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シリアス・シリアル

 背中に小さな違和感を感じて僕は起きた。と言うより、あんまり寝れなかった。

 違和感の正体はシエルで、なぜか抱き着いてきている。僕らは今、同じ布を布団代わりに寝ているので、確かにお互い密着していないと布からはみ出てしまう。

 シエルのしている事は、だから理屈では筋が通っていて、でも恋人でもない二人が同衾しているのですら問題なのに、さらに抱き着くのは精神面にも良くない。


「ねぇ、起きてる?」


 起きてるって言おうとして、口をその小さな手で塞がれた。


「あのね、別に聞いて欲しいんじゃなくて、これはあんたが寝てるから、ちょっと心細くなって、嫌な事を考えた女の子の、寂しくて出ちゃった、本当に些細な弱音だから、」


 凄く小さな声で、途切れ途切れに呟く。


「あたしは、あんたの思うシエルはこんなやわな子じゃなくて、したたかな強い子だから、」


 頑張って震える声を紡ぐ彼女に、小さくうなずく。

 意図は察したのか、口に回された手を胸に添えられ、震える体を押しつけてから、独白を始めた。





   ¢





「あたしはね、シルビアって言う小さな田舎町に住んでたの。お母さんはね、プルムパイを作るのが凄く上手で誕生日にはよく一緒に作ったんだ。お父さんは工場で働いてて、戦争が始まる前は馬車の金具とか作ってたんだって」

「お父さんはね、一ヶ月くらい前に戦争で死んじゃったの。その半年くらい前に徴兵されたんだ。徴兵の対象が『四十歳以上の農業もしくは工業に従事してる男』で、お父さんはその対象になったんだ。」


「死ぬのはあっけなかったよ。ポストマンに貰った黒い紙切れに赤い文字でね、『ルクルド=ファラード、ミルヘン街道にてお国に殉じる』って。たった一文しか書いてなくて。その黒い紙が、お父さんの残りだったんだよ」

「実感なんか湧かなくてね、死体も骨も残らなかったからなーんにもお父さんらしいものは帰ってこなかったの。出発前に見せてくれた帽子も、ドックタグも、二等兵のバッチも、お父さんが好きな煙草の吸い殻一つ帰ってこない。今でも悪い冗談で、国を挙げたどっきり何じゃないかって思っちゃうんだ」


「その日はね、周りの人が泣いて、でも私もお母さんも泣けなかった。ガードにね、『旦那さんはお国のために死ねたから、それは名誉なことなんだ』って言われてね。ただ周りに、ガードの言ったことを繰り返すだけだった」

「でもね、周りに挨拶して、夜部屋の布団に入ってね。ふっと、煙草の臭いがしたんだ。お父さんが吸ってる煙草。煙たいから止めてってあたしはいつも言ってた臭いがしたの。そしたらさ、なんか無性に泣きたくなって、わんわん泣いた。別にお父さんのことなんか好きじゃないし、洗濯物一緒にされると最悪って思ってたのにさ。ものすごく悲しかった」


「多分三日くらいだと思う。泣きつかれて眠って起きたらまた泣いてを繰り返してたから詳しい時間は分からないけど、多分三日くらい。急におなかが空いて食卓に行ったらプルムパイがたくさんあったの」

「お母さんがね。たくさんたくさん作ってたの。もう山のように。あたしはおなか空いてたから、遠慮なく、むしりとるように食べたんだ。でもね。甘いはずのプルムパイが、しょっぱかったの」

「お母さんの作るプルムパイは、ほっぺが落ちちゃいそうなほど甘いんだ。でも、山のようなプルムパイは全部しょっぱかったの。後で分かったんだけど、砂糖と塩を間違えてね。プルムパイが凄く塩辛いんだ」

「あたし言おうとしたんだ。『お母さん、これ凄くしょっぱいよ』って。でもお母さん、『もうすぐお父さんが帰って来るから、美味しいプルムパイ作らないと。リクもプルムパイ好きでしょ?』なんて言うから。あたし、言い出せずに美味しいよ美味しいよって、舌がヒリヒリするの我慢して食べてた」


「暫くしてね、変な人がきたの。お母さんと話して、あたしと目があったのは覚えてる。よく分かんないけど、怖かった。よくわかんないけど怖かった。あたし、関わらない方がいいのかなって思って、その人が来たら、あたしは部屋に鍵を掛けて部屋に閉じ籠ってた」

「最初は少し話して帰るだけだったんだけど。だんだん話す時間が長くなって、そのうち変な人があたしの家に泊まるようになった。それでね、あたしももう十八だから。何があったのか、分かったの。分かっちゃったの」

「凄く気持ち悪くて吐き気がして、今すぐあたしとお母さんとお父さんの家から出てけって追い出したかった。そしてお母さんに思いっきりビンタして、いっつもされてるお説教を仕返してやるの。お母さんは泣いてごめんなさいって謝って、そしたらお父さんが帰って来て、どうしたんだ、リク、お母さんに何かしたのかって、あたしに怒るの。でも、あたしもお母さんもお父さんに泣き付いちゃって、うん、そんなことを部屋に閉じこもってずっと思ってた」

「何回か、勇気を出して言ってやろうと思ったの。でもね、塩辛いプルムパイを作るお母さんと、夜中トイレに起きたら泣きながら抱き合ってるお母さん見たら、何にも言えなかった。駄目だって、大声あげて泣き叫びたかったけど、あたしに出来なかった。それからは部屋に桶置いといて、夜中部屋から絶対出ないようにしてたんだ」


「あ、リクってあたしの事ね。リクシエルでリク。あんたみたいで単純でしょ? ……あんたはあたしのことリクって呼ばないでね」


「それから少ししてから、手紙が届いたの。ポストマンが直接手渡すものじゃない、一般の郵便物。それにね、好きですって書いてあった。『ずっと見てた』とか、『誰よりも好きだ』とか、そんな感じ」

「どこかで見たのか、変な人があたしに付き合えばって言ってきたの。でもさ、知らない人から好きだなんて言われても気持ち悪いだけなんだよね。だから、あたしは、断ったの。断っちゃったの。嫌だって、変な人に言っちゃったの」


「それから手紙はエスカレートして、今日のスカートにあってたよとか、あんな肩丸出しのワンピースは俺の前以外で着るなとか。トイレの回数が書かれた時は、本気で寒気がした」

「変な人も、あたしを邪険にし始めたの。お母さんが欲しいのであって、あたしは邪魔だったみたい。しつこくその人と付き合えだとか、色々言ってきてね。お前を養うような金はないっていうのが一番辛かった。だって、あたしをその人に押しつけようって魂胆丸見えなんだもん。どこにも居場所はないんだって。あたしは要らない子なんだって、悲しかった」


「買出しから帰ってきたら、あたし誘拐されちゃった。誘拐なのかな? よく分かんないけど。家に帰ったら変な人とお母さんと、知らないオジさんがいたの。知らないオジさんはね、あたしを見て、『両親に許可は貰ったから、結婚しよう』って、あたしを押し倒して、無理やり、引き摺られて、あたしの部屋に、髪引っ張られて、……ごめん、思い出したくない。言えるのはね、凄く痛くて泣きたくて、好きな人にあげたかったもの全部取られちゃったの」


「気を失う前にね。お母さんの顔が見えたんだ。もしかしたら気のせいかもしれないし、あたしの思い違いかもしれないけど、お母さん泣いてた。目を真っ赤にして、泣いてた。でもね、あたしの心がささくれ立ってるからかもしれないけど、ほっとしてるようにも見えた。お母さんも、あたしを疎ましく思ってたのかもしれない。もしかしたら、あたしにお父さんの面影が残ってて、あたしを見る度に罪悪感を感じてたのかもしれない」


「そうそう、誘拐犯だけどね、汚ないオジさんなの。薄汚れた胸当てをした、四十後半五十前半くらいの、お父さんくらいの年のオジさん。あたし十八だよ? 笑っちゃうよね。それでね、あたし、気を失う前に諦めたの。ぜーんぶ。心情も感情もプライドも体も、ぜーんぶ。好きな小説に出て来る人はさ、こういう時は絶対屈したりしないんだけど。あたしには無理だった」


「それで、体が揺れて、目が覚めたら君がいたの。あぁ、あたし売られたんだ。なんて思っちゃった。ごめんね」


「この人はいつあたしを抱くんだろう、なんて思ってた。記憶喪失なんて絶対嘘だから、どうせ抱かれるなら今のうちに反抗してやるって。でもさ、君はバカだった。大した反撃もせずに、小娘なあたしにボコボコに殴られてた。顔パンパンに腫れて、ろくに喋れてないの。あたしなんか、何でもいいから突っ掛かって、君を傷つけてやるって思ってたのに」

「それでね、最初は力がないんだって思った。もしかしたら、あたしは自由になれるんじゃないかって期待した。少しやり過ぎたかなとは思ったし、人手は欲しいし、あの物作りの能力は便利。だから優しくしたんだ。うん、あの膝枕は打算に溢れた行動なんだよ」


「でも、君は凄いね。どんな魔法使ったのか知らないけど、ちっちゃな砂粒分解して、馬鹿みたいなマナつくるんだもん。それを操作して、光で川を割るんだよ? この人はあたしなんか、やろうと思えば骨一つ残さず消せるんだって思ったら、凄く怖かった」

「川からここまでの道のりで、ふと疑問に思ったの。ところで、なんであたし生きてるんだろうって。人一人くらい簡単に消し飛ばせる人間を、あんなに殴って、殴って、殴って。なんであたしは生きてて、抱かれないんだろうって。なんでこの人はあたしに優しくするんだろうって」


「そうしたら、急に今までの私が凄く醜く見えた。君、サラダの夕食で塩欲しいなって呟いたでしょ? 聞こえてたの。確かに苦かったし、塩あればマシになりそうだなってあたしも思った」

「そしたら、お母さんのプルムパイ思い出したの。すっごく塩辛いプルムパイ。あの時、お母さんに塩辛いから美味しくないとか、お父さんは死んだんだよって言えば変わったかなって。寂しさに負けて、変な人に体許さなかったかなって」


「あたしさ。結局お母さんに棄てられたけど、先に棄てたのはあたしだったかもって思った。先に見てられなくて、お母さんの心が壊れて行くのに止めなかったあたしが先にお母さんを見捨てたのかなって、考えちゃった」


 ぎゅっと、背中のぬくもりが増した。シエルも僕も森も沈黙を守ってて、それから思い出したかのようにチリチリチリと虫の声が響き渡った。






「……ねぇ。君、名前は?」


 寝た振りはいいのかな?


「ごめん。寝てる人は答えれないね」


「う~ん…………ねぇ。本当に記憶喪失?」


 僕はうなずく。


「そっか」


 シエルは一度間を置いて、


「そっか」


 と小さく呟いた。


「ねぇ。あたしが名前つけていい? ダメって言ってもつけてやる」

「シルバ。うん、あんたのことシルバって呼ぶ。あたしの住んでた町、シルビアって言うんだけどね。シルビアは、神の住む所って意味なの。神って言うのは、最高神シヴァの事で、破壊と再生の神様なの。シルバ。本当はシヴァがいいけど、人前でシヴァなんて呼んだら教会の人に捕まっちゃうから。だからシルバ。ねぇ――――――――。なんてね」


「ありがとう! 聞いてくれて、少しすっきりしたよ。もう起きてもいいからね」




 いやいや、この空気でどう起きろと。無茶振りにも程がありますよ。





 あと、名前ありがとう。

やっと名前決まりました。いつまでも『あんた』は可哀相かなと←

次回更新は二十六日以降の予定です。

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