表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/94

76.近づく距離、遠ざかる距離

さぁ、ライブだ…

店を出てステージの前に戻ると、ライブの準備が始まっている。ステージ周辺には人がまばらに集まっているのが、ステージ目的ではない雰囲気が漂っている。どちらかと言うと、屋台やイベントを楽しんだ人達が、疲れたからくつろいでるという感じだ。


ステージ前には当然のように連中の姿発見。あれ、今日は6人って、昨日から2人増えてる。おそらく昨日の活動休止発表を受けて飛んできたと予想。お疲れ様です。俺はと言うと、そんな連中から少し離れた位置に構える。


時間は13時53分、もうすぐライブが始まる。だが、ステージ前もその付近にも知った人は居ない。さすがに横浜でライブ3回目のMINORIさんは知名度が無いから仕方ない。彼女のファン達の中にもMINORIさん知ってる人居ないからね。でも今は興味無さそうな人達、ライブが始まると見方変わるよ。


そして彼女のファン達が集まるのは彼女の出番直前になるだろう。今日は2日前と違って出演者が初めましての人達ばかりだから。それに、今日は日奈子ちゃんはバイトがあるから不参加。だったよな。


「日奈子ちゃんって、今日バイトあるから来ないないんだ…」


「週末はバイトだから…。って、何で知ってるの?」


「ここ来る前、普通に連絡したけど」


あ、そうか。ミズキさんも連絡先交換してたもんな。そうだよな。って、ミズキさん、普通にいるんですけど。まさかライブまで一緒に見て行く気ですか。本気でメインヒロインの座、狙ってるようですね。


「ところで、まだ大丈夫なの?」


「何言ってるの?」


「いや、時間とか大丈夫かなって。ライブ見て行く?」


「もちろん!!今日は1日フリーだよ」


ちょっと…

そんな笑顔でくっつかないで。良い匂いするからって、いや、そうじゃなくて、気になっちゃう。ライブに集中できないから、少し離れてね。って、少し離れるとすぐ距離詰めてくるのよね。うーむ。


「あのさ、ステージの前にいる集団って何者?」


「あぁ、気付いちゃったか。それはね…」


あの連中、目立つからさすがに気になるよね。連中が何者で何をするの人達なのか、ここでミズキさんに説明。でも、MINORIさんのファンであることは間違いないから、その辺りもフォロー。だが、昨日、一昨日あったゴタゴタは説明しなかった。


あ、そういえば昨日、MINORIさん新しい事やるとか言ってたな。それが何かわからないし、その新しい事があってもミズキさんにはわからない。俺でさえわかるのか微妙だから、説明不要でしょ。


そして時間は、13時57分。MINORIさんがステージに登場。準備も終わり、これからライブが始まるという、そのタイミングで事件が起きる。


「すみません、今日の撮影はご遠慮ください」


え…

これは驚いた。MINORIさんがステージ前にいる連中に撮影を止めるように言ったのだ。これには連中も驚きすぎて、フリーズ状態だ。数秒後、フリーズが解けた連中は我に返ったのかMINORIさんの指示通り、撮影機材を片付け始めた。これが新しい事なのだろうか。そして程なくしてライブが始まる。


「こんにちは。名古屋からやってきましたMINORIです。皆さん楽しんでいってくださいね。早速1曲目…」


1曲目、秋と言うよりも冬を想像させる寂し気な曲。俺はMINORIさんの曲を数曲しか知らないから、この曲も初めてだ。と、言いつつ、いつも最後にやる曲くらいしか知らないけど。あれ、何だか連中は少し戸惑ってる。慌ててるというか、ざわついてるみたいだけど、何かあったのだろうか。


それは続けて演奏した2曲目でも、連中は同じく戸惑ったようなリアクションをしている。2曲目終わりにMCで活動休止や音楽への思いなどの話をするが、横浜の人達にはあまり響かない。そうだよな、MINORIさんの事知ってる人、ここにはほとんど居ないから。


やっぱり活動休止って言葉、直接聞くと寂しいよな。大阪で偶然出会って、ライブ見に行くようになって、これからって時に。何て思っていても、隣のミズキさんが気になって仕方ない。完全にくっついて来るし、時々動くから、その度に良い匂いがする。無理やり離れるわけにもいかないし、ライブ終わりまで、このままで良いか。


MCが終わって3曲目、この曲は聞いたことがある。たぶん昨日のライブで聞いた。連中の戸惑いもMCで落ち着いたかに見えたが、収まっていない様子。そして4曲目、今日最後の曲はいつも演奏しているあの曲ではなかった。動揺もピークに達した連中をよそに、MINORIさんの演奏と歌声が曇天の港町横浜に響き渡っていく。


うわ…

ミズキさん、ビックリするからいきなり腕掴まないでね。この曲、初めて聞くが、どこか懐かしいというか、ノスタルジックな雰囲気の曲。そんな雰囲気が隣の人にも響いたのだろうか。って、腕掴むのは違うんじゃないか。ミズキさんの方見ると、笑顔で見上げて来るんだよね。距離近いから見上げる感じになるんだけど、ドキドキするよ。


いや、そんな雰囲気が伝わったのはミズキさんだけじゃない。ライブが始まった頃は寂しかったステージ前、興味ある人も少なかった会場だが、今は興味持って立ち止まる人が多く見通しが悪いくらいになっている。MINORIさんの思いは横浜の多くの人に届いているようだ。


「ありがとうございました。MINORIでした。この後、物販で待ってます。気軽に声かけてくださいね」


鳴り響く拍手の中、少し考えた。いつも最後にやるあの曲を今回はやらなかった。偶然じゃなく、何か考えがあってのことだろう。もし、MINORIさんが言った新しい事、変化がこれなのか。それはわからない。


連中に配信や録画を止めさせて、連中が予想していない曲を演奏。これは何となくわかる。配信や録画を後で見る人のためじゃなく、ここに来ている人、リアルタイムで聞いてる人に向けたライブだと。連中はその辺り気付いてるのかな。


あ…

そんな悠長にしている場合じゃなかった。連中よりも先に物販列に並ばないと。だが、隣にいる人を連れて行くわけには…。いや、そんなこと言ってる場合じゃないか。


「ミズキさん、物販行くよ」


「え!?」


そんなに驚かないでよ。こっちがビックリだよ。でも、今のうちに物販に並んでおかないと、連中に先頭取られてしまう。と、物販へ向かってる途中で2人が先頭を確保。一昨日、俺が先頭取ったのを覚えていたのか、先行されてしまった。仕方ないのでその2人の後ろへと並ぶ。すると、続けて後ろに数人並び始める。


連中、2人だけ物販行かせて他の人は行かないのだろうか。並んでるのは今日から参戦の男女カップル2人だけ。と言っても、連中は知り合いとか同級生が多いと言ってたからカップルは正しいかわからない。いや、ここは想像の世界、カップルじゃなくても、カップルにしておこう。ん?ミズキさんどうした。


「ちょっとこっち見ないでよ。突然名前呼びするの反則」


「は?」


「だから、突然名前呼びされると照れるって…」


名前呼びしてって言ってきたのに、いざ名前呼びすると照れるって怒られる。理不尽だ。もう、わからんって言うか、そんなものか。何て考えていたら、すぐにMINORIさんが物販席へ到着。前のカップルとMINORIさんが話を始める。


漏れ聞こえる話し声に耳を傾けると、やはりこの2人は今日だけ参戦。活動休止の話を聞いて飛んできたようだ。だが、それよりも気になることが。それは、今日のセットリスト。前のカップルが言うには、披露した4曲全てが初めて聞く曲、新曲だという。そうなのか。あれ、3曲目は昨日のライブで聞いた気がしたけど。ま、この辺りも聞いてみますか。


ちょっと話長いけど、長時間独占しないよね、前のカップル。いや、ちょっと待って、このシチュエーションだと、こっちも完全にカップルだ。前のカップルよりもカップルっぽい。あぁヤバい、意識し始めたら緊張でおかしくなってきた。ふと、ミズキさんの方を見ると、同じく緊張してるみたいだし、話をして気を紛らわそう。


「物販無理やり連れてきちゃたけど、大丈夫だった?」


「え?全然大丈夫。しいさんが突然名前呼びしたのはビックリしちゃったけど。あぁ、でも何て言おうかな。初めましてだし…」


「挨拶くらいで良いんじゃないかな。ほぼ俺が話するから、話題は気にしなくていいよ」


「何言ってるの?そうじゃなくて、私たちの関係何て言おうかなって」


「そっち?」


「私達、カップルで良いよね。カップルで…」


「あ、そう。いや…」


いつもの調子が復活してやがる。でも、こっちの緊張もほぐれたし、これはこれで良かったか。そうだ、頭の中で話することを整理しないと、セットリストの話、今後のライブの話、ワンマンライブの話も。何て考えていると、前のカップル、話が終わって物販を離れるみたいだぞ。


あ…

急にミズキさんが腕を絡めてきたんですけど。そうか、さっきの話これか。色々当たってるんですけど。ヤバい、何を話するか考えてたの全部飛んじゃったよ。


「こ、こんにちは」


「こんにちは。しいさん、こちらは彼女さんですか?」


「そうです。初めまして、私ミズキって言います。初めて聞いたんですけど、演奏も歌声も素敵でした。活動休止するって聞いて、残念と言うか、寂しいって言うか。もっと聞いていたかったです」


「あ、ありがとうございます。こ、これデモCDです。無料なので宜しければ…」


「えー、良いんですか?ありがとうございます。たくさん聞いちゃいますね」


出た。一気にトップスピードで駆け抜けるミズキさん。MINORIさんがキョトンとしてるよ。どさくさに紛れて彼女ですかって聞かれて、間髪入れず「そうです」は無いでしょ。説明する間も与えず、既成事実で周囲を固めないでよ。でも今から違うっていう説明も面倒だし。ミズキさんの作戦勝ちか。


それにミズキさん、一昨日MINORIさんと会ってるのよ。初めましてじゃないのよ。ま、その時はライブ見たわけでもないし、一瞬会っただけだから初めましてでも大丈夫か。でも、ここからは俺のターンね。


「今日のセットリスト、今までと何か違います?ノスタルジックと言うか、どこか懐かしい感じもあって、凄く心が洗われました」


「さすがはしいさんですね。今日は全曲新曲でした」


「昨日聞いた曲もあった気がしたんですけど…」


「あ、3曲目ですよね。昨日のライブで初披露した新曲ですよ」


「え?そうだったんですね。あまり曲知らなくて。何て言うか、今日のセットリストMINORIさんに合ってた気がして」


「実は新曲を発表するのは誰にも話してなくて、受け入れてもらえるか不安だったんです。でも、しっかり受け入れてもらえたようで良かったかなって。今日の新曲達、私が歌いたくて1年位前に作った曲なんです。作ったは良いけど、いつ発表しようか迷ってたら、こんなタイミングになっちゃいました。でも、今日来てくれた人達にお披露目で来て良かったかなって。聞いて頂きありがとうございます」


「そう言われると、もっと、ずっと聞いていたいです。今後のライブスケジュールって、どうなってますか?」


「今度の週末くらいに発表予定ですけど、しいさんにだけ教えます。最後のワンマンライブは1月8日日曜日、名古屋のライブハウスでやります。覚えててくださいね」


「わかりました。チェックしておきます」


「え?1月8日?名古屋?」


「ミズキさん、どうかした?」


「いや、後で…」


「3日間楽しかった。色々あったけど、MINORIさんに出会えて刻んだ思い出は忘れません。また、必ず会いに行きます。名古屋でも大阪でも、どこでも行きます」


「そう言って頂けると嬉しいです。残り時間は短いですけど、また会いに来てくださいね。あ、彼女さんも機会があれば…」


「はい、2人で行きますね」


「いや…。あ、この辺16時くらいまではウロウロしてます。それじゃ…」


「あ、そうですよね…」


最後の離れ際、うまくまとめられずゴチャっとなってしまった。別れを惜しむように手を振って物販を離れると、時間は14時40分、ステージ上は次の出演者が1曲目を演奏中だ。彼女のライブまで時間あるし、このままライブ見て行こうか。その前にミズキさん、いつまで腕絡めてるの。少し離れてほしいけど、うーむ、無理か。


物販から離れるその距離に応じて、色んな思いが交差する。もしかするとMINORIさんとはこれが最後かもとか、隣にいる人この後どうするのとか、彼女のライブはどんな感じになるんだろうか、などなど。


ん?考え事して気付かなかったが、目の前に連中の姿が。しかも一昨日厄介な話をしたあの2人だ。これ、正面衝突避けられないでしょ、どうする。


さぁ、第2ラウンドだ…

これから始まるのは単なる俺のエゴ、正義の剣を振りかざすのも俺のため。でも、これが何か変わるきっかけになってくれれば。さぁ、小説っぽい事でもやりますか。


やっと出てきたね、このセリフ。いや、セリフじゃないか。途中の経緯を長く書きすぎて忘れてる人も居るかもしれないけど、一昨日の因縁をここで解消して見せる。ミズキさん、どんなことが待ち受けてるかわからない、格好悪いところ見せるかもしれないけど、見届けててね。


「すみません、良いですか?」


「どうかしました?ウッ…」


その瞬間、絡めた腕をギュッと強く握るミズキさん、ちょっと痛い。おそらくこの状況が何を意味するのか、これから何が起きるのか、何となく察したのだろう。でもね、ミズキさんの色々が当たってて、色々気になっちゃうのよ。俺の頭がこのまま正常な状態でいられると良いんだけど。


さぁ、リベンジだ…


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ