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第7話:クソだ、クソだ



 驚くべきことに、母はこの二年間で五人もの男を取っ替え引っ替えした。年上の人もいれば私とさほど年齢が変わらない人もいたし、一年続いた人もいれば三日で別れた人もあった。私は最初の人としか会ったことはなく、二人目から後は話に聞くだけだったが、少なくとも母の恋は建設的と言えるものではなかった。そもそも母は、今後誰かと結婚するつもりはないとつねづね語っていた。母がやっているのは、多くの人が十代や二十代のうちに経験するような、将来性を伴わない恋愛だった。


 私も大学時代のある一時期、その手の恋をハシゴした。結婚することはないだろうという予感とともに男を愛し、予感のとおりに別れるという恋愛を。諦観というスパイスのきいた恋愛では、優しい男も冷たい男も、誠実な男も不真面目な男も平等に愛せた。けれど、出会いと別れを繰り返すたび、人生の一区画を浪費することの意義もまた感じていた。


 人生のアポトーシスじみた恋愛は結局、六番目の男に顔を殴られるまで続いた。


 週末はいつもあなたの部屋に私が押しかけていたが、今回は久々にあなたのほうからやってくるというので、私は部屋を念入りに掃除していた。真夜中に掃除機をかけるのはさすがにデリカシーがないだろうかと逡巡していると、母から着信があった。母は電話口から酒の臭いが漂ってくるのではないかというくらい酔っていて、傍らで男の人の声がした。


「いま何時だと思ってるの」


 仕事と掃除の疲れで苛立っていた私は思わず語気を強めた。


「あら、まだ宵の口じゃないの」

「疲れてるの。今日は遅くまで仕事だったし、明日は彼が家に来るから部屋も片づけないといけないし」

「夜遅くまで働かせる会社も彼氏もクソよ」


 母は大笑いし、その背後から「クソだ、クソだ」という男の声が響いた。


「彼のことを悪く言わないで」


 二人の品のない声を聴きながら、なぜ母は父と別れようと決心したのだろうと考えた。父は不器用だけれど真面目な人だった。浮気もしなかったし、仕事は忙しかったけれど、決して家庭を顧みなかったわけではない。私の運動会には毎回応援に来てくれたし、誕生日には欲しいものをなんでも買ってくれた。


 少なくとも私には、母が父と離婚すべき理由は見当たらなかった。ただ、母は私に言ったのだ。「離婚しない理由はなんなの?」と。父は母と離婚してからずっと独りで、私がときどき会いに行くとすごく喜んだ。


「なんにせよ、お酒も男もほどほどにして」

「心配しないで。私はもう六十手前なの。ものごとの嗜み方ってものをちゃんとわかってる」

「彼も心配してた」

「私を? どうして?」


 母の声が急に落ち着きを取り戻したので、私は戸惑った。


「だって、ほら、将来は義理の母親になるかもしれないんだし」

「優しい恋人だね。大切にするんだよ。ちゃんと互いを見て、よく話をすることだよ」


 そう言って、母はまた大声で笑いだした。その横では男が呪文のようにずっと「クソだ、クソだ」と連呼していた。母はきっとすぐに別れるだろうな。けれど、私はどうだろう。母にはああ言ったけれど、じっさいのところあなたと結婚する未来が私には見えていなかった。


 ちゃんと互いを見て、よく話をすることだよ。電話を切ったあとも、母の言葉が耳から離れなかった。確かに私たちはちゃんと互いを見て、よく話をするべきだと思った。

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