④仮想イベクバ
たどり着いた先は四隅に円柱が立ち壁が無い部屋が並んでいる場所だった。20メートル四方の部屋が4つと50メートル四方の部屋が1つ配置されていた。屋根があるが壁は設置されておらず、廊下から部屋の中が見えるような構造になっている。部屋の四辺の内側には魔法陣で用いる古代文字が羅列されていた。
俺たちはここを「拷問部屋」とか「行き来の部屋」とか呼んでいる。生と死の狭間を行き来できる部屋という意味だ。正式名称は幻想ルームと言う。ディナルド商会がこなしてきた膨大依頼の中には異物や猛獣、剣士、高レベル帯のパーティ等、排除する仕事があり、それらの膨大なデータをディナルド商会は保管しているのだ。
それは商会にとっての一つの武器であった。
ディナルド商会はその膨大なデータを幻覚に転換し、それを戦闘シミュレーション用仮想敵として社員の育成に使用しているのだ。
イベクバは記録上5回討伐されており、そのうち2回がディナルド商会が討ち取っていた。俺はいそいそと着ていた鎧を脱ぎ始めて、自分のロッカーに放り込み始めた。インナーだけになる。隣のベルの視線が痛い。
「・・・まさか、始めるわけ?」ベルがドン引きしながら聞いて来た。
俺は頷き、躊躇なく部屋に入る。あ、昼飯食ってねーな。
部屋の隅に設置してある水晶に手を当て、討伐した2匹のうちオーソドックスな攻撃のみ仕掛けてくるタイプを念じた。
その瞬間、周りの殺風景な部屋は瞬時に別空間へ移動したように荒野に変貌し、目の前にはイベクバの異形が現れたのだった。そして俺のインナーの姿も鎧兜に覆われていく。そして両手にずっしりと重みが加わった。盾と剣が現れたのだ。
もしも、鎧姿で部屋に入ると、幻覚により鎧や盾が傷がつき壊れる可能性があるということ。(なんで幻覚が現実の鎧に傷をつけることができるのかは俺は知らん)、そのためあらかじめ登録してある自分の装備が幻覚化され装着する仕組みになっている。社員にとって値が張る剣や鎧が実務以外で壊れるのは非情に痛いのよ。
幻覚で装着した装備は当時付呪された付呪魔法の8割の能力が施されるのだ。8割なのは社員強化のための処置らしい。
ただし、当時、その場にいた魔法使いや神官が施したブレスや肉体強化、軽量等の魔法の効果は付与されない。
ベルは心の底から後悔していたようだった。廊下の外は通常空間が広がっていて、中からも外からも様子を伺えるのだった。
俺とベルの仲は悪くはないが「同僚」にすぎない。だから、俺など気にせずにさっさと昼飯に行けばいいのだ。
「ベル、大丈夫だから行けよ」
この仮想戦闘中での傷や怪我は痛みを伴うが、使用者の「活動停止」や「死」を感知すると速やかに幻覚の解除が行われ、治癒魔法のイメージが与えられる仕組みになっている。
さっきも言ったがこの部屋が拷問部屋、行き来の部屋と呼ばれているのはその幻覚解除と治癒魔法開始のタイミングが「たまに」ずれて行われない場合があるのだ。また、その仮想による痛みの激しさで実際に死んでしまうこともある。
自分の死のイメージが明確に襲ってきながら、回復魔法により徐々に再生される感じ。それに耐えられずに会社を辞めてしまう新入社員も一定数いる。
それを苦慮してベルは部屋の外にいるのだろう。
あ、言い忘れていたが俺は完全武装で打合せに出席していた。他の人は私服に近い様子だったが、俺だけはいつも完全武装、剣も装備した姿だった。面接の時、現社長のアクルの父親、前社長のリーベンに言われたのだ。
「タンクの君はいつも鎧と剣必須だな。出社時は君のユニフォームにしなさい」
俺の顔にビックリマークが刻まれたに違いない。
社長の命令に逆らうこともできず、鶴の一声で鎧と剣、盾は俺の制服になった。ただ、兜はさすがに会話等に支障をきたすのでいつもは脇に抱えている。
入社の日、一番最初にしたことはなけなしの金を叩いて鎧軽量化の付呪を施してもらうのと鎧の中の擦れる部分に布や毛皮を当てることだった。最初の装備は支給されるが2回目からは自分で購入しなければならない。ろくな依頼が無かったときは本当に金銭的につらかったぜ。
話が脱線したがそれが俺が鎧兜フル装備装着していた理由だった。