61.遠征するということ
行きますか…
7月24日4時20分、大阪の千里中央で行われるフリーライブを見るため、横浜駅へ向かっている。今回はオマケなので、このフリーライブのみ参戦となるのだが、思い切って青春18きっぷで日帰りしてみようと思った。そう、横浜駅から千里中央駅まで青春18きっぷで日帰りしてみようと思った。大事なことだから2回言った。
とは言うものの、ご存じの通り、新大阪駅から千里中央駅までは地下鉄御堂筋線と北大阪急行線を使うことになるから、厳密に言えば青春18きっぷだけでは行けない。ま、そんな細かい事は気にしない。
だが、出演順が開始直前に発表される千里中央のイベント。出演順によってはタイミングが合わず、彼女の出番を見ずに帰る可能性も出てくる。確実に彼女のステージに間に合わせるためには、新幹線ワープが必須。さて、どのようなプランで行くか、考えながら横浜駅へ向かっている。
4時54分、熱海行き普通列車で横浜駅を出発。ここから約9時間の長い旅が始まろうと。あ、いや違った。往復約20時間にも及ぶとんでもなく長い旅が始まろうとしているのだった。
熱海駅に到着するまで、7月の彼女の企画ライブの話をしよう。2曲の新曲発表、両方とも心に響く良い曲だった。だが、2曲とも失恋や別れなどがテーマの切ない曲で、これだけ聴き続けるとちょっと病みそう。8月と9月も2曲ずつ新曲発表すると言ってるし、どんな曲になるのだろうかと妄想していると、気付けば夢の中へ。
熱海駅で乗り換えて三島駅で降りる。間違ってません、三島駅で降ります。ここから始発の新幹線こだま号で静岡駅までワープすれば、新大阪駅に13時8分到着となり、30分の短縮が可能。そのまま北大阪急行線直通の地下鉄御堂筋線に乗ると、千里中央駅には13時33分着。過去の経験から、1ステージ目は2番手か3番手になるから、間に合うんじゃないかと考えた。あ、ゆうそらは見られないや。
これはヤツからのアドバイスを参考にした。「三島駅からの新幹線ワープを使えば、時間短縮と静岡県内のロングシート地獄を回避可能。大阪駅への到達時間としては、三島駅から静岡駅までで30分、三島駅から浜松駅までで1時間の短縮。もちろん、別途料金がかかる。静岡駅まで約2000円、浜松駅まで約4300円。どちらを使うか君次第。だが、これ以上のワープは青春18きっぷのメリットが薄れるから注意したまえ」らしい。
検討の結果、俺は静岡駅までのワープを選んだ。ライブは全部見たいが、今回は彼女の出番に間に合うように行こうと考えた。それに帰りも新幹線ワープのお世話になるかもしれない。それなら、行きは30分短縮プランがベストだろう。
6時51分、こだま767号は5号車自由席に20人ほど乗せて三島駅を出発。7時13分、静岡駅に到着すると、車内のほどんどが降りるという現象に出くわす。同じ考えの人ばかりなのかと勘繰ってしまうが、そうではない。こだま号とはこういう使い方をする乗り物だ。
静岡駅からは再び普通列車での移動。この後は特に何も起きないので、千里中央駅到着まで話を飛ばす。北大阪急行線の千里中央駅には、時間通り13時33分に到着した。
そうだ…
忘れてた、大事な大事な彼女の出演時間。滋賀県の近江八幡駅到着中に情報を確認した時、1ステージ目は2番手の13時30分頃から、2ステージ目は1番手の15時頃からとなっていた。タイミング的に、1ステージ目は頭欠けくらいで間に合う。
話を戻す。千里中央駅には何度か来ている。フリーライブ会場に最短で行けるよう、電車に乗っている最中から、改札口へ向かう階段が一番近い扉でスタンバイ。電車を降りると一気に階段を駆け上がって自動改札を抜ける。会場へ向かう階段を上っていると、いつもなら途中から演奏が聞こえるのだが、何も聞こえない。
間に合ったか…
階段を登り切って広場を見渡すと、ステージ上で準備をしている彼女が見える。今から始まる所だ。良かった間に合った。最初から彼女の演奏が聴ける。新幹線ワープで使った約2000円は無駄ではなかった。
のど乾いた…
安心したのか、急にのどの渇きが表面化。水分補給のため近くの自動販売機へ行くと、炭酸飲料、コーヒー、見たことが無いジュース。うん、多分ジュースって、これしかないのかよ。暑いからだろう、お茶と水とスポーツドリンクは売り切れ、コンビニや別の自販機行ってる時間は無い。仕方ないので、その見たことが無いジュースを思い切って買ってみる。飲んでみる。ザ・微妙。その間に準備が終わったようで、彼女のステージが始まるようだ。
「こんにちは、神崎ありさです。暑い中ですが、音楽で楽しんで行ってくださいね」
彼女のライブは、盛り上がる系の曲を中心に演奏。暑い会場をより熱く盛り上げ、疲れた体と心に潤いと活力を与えてくれた。あ、疲れてるのは主に俺だが。
演奏後、彼女の大阪のファン達と話をしていると、渋谷1000人規模ワンマンライブ(仮)の話になる。大阪からも「予約しました」「参戦します」何て話を聞くと心強く思うが、約800人という数、本当に集まるのか心配の声も聞こえる。
それは俺も密かに思ってる。今までの状況から、通常のライブは平均10人程度、ワンマンライブでも120人程度の集客が精一杯。その数からみると、途方もない人数を一か所に、東京渋谷のライブハウスに集めなければならない。口で言うのは簡単だが、絶対に難しい。彼女もそれを認識しているだろうが、彼女が諦めたら絶対にその瞬間は訪れない。俺達ファンも同じ、諦めたらワンマンライブは開催されない。だから信じて進む、俺はその瞬間を信じて応援する。それしかないんだよ。
そういう話をしていると、彼女の物販も人が少なくなってきた。2ステージ目は微妙だから今のうちに物販行っておこう。
「こんにちは。大阪も暑いですね」
「しいさん、大阪までようこそ。暑いですけど大丈夫ですか?」
「ライブでさらに暑くなったけど大丈夫です。もちろん楽しかったですよ」
「ありがとうございます。楽しんでもらえて何よりです」
「あ、今日は日帰りなので、時間的に2ステージ目の途中で帰るかもしれないです」
「そうですか。無理しないで下さいね」
「そもそも無理だったら、来ないので、大丈夫です」
さて、2ステージ目どうするか…
彼女の物販を離れると、俺の頭の中で帰る問題が渦を巻く。勿論、彼女のライブは見たい。でも、普通列車乗り継ぎでは帰るには、千里中央駅を15時13分発がリミット。彼女の2ステージ目を最後まで見ると、新幹線ワープは必須。迷いどころだ。
さて、15時13分に出発するのは別として、彼女のライブを最後まで見た場合どうなるのか調べてみよう。15時37分千里中央駅出発で考えると、新大阪駅15時51分着、16時5分発の新快速に乗って、普通列車乗り継ぎすると、三島駅で行き詰まる。
新幹線ワープを使うタイミングは、浜松駅から静岡駅、静岡駅から三島駅まででは辿り着かない。浜松駅から三島駅までか、豊橋駅から静岡駅までのどちらかになる。金額的には豊橋駅から静岡駅までが少し安い。が、どちらにしても4000円以上かかるのがわかってるから、ちょっと厳しい。
ここは苦渋の決断。2ステージ目は時間ギリギリの15時10分まで見て、15時13分発の電車で帰ろう。それでも2曲くらいは聞ける。今回の遠征はあくまでオマケ、無理せず帰る方向で決定だ。それに帰りはトラブルや遅延が起きやすいから、使いたくなくても新幹線ワープが必要になるかもしれない。残念だがそうしよう。
と、言う事で1ステージ目が終わり、休憩時間中にコンビニで適当にお昼ご飯を買って来る。いや、時間的に何ご飯って言うのかわからないが、とにかくコンビニ飯で腹を満たし、彼女の大阪のファン達に事情説明を済ませ、偶然通りかかったゆうそらの2人にも今日の状況説明をして、帰る準備完了。トイレも済ませて、あとは2ステージ目を時間まで堪能するだけだ。
そして運命の2ステージ目。彼女は癒し系の曲からスタート。だが、2曲目の「キミとスイカ」の最後のスイカを食べ終わる直前、15時10分にセットしたアラームが鳴りタイムリミット。会場を抜け出し、泣く泣く千里中央駅へと向かった。会場を離れる時、ステージ上の彼女へ合図を送ったが、気付いただろうか。いや、事前に話してあるから大丈夫だろう。
ありがとう、また来るよ…
15時13分、電車は新大阪駅へ向けて出発。千里中央、滞在時間わずかに100分。ここから約10時間の長い長い帰り道が始まる。でも、行きと決定的に違うのがモチベーションレベル。行きはライブと言う目的があるからモチベーション高く保てるが、帰りはそれが無い。
しかも夜に向かうというか、暗くなっていく。その光景にモチベーションは激下がり、ライブで上がったテンションも持続できない。みんなどうやって帰る時のモチベーションを維持してるんだろうか。ヤツにメッセージを送ってみる。
15時27分、新大阪駅着。記憶に新しい新幹線のトラブル、そうでなくても混雑している新大阪駅構内。ほとんどの人が新幹線を利用する人達だろう、そんな人達の間をすり抜けながら、在来線改札口へ。ホームへ降りると、ここから京都方面へ向かう人はそんなに多くなく、並んでいる人は疎らだ。
15時35分発、敦賀行き新快速電車を皮切りに普通列車乗り継ぎ開始。この電車で米原駅へ向かうのだが、かなり混んでいて前途多難。まだ南草津駅を出発したばかりだというのに、ここでも座れなかったというのが心に響き、モチベーションレベルは降下。無事帰れるのだろうか。
「この電車は笠寺駅に臨時停車いたします」
忘れた…
笠寺駅近くのホールでイベントがあると、普段は止まらない新快速電車も臨時停車するんだった。遅れても大丈夫なのか。調べると豊橋駅で乗り継ぎ時間は3分。車内が一気にピリついた大垣駅出発直後の豊橋行き新快速。モチベーションレベルはさらに降下。
「まもなく終点、豊橋です。5分ほど遅れての到着になります」
アナウンスで流れた情報が何を意味するのか、青春18きっぷで移動している人達のどんよりした雰囲気で全てを察することが出来るだろう。19時14分、日が暮れてきた豊橋駅に到着すると、乗り換えへ向かう同志達と一緒に、疲れでしんどい体に鞭打ちながらも階段を駆け上がる。
最悪の事態を覚悟していたが、電車は待ってくれた。何とか浜松行き普通列車に乗車でき、豊橋駅を出発したのは6分遅れの19時17分だった。が、車内は通勤ラッシュ並みの凄い混雑。首の皮一枚でつながった乗り継ぎだが、ここに来て体力も気力も限界ギリギリ。モチベーションレベルは底が見えてきた。
車窓から見える遠くの光を眺めながら、苦しい苦しい状況に何とか耐え、浜松駅には4分遅れの19時50分に到着。扉が開いて19時54分発の静岡行き普通列車へ乗り換えに向かうと、すでに座れず、立ってるのも微妙なくらい。残念ながら俺のモチベーションレベルは完全に底をついた。何か意識が遠くなりそう。あ、そうだ、新幹線を使おう。
という事で、在来線を諦めて浜松駅から静岡駅まで新幹線。DX-ICは便利だ、スマートフォンで操作する事約1分でチケット購入完了。新幹線の自動改札をタッチして通ると、19時58分発のこだま号に乗り込む。この時点で横浜駅出発から約15時間経過、疲れ過ぎてすぐに遠くの世界へ行きそう。だが、楽できるのは25分。我慢、我慢。
静岡駅に到着してからも試練は続くが、新幹線乗車でモチベーションレベルは少し上昇。20時36分発の熱海行き普通列車に乗って熱海駅へ。だが、途中記憶が無い。清水駅や富士駅は人が多く乗り降りするはずなのに記憶が無い。気付いたのは片浜駅に到着するアナウンス。もうダメだ。
少し回復したモチベーションレベルも完全に底をつき、何とか気力を振り絞って熱海駅で乗り換えて横浜駅に到着したのは23時21分。横浜駅を始発で出発してから約18時間30分が経過。さすがにこれは無謀だった。俺が今どこにいるのか、一瞬わからなくなったくらいだ。
疲れているからだろうか、長時間の移動をしてきたからだろうか。朝4時54分に、ここ横浜駅に居たことも、千里中央でライブを見たことも、何か遠い昔のような不思議な感覚に襲われる。でも現実は今日1日、24時間以内に起きた出来事で間違いない。
食事や買い物をして家に帰ると、日付が変わって0時15分。実に家を出てから約20時間。すると、ヤツに送ったメッセージの返信が来ている事に気付く。体力も気力は残ってないが、内容はこんな感じだった。
「お疲れさん。帰りのモチベーションが保てないっていうのは、お前が特殊な旅をしてるからだよ。普通、旅っていうのは移動した先の行動がメイン。現地までの移動ははなるべく早く、楽にするのが当たり前だ。だから普通の人は旅の帰りでもモチベーションと言うか、上がったテンションが落ちる前に帰宅できるんだよ」
普通ね。俺がやってることが特殊なのは百も承知だよ。
「丸1日使って移動20時間、現地滞在約2時間って、これ普通じゃないだろ。俺も青春18きっぷでそういう移動する事あるけど、それは良く言えばスポーツ、悪く言えば苦行だ。こんなのはネタで一度くらいやっても良いが、できればやらない方が良い。色んな所に負担が掛かる」
今回は仕方ない。それにしてもスポーツって、何か言われてみればそんな気がしてきた。あぁ、もう眠い。
「とくかく帰りの時間が長いとモチベーション維持は絶対に無理。だから静岡県内を新幹線でワープするとか、途中下車して食事するとかで何とか耐えるんだよ。俺の過去の経験上、帰りでもモチベーションが維持できるのは、東海道本線方面だと静岡辺りが限界かもな。ちなみに東北本線方面だと宇都宮駅が限界。帰りに東京都内を通過するだけで一気に持っていかれるぞ」
だから途中下車したり、新幹線使うのが有効って言ってたのか。色んな意味があるんだなと思ったが、眠すぎてそろそろ限界だ。
「こんな時に役に立つのが始発駅での途中下車。始発駅だと次の電車に乗る時有効だから…」
これ以上は無理だ。おやすみなさい。




