第三のアーティファクト
皇宮の客間に身を寄せてから一週間。
レイは、今のアルセリアについて十分な情報を集め終えていた。
もう、無駄にする時間はない。
次の目的地へ向かう準備を整えていた、その夜。
静けさを破る足音が、背後から響いた。
現れたのは、第一王子――ローラン。
「出発する前に、どうしても話しておきたくて……」
気まずそうに立つ彼は、悲しげな目でレイを見つめていた。
「レイの死のスキャンダル……知っているんだよね? 本当に、あれは……申し訳ない。
あの時は、俺も……知らずにやってしまったんだ。父上にも何度も止めるように頼んだけど……だめだった……」
苦々しい声。悔やんでいるような色が、その言葉の端々ににじんでいる。
だが、レイはただ静かに頷き、薄く微笑んだ。
その笑みは、目にまでは届かない。
「……辛かったんだね。大変だったろう」
まるで、相手の感情に寄り添うように。
だが、心の奥では冷ややかな声が囁いていた。
(綺麗な芝居だな)
――あの時、噂の中心にいたのはローランだ。
微笑みながら、レイ・アーンの妻を腕に抱いていた、その男が。
偽りの同情など、今さら何の価値もない。
だが今は、弱き被害者を演じる方が、遥かに“使える”。
最後の形式的な別れを終え、王や重臣たちへの挨拶も簡潔に済ませた。
持っていくべきものも、惜しむものも、何もない。
旅は、再び始まった。
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三日後、彼は到着した。
「グレートフォレストの谷」――
何世紀にもわたり、憎悪を飲み込み続けた聖なる森。
そこに眠るのが、第三のアーティファクト――《フヴィクス》。
癒えぬ呪いと恨みの残滓から生まれた、歪な魔具。
その在り処は、迷宮のような幻影の中にあった。
道しるべもなく、出口も見えない。
常人なら、一生を彷徨っても辿り着けない“罠”。
だが、レイは常人ではなかった。
すでに手にした二つのアーティファクトの力を借りて、迷路は無力化された。
まるで、自ら跪くかのように。
そして、そこに――
ひび割れた石の祭壇の中心。
時の流れにさえ取り残されたような場所に、それは静かに佇んでいた。
《フヴィクス》。
触れた瞬間、呪いの逆流が全身を貫いた。
反射的に口から血があふれ出る。
体中が硬直し、魔力の流れが暴走する。
それでも、レイは止まらなかった。
舌を噛み、吐き気をこらえながら、力づくでフヴィクスを自分の魔術回路に叩き込む。
肉体が軋む。精神が裂ける。
それでも、彼の意志は揺るがない。
内側から壊され、再構築されていく。
汚れ、痛み、狂気……すべてを己に取り込むことで、力は“還ってきた”。
最終的に――
《フヴィクス》は、完全に吸収された。
祭壇の上で、彼の身体は倒れ込むように沈んだ。
だがその瞳は、かつてのように金色の光を宿していた。
わずかずつ、しかし確実に。
“かつての力”が戻ってきている。
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日は傾き、夜が森を支配し始めた。
レイは、そのまま《フヴィクス》の祭壇で野宿を選ぶ。
そして翌朝。
木々の隙間から最初の陽光が差し込むと同時に、彼は歩き出した。
軽い準備運動として、森の魔獣たちを相手にする。
そうして現れたのは――
《ゴブリンロード》。
殺気をまとう、野獣の王。
通常であれば、五人の司令官が束になっても倒せない凶悪種。
だが、レイはただ――薄く笑った。
一閃。
次の瞬間、ゴブリンの首が宙を舞い、地に落ちた。
「……これで終わりか?」
その呟きは冷たい。
「……まだ半分も、戻っていないんだが」
死体に目もくれず、彼は再び歩き出す。
残るアーティファクトは、あと三つ。
どれ一つとして、逃れることはできない。