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 壁の時計を見たら、もう午後6時……

 

 仕事のシフトが終る時刻だ。けど、告げるチャイムも何もない。

 

 淡々と平田尚は席を立った。

 

 一応、「先、上がります」と三人の同僚へ声を掛けたが、誰も反応しない。

 

 深刻さを増す人手不足の中、連日残業する正社員はストレスの溜めっ放し。配属されて一月の派遣社員へ気を使う必要など感じないのだろう。






 でも、帰るのは僕の意思じゃない。店が残業代、ケチるからだろ?






 小さく呟き、狭いロッカー室へ……

 

 青のストライプが目立つ不動産チェーン・アーバンエステイトの制服を脱ぎ、色褪せたメッシュ・ジャケットへ袖を通す。

 

 そのまま裏口を通り、残暑厳しい9月の路上へ出た。西船橋駅から徒歩五分の位置に尚の職場はあり、繁華街が近い分、人通りも多い。

 

 取り敢えず駅へ向ったら、何時の間にかス~ッと……背後に迫る気配を感じた。


「よっ、ヒサシ、お疲れちゃん!」


 振向く先、同じ派遣会社で働く藤巻勝弘のニヤケ面がある。


 茶色く染めた短髪のせいでガキっぽく見えるが、年は尚と同じ24才だ。

 

「……藤巻君、何?」


「何って、待ってたンよ、お前を。頼んだ事はやってくれた?」


 尚が口籠ると、藤巻は眉に皺を寄せ、

 

「あ~、そんな難しい事じゃないっしょ。客に良い女がいたらメアドとか、こっそりメモるだけっすわ」


「……無理だよ」


「やれば出来る! 良い物件が見つかった時に連絡する為って言えば、楽に聞き出せンだろ」


「もう店で揉めるのは……嫌」


「バレなきゃ良いだけ、な。使い捨て上等の派遣先なんて気にしねぇ、俺なら」


「アドレス調べて、その先は?」


 決まってンじゃん、という面持ちの藤巻から目を背け、尚は足を速めた。


「おい、逃げんな。ど~せ、お前は逆らえねぇ。ホントはもう諦めて、情報をゲットしてんじゃね?」


 更に足を速め、小走りになる。


 ポケットへ突っ込んだ右手は、中のスマホを握り締めていた。

 

 魅力的な女性客の情報なら、確かにこの中へ保存されている。


 藤巻の言う通り、尚は押しに弱いのだ。いつもパシリにされる辺り、苛められっ子だった少年時代と何も変っていない。


 自分に幻滅して奥歯を噛む内、藤巻が尚の前へ回り込み、親しげに肩を組んできた。

 

「わ~ったよ、もう無理は言わね~」


「……藤巻君、マジ?」


「お前が俺の頼みを受けるか、断るべきか、厳正且つ公平な方法で決めようぜ」


 藤巻が前方を指す。


 すると駅の横断歩道手前で佇む6名がこちらを向いた。藤巻同様、尚に付きまとう悪友達だ。


「毎度お馴染みの多数決。この世で一番正しいやり方、だろ?」


 そう、まさに毎度お馴染み。


 藤巻の無茶ぶりを丸呑みさせられた上、今夜も彼らの気が済むまで、カラオケやゲーセンへ引き回されるに違いない。


 尚は思わず溜息をつき、悪友と合流して繁華街のネオンを目指す。


 どんな無理難題を言われるやら、心の奥で怯えながら……

読んで頂き、ありがとうございます。


この出だしを見ると「何処が怪談?」と思われますよね、きっと。

でも、もう怪異は描かれているんですよ。

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