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⑬ 絶景の思い出



 あれから暫くすると、日を追うごとに気温は快適な状態に保たれるようになり、一方、湿り気は右肩上がりで上昇していった。

 


 田起こしと田植えを経て、蓮華草畑だった田んぼはすっかりよく見る姿に戻っている。

 四月いっぱいは踏ん張るように花を付けていた桜も、後の五月雨にあえなく撃沈してしまった。

 


 地に落ち、土に汚れた桜の花弁は、もう誰にも見向かれない。



「どうして?私たちの美しさは変わっていないはずなのに」



 彼女たちは切実に訴え掛けている。



 だが、その微かな声と視線さえもが、雨音と陰鬱な空に掻き消されてしまう。

 彼女らは悲鳴を上げる間もなく、靴底で磨り潰されていく。

 


 そこには、人の価値観は残酷だということが良く現れていた。

 だからこの時期、僕は少しだけ気分が下がるのだと思う。

 


 その場でしゃがみ込み、地面に張り付いた薄桃色の花弁を拾い上げる。

 これまで頑張ってくれてありがとう、と僕は念じるように感謝を伝えた。

 


 これ以上、苦しい思いをして欲しくはない。

 人の歩かない路肩に、彼女らを安置しておいた。



 それは、見頃を一瞬で終える花々に対する傲慢や同情のようなものかもしれないし、或いは、鈴音との過ごす日々を通じて、草木を思いやる心が芽生えたのかもしれない。

 


 今日は梅雨の時期にしては珍しく、晴れ間の見える日だった。

 


 屈んだ姿勢から立ち上がる。

 僕はいつも通りに、あの場所を目指していった。

 


 久々に合羽を着ることなく、僕は右手に一冊の本を抱えている。

 当然ながら、この本は僕一人で選んだものだ。

 もう斎藤さんのお勧めではない。



 最初こそ何かが足りないように思えた日々も、次第に日常へと溶け込んでいった。

 やがて僕は、入場から退場まで一言も発さない図書館生活に適応してしまった。

 


 時々、それを寂しく思うことはある。

 けれど、虚しいことにも、斎藤さんが僕の生活に与えた影響は、微々たるものでしかなかった。

 


 雨露の薄膜に包まれた草木をかき分けていく。

 その先で僕はすぐに、彼女を見つけた。



 そこからはいつもの流れだ。 

 


「待ってたよ~」と鈴音は大きく手を振りながら笑顔を輝かせる。



「待たせてごめん」僕は軽く謝りながら大樹の傍へと向かった。



 まずは持ち寄った本を見せてやって、仲良く黙読したうえでお互いに感想を交わした。

 やはり鈴音の講評は的を得ていた。

 


 次は適当な場所まで移動して、恒例の駆けっこをした。

 もちろん僕の敗北だ。



 それから、今日は草花遊びでオオバコ相撲もした。

 こっちも全戦全敗だ。



 因みにオオバコ相撲というのは、それぞれがオオバコの茎を絡め、それを引っ張り合うことで相手の茎をへし折る遊びだとでも言えばいいだろうか。

 


 彼女は力の使い方まで実に巧妙であった。



 柔よく剛を制するし、剛よく柔を断つということなのだろう。

 僕が強く引っ張ればその力を緩める。

 こちらが引けば軽く力を強めた。



 幾ら勝負を挑もうとも、最後には僕の茎ばかりが千切れた。

 その度に鈴音は小馬鹿にするような笑顔で「千風くんは下手だなぁ~」と煽りを入れてくれた。

 


 僕は躍起になって君に打ち勝とうとして、しかしその全て空回りであった。

 でも、それがすごく楽しかった。

 


 そうこうしているうちに、段々と太陽が沈み始める。

 今日もまたお別れの時間が、僕らを迎えに来ていた。

 


 冬頃と比べれば、大分と日は伸びたと思う。

 それでも、僕の心はまだまだ遊び足りないと叫んでいるし、鈴音も同じく、夕陽を眺めると名残惜しそうな表情を匂わせた。



 そんな彼女を前にして、けれども、僕にはどうすることも出来ない。

 口惜しい気持ちで山を後にすることを、これまでに何度も繰り返していた。

 


 しかし、今日に限ってはまだ続きを繋げる手立てがあった。



 僕が去ることを見越してか、鈴音は小さく手を振ろうと腕を動かす。

 


 その動きを制止するように、僕は「なぁ」と言った。

 


「どうしたの?」



 振る手を下げた君は疑問気に相槌を打った。

 


 そこで僕は、これまで腹のうちで温めておいた計画を大公開した。



 今からでもその時を待ち遠しく思ってくれているのだろうか。

 計画の全貌を知った鈴音は、一目でわかるくらいに気分を高揚させてくれた。



「じゃあ、今日はこの後空いてるか?」



 それは確かめるまでもないことだったが、僕は形式的に確認を取った。



「うん、もちろん!」



 君は満面の笑みを浮かべると、二つ返事で僕に応えた。



 ♦♦♦


 

 早足に山林を抜け出し、夕陽が落ちる前に我が家に到着する。

 母さんが用意してくれた晩御飯を食べて、再び出発の準備を整える。



 その頃には、外も黒く染まっていた。

 ふと、頭上を見上げる。

 夜空にはせっかちな星々が点々と訪れていた。

 


 基本的には自由にさせてくれている母さんも、流石に日が暮れてから僕が出掛けることを咎めはした。

 だから僕は隠さず、母さんに目的を伝えた。



 すると母さんは「気を付けなさいよ」と、懐中電灯を一本手渡してくれた。



 靴ひもを結びながらそれを受け取る。

 僕は夜の世界へと繰り出した。

 


 この時間帯に出歩くこと自体は初めてではない。

 いつもと違うのは、今は傍に誰も居ないということだ。



 我が家付近こそ、薄明るい街灯が辛うじて闇を払っていた。

 けれども山に近づくにつれて、徐々にその僅かな光さえもが失われてしまった。

 


 やがて辺りは、農道と田んぼの境目があやふやになるほどの暗がりに包まれた。

 そろそろ、懐中電灯の明かりを点けよう。

 スイッチに指を掛ける。

 


 でも、気が付くと暗順応が完了していた。

 宵の空を舞う蛾。

 道端を飛び跳ねる蛙の姿。

 今やそれらがくっきりと捉えられる。



 結局、僕は懐中電灯を使うことなく、夜の仄かな薄暗さを楽しみながら普段の道順を辿った。



 がしかし、それでも夜の森は別格だった。



 草木が昼間よりも一段と深い陰を落とし、生え重なる植物が足元を完全に覆い隠してしまっている。

 緑の生長した林冠のせいで、そこには闇夜ともとれるような濃い暗闇が広がっていた。

 


 やむなく懐中電灯を光らせる。

 前方の一部分だけが良く伺えるようになった。



 が、それは逆効果だったかもしれない。

 僕には却ってその白い輝きが、周囲の黒暗を引き立てているように思えた。

 


 途端、今の僕は真っ暗闇に放り込まれているのだという事実が、脳裏に強く刷り込まれていく。

 


 無意識的に身体が強張る。

 更には、妙に山が静まり返っているものだから、もしや近くに何かが居るのでは。

 そんな正体不明の恐怖心までもが芽吹いてしまった。

 


 しかし、鈴音と落ち合う約束をした手前、ここで声を上げて逃げ出すことは許されない。

 


 いざという時には、懐中電灯の強烈な明かりで化け物の目を潰してしまおう。



 などと馬鹿げたことを考えながら、僕は腰を引いて森を進んだ。

 


 通常の倍近くの時間が掛かった。

 僕はようやく、いつもの場所に到着する。



 けれど、そこに肝心の鈴音の姿は見えなかった。



 夜で見え辛いだけだろうか。

 濃い闇の漂う大樹に近寄る。



 そこに懐中電灯の明かりを向けてみるも、やはり、その姿は見当たらなかった。

 


 これは一体、どういうことなのだろう。

 鈴音が約束に遅れる、と言うか、ここに居ないはずがないのだが。



 僕は彼女がいないことに些細な疑問を覚えつつも、取り敢えず大樹に背を預けるべく、その身体を振り向かせ、



「わっ!!」



 宵闇のせいで余計に青白く映る何かが、可愛らしい掛け声と共に、僕の両肩に軽く手を乗せた。

 


 そしてその瞬間、僕の腹の底からは、勢い良く湧き上がってくるものがあった。



「うわぁ!?」

 


 僕の口から洩れ出した悲鳴は、熊に襲われて腰の抜けた登山者のように、酷く情けないものだった。

 


 いや、それは比喩に留まらない。

 実際に僕は、尻餅をついた状態で目を白黒させ、反射的に懐中電灯の明かりを声の主の方へ向けていたのだから。

 


 明かりに照らし出された先には、くすくすと楽し気に笑う君がいた。



「…びっくりしたじゃないか」



 数秒使って、そこにいるのが鈴音だと理解した。

 僕は空いた口を閉ざし、文句を垂れる。



「いやぁー、ごめんごめん。あんまり怯えて歩いてたから、つい」



 彼女は微塵もそう思っていなさそうな素振りで、軽く謝罪の言葉を入り交えた。



 鈴音に恥ずかしい所を見られてしまって、僕はちょっとムッとしていた。



 その場から素早く立ち上がる。

 僕は無言のまま、鈴音の至近距離まで歩み寄る。



 いきなり僕に詰め寄られた彼女は、その目をぱちくりとさせていた。

 僕は右手を鈴音の顔の前に持ってきて、そのおでこを指で優しく弾いてやった。



 お灸を据えられた彼女は、壁に激突したひよこみたいな声をあげた。

 


 鈴音は恨めしそうにおでこを押さえる。

 僕はそんな彼女を尻目に足を進めようとして、ふと思い直したように、バッと背後を見返った。



「どーしたの?」 



 僕の急な挙動を目にした彼女は、そう言いたげに首を傾げた。



 僕はじっくりと、再び君の姿に注視する。

 それが慣れない環境の見せる幻覚ではないことを確かめた上で、こう言葉を発した。



「鈴音、その服って…」



「あー、これ?ほら、最近は千風くんも半袖着るようになったじゃん。だから私もそろそろ着ようかなー、って」



 確か、昼間の彼女は長袖のままだったはずだ。

 違和感の正体はこれだったのか。



 生じた疑問を解消しつつも、僕は半袖ワンピースな鈴音を今一度眺め、けれども僕はすぐに、君を直視することが出来なくなってしまった。

 


 長袖から半袖に変わったことで、彼女の細い二の腕や滑らかな鎖骨は見事に露出してしまっていた。

 その官能的なまでの肌色は、長らく長袖というフィルターを介して彼女を見ていた僕にとっては、些か刺激の強過ぎるものだった。

 


 鈴音の身体は、こんなにも流暢なラインを描いていただろうか。



 簡単な話、今の僕には、素肌に対する耐性というものがまるっきり失われていたのである。



 だが、鈴音にはそんなことは関係ない。

 逸れた目線を追い掛けるように僕を覗き込み「早く行こ?」と僕を急かした。

 


 何か甘い文句の一つでも言ってみたかった。

 が、彼女の言う通り、僕らの目的は時間帯に大きく左右されるものだ。



 一度大きく息を吸い込み、暴走しつつある気持ちを片隅に追いやる。



 僕は一旦色々を放り投げて、彼女と共に慣れた道を進んだ。



 ♦♦♦



 鈴音は猫みたく夜目が効くようで、鬱蒼たる森の中を滑るように突き進んだ。

 


 僕は慌てず慎重に足元に気を使った。

 彼女は時折その動きを止めて「早く早くっ」と僕を手招きした。

 


 それを数度繰り返していると、僕は君の後ろに追いついた。



 彼女は息を潜めるようにして藪に隠れている。

 僕も同じように身を屈め、懐中電灯のスイッチを切った。



 辺りは瞬く間に黒く染まる。

 草木をかき分ける音も、踏みしめる音も消えてなくなった。

 代わりに、ケラの甲高い鳴き声と、流るる静やかな水音が僕らを包んだ。



「いるかな?」



 鈴音は弾むような調子で言う。

 例え暗闇の中であろうとも、この先に待ち受ける光景を脳裏に浮かべ、胸を膨らませる彼女の表情は良く伺えた。

 


「いるといいな」



 期待の入り混じった声で答える僕もまた、その声色通りに心を躍らせていた。

 


 二人してこくりと頷き合わせる。

 僕らはあまり大きな音を立てないよう、ゆっくりと藪の向こう側へ身体を出した。

 


 君の小さな歓声があがった。



 それに遅れて、僕も思わず息を吞み、その光景に吸い込まれた。

 


 中央の小川を囲むよう、周囲には極小の光球が無数に浮かび上がっている。

 それはまるで翡翠が発光したような輝きで、ともすれば上流から宝石が溢れ出したようにも見えた。

 


 エメラルドの輝きが、無秩序に宙を舞っている。



 黒目を右へ左へ行ったり来たりさせて、僕は無限大にある光の玉の一つを目で追おうとした。

 けれどもその速さに振り切られ、やがて僕は、その幻想的な光景を俯瞰することになった。

 


 一方、澱みなく目で輝きを追っていた君は、一度満足したようにその瞳を閉ざす。

 それから、流し目で僕へと語り掛け、恍惚とした表情で言った。



「蛍って、こんなに綺麗なんだね」



 僕は軽く顎を引いて肯いた。



「鈴音は見たことなかったのか?」



「うん。知識の上では知ってたけど、実物を見るのは初めて」



 彼女は再び、夜空に漂う蛍へと視線を向けた。

 今度の僕は壮観な美景に鈴音の姿を加え、いや、君の姿にこそ夜蛍のアクセントを加え、陶然と世界を眺めた。

 


 暫くすると、藪から棒に鈴音は足を繰り出した。



 どうやら、一際大きく一閃する蛍をその手で捕まえようとしているみたいだ。

 君は夢遊のようにぼんやりと動き、その視線は蛍で夢中になってしまっていた。



「おい、鈴音。危ないぞ」



 今の鈴音は、蛍以外のものが見えていない。

 それに気が付いた僕が慌てて声を掛けた時には、もう遅かった。

 


 辺りに、水面を叩く音が反響した。



 鈴音が小川に足を突っ込んだのだ。



 振り返った彼女は「あちゃー」とでも言わんばかりの苦笑いを僕に向けていた。



 鈴音は小川に沈んだ右足を岩瀬に掛けた。

 濡れたサンダルを脱ぎ、素足になる。



 そしてあろうことか、彼女は改めて右足を小川に浸けた。

 


 その突拍子もない行動に、僕は愕然と口を開けている。

 その間に、鈴音は続けて左足をも突っ込んでしまった。



「ちょっと冷たくて気持ちいいよ。千風くんも来なよ~」



 彼女は足湯に浸かるような気軽さで僕を誘った。

 特に断る理由もなく、僕も靴と靴下を脱いで彼女の隣にお邪魔した。

 


 その日は初夏を先取りしたような程よい暑さで、水温も悪くなかった。



 足元の爽やかな涼しさが心地良い。

 そうして僕が再び、パノラマとなった蛍を観賞しようとした、瞬間のことだ。



「…えいっ!」


 

 と、変に気合いの入った君の声が耳元に響いた。



 僕がその謎の発声を確かめようとした頃には、もう、顔面にひやりとした感触をぶちかまされていた。



「うわっ!」



 ぱしゃりと弾けるような音がして、続いて、ばしゃんと大量の水が川に打ち付けられる音が聞こえた。



 驚愕の声が飛び出ると同時に、僕はとっさに瞼を閉ざす。

 それからすぐ、濡れた両目を擦って視界を確保した。

 大体何が起きたかを察した上で、僕はその目を開いた。

 


 まず「えへへ」とこの上なく屈託のない笑顔が、僕の視界に飛び込んできた。



 その際限なく細められた両目を数秒見つめる。

 段々と、不思議な心地に陥ってきたらしい。



 彼女が「どうしたの?」の形に口を動かそうとしたその瞬間、僕は両手の形を椀に構えた。



「きゃっ!」



 その小顔に水を浴びせられた君は、実に女の子らしい悲鳴をあげた。



 柳髪からポタポタと水滴を落とす鈴音に向けて、僕は満面のしたり顔を見せつけてやった。

 


 ぽかんと硬直していたのも束の間のことだ。

 鈴音はすぐさま「やったな~!」と心底楽しそうに応えてくれた。



 僕と同じように手を重ねて椀の形を作る。

 鈴音は遠慮なく、透明に輝く水滴をこっちに浴びせてきた。

 


 そこからのことは言うに及ぶまい。



 僕らは童心の赴くままにはしゃぎ尽くした。

 水をかき分ける音と二人の騒ぎ声だけが、静寂の世界に調和していた。



 ♦♦♦



 心行くまで水掛合を楽しんだ僕らは、やがて糸が切れたようにその動きを止めた。



 暗黙の了解で、水を掬うことを終わりにする。

 二人して川辺の岩に座り込んだ。

 


 岩の上というのは、決して座り心地の良い場所ではない。

 でも、身体は吸い付いたようにピタリとその場に適合して、僕はもう微塵も身体を動かしたくない気分だった。



 すっかり体力を枯渇させた僕らの間には、呼吸を整える息遣いだけが漂っている。

 僕も鈴音もびしょ濡れだ。

 木立に吹く風は少し肌寒く感じた。

 


 ここに来たのは、随分と久し振りのことだな。

 僕は何気なく思った。

 


 冬の寒さがやわらぎ、春の陽気が舞い込むにつれて、僕らは小川から足を遠のかせた。

 


 その理由は単純で、氷ともとれる冷たさの川に、手を濡らす口実がなくなったからである。

 手の感覚を麻痺させられない以上、今や免罪符は廃版となってしまったわけだ。

 


 だから、今日の僕は、彼女の決して冷たくない手に触れることは許されない。



「…千風くん」



 ふと、彼女に名前を呟かれた。



「どうした?」



 僕は静けさを壊さないような声量で返事をした。

 


 隣に座っていた鈴音は、突如、そっぽの方へと身体を向ける。

 僕はそれを横目で追い掛けた。

 


 視界に映る君は、軽く俯いている。

 頬をうっすらと桜色に染めながら、小さく言葉を発した。



「…背中、ちょっと貸して欲しいな」



 思えば、鈴音は僕と同じぐらいに川の水に濡れていた。

 よく目を凝らせば、彼女の濡れたワンピースの下には、あちらこちらで雪のような肌色が透けていた。

 


 さっきまでは気にならなかったそれを意識した途端、僕は急速に、全身で熱いものを感じ取った。

 が、濡れた身体が速やかにそれらの感情を打ち消してくれた。

 


 そのお陰で、その時の僕は鈴音にふしだらな感情を抱くことはなかった。



 それどころか、その美しさの極致にあるかのような君の姿に息を吞むことさえ憚られた。

 まして欲情を抱くことなど不適切であるように思えた。

 


 僕は行動で応えた。

 彼女とは反対の方向へと身体を向け、背中合わせの状態を作り出した。



 程なく、僕のものではない重みが僅かながらに加わった。



 それは誇張抜きで羽のように軽やかな背中だった。

 僕も同じ分だけ背中を預けて、いつしか元から二つが一つだったように、僕は質量を感じなくなった。

 


 僕らを囲むように、淡い光が飛び交っている。

 暗い水流がせせらぎ、柔らかな月影は川辺に揺れている。

 


 お互いの呼吸が背を介して伝わり合う。

 僕らは言葉なく、遠い夜空を眺めた。



 ずっと、この時間が続けばいいな。



 僕は無意識に空へ願った。






 


 次回の投稿日は、7月27日の木曜日となります。


 それでは、また次話でお会いしましょう!

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