⑤仮想イベクバ戦後
俺は幾度となく傷つき、倒され、死を迎え再生していた。夜の8時を伝える鐘が鳴っている。全く勝てるというか攻撃を防ぐイメージが形作れない。
平常の戦闘時、俺は前衛左翼をパーティで担っている。一列目が俺とリーダーのアザル、二列目がアタッカーのプレゥ、三列目が左からベル、グバダ、ボルドゥの並び順だ。
俺とアザルが攻撃を防ぎ、隙を見つけたプレゥが剣や魔法により攻撃、三列目が魔法の補助や敵の止めを刺すというシステムになっている。
ゆえに幻想ルームでもその仮想パーティの立ち姿が反映されるような設定になっている。ただし、それはあくまで「影」的なもので、姿は映されても仮想敵にはダメージを与えないし、補助もしてくれない。攻撃や魔法を唱える「フリ」をするだけなのだ。
しかし、タンクの俺は攻撃を守る務めから、幻影のプレゥやベルを守る立ち回りをしなければならない。幻影のアザルは何もしねーしよ・・。パーティの機能を果たしてないパーティを守らなければならない。自分への攻撃を防ぐこともできない俺には負担が大きすぎた。
午後3時の鐘がなった時、チラッと廊下を見たらすでにベルの姿はなかった。2時間もよく我慢したなと感心した。
なぜ、イベクバの攻撃を防げないのか?奴の攻撃は速すぎる。人間の反射能力を優に超える攻撃を繰り出してくる。しかも、今の相手は特殊な攻撃を駆使してこない幻影なのだ。後、5か月のうちになんとかしなければならない。
夜の10時の鐘を合図に今日の戦いを切り上げた。俺がカウントする限り、いや死んだ回数は言わないでおこう。どんだけだよって言われそうだからだ。
昼飯を食わずにやっていた俺はいつもの飯屋に倒れこむように中に入った。
店主のギャレットが威勢のいい声を張り上げる。
「また始まったのかよ!レティ!」
顔色の悪い俺に気づいたのだろう。依頼前になると俺の顔は土色に変わるらしい。どんな色だ?
俺はいつもの倍の料理を注文した。仕事の前払い金が飛んでいく。
頼んだ料理が目の前に並ぶと俺はがっつき始めた。
「もっと美味そうに食いやがれってんだ」食ってる姿を眺めているギャレットが言った。
美味しそうに?ギャレットの顔は笑顔なので冗談で言っているのだろう。
「これだけガツガツ食ってるんだから文句言うなよ」仏頂面で俺は返す。
「大変なのかい?」
「あぁ」
俺に守秘義務があるのをわかっている飯屋の店主は多くを聞かない。依頼の失敗は商会の名前を傷つけてしまう。噂により広がるにしても当事者が言えることは全くないのだ。
明日の「講義」が終わったら俺はまた拷問部屋に籠るつもりだ。午前様になるかもしれない。
そんな時、朝方までやっている飲み屋兼飯屋であるこの店「満腹亭」は俺の生命線なのである。潰れたら死にかねない。事務屋のハッケルの説明では断る道も残されているらしいが、俺は最初から受けるつもりでいた。俺の5年の戦歴で異物や猛獣等多くを相手してきたが、人間の能力を超える敵は今までも多数存在していた。生き残るためには今度も生き残らなければならない。
食い終わり、勘定を支払って店の樫の木のドアに手をかける。
「難儀な仕事だな、割に合うのかよ?」
今回の仕事で言えば俺の命は20ゴールドだ。店主の顔を見て俺は言う。
「やりがいだけはたっぷりとあるね。お休み」
俺はドアを開けて賃貸の部屋のベッドに倒れこんだ。