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見えない先

 ゲブラーに着くと、そこにはリアンと同じ年頃の【ダート】の使い手がいた。名前はリヴァルと言い、フラムに剣を教わっているそうだ。

 リヴァルは生まれも育ちもゲブラーで、【ダート】を持って生まれたことから、生まれたときから英雄扱いをされてきたようだ。

「へえ、お前がケセドから来た【ダート】持ちか。しけた顔してんな」

「君は?」

「俺は炎の【ダート】を操るリヴァルってんだ。英雄になるんだぜ!」

 英雄。その言葉を誉のように語るリヴァルを、リアンは不思議に思う。まだ何も成し遂げていないのに、既に偉人であるかのようなリヴァル。きっと、【ダート】という特別な力を持つから、ちやほやされてきたのだろう。

 リアンもちやほやされていなかったわけではない。ただ、それで鼻を高くするようなことはなかった。

 それに、ゲブラーは思いの外、魔物や魔族と共存している。噂では魔物や魔族と対立するかもしれないのに、そのことを疑問に思っていない。それが不思議で仕方なかった。

「なんだよ、そんなこと、気にしてんのかよ」

 疑問を口にすると、リヴァルがふっと笑った。どこか鼻にかかった嘲り笑いが不快でなかったわけではないが、リアンは黙って話を聞いた。

「英雄都市ゲブラーはな、強さが全てなんだ。だから、人間より強い魔力を持つ魔族や魔物が支配していても、何もおかしくない。でも、ゲブラーの民は支配になんて、興味はない。力があるけど、その力をむやみやたらに振るうことに意味はないんだ。力に正しさを伴わせるために、力について学ばせる。それがゲブラーの方針で、魔族だろうが人間だろうが、ゲブラーに集うなら、その志は同じってわけ」

 力が全てだから、力で支配するのではなく、力の使い方を学ぶ。力あるものに種族差など関係ない、ということだろうか。リヴァルの説明は、少しわかりにくかった。

 だが、大体は理解できたので、聞き返すことはしない。あまり、リヴァルと喋っていたくなかった。

 リヴァルは【炎のダート】を使うと名乗った。リアンの【氷】とは真逆といっていい。そのため、自分の方が優位で、立場が上だと思っているのだろう。それが先程から滲み出ている嫌みっぽさなのだと思う。

 だが、実際にはリアンの【ダート】は氷ではない。冷気や熱気といった【温度】を操る【ダート】である。普通の氷は炎で溶かせるが、リアンの氷は工夫をすれば、炎では溶かせない。

 とはいえ、それでリヴァルを見下すようなリアンではない。リヴァルの【炎】だって、リアンの【氷】と同じ断片的な情報かもしれない。リアンは木造家屋の多いケセドで育ったから、建物を燃やさないで済む【氷】を主に使うようになっただけだ。リヴァルだって、同じような理由で、そうしているだけかもしれない。

 それに、師匠であるフラムが炎の使い手であるなら、弟子であるリヴァルがそれに合わせるのも頷ける。


 きっと、そうなのだろう、と思っていた。


 あれ、と思いながら、フラムの指示でリアンはリヴァルと打ち合った。

 リアンの木刀がリヴァルの切っ先を絡め取る。絡め取られたリヴァルは、上手く捌けず、木刀を取り落としてしまう。

 リアンはリヴァルの首筋にひたり、と木刀を突きつけた。そのときのリヴァルの表情からは、形容しがたい動揺が見てとれた。

 フラムは感心しているようだ。

「ほう、田舎者だと思っていたが、なかなか筋がいいじゃないか」

「え」

 褒められて、リアンは戸惑う。リヴァルの赤茶色の目が突き刺さって痛い。

 ケセドで何もしていなかったわけじゃない。ゲブラーに来るにあたって、剣の練習もさせられた。といっても、平和なケセドに剣を教えられる者など、いるはずもなく、リアンが我流で素振りをしていたくらいなものだ。

 こんな才能、あったって嬉しくない。

 ……なんてことを、リヴァルの前で言えば、リヴァルとぶつかり合うことになるだろう。せっかく同年代の友達ができそうなのに、対立するなんて、したくなかった。

「よーし、じゃあ、これからよろしくな。リアン」

「よ、よろしくお願いします」

 リアンはぺこりとフラムに頭を下げ、それからリヴァルに振り向いた。

 リヴァルはにかっと手を差し伸べる。

「よろしく! リアン」

 よかった、とリアンは安堵した。リヴァルに嫌われるかもしれない、と思っていたから。

 ケセド以外にも、優しい人はいる。そう信じられた。

 けれど。


「師匠、リアンがぁー!」

「またか……」

 家の壁を焦がしたのはリヴァルだ。こういったぼやを起こすのはリヴァルなのだが、リアンが来てからというもの、リヴァルはリアンに罪を擦り付けるようになった。

 リアンはリヴァルを責める気にはならなかった。何せ、リヴァルは案外と要領が悪く、こういうことはしょっちゅうあって、見つかるたびに大人に怒られていた。たまの言い逃れくらいなら、とリアンは許容していたのだ。

 それに、フラムはいつも気づいていた。リヴァルがやって、リアンが見逃していることに。気づいてくれる人がいるのなら、リアンも少し気が楽だ。

「リアン、ちょっと来い。リヴァルは素振り、いつもの倍な」

「なんで!?」

「三倍にしても、いいんだぞ?」

「うっ。この鬼ーーーーー!!」

「ははは、鬼人族サマ捕まえて、鬼だとよ」

 ぐぬー、とするリヴァルを置き去りに、フラムはリアンを雑につまみ上げて、連行する。リヴァルから感知できない場所へ。

 そうして、フラムはリアンに問うのだ。

「どうしてアレを許してやってんだ? 調子乗って、またやらかすぞ?」

 そう、フラムにはわからないのだ。リヴァルを庇うリアンの行いが。リアンはす、とフラムを見上げる。その目は澄んでいて、フラムが動揺する程度には、力があった。

 けれど、そこはフラムも師匠である。リアンに諭すような眼差しを向ける。少し、怒りを込めて。

「後で、後悔するぞ」

 そう叱るだけで、フラムはリアンを罰しない。リアンが自主的に素振りの回数を増やすだけだ。

「甘やかされ続けた甘ちゃんが行き着く先は、お前の隣でもないし、勇者でもない」

 フラムの言葉に、リアンは手を止める。

 リヴァルに、どうあってほしいのだろう? 自分は。

 隣にいてほしいのだろうか、と考えて、それはあんまり、という気がした。ただ、リヴァルにはその夢の通り【勇者】になってほしかった。リアンは勇者にならなくてもいいから。

 その点において、フラムの指摘は手痛いものだった。ただ、リアンはリアンで、わからなかったのだ。同年代の友達でいて、兄弟弟子。どのような距離の取り方をして、どのように接すればいいのか。

 ケセドの地にあった【優しさ】だけでは正しく成り立たないのだということだけがわかって、それならどうすればよいのか、がわからない。それを考えるには、リアンはケセドの優しさに慣れてしまっていたし、まだまだ子どもだった。

 フラムはそんなリアンを矯正しようとはしなかった。リアンの気質を重視したのもあるが、フラムにはフラムで、目論見があったのだ。

 リヴァルの気質は、もうちょっとやそっとでは治らないだろう。だから、リアンにどうにかしろとは言わない。機を伺い、効果的なタイミングでフラムがリヴァルに喝を入れる。その方が早い。

 リアンは優しすぎるきらいがある。そんなリアンが、誰かを諌めたり、窘めたりするのは困難なことだろう。そんなリアンを見たいわけではないのだ。

 フラムは苦笑する。フラムもまた、自分の都合のいいように、リアンたちを利用しているに過ぎない。リアンに同情なんて、する資格すらないのだろう。

 それに、フラムは恐れていた。フラムより強い剣士はこのセカイに存在しない。今は。それはやがていつか現れることを示唆しているのかもしれない、と予感する。要するに、自分を越える剣士の誕生を恐れているのだ。

 それでも【ある目的】のために、リアンにも、リヴァルにも、正しく【勇者】として育ってもらわなければならない。だから指導している。

 リヴァルはいい。リアンだ。

 リアンがフラムを越え得る剣士となる、そんな予感がするのだ。剣の筋がいいのはもちろんのことだが、いつか、精神性が花開いたら、リアンはその力の真価を発揮するのではないだろうか。

 恐れると同時、期待もしていた。予想だにしない結末を、セカイが迎えられるかもしれない。リアンはそんな【可能性】の芽だ。神か誰かが用意した予定調和的な未来より、その【可能性】の方が輝かしく思える。フラムはそのことに胸を踊らせているのだ。

 そのためには、リアンが【勇者にならない】未来が必要なのだが、リアンがどんな選択をするのか、フラムにはまだわからない。

 案外、リヴァルと仲良くやれそうでもある。リヴァルは人を率いるには些かやんちゃが過ぎるが、そんなリヴァルのフォロー役として、リアンがリヴァルの傍らにいるということがあってもいいだろう。

 属性も炎と氷と真逆だが、足りないところを補い合うにはちょうどいい。

「どっちに転ぶか、だな」

 読めない展開に、フラムはにやりと笑うのだった。

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