ずっと好きだった大泉先輩が卒業するので、記念に名札が欲しいだけの鈴井さん。
※香月よう子様『春にはじまる恋物語』企画参加作品です。
「アンタみたいなの、ホントムカつく」
開口一番、言われた台詞に凍り付く。
そんな桜舞い散る、春うららかな日──皆様如何お過ごしでしょうか。(※混乱)
そう、私はショックと混乱で動けずにいた。
投げ付けられた台詞に呆然と立ち竦む私に、先輩もさすがに言い過ぎたと思ったのか。
『チッ』と舌打ちしつつバツが悪そうに頭をかいたあと、「そこで待ってろ!」と言って、どこぞに走っていった。
……待ってろ、とは。
そしてなにがそんなにも気に入らず、彼をムカつかせたのだろうか……
解せぬ。
春らしい『ホーホケキョ』というウグイスの声をBGMに、脳内では私Aが『殿中でござる!』と宣った末、私Bに斬られるという珍事が起きている。
どうでもいいことを考えていないと、泣いてしまいそうだからだろうか。
無念、いとをかし。(?)
それでも指示に従い待っていると、先輩は走って戻ってきた。急いでくれたのだろう、額にうっすら汗が滲み、キラキラしている。
「──ホラ、手!」
額を拭いながら、先輩は私になにかを手渡してきた。
(こっ……これは!!)
──ウチの高校の男子制服はブレザーである。
その為、卒業式には好きな男子の『第二ボタン』の代わりに、『名札』を貰うのが恒例となっている。
人気の男子生徒は欲しがる人が多いので、ブレザーに縫い付けてあるものと、購入時の予備、それに夏服用のバッヂの名札とその予備全てを卒業式に持ってきていたりする。
一番人気は勿論、ブレザーに縫い付けてあるやつだ。
そして今、私の手元にあるのは……夏服用のバッヂの名札。
それは私が欲しかった先輩の──
「……!?」
── じ ゃ な い 。
「あっ、あのっコレ……!」
名札にはしっかり『安田』と書かれている。
目の前にいる私の好きな大泉先輩のではない──大泉先輩の親友の、安田先輩のだ。
「いいよ、気にすんな」
諸々盛大に誤解しているが、それを解くより先に口を開いた大泉先輩は、そこからどんどん畳み掛けていく。
先輩曰く、『お前は星〇雄馬の姉か』というほど陰ながら安田先輩を見ていた私に常日頃からイラつき、もどかしさと共に牽制的な視線を向けていたらしい。
その度、慄いた様子で逃げる私にイラつきを募らせつつも、生活の邪魔やストーカー行為をするわけでもなく、ただずっと熱い視線を向け続けるだけの私に、思うところもあったそうだ。
「最後まで見ているだけってのもどうかと思うが、俺も言い過ぎたしな……卒業プレゼントってことで。 でも、今度があったら自分でなんとかしろよ? ……じゃあな!」
先輩は爽やかな苦笑でそう言って、鮮やかに去っていった。
認識してくれたのは大変嬉しいが、できれば弁解の時間も取って欲しかった。
鮮やかに去りすぎな件。
先輩の優しさは嬉しいが……圧倒的コレジャナイ感(※事実、コレジャナイ)をどうしろというのだろう。
安田先輩は確かに人気者である。
スポーツ万能爽やかフェイス、キャラはやや三枚目というモテる要素爆盛り仕様の安田先輩は先輩後輩同級生……男女共にモテる。
だが私が好きなのは、そんな安田先輩の幼馴染みである大泉先輩──皮肉屋で毒舌だが、実は優しく、ちょっぴりおっちょこちょいな大泉先輩なのだ。
ちょっぴりおっちょこちょいな大泉先輩は、私が安田先輩の名札を自分に頼もうとしてると思い毒を吐くも、実は優しいので結局貰ってきてくれたのだろう。
……とてもわかりやすい。
なんて一連の流れとピッタリな性格だ。
脳内で先輩の性格を振り返って、ビックリしたわ。
しかし、牽制されていたとは……
私が見ていたのも当然大泉先輩なわけだが、目が合って照れて逸らしたのをまさか『慄いた様子で逃げた』と取られていたとは、さすがに思いもよらなんだ。
私は手元に残った安田先輩の名札を眺め、途方に暮れた。
──コレどうしよう。
そもそもが、だ。
先輩が勘違いしたことでもわかるように、私は自ら行けなさそ~な、見るからに大人しそ~なタイプであり、脳内はこんなにもお喋りであるにも関わらず、ちょっとビビらされるとフリーズしてしまうような、見た目通りの人間なのだ。
比喩的に言うならば、小動物か虫。
人気者である安田先輩には肉食動物(※比喩的表現)が群がっていること請け合い……割って入って名札を返すなど、無理。無理すぎる。
そして大泉先輩に声を掛けたあたりで、既に私のHPは残り僅か。瀕死だ。
故に、大泉先輩の誤解を解くのもまた、無理だった。
元々『名札を貰う』ので瀕死になるくらいにトゥーシャイなこの身……畏れ多くも再び先輩に声を掛け「間違いですぅ~」などという告白も同義なことなど、何度もできかねる。
気力を使い果たした私は、とぼとぼ帰るよりなかったのだった。
(でもなぁ……)
帰る道中、ジワジワと名札へのいたたまれなさが増していった。
私がそうであったように、『憧れの先輩とお付き合いなんて大それたことなど考えていないが、せめて思い出に名札が欲しい』と思っている女子もいたであろうと思う。
幸いまだお昼前……肉食女子の群れが怖くて近付けなかったが『家に予備名札があるかも』と期待して、家にやってくる女子もいるかもしれない。
お付き合いという大それたことなど考えられないからこそ、名札の為に家まで来てしまう……という謎の行動に走らせるのが、オトメゴコロの不可思議さだったりするのだから。
多分、勇気の使い方を著しく間違っているが、私も目くそ鼻くそレベルなので、大いに共感できる。
(……コレは返しに行こう)
今更感は半端ないが、誰の手にも渡らないにしても、私が持っているべきではない。
肉食女子に取られて悲しいどころか、別に安田先輩のことを好きでもなんでもない私に取られたとあっては、草食系女子達の彷徨えし不毛な魂もさすがに浮かばれまい。
同じ市立中学から地元の高校に進学したため、安田先輩のお宅は知っている。
中学は学区でわかれているのだから、ある程度バレてしまうのは仕方なく、幼い恋心というものは、ギリストーカー一歩手前……とりあえず知れる情報を知ることで満足するものだ。
幼馴染みである大泉先輩の家を知っていれば、当然安田先輩の家も知ることとなるのである。
ポストに突っ込んで帰ろうかとも思ったのだが、それはそれで困るだろう。
大泉先輩にはコミュ障気味な私だが、安田先輩は割とフランクで話しやすい。
ちゃんと経緯を話して詫びることぐらいできると思う……多分。
ご家族が出てきたらどうしようか不安だったが、幸いカメラ付きのインターフォン。
不在ならポストに突っ込んで帰るつもりで、ピンポンする。
「はーい」
カメラ付きの意味もなく、安田先輩がダイレクトで出てきてしまい、私は滅法慌てた。
想定外である。
ぶっちゃけ、誠意を示す体でいながら『きっと卒業の打ち上げとかで不在じゃないかな~』とか思っていたというのに。
「はわっ……あのッ! 実は大泉先輩が……その、私一年の鈴井と申します!」
テンパったあまり説明の順番が前後する私に、安田先輩は笑いながら「はいはい、ヒロシが?」と続きを求める。
「私、大泉先輩の名札が欲しかったんですが、安田先輩の名札が欲しいと勘違いしたみたいで……お返しに!」
「あ~わざわざありがと! 別にいいのに」
「いえっ! 今更ですが、これからファンの子が来るかもしれませんから!! 学校で返せなくてすみません!!」
「ファンて」
私の懺悔に「すげー、俺アイドルみたい」と言いながら、安田先輩は豪快に笑っていた。
「卒業おめでとうございます」と頭を下げ、帰ろうとする私に安田先輩は、「ちょっと待ってて」と言って家に戻っていく。
なんだろう……もう再びHPは0に近いというのに……
(ああ……大泉先輩の幼馴染みである安田先輩に、私の気持ちがバレてしまった。 しかも家まで押し掛けての噛み噛みの謝罪。 恥ずか死にそう)
間を置かれるのも、自身の行為を振り返ってしまってとても辛い──『とか考えたら、余計にやってしまうあるある』が発動した。
罠か。
頭に過ぎる『自縄自縛』という四文字。
別にSMに興味はないのに、自らを自ら縛るとは……愚行ここに極まれり。
一体誰得なんだ。
(この上更に安田先輩を好きな娘とバッティングするようなことになって、それが同学年の知り合いだったりしたら間違いなく死ねるのでさっさとお暇したい……でも『待て』と言われて帰れる程の勇気も持ち合わせてはいない、このか弱い虫けらメンタルが憎い……ッ!)
「お待たせ~♪」
所在なく視線を足下に彷徨わせながら待っていると、安田先輩の明るい声。
(待ったわ~。 心理的に、二時間は待ったわ~)
などと思いながら顔を上げる。
するとそこにはなんと、非常にバツの悪そうな、尚且つ明らかに照れたご尊顔の──大泉先輩がいた。
「──」
「…………」
おそらく、誤解は解けている。
「……あっ?!」
だからこそダッシュで逃げ出した私は悪くないと思う。
だって、無理すぎる。
ノーガードでイキナリ殴り掛かられたようなものだ。
ただでさえ無理なのに心構えがないとか、この虫けらメンタルである私には無理難題もいいところだ。
ノーガードでイキナリフルボッコだ。
しかし、私の身体能力も虫けらレベルだった為、アッサリ追い付かれた。
「──鈴井!!」
「ぎゃフッ!?」
走ったせいで咳き込みと共に謎の雄叫びを発してしまい、益々恥ずかしいが、それどころではない。……普通に息が苦しいのである。
言い訳がしたいが、とてもじゃないけどできない。……普通に思い付かないのである。
諦めて足を止めるも、肩で息をする私。
それを待つ先輩。
とりあえずなにか言わねば……と思い、瀕死のまま口を開いた。
「……名前、覚えてくれてたんですか……」
「そこかよ……」
皮肉屋で毒舌だが、実は優しく、ちょっぴりおっちょこちょいな大泉先輩は面倒見がよく、皮肉や毒舌に動じない後輩男子からは大人気。
ネタ的に名札を求める後輩男子から毟り取られ、名札は残っていないらしい。
「だから……
……
…………
……………………ブレザーでよければッ!」
「「「ええ?!」」」
何故か影から私の声と誰かの声が重なる。
それが誰かはすぐにわかった。
「そうじゃないだろ~が!!」
「ぐふっ?!」
声の主(※一人目)が飛び出してきて、大泉先輩にボディーブローを炸裂させたからである。
「ごめん鈴井さん、ヒロシは馬鹿だから……」
そして二人目は、安田先輩。
「えっ?! いやそんな……──っていうかアレ、大丈夫なんですか?!」
「あー、大丈夫大丈夫」
大泉先輩に鉄拳を喰らわせた一人目は、大泉先輩の姉である大学生の、和泉先輩だった。
余談だが、『大泉 和泉』という和泉先輩の名前はノリで付けられたらしい。
安田先輩と和泉先輩に連れられて、何故か安田先輩のお宅で桃鉄に興じた後、メッセージアプリで連絡先交換をした上、なんと大泉先輩に家まで送られるという夢の三連コンボ。
大泉先輩が隣にいなければ、間違いなく頬を抓っているところだ。
「悪い……ブレザーは、近所の子にお下がりをあげることになってるのを忘れてた」
「は……はぁ……」
(多分和泉先輩が怒ったのは、そういうことじゃないです……)
そう思いながらも桃鉄に交ぜて貰い、あまつさえ送って貰っていながら躊躇する私は、それの理解があるだけにやはり虫けら……むしろ和泉先輩のボディーブローは、私が喰らうべきだと思う。
これだけ自然に話せるよう後押しをされたというのに、告白のひとつもしないとか、最早許されない。
勇気を出して立ち止まり、右手を差し出す。
「……大泉先輩ッ、あの……」
そこで詰まって、自らの行為を早くも後悔した。
そもそも──
(──なんで手を差し出したんだ?!)
そ れ な 。(※自分ツッコミ)
勢いで出してしまったが、『好きです』と言って握手とか、意味がよくわからない。
『付き合ってください』ならわかるが、そこまで求めてなかったのに……何故出したのか。
そして誤魔化すにも、『握手してください』とか謎すぎる。
アイドルか。まあアイドルと言えなくもないが。
また、この期に及んで『お友達になってください』とかは、気持ちがバレバレなのにあざと過ぎて、鼻で笑うしかない。
「えっと…………」
戸惑った様子の声を発したあと、大泉先輩は何故か左手で、悩める私の右手を取った。
「えっ?!」
──手繋ぎである。
驚いて顔を上げると、先輩の顔が赤くなっていた。
「……えっ!?」
私の反応に驚いたようで、私と同様に声を発した先輩。
それと同時に赤かった顔が更に赤く──みるみるうちに、茹で蛸レベルで真っ赤になっていく。
「わわわわ悪い! もしかして違った?!」
「いやあのそのッ……たっ大変に光栄の極みにございまする!」
多分、私の顔も茹で蛸レベルで真っ赤だ。
先輩は私の無様な返しにツッコむこともなく、気まずいまま無言で手を繋ぎ続けた。
先輩が発したのは「こういうの、慣れてない」という一言だけ。その言葉や手を離さないあたり、おそらく悪い気はしていない……と思いたい。
ひたすらドキドキしながら歩いた。
どっちのかわからない手汗を気にしながら。
「──あの、先輩!」
別れ際、
『卒業おめでとうございます』
それしか言えなかったウジ虫(※降格した)な私だが、先輩は学校で見たのと同じような爽やかな苦笑を湛え、学校の時とは違って鮮やかに去らずに、立ち止まってこちらに手を振ってくれた。
結局メッセージアプリを自ら使う勇気はなく、その後も和泉先輩や安田先輩に呼び出されたりしながら大泉先輩との仲を深めていき、やがてお付き合いするに至った。
しかし、そんなおふたりですら予想していなかったらしい。
この日から私と大泉先輩がお付き合いするまでに、およそ3年の月日を要するということを──
安田先輩が、なんで夏服の名札を誰にも取られずに予め持っており、大泉先輩が、なんですぐにそれを持って戻ってこれたのか。
そこに気付いてくれると、本編に描かれていない大泉先輩サイドのことも少しわかるのでは……と思います。
ご高覧ありがとうございました!
3/31 大泉先輩サイド、UPしました!
『卒業するので、一途な後輩のささやかな思い出の為にお節介を焼いてみた結果。』
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