68.厄介な出来事の続き
いやぁ…
朝7時、頭と胃が重い。店員のお勧めを勧められるがままに食べ、ビールだけでなく日本酒まで飲んでしまった昨日の宴。はっきり言って、調子に乗った。少し熱めのお風呂に入って消化促進するが、まだ若干重い。でも、楽しかったし、これも旅の醍醐味の1つじゃないだろうか。
朝食はパス。胃もたれで食欲がない。お茶とスポーツドリンクを飲み干し、チェックアウト時間ギリギリまで寝てることにした。ベッドに横になると、思い出すのは昨日の出来事。MINORIさんの周りにいたあの連中、危険に見えたが、単に熱狂的なファンかもしれない。
俺がMINORIさんと話をした後、敵意むき出しで向かってきたのは何だったんだろう。危険な匂いは感じたが、こちら側に問題はなかったと思う。だが、一方的に勘違いされてる可能性は否定できない。真相は何だろう。
何て、正義を振りかざしてみるが、余計なお世話だ。ライブの楽しみ方は人それぞれ。何も起きてないなら、大丈夫でしょう。次に機会があれば、普通にライブを見に行けば良い。初めましてだと抵抗あるけど、何度か通えば受け入れてくれることもあるからね。
なんて考えている間に、気付けば夢の中。あっという間に9時15分のアラームが鳴る。
あれ、何でだ…
時間は9時45分。部屋を出る直前、スマートフォンが充電されていないことに気づく。充電器を抜いて別のコンセントに刺すと、スマートフォンのランプは一瞬光るがすぐに消える。モバイルバッテリーでも同じ現象。何度か試したが、ついにランプも点灯しなくなった。
この充電器と出会ったのは約2年6か月前、今のスマートフォンを買ったときに同時購入。家で使うだけでなく、遠征旅でもフル稼働させてきた充電器、大阪の地で役割を全うしたのでしょう。ありがとう充電器、君のことは忘れないよ。
いやいや、そんな場合ではない。スマートフォンの充電残り16%は即死レベル、モバイルバッテリーも充電されてない。これはヤバい。新しい充電器も今すぐ必要だ。壊れた充電器を何の未練もなくゴミ箱に投げ捨て、急いで部屋を出発。無慈悲だ。
チェックアウト後、フロントで充電器を借りて充電。フロントにスマートフォンを預けて、新世界の街をウロウロ。思えば、このスマートフォンも充電の減りが早くなってきた。機能的には不満がるわけではないが、そろそろ新しい機種に買い替え時なのかもしれない。
彼女に出会うまで、充電を減らす行為はゲームくらいだった。だが、彼女と出会って、遠征するようにり、様々な思い出を刻む度に充電が減る速度が速くなった。何て、格好つけて言ったが、道に迷って地図アプリ使ってる時が一番充電減っている気がする。
そして1時間ほど経過し、10時50分。48%まで充電が完了したスマートフォンを受け取って出発。新今宮駅から大阪環状線で大阪駅へ向かう。目的は、大阪駅近くにある家電量販店。そこで充電器を買ってこようと思ったのだ。
何、大阪駅以外にも、難波や日本橋にも家電量販店はあるし、充電器くらい売ってる店はあるだろって。いや、ここでピンと来た人もいるかもしれない。俺は地下鉄を使わず、秋の乗り放題パスだけで行けるJR線を使いたかった。さらに、その家電量販店は横浜にもある。勝手知ったる店だというのと、ポイントカードも持っている。簡単に言うと、ケチったのだ。
11時13分、大阪駅到着。悠長なことしている時間はない。御堂筋南口改札を出て、すぐ近くにある案内板を穴が開くくらい睨みつけ、家電量販店までの行き方を確認。現在地から左側へまっすぐ、御堂筋北口の出口を出て、ペデストリアンデッキを渡れば到着らしい。うむ、思ったより簡単そうだ。
だが、道順は簡単でも大阪駅構内の人の多さが行く手を阻む。まっすぐ進むが一番難しい。観光客の大きなキャリーバッグは道をふさぎ、2人3人と並んでいたら人の流れも変わって避けるのも大変。少し端の方へ寄ってもらえたら歩き易くなるんだけどね。
案内板の通り御堂筋北口を出て、すぐ見えるエスカレータを上り、ペデストリアンデッキを通って家電量販店へ。ほぼ人の後ろをついて行っただけで到着。案内を確認して、携帯電話関連の売り場がある1階へ。大きくて広い店内、人が多く迷いそうになるが、エスカレータを降りると、すぐ目の前にスマートフォンのアクセサリー売り場だ。
時間を見ると11時25分、ライブハウスの開場時間が迫っている。迷ってる時間はない。2口充電器、充電用ケーブル2本、容量大きめのモバイルバッテリーを持って会計へ。5人ほど並んでる。あぁ、急いでるけど仕方ないよね。時間は11時40分、約6000円の会計を済ませて無事緊急任務完了。痛い出費だが仕方ない。
買うものも買ったし、南森町駅へと向かおう。いや、実はそうじゃない。今日は秋の乗り放題パスだけで移動する事にこだわりたい。前に行ったときに気になっていた大阪天満宮駅。この駅を調べたら、南森町駅に隣接、北新地駅から2分で着く。しかも、秋の乗り放題パスが使えると言ったら、試してみるしかないでしょう。
と、言うことで、北新地駅へ向かうのだが、まずは来た時とは逆ルートで大阪駅に戻る。ペデストリアンデッキのエスカレータを降りている途中、何やら演奏が聞こえてくる。あれ、聞いたことあるかも。いや、間違いなく聞いたことある。
エスカレータを降りて、演奏が聞こえる方へ近づく。間違いない、MINORIさんだ。なぜこんな場所で、こんな時間に路上ライブやってるのかはわからないが、なんか運命的なものを感じてしまう。
それは昨日の件があったからだけではない。MINORIさんと俺、名前が似ているから親近感を抱いたのかもしれない。え、何で名前が似てるかって、あの、忘れてないですよね俺の本名。これ、2度目ですから。そんな話は置いといて。
もちろん、昨日の厄介な取り巻き連中も、しっかり張り付いてる。いや、あの囲み方見ると、貼り付いてるという表現が正しいかもしれない。だが、昨日は10人ほど居たが、今日は全部で6人。少なくなってるようだ。
俺は少し離れて様子を伺う。すぐに演奏していた曲は終わり、連中の統一されたパフォーマンスが始まる。パフォーマンスと言えば聞こえは良いが、悪く言えば他の人を寄せ付けない集団威嚇行動だ。昨日見たのと同じ。
普通、フリーライブや路上ライブでは、常連のファンは一歩引いて、新規や久しぶりに来た人などを優先するものだが、連中は関係ない。なるべく新規の人を避けてるように見える。なぜだ。
短いMCがあったと思うが、内容はあまり聞こえない。次の曲は、昨日も最後に聞いたあの曲。演奏が始まると同時に始まる連中のパフォーマンスも開始。異様な空気が大阪駅駅前を包み込んでいく。当然、周りの人も夏休みが終わった波打ち際かってくらい人が引いていく。いや、波打ち際じゃなくて海水浴場か。
あれ、違う違う。集中できない。そりゃそうだ、曲は良いんだけど、連中が気になって入って来ないんだよ。ライブハウスなら百歩譲ってわかるけど。さすがに路上では。だが、その状況が変わり始める。
なんだ…
曲が始まって2分ほど、サビを演奏していると、連中の後ろに人だかりが出来始める。道行く人が数人足を止めたのをきっかけに、次々と足を止めて行き、厄介な連中を囲ってさらに大きな人だかりが出来る。すると、厄介な連中が気にならなくなってきた。
偶然が引き起こした状況だが、実際にはMINORIさんの演奏が良いから立ち止まる。フリーライブでも良く見る光景だが、路上ライブでは少し厄介。そう、立ち止まる人が通路をふさぎ、通行の邪魔になってくる。この状況が続くと次に待っているのは。そう、ポリス登場。
残念ながら、最後まで演奏できずに止められてしまう。蜘蛛の子を散らすように人だかりは解消。今までMINORIさんの周りを囲ってた連中は、あれ、いない。どこ行った。こういう場合、人だかりが残ってると問題を複雑化するから、その場から離れるのが正解。だが、あまりにも逃げるのが早い。
1人で片づけを始めるMINORIさん。ポリス達も注意をして、その場を離れていくようだ。これで一件落着だろうか。それにしても、周囲の人たちより早くいなくなった取り巻き連中には驚きだった。
あ、そうだ…
これ、話するチャンスじゃないか。でも、連中がどこかに潜んでるかもしれない。辺りを警戒しながら近づいていくが、何事もなく近づくことはできた。俺が近づいてきたことに気づいたMINORIさんは、すぐに状況を理解して話しかけてくる。
「あ、昨日来てくれた方ですよね」
「そうです。偶然通りかかったら演奏聞こえたので聞いてました。さっきの曲、良い曲です」
「ありがとうございます。でも、止められてしまいました」
「仕方ないです。これで終わりですか?」
「いえ。場所を変えてやるつもりです。あの…。大阪の方じゃないですよね」
「あ、よくわかりましたね。と言うか、話し方でわかりますよね。横浜から来てます」
「ご旅行とかですか?」
「いえ。ライブ見るためだけに遠征してきました」
「本当ですか?」
「知らないと思いますが、神崎ありさって人を追いかけて、大阪まで遠征してきました」
「そうなんですね。ごめんなさい、存じ上げないです」
「全然大丈夫です」
「そう、ここだけの話、来月11月に関東遠征のスケジュールが入ってます。ご興味あれば…」
「わかりました。昨日もらったチラシに色入り情報あったので、チェックします」
「ホームページあまり更新してないので…。頑張って更新します」
「こんなタイミングで申し訳ないんですが、CDとかあります?昨日買えなかったので」
「すみません、今CD持ってなくて…。あ。」
「ん?」
何か嫌な予感がする。その予感は、楽しいひと時を打ち破る厄介な連中が帰ってきた知らせだ。その姿は駅ビルから出てきたばかりで遠くに見えるものの、威圧感たっぷり。その後の俺の身を案じてMINORIさんが教えてくれたのだと察した。ここまでか。
「次があるので、この辺で。機会があれば、また見に行きますね」
「ありがとうございます。あの、名前教えてくれますか?」
「しいさんって呼ばれてます」
取り急ぎ、俺は別れを告げてその場を離れた。連中の数人が俺の方に近づいてきているようだが、無視だ無視。ちょっとずつ歩を早め、大阪駅構内の人ごみに紛れ込む。さらに大阪駅構内からバスターミナルを抜けて横断歩道を渡って地下街へ。さすがにここまでは追いかけて来ない。昨日もそうだったが、大阪は人が多くて助かる。
落ち着いたところで時間を確認すると、11時56分。話が楽しすぎて、時間も厄介な連中の事も忘れてた。もう、オープン時間に間に合わない。でも、彼女の出番までに間に合えば大丈夫。あれ、所でここどこだ。
だが、冷静に見ると近くに阪神電車梅田駅を発見。と、言うことは。なるほど、ここまで来れば見たことがある。いつも迷っている梅田ダンジョンだ。ここから北新地駅へ行きたいところではあるが、気力もなくなったので、地下鉄谷町線で行くことを決意。秋の乗り放題パスだけで移動するのは、あっさり諦めた。
地下鉄谷町線の東梅田駅に到着すると、次は12時17分発。1駅だけ電車に乗って、南森町駅には12時20分に到着。南森町駅も何度か来ているから迷わない。すっかり慣れた感じを全面に出し、改札を抜けて1番出口を出ると、徒歩5分ほどで梅田東カレイドスコープだ。
到着時間は12時27分、階段を下りて受付を済ませる。ステージ上は転換時間なのか誰も演奏していない。すると、見慣れた大阪の彼女のファン達がお出迎えだ。というか、すぐ目の前にいるから素通りできるわけないでしょ。
「あれ、今到着ですか」
「ちょっと色々とアレな事があったので…」
「何ですか、それ。気になりますな」
「いや、朝起きたらスマートフォンの充電器が壊れて充電されてなかったんですよ。それで色々買い物を」
「遠征しすぎ違います?」
「そうかもしれないです」
ははは。ライブハウスに入った直後にこんな話かよ。君たち、俺が遠征する度に色んな角度でイジるね。これも、大阪のファン達と信頼関係が出来ている証拠。もちろん、良いことだと思ってる。だが、ここではMINORIさんの話は、あえてしなかった。イジられるとかではない。俺の中で整理がついてから話をしようと思ってるからだ。
さて、時間は12時32分。ライブは2番手が演奏をスタート。ん、この2人インストですか。と思ったら、1曲目の演奏終わりで真相が明かされる。このバンド、実はスリーピース。ボーカルが体調不良で欠席だそうだ。そういうの、たまにあるよね。
2組目の演奏も終わり、時間は13時6分。いよいよ彼女の演奏が始まる。ギターの弦を弾く姿、歌声、表情。すべてが心に刺さり、魂に響き渡る。何でだろう、いや、何でかはわかってる。昨日と今日の2回、なぜか安心できないライブを見てきたから。あぁ、何が違うのか、一番違う何かがわかった気がする。
そう、会場全体でライブを楽しむ空気が出来てるのよ。彼女が作り出す世界感もそうだが、俺達ファンや他のお客さんも一緒に楽しんでいる。これが音楽、音を楽しむって事じゃないだろうか。もちろん持論だ持論。
「それでは最後の曲になります」
何、もう最後の曲だと。楽しい時間はあっという間、何てよく知られたフレーズ、ここで使わずしていつ使うんだよ。しかも、これが終わると約10時間にも及ぶ長時間移動が待ってるって、思い出させないでくれ。お願いだから、もう少し楽しい時間を。
「ありがとうございました。神崎ありさでした」
体感5秒だ5秒。今日のライブはいつも以上に楽しかった。ライブの余韻に浸りながら、ゆかいな仲間たちとミネラルウォーターを飲みながら談笑。
「来月もお待ちしておりますよ」
「え、来月11月も大阪ライブあるんですか?」
「今朝ホームページ更新されてましたよ。あ、スマートフォンダメなったんですよね」
「いや、ダメにはなってないですよ。スケジュールは後で確認します」
またイジられるし。そんなことしていたら、物販席には彼女の姿が見える。俺は、転換中のこの時間にライブハウスを出ようと計画。ゆかいな仲間たちに別れを告げ、彼女のもとへ向かう。
「こんにちは」
「あ、しいさん。昨日ぶりですね」
「今日はいつも以上に癒されたライブでした。これから約10時間かけて横浜に帰りますけど、頑張れそうです」
「楽しんでもらえて何よりです。横浜まで10時間ですか。無理せずに、お気を付けて」
「そう言えば、11月にも大阪でライブあるんですか?」
「はい。11月10日の金曜日から12日の日曜日までです。あと、先ほど決まったばかりですけど、12月はゆうそらさんとツーマンライブがありますよ」
「なるほど、盛りだくさんですね。全部楽しみです」
「ありがとうございます。でも、無理せずに来てくださいね」
「わかりました。また、横浜で」
「また横浜で会いましょう。あの…」
「何かありました?」
「何でもないです。大丈夫です」
さて、帰りますか…
最後は何だったんだろうか。ちょっと気になるが、良いか。彼女と別れてライブハウスを出る。時間は、13時52分。
ここから大阪天満宮駅まで行ってJR東西線で北新地駅へ、何て考えた。だが、考えるまでだ。この先は、約10時間に及ぶ普通列車乗り継ぎ旅。余計な事して時間と体力を費やす意味はない。180円投資して大阪駅へ向かおう。
と、言うことで南森町駅に到着。だが、タイミグ悪く目の前で電車がホームから遠ざかっていくのを眺め、立ち尽くす。この電車は14時発だったようで、次は14時6分発。だが、全く問題ない。どちらにしても大阪駅発14時30分の新快速電車に乗るからだ。それでもホームで電車を見送るのはあまり精神的に良くない。
14時6分発の大日行きに乗って14時9分東梅田駅に到着。来た時と逆ルートで大阪駅の御堂筋南口へ。あれ、このルート、地上を少し歩くのと、横断歩道があるけど、迷うポイントが少ない。JR線と地下鉄線を結ぶベストルートかもしれない。いや、俺が梅田ダンジョンに慣れてないだけか。
あ、そうだ…
14時30分発の新快速近江塩津行きまで時間はある。いるわけないと思うけど、MINORIさんが路上ライブをやっていた所へ再び行ってみる。だが、予想通りそれらしい人はいない。近くをウロウロすると、2組ほど路上ライブの準備をしていたが違うようだ。
状況が分かったところで8番乗り場へ。14時30分の激混み近江塩津行きで米原駅へ。この電車いつも思うのが、大阪駅からだと座れるのが南草津駅辺り。もちろん運もあるが、約1時間は立ちを覚悟ってのが体力的につらい。
ここでヤツからメッセージが入ってることに気付く。そういえば、ヤツも秋の乗り放題パスで旅して、帰りは一緒になるかもしれないとか言ってた。もう色々ありすぎて忘れてたよ。
メッセージには、「これから名古屋駅向かう。16時2分発の特別快速豊橋行きに乗車」らしい。今乗ってる電車は米原駅15時53分着。これだと間に合わない、大丈夫だ。でも安心はできない、ヤツが乗る電車を遅らせる可能性もある、メッセージを返すのはもう少し後にしよう。
米原駅16時発の大垣行き普通列車に乗車。醒ヶ井駅を出発した頃にヤツへ返信。そう、ヤツが名古屋駅を出発する16時2分を過ぎた後でメッセージを返した。ヤツからの返信は「明日早いから待ってられない」だと。うまくいった、助かった。
その後は始発電車乗り継ぎで座っては寝るを繰り返す。浜松駅に3分遅れの19時10分着が痛恨。仕方ないので、いや疲れたから、新幹線ワープ発動。19時20分発のこだま号で19時48分静岡駅に到着。静岡駅20時2分発の普通列車で熱海駅、熱海駅で21時27分発東京行きに乗り換えて横浜駅には22時49分到着。
特に大きな遅れもなく無事帰って来れた。そしてスマートフォンの充電もギリギリ9%。早く帰って自分にもスマートフォンにも充電が必要そうだ。あ、家電量販店で買ったモバイルバッテリーは未充電でした。意味ない。
10月の遠征も無事終了。さて、明日も早いしコンビニで弁当でも買って帰りますか。