準備
朝の空気はとても心地よく、小鳥たちのさえずりが優しく響いていた。風は柔らかく頬を撫で、世界が少しだけ優しくなったように感じる。
そんな静かなひとときの中、ぼんやりと空を見上げていた俺のもとに、ジュリエットが近づいてきた。
「おはよう、レイ。何してるの?」
「いや、特に何も。ただ……アーティファクトがどこにあるか、考えてただけさ」
俺の答えに、ジュリエットは軽く頷いた。
「そうなんだ。で、これからの予定は?」
「未来のことはあまり考えてない。今はただ、力を手に入れることだけを考えてる」
「それが一番大事よね。私たち、まずは強くならなきゃ」
朝の柔らかな日差しの中、俺たちはしばらく他愛のない会話を楽しんだ。
***
だが、いくら親しくなっても、俺の中に残る“遠慮”の感情は消えていなかった。タダで彼女の家に住まわせてもらっていることに、さすがに気が引けてくる。
――ちゃんと、自分の気持ちを伝えなきゃな。
そう決意し、ジュリエットの前に立った俺は、少し緊張しながら切り出す。
「あのさ、ジュリエット。実は……」
「な、なに!?ま、まさか……私のことが好きとか!?」
「……は?」
いきなり顔を赤くしながら叫ぶジュリエットに、俺は一瞬フリーズした。
「ち、違うって!そういうんじゃない!俺は……ここで働かせてもらえないかって話をしようとしてたんだ」
「あ、そういうこと……てっきり告白かと思って焦ったわ。だって、ほら、よく小説とかでありがちじゃない?」
「まぎらわしい反応やめろ……」
俺はため息をつきながら言った。
「とにかく、タダで居候してるのが気まずくてさ。働けるなら、何でもやるよ。メイドでも何でもいい」
「ふふっ、実はちょうど一人、使用人が逃げちゃってね。そこに入ってくれる?」
「もちろん。助かるよ」
***
翌日、俺は支給された制服を手にしていた。だが、どういうわけか他の使用人たちとは少し違うデザインだ。少し目立つ……が、俺は気にしなかった。
「それで、ジュリエット。アーティファクトの場所は分かったのか?」
「ずいぶん急ね。復讐心が強いのかしら?」
「当たり前だ。もう、時間を無駄にはできない」
ジュリエットは少し黙ってから、静かに語り始めた。
――アーティファクトは「呪われた悪魔の洞窟」と呼ばれる、シャウン洞窟にある。そこはアシュター大陸、魔王が生まれたという、忌まわしき地。
「なるほど……ありがとう、ジュリエット。三日後、そこへ向かう」
「もし良ければ……私も一緒に行っていい?」
「構わないけど、俺がモンスターに食われても泣くなよ?」
「泣かないよっ!」
冗談を交えつつ、俺たちは旅の準備を始めた――それぞれの決意を胸に抱えながら。