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82.保留と言う名の逃げ道

「し、しいさん、私にさ、恋愛が楽しいものだって教えてくれる?」


俺の隣で下を向き、震えているユウナさん、意を決して発した言葉だとわかる。でも、どうすれば良いの、これ。あ、これ読んでる人から、お前いい加減にしろよとか、そこ変われって言われてるんだろうな。あぁ、俺もわかってる。昨日のミズキさんに続いて、ユウナさんもこの小説のメインヒロインの座を狙ってきたんでしょ。


あ、あぁ、ごめんなさい。わかってますから。色んなもの投げないで、特に固いものはNGで。けど、どうしてこうなったのか理由がわからない。経緯からすると、俺が当事者なんだろうけど、その当事者に全く心当たりが無い。考えてみても、そういうシーン思いつかないんだよな。


今のユウナさんは苦い思い出となった過去の恋愛を涙で洗い流し、新しい恋愛へ進むため覚悟を決めて言葉を発した。その覚悟は昨日、今日決めたものではないのがわかる。タイミングはわからないが、恐らく相当前から準備してたんだろう。だから、単にそんな事知りませんでしたじゃ済まないんだよな。


俺は今ここで適当な答えを出すわけにはいかない。いつかは誰かを傷つける選択をするかもしれないが、最後まで誰も傷つけない物語にしたいというのが本音だ。だったら、その選択するのは今じゃなくて良い。昨日のミズキさんは、はっきりと言わなかったが、今日のユウナさんと同じ気持ちだったんだと思う。


結局、俺は2人ことあまり知らないってのが問題なんだ。なら2人のこと、ある程度知ってから答えを出しても遅くない。でも、隣で震えてるユウナさんに今は何て答えようか、答えを出さないと先に進めない。休憩に来た家族連れも居なくなり、今はこのスペースに2人だけ。無言と静寂の時間が永遠に感じる。


この小説、電車が遅れたり止まったり、乗り遅れて帰れないとか普通に起きるんだよ。奇跡が起きて無事に解決何て絶対に起きない。そもそも奇跡って何だろう。辞書で調べると宗教的なことらしい。いや、そんなことどうでも良い。


結局俺はこう思う。人が行動した単なる普通の結果、でも後で振り返ってみるとタイミングや状況的に、偶然性があってセンセーショナルだから奇跡だって思うだけなんだよな。はっきり言うと、俺に起きてる事すべてが奇跡。今、こうやってユウナさんと一緒に居ることだけじゃなく、1年10か月前のあの時から起きてる事全てが。


ん?あ、そうだ。1つ良い答え思いついたけど、俺にうまく話しできるかな。昨日は連中と話するのが想定できたから事前にシミュレーションしたんだが、今日はぶっつけ本番だ。


「ユウナさん。ユウナさんが話してくれたこと、俺の心に確かに刻まれたよ。流した涙は努力の証、発した言葉は変わる覚悟。でも、俺はそんなユウナさんにちゃんと答えられるかわからないんだ」


「え、え!?それって…」


「ま、話は最後までね。俺さ、去年の1月に神崎ありささんのライブをこのみなとみらいで偶然見たんだ。それで推しの意味を知ったし、遠征で知らない景色も見ることができた。俺自身は変わったかもしれないけど、よくわからないのが現実なんだ。でもさ、遠征行ってると思う事があって、楽しい事ばかりじゃないってこと。ライブも全部見られないし、電車遅れるし止まる。ホテルの予約間違えて夜の街を彷徨ったこともあるし、新幹線乗り遅れて帰れないと思ったこともある。そうなると、楽しくないとか、辛いとか色んな感情が湧き出て、もう二度と行かないって何度も思ったことあるよ。そもそも青春18きっぷで大阪遠征するとき、朝3時台に起きるんだよ。あ、これはいらない情報か…」


「うん、うーん…」


「じゃ、何で続けてるのかって、思った通りにいかなくて辛くても、ライブを見るっていう目的があるから遠征続けられるのかもって。何時間もかけて大阪到着すると疲れて気力も無くなるけど、ライブ見たら楽しいし癒される。そうすると、何か今まで辛かったとか苦しかったとか忘れちゃうんだよね。でもさ、いつかはこの遠征も終わる時が来る。それはいつ来るかわからないんだ」


「あ、えーと…」


「うん、結局さ、恋愛も遠征も同じかなって。辛い事や嫌な事だけじゃなく、楽しい事も嬉しい事もある。だから色んなことを通じてユウナさんに結果的に楽しいって教えられればって思ってる。だけど、その相手は俺で本当に大丈夫なのか、俺がユウナさんの覚悟に答えられるのか、自信がない」


「それは…。どういう意味?」


「結局何が言いたいかって。俺はユウナさんの事まだ良くわかってないんだ。だから俺にユウナさんの事を色々と教えてね。そうやって、ある程度知ってから結論を出しても良いのかなって。でも、切り取る時が違えば結論も違うので、今はわからないって答えになるんだよ。恋愛が楽しいって教えられるかって言うのもわからない。でも、ユウナさん期待にこたえたいとは思ってる」


「う、うん。よくわからないけど、ダメってこと?」


あ、俺の話ダメでしたね。もっとうまく話できたら良かったんだけど。うまく伝わってないのがユウナさんの表情見てわかる。「?」がユウナさんの上にいくつも浮いてるのが見えるくらいだよ。完全に着地は失敗したけど、俺の気持ちが伝わるように、はっきりと話さないと。


「ダメって…。俺が話まとめられなくて、意味不明な話しちゃってダメだって言うのは正しい。でも、ユウナさんへの返事としては違うかな。はっきり言うと今は返事保留。始まったばかりだし、簡単に答えは出したくない。ユウナさんは覚悟決めてくれたのに、その覚悟に答えられないヘタレでゴメンね」


「そんなこと…。それで、それで、私にもチャンスがあるの?」


「チャンスはこれからだし、いくらでもあると思うけど。って、これも表現おかしいな。俺、ダメだな…」


「うん、しいさんの気持ちはわかった気がする。私もこれから頑張れば良いんだよね」


「そうなるかな…」


「それで昨日さ、ミズキには何て答えたの?」


「ノ、ノーコメントで。ミズキさんに聞いてね」


ユウナさん、時々凄い球投げて来るんだよな。でも昨日の事は何となくわかってるっぽいな、これ。多分、この話に至ったのは俺が昨日ミズキさんとは何も無かったって言ったからだと思う。そうじゃなければ、違う結果になっていたと思うよ。


でもさ、何で俺がって、これ読んでる人も思ってるよね。特別イケメンでもないし、仕事がすごい出来るわけでもないし、お金持ちでもないし、特殊能力も魔力もないし、転生者でもない。どこにでもいるような平凡なサラリーマン。って序盤に書いたんだけど、皆さん覚えてますよね。あ、時々こういう復習みたいなの出るから、気抜かないでね。


「しいさんって、天然的にさやしい所あるんだよね」


「何?どういうこと?」


「さっきさ、急に私の傘持ってくれたのは何で?」


「あ、それ。腕にかけた傘の先がスカートに当たってたから、汚れるとマズいかなって。きっと今日のためにおしゃれしてきたのかと思って」


「もう…。だから、そういうのって…」


「え?」


「何でもない!」


ユウナさん、俺が話してる最中も時々涙を拭いていたんだけど、ポケットティッシュ使い切っちゃったみたい。でも心配ご無用、ポケットティッシュはあと3個くらいあるのを見た。って、そうじゃない。過去を忘れるための涙も流し切ったのかな。


少し笑顔が戻ってきたように見えるけど、俺が変な話したせいで気分を害したかもしれない。そう言う所がダメだってわかってても、こういう人間なんですよ。いつかは誰かを傷つける選択をするかもって、俺自身が傷つく選択をするかもしれないんだなって。何やってんだろう。


それにしても、時々職場で見かけるユウナさんと、今日はイメージが全く違う。けど、そういう姿も含めてユウナさんなんだなって。知らない事ばかりだ。さて、これからどうしようか。あれ、まだ話があるみたい。時間は15時42分って、こんな所に約2時間も居るのか。


「それじゃ私の話、もう1つ聞いてもらって良い?」


「大丈夫だよ」


「ありがと。実は1月8日名古屋の話なんだけど…」


「え!?まさか無しとかじゃないよね」


「あ、そうじゃないんだ。握手会行くってのは本当。でもね、理由がちょっと違ってて。名古屋は間違って取っちゃって、キャンセルできないって言ったんだけど…。本当は、しいさんと一緒に遠征行きたくて取ったの。しいさん、大阪遠征してるって話聞いて、本当なら大阪が良いなって思ったけど、握手会のスケジュール見たら、地方が1月8日の名古屋しか無くて…。あぁ、何でもない。そう言う理由なの、ゴメンね。一緒に行ってほしかったけど、嫌なら別に…」


「そういうこと…。嫌ってことはないよ。ただ、俺の方がスケジュール決まってないから何とも言えないってだけ。いや、ちょっと待って。MINORIさんのライブ見に行くんだから、どっちにしても名古屋行くんだ。じゃ、名古屋行きは決定か」


「それじゃ、良いの?」


「俺の方は問題なし。けど、さっきの変な話で嫌になったりとか、ユウナさんが一緒に遠征したいってモチベーションを保っていられれば良いんだけど…」


「うん、それは大丈夫。だと思う…」


「え?」


「うそ、嬉しい。一緒に行こうね」


ユウナさんの笑顔が完全に戻ったようで良かった。時間は15時55分、天気が悪かったのもあるけど、こんな所で2時間も話するだけって、本当に良かったのかな。あれ、何か音が鳴ってる。ユウナさんのスマートフォンが誰かからの着信をお知らせしているようだ。でも、この着信音は10分くらい前にも鳴ってた。誰からだろう、何か悪い予感がするんだけど。


そんなユウナさん、小さなバッグからスマートフォンを取り出して確認すると、どうやらミズキさんからのようだ。うん、胸騒ぎがする。


「うわ、ミズキからだ…。しいさん、ちょっと待っててね」


「う、うん…」


さっきまでの笑顔が嘘のように険しい顔して、ビルの出入口付近へと向かって行くユウナさん。何でミズキさんがこのタイミングで連絡してきたんだろうか。ちょっとでも昨日の事を想像してしまうと、気になりが止まらない。俺もそっと、スマートフォンのメッセージアプリを開くと、未読が約100通。ほとんどがミズキさんからだ。あ、残りは店のクーポンとかです。


ユウナさんが電話している間にメッセージを見るが、「お昼何食べたの?」「今日も会いたい」「ミズキって呼んで」など、どうでも…。いや、生存確認をするかのような愛くるしい内容ばかりで微笑ましい。「ミズキって呼んで」って、何度もあるんだけどミズキさん名前呼ばれるのが好きなのかな。


と、メッセージを読んでると、どうで…。微笑ましいメッセージだけではない。妹2人と一緒に新宿へ行ったとの情報も。え、何?アイルちゃんの成人式の衣装選びって。そう言えば、アイルちゃん今年20歳になったんだっけ、じゃ来年1月成人式か。そんな重要な事してる最中、俺如きにメッセージ送ってる場合じゃないでしょ。ま、一応「後で返信するね」でお茶を濁す。でも、なぜユウナさんに電話してきたんだろうか。


ユウナさんが話してる声が微かに聞こえてくるんだよね。でも、何言ってるか聞き取れない。声の雰囲気とか高さとかで、ユウナさんが若干怒ってるように聞こえる。そりゃそうか、デート邪魔されてるんだからね。いや、俺がダメな奴だったって話してるかも。うーん。と思ってると、電話終えてユウナさん戻ってきた。


「ゴメンね。実はさ、これもしいさんに話してないんだけど…」


「え?もう、何でも大丈夫だよ」


「今日の事、ミズキに報告する約束になってたんだ。私、ダメだったって言ったら、笑われたよ。もう…」


「あ、いや、ダメとは…」


「ねぇ、しいさん。ところで、ミズキに連絡した?」


「え?してないよ。さっきメッセージには返信しておいたけど」


「あと、ミズキがしいさんと話したいって。明日にしてねって言ったけど」


「明日の休憩室は針のむしろかもな…」


これ以上は単に俺が辛いだけになるな。それに時間を見ると、もう16時。辺りは夕暮れに向かっている。さすがに殺風景な場所で話してるのも終わりだろう。この後はユウナさんの行きたい所へ行くってのも良いかな。


「話は全部出来た?」


「うーん、うん。でも一度に全部話したら、しいさんが困っちゃうから」


「それじゃ、せっかくみなとみらい来たんだし、どこか行く?」


「行く。お買い物付き合ってくれる?」


「わかった。でも、その前に…」


「え?」


俺はユウナさんを連れ、エスカレータに乗ってビルの2階へと向かった。どこへ行くんだろうって思ってるが、連れてきたのはお手洗いだ。べ、別に変な意味じゃない。さっきまで泣いてたユウナさん、メイクが崩れてたり、目が腫れてたりするだろうから。って、うまく誘導出来たかな。


「ちょっと行って来る」


「うん。私も…」


トイレから戻って数分後、ユウナさんも戻ってきた。その顔を見ると、目の腫れもすっかり落ち着き、涙で崩れたメイクも直して可愛く復活。うまく誘導できたのかもしれないな。


さて、どこ行こうか…


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