表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

甘い毒りんごと苦いチョコレート

 僕はあのオッさんと逆の道を行くことにした。オッさんが仲間連れて戻ってきたら僕にはどうしようもないからね。

 あ、そうそう。裸足は痛いから足に布を巻いといた。草で切れたら嫌だからね。

 鬱蒼と生える木々に、素人らしく方向感覚を狂わせながら、でも気持ちだけは狂わないようにひたすら歩いた。






 歩くついでに色々整理しようと思う。僕もこんがらがってるから、ゆっくり思い出すのは後回しだ。


 まず起きた場所。

 体育館みたいに広い空間だった。壁は耐震偽装丸出しの泥壁だ。あんな広くて暗くて泥臭い場所で起きた。

 石ころとかごろごろ転がってたし、多分まともな場所じゃないんだろうな。いや、文明レベル分からないから何とも言えないけど。


 次。力。

 これはよく分からない。

 とにかく、物を食べて吐き出せる。分解して吐く事もできる。ある程度形を整えて吐き出せる。なんか汚い。

 この力の理屈はウニャウニャーっと分かるんだけど、口で説明出来ない。ウニャウニャーは後で考えよう。


 最後。汚れたオッさんと裸の少女。なんかやだなこの言い方。

 分からない事だらけだけど、いい歳こいたオッさんが暗い地下室に裸の少女を連れ込む。なんかエロスの匂いがする。

 種の繁殖とかの観点じゃ普通だが、人の倫理的道徳的良心的に正しくない。

 だから、きっとあそこから連れ出したのは正しい判断だったはず。


 それに、かわいいし。

 …………忘れて?




 そしてこれからの僕の行動。

 まず僕は現状を理解しなくちゃいけない。それは必要な事だ。

 ここがどこで、僕は誰で、どうしてこうなったか。これが分からないとこの先どうすればいいのか分からない。

 まず一番最初の『ここがどこ』は多分少女に聞けば何とかなるだろう。

 だから、現状で一番情報を持ってて安全に話が出来そうな少女を庇うのは仕方ない事なんだ! 下心はちょびっとしかないんだ!!


 うん、ごめん。落ち着くよブラザー。

 僕は誰でどうしてこうなったか。それは僕の記憶が手っ取り早いだろうな。

 しかしまぁ、どうやって記憶を取り戻すか。旅でもしてみるべきだろうか?











「んむ……ふぁあ」


 あ、女の子が起きた。目が合った。


「やぁ、こんにちは」


 きょとんとしてる。かわいいね。じゃなくて!

 そういえば言葉はちゃんと伝わるのだろうか。もし伝わらなかったら僕と彼女の愛の語らい……げふんげふん。

 僕と彼女の情報交換が出来ないじゃないか! それはマズい!


「えっと、言葉、分かりますか?」

「あ、はい」


 良かった、伝わってるらしい。


「……って、え!? ここドコ!? あんた誰!? わたしも誰!?」


 あれ、この子も記憶喪失?


「僕には、ここがドコで僕が誰で貴方が誰なのか分かりませんよ?」

「えっと、なんで抱き上げられてるのかな? この布は?」

「森の中で寝てて、裸だったので取りあえず」

「叫ぶべき?」

「色々考えてた事が頭から抜けちゃいそうなんで勘弁です」


 勘弁してといったにも関わらず、女の子はすぅっと息を吸って、


「キャアアアァァァァァアアア!!!!!」


 大音量で悲鳴を上げやがりました。










 耳痛いし、驚いて女の子落としちゃった。女の子は痛っで小さく悲鳴をあげてから、バッと僕から離れようとして布に引っ掛かって転んだ。

 かわいい。じゃなくて。


「えっと、僕は怪しいオッさんじゃなくて、あ、これ紐。布ずれ落ちないようにこれで縛って下さい。肩見えててセクシーですよ」

「ギャー、後ろ向け後ろぉ!」


 僕から紐をひったくると、思いっきり僕を殴った。素晴らしい右ストレートだった。パーフェクト、ワンダフォー、ビューティフル。

 ぐらつく視界をなんとか落ち着かせながら後ろを向く。グワングワンと揺れる世界にグラングランと揺れる理性。

 だって、ねぇ? 布が擦れる音がして、周りにはかわいい女の子しかいなくて、僕は立派な男で、ねぇ?


「……いいわよ」


 しばらくがさごそやって、振り向きたい衝動をどうにかこらえてると許しが出たんで振り向く。どうやったのか首から下は綺麗に、無慈悲に布で覆われてた。腕すら出てない。


「で、なんでこんな事になってんのか説明してくれるんでしょうね。出なきゃガード呼ぶわよ」


 ガードって警察だろうか? それは困る。


「ええっと、まず自己紹介からしませんか?」

「名乗るならまず自分からしたら?」

「いやぁ、その、僕記憶喪失でして。名前も何してたかも分からないんですよ」

「ふーん」


 うわ、この目信じてないよ。そりゃそうだよな、僕も立場逆なら信じれないよ。


「君の名前は?」

「……リーシャ」

「本名は?」

「あんたやっぱりあたし狙いの誘拐犯?」


 うん、偽名でしたか。やっぱりね。


「誘拐犯って?」

「いや、脅迫状送ってきたのあんたでしょ?」

「だから僕記憶喪失」

「ちっ」

「舌打ちしないで。さっきのウス汚ない胸当てした人かな?」

「……………………」

「……………………」

「…………リクシエル」

「え?」

「あたしの名前! リクシエル=ファラード! 誘拐したのあんたじゃないって分かったから教えてあげるの!」


 目が泳いでます。絶対今の今まで犯人の顔忘れてましたよこの子。


「まぁいいや。脅迫状って?」

「赤文字で紙いっぱいに細かい字で『好き』って」

「……そりゃ怖い」

「あたしも怖かった」


 うん、あれは怖いよ。一回やってみるといい。怨念がこもってるみたいで怖いから。


「ところでここドコなの?」

「僕には分からないなぁ。目茶苦茶広い地下室っぽい場所で誘拐犯(仮)さんに会って、誘拐犯(暫定)さんが逃げ出した方向と反対方向に進んだから」

「なんで誘拐犯(確定)は逃げたの?」

「さぁ? 誰かに会うと思わなかったんじゃない? ところで地下室っぽいところがある森ってしってる?」

「んー……あたしは知らないけど」

「そっかぁ……」


 う~ん、スタートからさいころ振ったら振り出しに戻った気分。


「ところでさ。文化について教えて欲しいんだ」

「文化? なんでまた」

「いや、記憶喪失って言ったでしょ? 記憶があるのは出入り口塞がれて真っ暗な地下室の中からだけなんだよ」

「あ、そうなの。でも文化って言われても」

「明かりはある?」

「ガス灯の事? あるわよ」

「車は?」

「車? 馬車の事?」

「電気」

「偏屈者の無駄な研究ね」

「トイレ」

「変態」

「道」

「道って何よ」

「舗装されてる?」

「都心部はね」

「戦争は?」

「真っ最中ね。ルーゼンブルグ連合軍とアルゼニア同盟軍でね。南北戦争なんて言われてるわ」

「んー……武器で一番最近出たのは?」

「機関銃って言うの? バババババって凄い騒音で人をたくさん撃ち殺したって新聞に書いてあったわ」

「あー、うん。ありがとう」


 結論。近世前半辺りの文明レベルみたいです。でも車や電気がない辺り少しレベルは低いかもしれない。

 異世界ものなら普通は中世じゃないのかなぁ?


「で、あたしからも聞かせてもらうけど」

「なに? 答えられる範囲なら答えるよ」

「これからどこ行くの?」

「……………………」

「……………………」

「考えてなかった」

「馬鹿じゃないのっ!」


 どーしよー。誘拐犯(仮定)さんから逃げる事しか考えてなくて、今夜のことまったく考えてなかった。


「あわわわわ」

「落ち着けバカっ! えっとまずは何だろ、必要なもの、生活の基本はえっと、そう、衣食住! 衣食住よ!」

「衣食住!」

「衣は雑だけどあるわね、食は……」

「ないです」

「ええい、サバイバル経験は?」

「ないです」

「食べれるものと食べれないものの見分け方は?」

「わからないで……あ、あの木の実は食べれて、あの山菜はアクが強くて苦いけど食べることはできますよ」

「よし、食料調達を命じる」

「住は?」

「…………役割分担だから仕方ないわね、あたしが何とかするわ」


 出来るのかな?


「雨風をしのげればいいのよ。ほら、ここでいいわ。お互いの位置が分かる場所で作業すること」

「はーい」


 そして僕らは離れた。地面に生えた山菜を何個か引っこ抜き、手にもてるだけ持って集める。

 途中で手が切れたりして痛いけど、リクシエル……シエルでいいか。シエルは親指ほどの太さの蔦相手に石を振り下ろしてる。向こうのほうが大変そうだから、僕が弱音はくわけにはいかないよなぁ。

 そうやって日が沈みかけて辺りが暗くなることには僕は山のような山菜に木の実、キノコまで集めることに成功した。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……蔦、切るの……大変、なのね」


 息も絶え絶えにシエルが言う。さすがに心配だ。女の子だし。


「後は僕がやろうか?」

「いい。私だけ何もしないわけにはいかない」


 ちらりと僕が集めた食料の山に視線が行った。うーん、良かれと思ってやったのが返って負担になったのか。


「じゃあ手伝うよ。僕も何もしないわけにはいかないから」

「そう……じゃあ蔦を木に結んで、洗濯紐みたいにして。私は上に乗せるもの、集めてくるから」

「いや、それは僕がやるよ。シエルが蔦を結んでて」

「シエル?」

「リクシエルだからシエル。駄目だった?」

「……まぁいいわ。じゃあお願いね」

「うん」


 シエルが切り落とした蔦を木の幹と枝の付け根の辺りでしっかりと結んだ。なるほど、それならそんなに重くない限り落ちないだろう。


 さて、僕だ。上に乗せるもの。で、雨風をしのげるもの。

 布。雨漏りが悲惨すぎる。

 葉。相当大きくないとかけれない。

 石の板。蔦が重さに耐えれない。

 むむむ、相当難しくないか?


 そうこう考えてるうちにシエルは結び終わったらしく、僕に近づいてくる。


「そっちはどう? 集まった?」

「いや、何を集めればいいやら」

「…………ごめん、言ってなかったね」

「なに集めるつもりだったの?」

「まず木の枝。これを蔦と蔦の間にかける。次に葉っぱをその上に乗せて、最後に、その……」

「…………?」

「ええっと、うーん……その、ね?」

「何?」

「服を、使って風除けにするの」

「ふーん」

「ふ、ふーんって何よ! あたしのもだし、あんたのも脱ぐのよ! それで一緒に寝るのよ! 裸で!」

「へぇー……え?」

「勘違いしないでよ、仕方なくだからね、風除けが他にないから仕方なくよ!」

「え……あ、うん……」

「あーもう! 木の枝集めるわよ! 早くっ!」

「あ、はい」


 多分、僕もシエルも顔真っ赤だろうなぁ、うん。暗くてよかった。

 しかしどうしよう。このタイミングで実は木があればすぐに布なんて作れますなんて言えない。

 というより、蔦なんかなくても木があれば紐も作れるなんて言ったらシエルの怒りが爆発してしまう。それは嫌だ。

 かといって、裸で一緒に寝るのは……魅力的だけど精神衛生面でよろしくない。

 うー、どうしようか。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ