すべて終わってしまったのでしょうか...?
三時間が経った。
最初の轟音が空を引き裂いてから三時間──。
誇り高く、傲慢だった王都は、今や炎の海へと変わり果てていた。
賑わっていた商人や行列の通りは、もはや悲鳴と瓦礫と散らばる死体で埋め尽くされている。
焼きたてのパンや香辛料の香りに満ちていた空気は、血と焼け焦げた肉の臭いに染まっていた。
建物は次々と爆ぜた。貴族の邸宅も、庶民の店も、小さな祠も、食糧庫でさえ──例外なく。
予兆もなく、警告もなく。
一瞬の静寂の後、赤い閃光が走り、大地を裂く衝撃が襲うのだ。
人々は逃げ惑った。
家族を探して叫ぶ者。神を呪う者。声を枯らし、ただ虚ろに立ち尽くす者。
絶望に沈みながらも、遠くにそびえる王城を睨みつける。
炎を物ともせず、傲慢に聳える象徴。
「姿を現せ! 臆病者め!」
「元凶は王国だ!」
「王を引きずり下ろせ!」
灰と血に染まった広場で、群衆は声を張り上げた。
傷だらけの顔と腫れた目をした民衆は、亡骸を抱えて城門前へと押し寄せる。
それは悲痛な光景であると同時に、雄叫びだった。──もう我慢の限界だ、と。
だが、王国は沈黙した。
精鋭の兵士たちは大盾を構え、冷たい視線で民を睨む。
その刃は、外敵にではなく、自らの民に向けられていた。
城内はさらに陰鬱だった。
王は玉座に座り、震える手で肘掛けを掴む。
血の気を失った顔、落ち窪んだ目。黄金の衣は汗で濡れ、輝きを失っていた。
「……なぜだ! どうしてこんなことに!」
王は銀杯を床へ叩きつける。
大理石に砕けた破片が散り、無様な誇りの欠片のように煌めいた。
大臣たちは俯き、一言も発しない。
宮廷魔導師たちは硬直し、騎士団長は床を見つめて己を消そうとする。
「勇者はどこだ!」
王の叫びが響く。
扉が開き、黒髪の若者が現れる。
王国の勇者──ジェイデン。
その瞳は鋭く燃えていたが、まだ少年の面影を残している。
清廉な姿に民は希望を託した。だが今、その希望すら揺らいでいる。
「ここに控えております、陛下」
「外の惨状を見たか! 爆発は止まらぬ! 貴様は何をしていた!」
恐怖に紅潮した王の顔は、怒りではなく怯えに満ちていた。
ジェイデンは頭を垂れる。
最初の爆発から彼は走り回り、必死に人々を救った。
だが彼が駆けつける度、別の場所で爆発が起きる。
法則はない。隙もない。まるで見えぬ手が彼らを弄んでいるかのように。
「……申し訳ございません」
その声は掠れ、震えていた。
王は鼻を鳴らし、大臣らを睨みつける。
「このままでは王国が滅びる! 民に討たれるのを待てというのか!」
誰も答えなかった。
窓の外、再び轟音と赤光が城を揺るがした。
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狭い路地では、もはや待つ者などいない。
人々は倉庫を襲い、残る貴族の家を焼き払い、役人を吊るし上げた。
正義は高潔な理想ではなく、復讐の別名と化した。
一人の母親が、無残に砕けた我が子の傍らに跪く。
涙は枯れ、虚ろな目が炎と煙の彼方を見つめる。
「……なぜ……なぜ沈黙しているの、勇者様……?」
憎悪が王城へと向けられる。
「勇者など王国の操り人形だ!」
「本物の勇者なら、今ここにいるはずだ!」
囁きは膨れ上がり、やがて毒となる。
勇者は救世主ではなく、裏切り者だ──と。
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崩れ落ちた塔の残骸に、一人の男が腰を下ろしていた。
風に運ばれる灰を受けながら、彼は払うこともせず、ただ薄く笑う。
鋭い眼差しに炎が映り込む。
「……フフフ。どうだ、圧し潰される気分は。何も守れぬまま崩れ落ちる景色は……苦しいだろう?」
レイの呟きは、焔に溶ける。
耳の奥で響く、異質な声。人ならざる声──ヌエクス。
『……楽しんでいるな、ボス。悲鳴も、血も、消えゆく命も……その全てが甘美な糧だ』
レイは炎を見据え、淡々と告げる。
「……二十五棟崩壊。死者五千五百。美しい数字だろう」
『ハハハ! 美しい! 盛大な供物だ、ボス。感謝するぞ!』
「……当然だ。これは計画などではない。──野望だ」
目を閉じ、遠くの悲鳴を旋律のように聞き入れる。
世界は崩壊する。だが彼にとって、それは舞台。
そして自分は、最上の観客席に座している。
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ジェイデンは炎の道を駆ける。
息は荒く、体は傷だらけ。それでも足を止めなかった。
泣き叫ぶ人々。灰となった家族を呼ぶ子供。
「安心しろ! 俺がいる! 必ず守る!」
だが、その叫びの直後、隣の建物が爆ぜた。
逃げ惑う人々が、まとめて炎に呑まれる。
血が彼の頬を染め、目が大きく見開かれた。
……一人すら救えない。
それでも歯を食いしばる。
自分は勇者だ。諦めるわけにはいかない。
その時。冷たい声が、彼の耳に落ちた。
「勇者、だと? まだそんな称号を信じているのか」
振り返ると、瓦礫の影からレイが現れる。
静かに歩み、虚無を宿す瞳でジェイデンを射抜く。
「……レイ……?」
喉が詰まる。共に戦った記憶が胸に蘇る。
だが、その眼差しは全てを拒絶していた。
「なぜ……こんなことを……?」
哀願するような声。
レイは薄く笑む。
「……この世界は、滅ぶべきだからだ」
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戦いは避けられなかった。
ジェイデンは剣を抜き、光の加護を纏う。
レイはヌエクスを纏い、ただ手を掲げる。
大地を揺らす激突。炎と光の衝突。
民の悲鳴を背に、二人の力が交錯する。
「目を覚ませ! 俺たちは──!」
必死の叫び。だが、レイには雑音に過ぎなかった。
「……お前を友とは呼ばぬ」
冷たく告げると同時に、最後の一撃を放つ。
剣は砕け、ジェイデンの体が崩れる。
血に濡れた瞳が空を映し、唇が震える。
「……なぜだ、レイ……」
答えはない。
レイはただ背を向け、去っていった。
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爆発は続き、王都の九割が灰に帰した。
炎に飲まれず残ったのは城だけ。
恐怖に顔を歪めた貴族と王は、民を置き去りに逃げた。
向かう先は、忘れ去られた古き神殿。
瓦礫の頂に立ち、レイは燃え盛る都を見下ろす。
夜風が焦げた肉の臭いを運んでくる。
「見ろ、ヌエクス。これこそ破滅の交響曲……まだ序章に過ぎん」
『フハハ! 最高だ、ボス! 世界はお前の前にひれ伏す!』
レイの唇が冷たく歪む。
背後に炎、夜空に響く断末魔。
その夜、王都は死を迎えた。




