第1話 「因数分解って、そんなに難しいですか?」
教室の窓から、初夏の陽射しが差し込んでいる。
――という情緒とは無縁な現場が、ここにあった。
「えーい!お前がやれ、田所ァ!」
「えっ、俺?」
田所星司、地味で陰キャ、席は窓際、存在感ゼロ。
なのに、なぜか数学の指名率が高いのが最近の悩みだった。
黒板には、教師が書いた**「x²+5x+6=0」**の文字。
「さあ、これの因数分解をしてみましょう。田所くん?」
「…………ああ、はい。これはつまり──」
静まり返る教室。
星司は、ゆっくり立ち上がった。
「これは、セリュア銀河第5学環で使用されていた初等次元関数式ですね。変数xにおける次元展開の結果、時空振動が5回、交差点が6つ……うん、x=-2と-3です」
「…………」
「…………」
「……え、正解なの?」
「ていうかなんかやたら宇宙っぽい解説なかった!?」
生徒たちがざわつき始める。
星司は慌てて咳払いした。
「ゲフン、いや、その、ちょっと前に見たアニメの話ね!“セリュア銀河”!なつかしいわ〜、うん!」
担任の佐賀先生が眼鏡をくい、と押し上げる。
「……君、また訳の分からん言語で解説したね?」
「地球語だったと思うんですけど」
「“時空振動”って言ってたよな?」
「比喩ですよ!現代っ子は比喩が好き!」
「誰が現代っ子だ!!」
机に頭を打ちつける星司。
それを後ろの席から見つめていた、クラスの女子・朝霧陽菜がポツリと呟く。
「……さっきの“セリュア銀河”って、古代星間言語の発音に似てた。いや、でもそんなわけないか……」
彼女の瞳に、一瞬だけ奇妙な光が宿った。
そして休み時間。星司が廊下の隅で透明人間のように縮こまっていると、陽菜がずいっと近づいてきた。
「ねえ、田所くん」
「……えっ、ぼく?いやその、なんか俺やらかしました?」
「“時空振動が5回、交差点が6つ”って、どういう意味?」
「え、あの、それはその……比喩?マジで比喩?」
「違うよね。あれ、言語体系の“概念記述式”だったでしょ?」
「えええええええええ!?なんでわかったの!?」
「やっぱり……。田所くん、あなた普通じゃないよね?」
星司、内心で叫ぶ。
(まずい……!!こいつ、気づきかけてる……!!
このままだと、“宇宙9000言語バレ”まっしぐらだぞ!?)
「いやいやいや、気のせい!僕はフツーの地球人!高校生!夢も特にないけど、将来は省エネでいきたい派です!」
「……じゃあ次の授業、英語で“火星の契約書”を翻訳してもらってもいいかな?」
「バレてんじゃねえかコレーーーーーッ!!」
To be continued...!!