顔を真っ赤にさせた。

 ナイはアサギの様子に首を傾げ、コウは更に機嫌を悪くした。

「……ごほん。そろそろ任務へ行った方が良いだろ」

 わざとらしい咳払いをしてコウが促す。

「そうね。私は別の任務があるから二人を手伝ってあげられないけど、目的地まで移動魔法で送ってあげるわ」

 ヴィオラの言葉にアサギはナイを見た。

「良いのでしょうか……」

 不安そうなアサギにナイは不思議そうな顔をするも、すぐに察して。

「大丈夫です、アサギさん。ヴィオラは魔力量あるので移動魔法ぐらいは平気ですよ」

「……そうなのですか」

 アサギは小さく頷き、ヴィオラを見た。

 ……確かに鍛錬をされている方とお見受け致しますが。

 目を細めてアサギはヴィオラの隙を探ろうとするも出来なかった。それ相応に武術に秀でているのがアサギにも分かる。

 そんなアサギの視線に気づいたヴィオラはやはり只者ではないと思わせる笑みを見せた。アサギの意図を見抜いているかのような眼差し。

「…………」

 アサギは息を飲む。

 どことなく緊張感を出している空気をさらっと無視してナイが言った。

「ヴィオラ、よろしくね」

 ニコッと笑顔を浮かべるナイに視線をやったコウは思う。

 ……血筋だなあ。


 ●


 ────それはナイが小さな頃だった。

 白い天井と壁で造られた医務室のベッドの一つで幼いナイは空虚な眼差しと抜け殻のような無表情で、上体を起こして空を見つめていた。

 身体の至る所に治療の痕があり、包帯や治療パッドで手当てされ痛々しい姿だった。

『……お母さん……お父さん……』

 茫然自失の子供から呟かれる言葉。両親を失ったことは聞かされており、幼いながらもナイは知っていた。

 両親の顔や声は覚えている。共に過ごした事も生活していたことも。

 けれど、記憶は両親を失った時のものが抜けてしまっていた。それと、両親の他にもナイを見守っていた人達の記憶も。

『…………』

 喪失感が心の奥に居座り、どう感情に出せばいいのかわからない。

 そんなナイの傍に女性が近づいて来た。黒い長い髪をツインテールで結び、金色の瞳の可憐な女性だった。ベッドの横に持ってきた椅子を置き、女性は椅子に腰を下ろす。

『……ナイ、具合はどう?』

 女性は優しい声をかけ、ナイの頬を手の平で撫でる。

 幼いナイは目を伏せて口を開くが言葉が出てこなかった。女性は撫でるのを止め、手を下げてナイの腕を取る。

 手首に指を当ててナイの脈拍を測っているようだった。

『……感情が鈍くなってるのはお薬を飲んでもらったからだね。ナイ、無理に感情を出さなくても良いからね……』

 そう言った女性はどことなく哀しそうな表情を浮かべた。女性は色々な機械に映し出された数値を見つめ、四角い画面に書き込んでいるようだった。

 数分の沈黙の後に開け放たれた医務室の出入り口から妙な足音をさせて、妙な生物が入って来た。

 短い手足を一生懸命動かして床を歩く、妙な生き物は長い耳を揺らす。

『おはようナノ、ナイ』

 妙な生き物は跳ねて見事にナイのベッドのシーツを掴み、よじ登ってナイの前にどっかり座る。

『ラピン』

 女性が妙な生き物の名前を呼ぶとラピンは長い耳を揺らし、ナイへ頭を寄せた。

『撫でるとイイワ』

 独特の口調の妙な生き物ラピンの押しに、幼いナイは少し驚くが言われるままにラピンの頭を撫でる。

 ふかふかした手触りにナイは少しだけ嬉しそうな気配を見せる。それに気づいたラピンが誇らしげに胸を張った。

『古来よりも言うじゃない? アニマルセラピーって』

『……貴女がアニマルかどうかは議論のしがいがありそうね』

『マ! こんなキュートな造形のラピンは可愛いうさちゃんでナクテ⁈』

『ウサギってそんなに耳が長いかしら? なかなかラピンは個性強めの見た目よね……。体色変だし』

『そーいうとこ、師匠にそっくりダワ。ルーシャ』

 ラピンにルーシャと呼ばれた女性は嫌そうに眉を寄せる。

『……一緒にしないで頂きたいものですね。あそこまで狂気入ってませんよ、私』

 キッパリ言い放ち、作業をするルーシャにラピンは半目になった。

 ……酷評ダワ。

 ルーシャとその師匠をよく知っているラピンはこれ以上は言わないでおこうと考えた。

 幼いナイはラピンの頭を夢中で撫でている。

『……あら?』

 ラピンは突然。医務室の出入り口を見た。ナイのことを考えてドアは開放状態のままだ。

『……アレクス? 何やってるノ?』

 出入り口のすぐ横、壁を背にして立っている者の気配に気づいたラピンが声をかける。

 ルーシャも作業の手を止めて出入り口を見つめる。

『────アレクス? 入ってくればいいのに……』

 何をやっているのかしら、と呟くルーシャは呆れ気味だ。

 それからすぐに誰かに背中を押されたアレクスが医務室に入ってきた。白銀の髪と左右色違いの綺麗な瞳の青年だ。緑と赤紫色の目の端正な顔立ちの青年、アレクスは片手に大きな袋を持っていた。袋は可愛らしくラッピングされており、大きなリボンで口が縛られていた。

『……ロザリア、痺れを切らしたのね』

 ルーシャが小さく笑み、出入り口を見た後に椅子から立ち上がってナイのベッドから離れる。

 どうやらアレクスに椅子を譲ったらしい。

『……あ、』

 アレクスはナイを見つめ、気まずそうに顔を俯かせる。

『……エ、あんた何その態度。コッワ!』

『……どういう意味だ。ちんちくりんウサギモドキ』

『プレゼント買って来てモジモジしてるのコワイ。普段の態度はどこにやったノ』

『…………や、やかましい。俺だってこんなに緊張するとは思ってなかったんだよ……』

 責めるラピンにへなちょこ気味のアレクスは小さく言い返し、アレクスはナイをじっと見つめた。

『…………ナ、ナイ。初めまして、俺はアレクスだ。よろしくな』

 ぎこちない笑みを浮かべてアレクスはナイのベッドの横に立って、持っていた大きな袋をナイの前に置く。

 ルーシャに譲られた椅子に腰を下ろしてアレクスはナイの反応を待った。

 目の前に置かれた袋を、ナイは数分間見つめた。

 ────ナイ、おめでとう。

 頭の中で誰かの声が聞こえた。途端に頭痛が襲いナイは前屈みになって苦しむ。

『ナイ‼︎』

 アレクスが椅子から立ち上がってナイの背中に手を当てる。

 ラピンも驚いて跳ねる。

『ルーシャ! 封印が……!』

 ラピンの言葉を激しい頭痛の中でもナイは確かに聞いた。

 ……ふういん?

 ルーシャは慌てるアレクスとラピンとは違い、落ち着いてナイの横まで来ると幼い手を取り注射を打った。

 数分後、痛みは治まりナイは荒い呼吸を繰り返して大きく息を吐く。

『……は───、は───』

 アレクスはナイの背中を摩ってやる。落ち着いたナイは目から涙を零しながらアレクスから貰った大きな袋を抱きしめた。

 ナイの様子を見ていたルーシャとラピンは眉間を寄せて複雑そうな表情を浮かべる。

『……こんなにする必要あったのか……』

 アレクスの怒りと悲しみを含ませた言葉にラピンは沈黙した。

 けれど、ルーシャはアレクスに言う。

『……必要はあるよ。ナイの魔力が暴走すれば、被害が出るのは見えている。自分で制御出来ない内は、こういう手段はナイにとっては重要なんだよ』

 注射器の中を確認し、ルーシャはナイの手首に治療パッド貼る。

 その間もナイはアレクスから貰った袋を抱きしめていた。

『……ナイ、袋開けたら?』

 優しいルーシャの声かけにナイは涙目で小さく頷いて従う。震える手でリボンを解き、大きな袋の中を開ける。

『……わあ……』

 喜びを含ませた小さな声で幼い頬を赤く染めて、ナイは袋の中のアレクスからのプレゼントを取り出す。

 ふかふかの大きくて可愛いぬいぐるみがナイの眼前に姿を現す。

 丸くて大きな二つの耳に丸々とした顔や大きくて短い手足。ふさふさの毛並みに柔らかい感触。

『……アレクスにしては良い趣味じゃなイ』

 ラピンが小さく微笑み足を動かして、悪戯っぽい視線をアレクスに送る。

『……まあ、な』

『何? もしかしてロザリアにでも選ぶの手伝って貰ったノ?』

『…………』

『否定しナヨ……』

 ラピンは呆れつつも、ぬいぐるみを嬉しそうに触ってるナイを見る。表情も気分も落ち着いているが、嬉しそうな気配を見せている幼い子供。

 …………どうか、この子が笑えますように。

 そう心の奥でラピンは思い、ナイの腕に長い耳を寄せた。


 ●


「ナイ様?」

 アサギの穏やかな声が聞こえ、ナイは苦笑いする。

「……すみません、ちょっと昔を思い出してました」

 あの頃から、自分は少しでも変われたのだろうかと思いつつ、自分の正面に立っているヴィオラに視線をやる。

 ナイの視線に気づいたヴィオラは柔らかな表情をし、ナイとアサギに言う。

「私は別の任務があるから、二人とはここまでね」

 今、三人がいるのはルミナス学園の広場ではない。少し距離はあるが高い外壁とその内側に建つ複数の建物が見える。場所は南大陸の太陽帝国の領土でその中でも辺境に位置する小さな村である。複数の山に囲まれ、豊かな緑の大地にローゼ村という集落がある。

 主に農家が生計を立てているといわれている村で魔界の欠片が現れたという話が村の中で囁かれ、村長がルミナス学園に調査を依頼してきた。

 ルミナス学園は他の学園よりも調査費用諸々が安く、頼みやすいのでこういった依頼はそこそこ来る。……尚、帝国の正規軍への依頼は高い上に討伐でないと彼らの重い腰は上がりにくい。

「ありがとう、ヴィオラ」

「ありがとうございます、ヴィオラ様」

 ナイとアサギに礼を言われたヴィオラはウィンクする。

「うふ、これぐらいならお安い御用よ。……二人とも、気をつけてね」

 ヴィオラはそう言って、二人に手を振った後に移動魔法の紋章を自身の足下に展開する。

「……何かあったら、コウに連絡するのよ?」

 笑みを浮かべ、ヴィオラは姿を消した。移動魔法で自分の任務地へ飛んだのだろう。

 見送ったナイとアサギはローゼ村に向かって歩き出す。

 隣に並んで歩く二人、アサギはナイに話しかけた。

「魔界の欠片の出現となると戦闘も視野に入れなければいけませんね」

 アサギに言われ、ナイは小さく頷く。

「……魔界から流れて来た異物は作物や家畜、人にも被害を出しますからね」

 ナイは顔を上げて空を見つめる。

 オルビスウェルトという世界にはかつて三つの世界が中心となって独自の文明を築いていたという。……その話をナイは皆から教わった。

 だが、魔界はある時に衰退し、統治者を失ったことから荒れ放題になっているとのこと。

「……魔界とはどういう所なのでしょうか? やはり、魔窟と言われるに相応しい場所なのでしょうか……」

 アサギの疑問にナイは答える。

「……統治者がいない上に遠い過去、魔界は滅んでしまい今は異常地帯になってると僕は聞きました」

 ナイの答えを聞き、アサギは目を大きく開く。

「ナイ様、その話をどこで?」

「え? えと。僕の仲間から教わりましたけど」

 何か変なこと言ったのかな、とナイは首を傾げた。

「魔界は不可侵領域です。魔界から流れてきた異物でさえ、帰ることは出来ないと言われている場所ですよ」

 アサギは話を続ける。

「誰も魔界の歴史なんて知るわけがないのです。語れる者もいない場所のことを何故、皆様は……?」

 魔界の一般常識がアサギと違うことに気づいたナイはまずい、と口を両手で抑えた。

 そうだ。不可侵領域。魔界から流れてきた異物という認識は研究もあって世間に広まっている常識だが、歴史に関しては知る者がいないのだ。

「……あ、あの、えと」

「……ナイ様、その話は(わたくし)以外の部外者に言ってはいけません」

 アサギの言葉にナイはしっかりと頷く。

 ……皆は何故、魔界について知っているのだろう?

 ナイは内心の疑問を奥にしまい、アサギと共にローゼ村への道を歩く。


 ●


 ────ルミナス学園の校舎一階、食堂。

 テーブルにコーヒーカップを置き、椅子に座ったコウは起動した四角い画面を眺めていた。画面にはローゼ村からの依頼内容など書かれている。

 ……依頼内容には不審点は特にない。

 けれど、コウの心には不安という感情があった。

「……俺も過保護だなあ」

 呟き、コウは大きなため息を吐く。

 だが、妙に引っかかる。

「どうしたんだ? コウ」

 夜食の仕込みが終わったニクスが飲み物が入ったグラスを持って、コウに近づいて声をかける。

「……ああ、いや、ただの調査依頼なんだと思っているんだが……」

「魔界の欠片が出現してもあの二人なら対処出来るだろう」

「……そう、だよな」

「疲れてるんじゃないのか? 休んだらどうだ」

 ニクスに言われたコウは眉間を指で押さえて、小さく頷く。

 ……だが、心配だ。

 アレクスを笑えないぐらいに自身も過保護だとコウは思う。

 四角い画面に書かれている依頼内容。確かにルミナス学園は諸々と他の組織に比べたら良心的価格ではある。

 ……嫌な予感が消えないんだよな。

 村長から来た依頼メッセージを見直しながらコウは眉を寄せた。

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