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タロウの戀

〈葱坊主ばかりのこゝは埼玉よ 涙次〉



【ⅰ】


 じろさんは、ロボット犬・タロウを散歩に連れ出した。ロボットとは云へど、犬の習性には變はりなく、特に♂のタロウには、マーキングと云ふ♂犬の一大事業は欠かせない。


 その途中、雪川組組長・雪川正述の犬の散歩にばつたり出食はした。雪川が連れてゐるのは、♀の玉乃(たまの)號、白い秋田犬である。


「これはこれは先生、畸遇ですね。ロボットですかな、その(わん)ちやん」-「組長、護衛なしでいゝのですかな?」-「護衛には懲りました。だうせ()られる時は殺られる。他處の組のヒットマンの方が、身内に殺られるよりマシですわい」-「そんなものですかな」


 玉乃は、初対面でもくんくん尻を嗅ぎにくる他の♂犬と違つて、紳士然として大人しいタロウが氣に入つたやうだつた。



【ⅱ】


 タロウは、夜、玉乃とテレパシーで對話した。「玉乃チヤン僕キミノ事、好キニナツチヤツタヨ」タロウの初戀である。「あらわたしもさうよ。あなた素敵だわ」「何カ僕ニシテ貰ヒタイ事ハアルカイ?」「さうねえ、今度雪太郎さんが、お宅の事務所に行くから、その時吠えたりしないで慾しいの」「オ安イ御用サ」戀する余り、自分の職務を忘れてしまつたタロウ。まあ戀はロボットをも盲目にさせる譯ですな。雪太郎、笹雨雪太郎は、玉乃の世話の中で、彼女を手なずけてしまつてゐた。鰐革男は、今度はそれを利用してきたのである。



【ⅲ】


 雪太郎が、カンテラ事務所に現れた。「この間はだうも申し譯ありませんでした。ヤクザ界からは足を洗ひました。母の愛の鞭が、忘れられなくつてね」。タロウが吠えなかつたので、一同、油断してゐたのである。

「その後、お母さんには會つたかい?」とじろさん。雪「まだなのです。流石にバツが惡くて」じろ「まあ牧野もこの事務所で働いて、男を上げたつて専らの評判さ。あんたも心を入れ替へて、世の為人の為に盡くす事だね」


 一味の内、テオだけが「覺醒」してゐた。だうせまた鰐革の嫌がらせだ。それにしても、何故タロウは、雪太郎を「パス」させてしまつたんだらう?



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈犬たちの戀の模様に当てられて人だと云ふを忘れる俺さ 平手みき〉



【ⅳ】


 雪太郎は勿論、鰐革の云ひなりになつてゐた。この事務所に入る事が「パス」ならば、色々仕掛けてやる事も可能だ。「あんなロボット犬、何でもない。これからの事が樂しみだ。ぷしゆるゝゝ」鰐革のプランでは、やはり自爆攻撃だらうな、と云ふ譯で、雪太郎、雪辱は自分の命を賭けてゐたのだ。無論、その後の蘇生は、鰐革と約束があつた。


 タロウに戀する「能力」がある、と云ふ事は、彼のロボットとしての優秀さを示してゐるに過ぎない。誰も彼を責める事は出來ない譯だが...


 テオは(これもテレパシーで)タロウに問ふてみた。「雪太郎を通してしまつたのは、何故なんだい? タロウ」タロウはロボットらしく素直に答へた。「雪川ノ玉乃チヤンニ、サウ頼マレタノデス」



【ⅴ】


 戀、か- 自分もでゞこに、温かい氣持ちを抱いてゐる。タロウばかりのせゐではないのだ。それを云つたら、世の中に戀情と云ふ物があるのが惡い。

 それよりも何よりも、それを利用する(恐らくは「セールスマン」と同じで、自爆テロを目論んでゐるに違ひない。テオにはそのからくりは讀めてゐた)鰐革の卑劣さよ。これで、タロウ番犬失格の烙印を押されたんぢや、彼が可哀相過ぎる。



【ⅵ】


 じろさん、その話を聞き、「さてだうしたものか。玉乃ちやんだつて惡氣があつて、さうタロウに願つた譯ではあるまい。いつも戀のディレンマを一つ二つ抱へてゐるのが、男女と云ふものだ。それは人も犬も、ロボットだつて變はりあるまい」


 だが、次に雪太郎が事務所を訪れた際、タロウは俄然吠えたてた。「ど、だう云ふ譯だ!? これでは門前払ひを喰らつてしまふ!」雪太郎の困惑を他處に、タロウは自分の職務を思ひ出したらしい。ロボットには、戀はやはり縁遠い物なのか-



【ⅶ】


「貴様タロウに謝れ! さもなくば斬るぞ」と、カンテラ。「謝るつて、だうすれば...」「こゝから消えて、二度と姿を現はすな。これは『をばさん』の為でもある」


 本当の事を云へば、「をばさん」砂田御由希の事なんか、忘れかけてゐた、雪太郎だつた。何処まで行つても不肖の息子である。或ひは、【魔】の血がさうさせるのか。【魔】と一度でも交ぐはつた女は、そこ迄追ひ詰められなけらばならないのか。重い課題である。



【ⅶ】


「よしよし、タロウ。いゝ子だぞ。よくやつた」じろさんにはそれが、タロウの慰めになるのか分からなかつたけれども、兎に角次なる鰐革の魔手からは、一味は逃れた。

 仕事料を附帯しない不毛な仕事- だが、一味にはそれで充分だつた。タロウの忠誠が、邪戀(さう云つては何だが)に打ち克つたのだ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈邪戀とは戀に清きを望む言命を捨てる覺悟もせねば 平手みき〉



 犬の習性とはそんなもんです。増してやロボットならば、尚更。と云ふ譯で、今回は閉幕。ぢやまた。




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