60.思い出に残るライブ
何じゃこりゃ…
5月23日の日曜日の悪夢。この世の終わり、再び!?
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5月22日土曜日、いつかの新幹線トラブルから約2週間が経って、すっかり日常が戻った頃、彼女が出演するフリーライブにやってきた。今日の彼女は何か嫌な事を忘れるかのように激しい曲を中心に演奏。俺も、フリーライブでこんなに盛り上がるかって言うくらい全力を出した。
「ありがとうございました。神崎ありさでした」
あれ…
いつもフリーライブの最後は毎月企画ライブの告知をするはずなのに、告知無しで終わってしまった。やはり今日の彼女は何か違う。その異変は俺だけじゃなく、他のファン達も敏感に感じとっていたようだ。早速、物販で確かめてみよう。
「こんにちは。今日のライブ、いつもと違って激しかった気がするんですけど…」
「こんにちは、しいさん。え、そんな感じでしたか?」
「楽しかったのは確かですけど」
「あぁ、しいさんは明日来ますよね。オープニングアクトが終わってから来た方が良いですよ」
「え!?」
彼女が他の出演者に対してそんな事言うなんて思ってなかったからビックリだ。確かに明日の企画ライブ、突然初めましてのオープニングアクトが追加されていた。その事と彼女の異変は関係があるのだろうか。だが、俺は動揺して余計な事を口走ってしまう。
「どんな人かわからないですが、オープニングアクトから楽しみにしてますよ」
「あぁ、そうですね。た、楽しみにしてください。明日、お待ちしてます…」
いつもなら笑顔で対応してくれる彼女、何か困った感じの答えだった。何もなければいいのだが、明日のライブは大丈夫なのかと心配になる。ま、それでもいつも通り新横浜リングスに行くけど。
物販で話をした後、彼女のファン達と話をしても、似たような反応だった。何かいつもと違うは継続中。そんな気持ちを抱えながら家路につくが、胸騒ぎが収まらない。明日ライブへ行けば、その真相が明らかになるのだろうか。
翌日5月23日12時、今回の企画ライブは東京や千葉を中心に活動していたが、去年の12月から神奈川に拠点を移した4人組バンド「Cloudia」がゲスト。だが、やっぱり気になるのは直前で追加されたオープニングアクトの「パープルホリック」。多分バンドだと思うが、見たことも聞いたことも無い。昨日の彼女の言動など、気になる事は多いが、間もなく開演時間。あ、オープニングアクトの演奏が始まるようだ。
「パープルホリック!!ついに大都会横浜っちゅう所までやって来ましたぜ。さ、遠慮なしに盛り上がって行ってな」
何じゃこりゃ…
ギターボーカルの掛け声で始まったオープニングアクト。全身紫で統一した衣装を纏ったボーカルを始め、クセ激強な4人組バンド。平均年齢かなり高め、関西弁、1曲目から息切れって、誰だよあんた達。見た目だけじゃなく曲もクセが強いロック、盛り上がってと言っても、ノリ方不明。MCの時も声デカいし、強ツッコミ炸裂で客席爆笑&悲鳴。結局、誰もついて行けず、あっけにとられている間に嵐のように過ぎ去った約20分だった。
紫濃度が高めな空気に包まれた客席。彼らがステージ裏に行くと、濃度は薄くなるが、完全に後遺症が残ったお客さん達。彼女が昨日、オープニングアクト終わってから来た方が良いって言ってた意味が何となく分かる気がした。それは良いが、なぜこんな人達が彼女の企画ライブにオープニングアクトで出演したのか。ライブハウスの気まぐれなのか、良くわからん。
オープニングアクトが終わった後、かなり嫌そうな表情をしてステージ上に姿を見せた彼女。ステージ上だけでなく、こんな表情する彼女は初めてだ。すると、オープニングアクトについて、とんでもない発言をする。
「あのオープニングアクト、やっと終わりましたね。言いにくいんですけど、かなり言いにくいんですけど、実は、私の父がボーカルやってるバンドです。隠し通そうと思ったんですが、こんな形で私の企画ライブに出演とか、もう良いです。忘れてください」
今世紀最大のビックリだ…
そう言う事だったのか。彼女のプライベートを良く知らない、いや積極的に聞くことが無い俺。彼女のお父さんがボーカルって、超強烈なインパクトを残した紫のボーカルが、あの人が。今、頭の中で昨日のフリーライブから続いていたミステリーの謎が解けた気がする。
「さぁ、気を取り直して、ここからはいつもの楽しいライブですよ。まずはボーカルRinちゃんの歌声で癒されてください『Cloudia』です!!」
Cloudiaのステージを楽しもうにも、胸騒ぎと動悸が収まらない。やっと正気を取り戻したのは彼女のステージが始まる直前。彼女もいつもの笑顔を取り戻し、ライブは癒し系の曲を中心に演奏。次第に紫の幻影は薄れて行き、最後は盛り上がって本編終了。
いや、ちょっと待って。この後のアンコールは出演者のトークタイム、抽選会、セッション。またあの人達と言うか、紫が出て来るのかと会場に戦慄が走ったが、彼女1人で登場。なぜかホッと胸をなでおろす会場。しかし、ここで彼女から重大発表があるという事で、再び戦慄が走る。
「私、来年5月に1000人規模ライブやるって言ってましたよね… 日程と会場決まりました!!」
「5月28日土曜日、渋谷MTホールでやりまーす!!1年後、みんなで楽しみましょう!!」
拍手と歓声が湧き上がる会場、歓喜の渦に包まれる。そうか、ついにこの時が来たのかと。あと約1年、まだ少し遠い未来の話なのだが、具体的な情報が発表されると、機運が高まってくる。それは、俺だけじゃなく、彼女のファン全員同じだ。
「タイトルは考え中なんですが、渋谷1000人規模ワンマンライブ(仮)にします。わかってる人もいると思いますが、渋谷MTホールは約800人キャパなんですよね。目標には微妙に届いてないんですが、その先にある夢に向かって近づいている事は確かです。だから、これからも夢は叶うと信じて頑張っていきます。応援よろしくお願いします」
会場に鳴り響く拍手、今日のライブに来て本当に良かったと思う瞬間だ。
「あ、重要なこと忘れてました。チケットの予約、今度の土曜日5月29日10時からメールで受け付けます。ライブ終了後、予約方法をホームページにアップします!!」
現実味を帯びてきた彼女の夢。その夢に確実に近づいていると感じる発表を聞くと、色々と考えてしまう。俺は彼女の夢の原動力の一部にでもなれてるかわからない。俺が出来る事は微力、それでも、1歩でも、1ミリでも彼女が夢に近づくなら、それを応援する。それしかないんだ。それしかできないんだ。
そう、俺は彼女の応援くらいしかできない1人のファンに過ぎない。いつか彼女が手の届かないステージに上がっても、今日この日の事を忘れないだろう。そんな思い出と共に遠くに小さく見える彼女に声援送る大勢の一部になるのも良いじゃないだろうか。
何て感傷に浸る時間は終わり、アンコール本番が始まる。出演者達が呼びこまれると、さっきまでの雰囲気が180度ひっくり返る。忘れてた、いや、忘れたくても記憶に深く刻まれた紫。再び登場したパープルホリックのボーカルこと、彼女のお父さん、出て来るなりステージ全体を使って大暴れ。悲鳴と爆笑に包まれる会場ってデジャブだ。Cloudiaのメンバーは唖然とし、彼女は他人のふりを決め込む。違った意味でこの世の終わりを見た。
この時、今回の事態についての話もしていた。要約すると、彼女のお父さんが出演するのは直前まで本人にも内緒。バンドメンバーは15年ぶりに集まって、この日のために練習。無告知で登場の予定が、さすがに無告知は厳しく、オープニングアクトとしてひっそり登場。所が2日前、彼女がライブハウスで打ち合わせをしている最中にコトがバレたらしい。だから、昨日のフリーライブがあんな感じだったのかと、納得。
それでも最後は落ち着きを取り戻したようで、3組でセッション。彼女も開き直ったのか、和解したのかははわからないが、最後は全員笑顔でイベントを終えた。
翌月の企画ライブはは6月20日、この日は彼女のバースデーライブとして開催。メインは彼女のライブで、ゲスト2組は応援と言う形。どんなライブになるのだろうか。ちなみに彼女の誕生日は6月15日だ。
ライブ終了後はいつもように物販が落ち着くのを待ちつつ、余韻に浸りながら、紫の。あ、何か余計なのが混ざった。幻影を振り払い、ペットボトルの水を飲み干す。すると、物販列も落ち着いてきたようだ。
「こんにちは、今日は色んな意味で凄いライブでしたね。忘れられない日になりました」
「しいさん、今日も応援ありがとうございます。本当に、お見苦しい所を。申し訳ありません。それでも、楽しんで頂けて何よりです。こういうことは二度と絶対に、絶対に無いようにしますね」
「だ、大丈夫です。意外な一面が見られたというか、こういう日もあります。あ、来年のワンマンライブのチケット、予約しますね」
「ありがとうございます。そう、次の大阪ライブが7月じゃなくて8月になりそうなんです」
「そっちもありましたね。決まったら計画立てます」
物販で彼女と今日のライブの感想や、次の大阪遠征の話をしていると、やたらと隣が気になる。そう、隣の席は例の紫だ。気配と存在を消し、その前を通り過ぎようと思ったが、大きな声で呼び止められ逮捕。彼女のお父さん達、パープルホリックから取り調べを受けることになってしまった。
内容は割愛。ま、ファンになったきっかけとか、来年のワンマンライブ行くのかとか、色々と聞かれましたよ。俺はと言うと、苦笑いしながら当たり障りのない事を答えてやり過ごしました。隣の彼女から時々送られる強烈な視線も気になったのでね。変な汗大量にかきましたけど。
紫警察の取り調べを受けたのは俺だけじゃなかった。ライブハウスの外へ出ると彼女のファン達が、小さく固まり、顔を青くして話をしていた。今日はちょっと強めのお酒でも買って帰りますか。
一生のトラウマ、いや思い出になった企画ライブ後の土曜日。この日は彼女が出演するフリーライブに参戦するため、みなとみらいに来ていた。気温も少し高くなり、野外ライブが厳しくなり始めた5月末、この日はライブ以外にもう1つの目的があった。
渋谷1000人規模ワンマンライブ(仮)の予約についての話も盛り上がったが、これがメインではない。約3週間後に迫った企画ライブ、彼女のバースデーライブでのサプライズ企画の打ち合わせがメインだ。
ファンの人数も増えて、それぞれがサプライズやプレゼントなどを企画すると、混乱が生じる。それを避けるため、個別実施ではなくファン一同での企画しようという話だ。ライブハウス側への根回し、プレゼントの用意、資金とメッセージ集めなどの役割が決まると、当日のプレゼンターという大役決めの時間となりました。
俺はこういうの過緊張で、おかしな事になる可能性もあるから、選ばれたくはない。彼女のためにも皆のためにも。という事で、途中からスッと気配と存在感を消し、何とか選ばれずに済んだ。結局プレゼンターに選ばれたのは、この中で一番彼女のファン歴が長い、ソウスケさんと日奈子ちゃんの2人。
それでも俺の役割が無いわけではなく、資金とメッセージ集めをやる事に。期間は短いが、ライブ会場やSNSで呼びかけ、約30人から賛同を得られた。他の準備も順調に進んでいるようで、企画ライブの2日前、6月18日の夜に一通り準備完了というメッセージが届く。ホッと一安心。後は当日を迎えるだけ。だが、何とも言えない感情が沸き上がり、緊張と不安が入り混じり、ドキドキとソワソワが止まらなくなる前日の夜。
企画ライブ当日6月20日は、若干寝不足からスタート。彼女のバースデーライブなのだが、最初は横浜中心で活躍する「イーストブリッジ」「S.K」が会場を温める。その後が本日のメイン、彼女のライブ。定番曲から、滅多に演奏しない曲まで、11曲を堪能。至福の時間だ。
さて、ここからアンコールタイム。いよいよ問題のサプライズ演出だ。ソウスケさんと日奈子ちゃんが準備を始め、タイミングを伺っているようだ。こういうの初めてだから、うまく行くかドキドキが止まらない。すると、彼女がステージに戻ってきた。が、ここではまだ演出は無し。彼女がMCを始めた、その時。
急に証明が落ちてスポットライトに切り替わる。そしてハッピーバースデーの曲と共にバースデーケーキとプレゼントを持って現れる2人。曲が終わると同時に吹き消される蝋燭の炎。所謂ベタな演出、去年も似たようなもの見た気がするが、1年に1回だから良いじゃないか。それよりも無事成功したようでホッとしたよ。
サプライズ演出もアンコールも無事終わり、バースデーライブは幕を閉じた。次回は7月18日、新曲を2曲発表するという告知。どんなライブになるか楽しみだ。と、いつものようにライブの余韻に浸っていると、そろそろ物販の列も短くなってきたようだ。
「5日遅れですけど、誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。皆さんのおかげで、良い思い出ができました。メッセージ、読むの楽しみです」
「うまく行くかドキドキしましたけど、喜んでもらえて良かったです」
「あ、そうそう7月と8月の関西ライブ決まりましたよ。後でホームページ更新しておきますね」
「あれ、7月もあるんですか?」
「7月はおまけって感じです。無理はしないで下さいね」
「わかりました」
物販を離れて地上に出ると、彼女のファン達が待っていた。そう、この後はサプライズ演出成功&お疲れ様会、と言う名の単なる飲み会だ。横浜駅西口へ移動して15時45分という時間から始まったその飲み会、ライブの話や大阪遠征のことを皮切りに、渋谷1000人規模ワンマンライブ(仮)の話、今後の活動など、話も弾んだ。気付けば19時50分、約4時間にも及ぶ長時間の飲み会もお開きとなり、家に帰ると彼女のホームページが更新されていた。
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関西ライブ
7月23日(金)、天王寺ブレイクアワード 18:30Start
7月24日(土)、千里中央リビングモール前広場フリーライブ 13:00Start 2ステージ
8月27日(金)、京都三条プラスホール 18:30Start
8月28日(土)、京橋グリーンガーデンフリーライブ 12:00Start
8月28日(土)、南森町 Live Bar Blue Pond 18:00Start
8月29日(日)、梅田東 カレイドスコープ 18:00Start
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さて、スケジュールどうしようか。久々の京都ライブもあるし、青春18きっぷも使える時期。チャレンジミッションも含めて計画立てますか。