⑧訓練1日目
最初の模擬戦から一夜明け、本格的な訓練が始まった。
まず、最初に行ったのが装備の点検であった。悪臭や酸性の唾液、強烈な触手攻撃に一番効果を発するのが付呪された防具である。魔術師を含めた全員がそれに対抗しうる防具をつける。軽量化の極みとも言うべく「付」を施し、物理攻撃を一回だけ跳ね返す「付」も施した皮鎧をアタッカーと後衛は付呪することになった。
もちろん、悪臭と酸への対抗呪も。それで皆の報酬の前金、半分が飛んで行った。
俺とアザルの鎧は元々軽量化や悪臭、酸については付呪が施しているため、特に施す必要はないかと思われたが、スピードアップと硬化について必要と判断し、新たに付呪を施してもらうことになった。
商会でもお抱え付呪師がおり、腕は良いのだが値段が相場よりも高いため、市井の安い付呪師を探したほうがいいのだ。ここ水棲都市「ブンサルモ」には115人ほど登録されており、その中でも戦闘で使用できる付呪を施せるのは中級、上級合わせた30人ほどか?特級や登録していない付呪師もいるようだが、値段が法外というのと、報酬自体がゴールド以外を求められる場合が多く、討伐を生業にしているパーティにとっては現実的な商売相手ではないのだ。
俺は初日、さっそく馴染みの付呪師の店に自分の鎧セットと盾、剣を持って行った。
「うーっす、生きてるか?」
「おぉレトじゃないか。久しぶりだな。ちったぁ顔見せろよ」
眼鏡女子の付呪師ベデェルが答えた。おっさんのような喋り口調だが、れっきとした女の子だ。
年は俺より1つ下だったか?
「今日は何だ?補正か?」
補正とは付呪魔法は歳月を経ると力が歪む、効果が薄れる等、期待される効果が発揮しなくなるため、元の効果を取り戻すために付呪師が再付呪を行うことを言う。「伝説級」や「神話級」のレベルの物は自己再生したり不壊の物だったりするらしいが、俺みたいな一般の戦士じゃ見たことすらない。
付呪を作成するのには、古代文字を書き写した呪(お札みたいなもんだな)を張り付けたり、物に彫り込むのだが長年使用していると鎧、兜の形が歪になったり付に書き記した文字が擦れて消えたりするのだ。(後から聞いたのだが、補正の原因は付呪の魔力量減少もあるらしい)
「いや、新規だ。スピード強化と硬化をお願いしたい。最大限で」
「なんだと。お前の鎧、付呪だらけだろ。これ以上増やすの無理じゃね。反響で木っ端みじんになるぞ」
「そこをなんとか」と俺は両手指を組み、神に祈るポーズをした。
そう言うとベデェルは鎧兜を分解し始めた。中級程度の硬化、スピード強化は付呪されているのでそれを引っぺがし、新規で最大限の物を張りなおすことになった。さっき、ベデェルも言っていたがいくつもの付呪効果を重ねていくと被付呪物質は粉々に飛散したり消滅したりする。そこが付呪師の腕の見せ所でもあるのだが。
「いつも無理を言いやがる。高くつくぞ」
彼女は中級付呪師の免許で登録されているが、腕は間違いなく上級に値する。前に彼女の護衛依頼を受けてからの付き合いだ。
溜息一つついて俺の依頼を彼女は引き受けた。俺は鎧兜を彼女の作業場に持ち込む。「重いから持っていけ」と言うことだ。そして彼女は尋ねた。
「そんで、盾と剣はどうすんのさ?」
「あー、剣は今回役に立ちそうもない。一つ魔法を組んでくれないか。鞘か柄に」
「どんな?」
「・・・の魔法だ。組めるか?」
「余裕だ。サービスで鞘と柄、両方に組んでやるよ」
「ありがたい。後、盾なんだが、やはりこいつが最後の綱だ。・・だが、硬化や軽量化はこれ以上無理。反射強化とシールドアタックの強化、両方頼みたい」
「へ?・・・・そりゃ、相反する力だろ。どうやって両立させろっていうのよ」
「発動条件の切り分けでなんとかならんか?」
「また、厄介な」とベデェルはしばらく盾を見て、言った。
「反射とシールドアタックは戦技の発動する魔力量と時間が違うだろう?」
「そうだな、反射する場合、瞬間的に多くを盾と腕に集中させるだろうな。逆にシールドアタックは疾走中、体全体的を覆うだろう」
「その魔力量の違いで発動を切り替える。それでどうだ?」
「わかった。まかせる」
ベデェルは「魔力量」という言葉を使ったが、本質はかなり違う。
戦技で用いる力とは体内に流れる血液や神経を流れる力、筋力に溜まる力を操作し増大させるものだ。魔力とは精神域、精霊域、神域にある力を引っ張りだし、呪文で増大、形作り、ことを為すのが「魔力」だ。
しかし、俺はベデェルの思い違いをわざわざ修正する気はなかった。
「あぁ!本当に厄介!今度、飯と酒おごれよ、ちくしょう!」
「わかった、わかった。埋め合わせは必ずする。今回は成功報酬大きいのよ」
「よし!絶対だからな!」とベデェルは言い、ブツブツと何か言いながら店の奥に引っ込んでいった。
店番は?と思うがもう彼女の頭には目の前の仕事しか入っていないのだろう。
俺は店を後にした。
午前中は各々付呪屋に行き、午後は幻想ルームで模擬戦となった。俺たちのレベルは一回目と大して変わっていないが、皆はイベクバの圧に多少慣れたようだった。圧への覚悟ができたというべきか。
だが、皆の動きはそうは変わっていない。戦闘開始とともに奴は涎を垂れ流し、地面を動きやすい状況に作り替えるのだが、空気中にも何か発散していることに気が付いた。空気に溶け込み粘性を持つようだ。俺たちの動きが鈍るのは奴の威圧感だけではなかったということだ。
魔法で暴風を地帯を作り、口が開かぬように「接着」させた。奴の口は数種類の兵器なのだ。
イベクバは暴風に反応したようには思えなかったが、口を閉じられたことにはかなりストレスを感じるようだった。転げまわり、触手で無理やりこじ開けようする。チャンスが到来した。
攻撃魔法とアタッカープレゥによる剣攻撃、盾戦士たちが攻撃を繰り出す、総攻撃を与える。
しかし、転げまわりながらも何百本もある触手は俺たちへの攻撃と牽制を怠らない。実質確実なダメージとなったのは攻撃魔法だけであった。幾つも分離した脳神経が動いているというのはこの動きを見ても推察された。ようやく口をこじ開けたイベクバの怒りは頂点に達していた・・・。
どういう仕組みになっているのかわからないが、2本のメインの触手は太く、全長は20m以上達していたが、他の触手も同等の太さと長さに延長しているようだった。その数、メインの触手を合わせて8本となった。
(こんな能力があるなんて聞いていない・・)
皆もその変化に驚愕していたようだった。幻想ルームに封印されているものは過去の記憶ではなく、そのものの「影」なのだ。どれだけ「魔法」は自由自在なのだろう?
過去、行われた討伐ではイベクバのその力を出させずに始末したということだ。戦いとしてはそれが正しい。戦略で勝利したのだから。
そして、怒り狂ったイベクバに我々は二敗目を喫したのだった。