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その日の夕方、亜津子は、アーバンエステイトの向いにある喫茶店で、アイスティーを啜っていた。
あれだけ色々追求したのだ。
チキン丸出しの尚なら、藤巻に会おうとする筈。そこを尾行すれば……
細工は流々。
待つ時間を持余し、亜津子は自分のスマホでメッセージ・チェックを始めた。
仕事絡みが多い中、「K・F」の名でも多数着信している。
藤巻が雲隠れする少し前、二人はLINEの共有を始めていた。失踪以降の日付けもあり、最新は昨夜の物だ。
会えなくても愛してる。
いつも心に君がいる。
コンビニのチョコシューを見る度、アッちゃんの冷蔵庫を思い出す。
歯の浮く台詞ばかりだ。
でも彼女の好物が渋いチョコシューで、冷蔵庫に常備されているのを知る男は、この世に藤巻ただ一人。
直接、会いに来い、浮気モン!
切なくスマホへ囁いた時、駅へ向う尚が窓越しに見えた。
事前調査によると、一人でブツブツ呟きながら、カラオケやゲーセンに入り浸る変な趣味の持主らしいが……
今日は繁華街へ行かない様だ。
JRで船橋に向い、京成線へ乗り換えて尚の自宅がある谷津駅で下車。
駐車場で愛用のポケットバイクに跨った尚を、亜津子はタクシーで追った。藤巻の自宅も京成沿線にあった筈だから、落ち合う可能性を捨てきれない。
京葉道路に沿って郊外へ向い、更に人気の無い町外れへ……
立ち入り禁止の看板が出た広い空き地の前で、尚はバイクを止めた。
元は地元建設会社の資材置き場だったらしい。随分前に会社は潰れ、今やゴミの不法投棄場になり果てている。
裏手は山林で、街から隔絶していた。
荒れ、寂れ、瘴気すら漂う不吉な空間へ尚は躊躇う事無く、ワイヤー塀の破れ目から侵入していく。
亜津子もタクシーから降り、広場へ足を踏み込んだ。
時刻は午後9時。
月が黒雲に覆われた暗い夜で、先行する尚の姿は見えない。
ふっと生暖かい風が吹き、首筋の辺りを撫でる度、毛穴が逆立つのを感じる。
どうしよう?
やっぱり、ここで引き返そうか?
俄かに怖気づいた亜津子が回れ右しかけた時、スマホの通知音が鳴った。
LINEの発信者は「K・F」。
目を通すと、藤巻は亜津子が尚を追ってきた事を既に知っている。
「ほら、アッちゃんの右手に、赤く錆びた大きなコンテナが見えるだろ。その中、覗いてみ」
何で?
どうして、私の動きがお見通しなの!?
当惑しつつ、頭を巡らせる。
やはり、この広場で藤巻と尚は待合せしていたに違いない。そして、どちらかが亜津子の尾行に気付いたのだろう。
ど~せ、今も何処かで見張ってんでしょ。さっさと出てくりゃ良いじゃない!
ムカっ腹でぼやきつつ、「敵」の出方を見る為、指示に従う。
老朽化して廃棄されたコンテナの山があり、その右端に、赤い錆びの目立つ一際大きい奴が有った。
扉を固定するチェーンは外れ、下に落ちている。
覗いてみ、って何のつもり!? アイツ、私をビビらせて遊んでんの?
近くに潜んでいるであろう二人を怒鳴りつけたい気分だったが、実際、ドアにかけた手は震えている。
そっと扉を開くと異臭が鼻についた。
踏み込みながらスマホのLEDライトをつけ、辺りへ光を当ててみる。
最初に見えたのは……
「ひっ!?」
声にならない悲鳴が漏れた。
散らかったコンテナの中央、半ば白骨化した男が横たわっている。
特に目をひくのは頭蓋骨だ。鈍器で穿たれた丸い穴から、赤黒い脳漿が垂れ、干からびている。
そして、陥没の周囲、短い茶髪が張り付いていた。
見覚えがある。
かたく抱きあう間、何度も彼女が指を絡ませた髪の色……
藤巻が自慢していた輸入物のミリタリーベストにあちこち穴が開いている。肉もろとも鼠に貪り喰われたらしい。
「ひぃぃいいっ!?」
悲鳴をあげて床へ崩れ落ちた瞬間、愛しい男の死を亜津子は認めざるを得なかった。
でも、だとしたら、さっき届いたLINEは何!?
読んで頂き、ありがとうございます。
次回で完結となります。