6.初めての大阪遠征
3月17日、ついに大阪ワンマンライブの日を迎える。
前日にワンマンライブの事を意識し過ぎたのか、あまり眠れず若干寝不足の俺は、早めに起きて準備をしていた。と言っても、新幹線の切符とモバイルバッテリーくらいしか用意していない。念のため多めの現金を下ろして、Suicaもチャージ、クレジットカードを確認しても時間は10時過ぎ、出発するにはかなり早い時間だ。
時間は12時、家で時間を潰していたが特にやることも無く気持ちだけが焦る俺は、お昼ご飯を食べに行こうと家を出てバスで横浜駅へ向かった。横浜駅に到着したのは12時25分、横浜駅西口商店街にある家系ラーメン店でラーメンを頂いた。それでも時間は13時10分、まだまだ時間はある。
ちょっと早いけど、そろそろ新横浜行こうかな…
ワンマンライブの事しか頭にない俺は、居ても立ってもいられず新横浜へ向かうため、まずは地下鉄ブルーラインの横浜駅へと向かった。地下鉄の発車案内を見ると、次のあざみ野行きが13時26分発と表示されている。この電車に乗ると13時40分くらいに新横浜駅に到着する、横浜駅付近にいても無駄にお金を使ってしまいそうで、早いとわかってはいたが電車に乗って行くことにした。
新横浜駅にはライブハウスに行くため何度か来ているが、新幹線に乗るのため新横浜駅へ行くのはかなり久しぶり。3年くらい前だったか、会社の同期達と伊豆へ行った時以来だ。その時は全部「ヤツ」が切符とか宿とか手配してくれた事を思い出した。「ヤツ」とは変わった人で、学生時代から一緒、同じ会社に同期で入社したが、鉄道趣味が講じて1年くらい前に旅行関係の会社に転職してしまった友人だ。そんなことを考えていると、新横浜駅に到着するアナウンスが流れる。
「まもなく新横浜、新横浜です」
「新幹線、JR横浜線はお乗り換えです」
13時38分、電車は時間通りに新横浜駅に到着。地下鉄を降りて改札を抜け、2本のエスカレータを上がると、新幹線改札口がすぐに見える。ここまではライブハウスへ行く時にも見る光景だが、なぜか新幹線と言う文字に意識が集中し、大阪へ行くという思いがこみ上げてきた。
しかし、新幹線の出発時間は14時48分、それまでどうやって時間を潰すのか考えた。どこか店に入れば良さそうだが、なるべくお金を使わないようにしたい。結局俺は、当てもなく新横浜の駅ビル内をウロウロ、駅から続くペデストリアンデッキを行ったり来たりと全く意味のない行動をしたが、これで約1時間を潰すことができた。
時間は14時35分、新幹線の改札口に戻ってくる。俺は新横浜から新大阪行きの切符を取り出して、新幹線の自動改札に通す。ゲートが開いて出てきた切符を取ると、いよいよ彼女のワンマンライブを見に行くためだけに遠征と言う名の旅が始まるという思いが強くなっていった。
それでもまだ出発まで12分ほどある。改札の中にある待合室や売店などを眺めつつ、新大阪方面のホームへ向かうエスカレータを上ってホームに上がる。時間は14時40分、発車案内を見ると上から2番目に表示されているのがのぞみ41号だとわかる。
ホーム上を少し歩いてみると4番線側の号車案内に「10号車 のぞみ41 14:48 博多」と表示されているのを見つける。切符の座席を確認すると13号車と書かれている。俺はその案内の13号車の位置まで移動すると、出発までまだ12分ほどあるが乗車位置の列の後ろに並んで待つことにした。
「まもなく3番線に14時45分発こだま733号名古屋行きが到着いたします」
これは、一本前のこだま号の到着案内だ。初めての遠征で少し落ち着きが無い俺は、何にでも反応してしまうくらい気持ちが高ぶっている。
「まもなく4番線に14時48分発のぞみ41号博多行きが到着いたします」
「電車は前から1号車2号車の順で一番後ろが16号車です」
新幹線の到着アナウンスが流れると、より一層ソワソワ感が止まらなくなる。程なくしてホームに滑り込んでくる新幹線、目の前に停車しようとしている新幹線、完全に停車した新幹線、俺のソワソワ感は最高潮に達した。メロディーと共にホームドア、続いて新幹線の扉が開くと、並んでいる人たちが新幹線の車内に入っていく、前の人に合わせて俺も新幹線の車内へ。
座席は7Dか…
車内に入った俺は、切符の座席番号と座席上に書いてある座席番号を見比べながら座る場所を探すと、すぐに見つかった。隣の窓側には新幹線慣れしていると思われるサラリーマン風の人がすでに座っている。俺が座席に腰を下ろすと、すぐに新幹線が動き始める。
「今日も新幹線をご利用くださいましてありがとうございます」
「この電車はのぞみ号博多行きです」
車内放送を聴きながら車内を見渡してみると、ほとんどの席が埋まっているようだ。新大阪まで約2時間、何もすることがない俺はスマートフォンにイヤホンをつないで彼女の曲を聴きながら過ごすことにした。
ふと時間を確認すると、まだ出発してから25分ほど「熱海駅を通過中」と表示されている。2時間ちょっと何もしないで過ごすのは難しいと考えていると、車内販売がこちらに来るのが見える。欲しいものがないのと、お金を使いたくなかったのでここはスルー。
…… はっ!!
突然目覚める。いつ寝たかわからなかったが、すっかり寝ていたようだ。今どこを走っているのか、乗り過ごしていないか気になって、隣人越しの窓から景色を見ても良くわからなかったが、すぐにアナウンスが始まった。
「まもなく名古屋です」
「東海道線、中央線、関西線と名鉄線、近鉄線、あおなみ線、地下鉄線はお乗り換えです」
名古屋に到着するのか…
博多行きの新幹線に乗っているから、寝過ごすととんでもない所へ連れていかれる可能性がある。寝過ごし対策が必要だと思った。すると、隣の窓側に座っているサラリーマン風の人は名古屋で降りるようで、準備を終えると、申し訳なさそうに俺の前を通り抜けて行った。
新幹線は名古屋駅のホームに滑り込んでいく。車両の3分の1ほどの乗客が降りただろうか、少し空席が目立つようになった車内に名古屋からの乗客がやってくる。隣には来ないと勝手に思っていたが、そんなことはない、1人の老紳士が俺に合図をして前を通り過ぎて窓側に座る。結局、空いた座席は埋まり、満席状態で新幹線は名古屋駅を出発した。
「今日も新幹線をご利用くださいましてありがとうございます」
「この電車はのぞみ号博多行きです」
「停車の停車駅は京都、新大阪、新神戸、岡山、広島、新山口、小倉です」
ついに名古屋まで来たのかという気持ちと、まだ名古屋なのかという気持ちが入り混じる。ここからは寝過ごすと危ない、何もやることが無くても新大阪まで起きていようと心に誓った。新幹線の心地よさから眠くなる事もあったが、30分ほど経つと
「まもなく京都です」
「東海道線、山陰線、湖西線、奈良線と近鉄線、地下鉄線はお乗り換えです」
京都と言えば、修学旅行で行ったがそれ以来だ。同級生と色々と行ったような気はするが、金閣寺と清水寺くらいしか覚えていない。それでも、もう一度行ってみたい魅力的な所であることは確かだ。隣の老紳士は降りないようだが、京都でもかなりの人が降りるようで、多くの人が通路に立って到着を待っている。
新幹線は京都駅に到着。ここでも3分の1ほどの乗客が降りて、京都からの乗客で満席になるというデジャブみたいな光景を見る。そして、京都を出発すると次はいよいよ新大阪だ。10分ほどでアナウンスが流れる。
「まもなく新大阪です」
「東海道線と地下鉄線はお乗り換えです」
「今日も新幹線をご利用くださいましてありがとうございました」
「新大阪を出ますと次は新神戸に停まります」
新大阪駅到着のアナウンスを聞きながら、降りる準備を始める。隣の老紳士も降りるようで、周りを見渡すと半分ほどの人が降りる準備をしている。通路に出て待っていると、程なくして新幹線は新大阪駅のホームに滑り込み、停車する。
降りていく人に続いて新幹線を降りて行き、新大阪駅のホームへと降り立つ。ついに大阪へやってきた、しかも1人で。新大阪駅の駅名標を見ていると、なぜか新幹線に乗っていた約2時間の記憶は薄れ、あっという間に到着したという感覚になった。
さて、心斎橋に向かいますか…
新大阪駅が目的地ではない、今回の目的地は心斎橋のライブハウスだ。俺は新大阪駅の改札口へ向かうため、人の後についてエスカレーターを降りて行くのであった。