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3.初めてのライブハウス

新横浜18時30分だと18時に出て開始ギリギリか…

今日はライブ当日の金曜日、仕事中でもライブの事が気になってソワソワが止まらない。そして、18時になり


「お先に失礼します」


「今日は早いですね。どこか行くんですか?」


「あぁ、ちょっと…」


会社の同僚達にそういう反応されてしまうのは仕方ない。俺が金曜日に定時の18時で会社を後するのは珍しいからだ。しかし、そんな事は気にせず急いで駅へと向かう。電車に乗って揺られること約20分で新横浜駅に到着。

時間はすでに18時24分、ライブ開始に間に合うだろうか…


ライブハウスの場所は事前に確認していたが、初めての場所という事もあり少し不安はあった。記憶を頼りに急ぎ目で徒歩3分。到着と思ったが、ライブハウスらしきもの、看板や入り口すら見当たらない。本当に合っているのか、スマホアプリで表示した地図とチケットの地図を見比べながら確認してみると、目の前の建物で間違ってなさそうだが、ライブハウスの入口がわからない。建物の付近をウロウロしていると、俺が最初に居た場所が建物の裏側だという事に気付き、正面に回ると看板が見える。


あ、ここだ…

新横浜リングスという名前が看板に書いてあるのを確認、ここで間違いなさそうだ。看板横の階段を降りると、突き当りにライブハウスの入口が見える。ちょっと緊張しながらその扉をそっと開けると、すぐ横に受付のカウンターがある。


「いらっしゃいませ」


「 …… 」


受付の人に声をかけられたが緊張で何も返事できない俺。彼女から買ったチケットを無言で受付の人に渡す。


「ドリンク代500円になります」

「どちらの方を見に来ました?」


「か、神崎ありささんです」


受付の人が誰を見に来たか聞いた事を理解できていなかったが、緊張していたため反射的に答えてしまう。財布から500円玉を取り出して受付の人に渡すと、チケットの半券、ドリンクチケット、パンフレットが数枚渡される。そして受付のすぐ横にある扉を開けて中に入ると、そこは前室と呼ばれる場所で、バックステージへ通じているのだろう「STAFF ONLY」と書かれた扉、トイレ、喫煙場所などがあった。前室のさらに先には大きな扉あり、その大きな扉を開けると目の前に客席、一番奥にはステージ、右側にはドリンクカウンターが確認できた。


初めて見る光景に戸惑いながらも、客席へ向かうとイスが並べられ、お客さんは6人ほど。多くの客さんで身動き取れないくらい人が居ると勝手に思っていたが、想像とは大きく違っていた。時間は既に18時35分、スタート時間を5分過ぎていたが、まだ始まる様子がない。俺はステージに向かって右側の適当な席に座って始まるのを待つことにした。そこから1、2分経った頃、スタッフがステージ上でマイクなどの準備を始める。これから始まるようだ。


と思ったら、1人の男性がアコースティックギターを持って現れる。

あれ?どうなってるんだ…


俺は「対バン」というものを知らなかった。受け取ったパンフレットの1枚に、今日のライブ情報が載っているものがあり、そのパンフレットを見ると出演メンバーと順番、おおよその出演時間が載っていた。今日はアコースティックイベント、出演者は4組、彼女は最後の4組目に出演、20時30分頃からと書いてあった。


そうなのか、20時30分に来ても彼女の出番には間に合ったのか…

ここまで何もわかっていない俺だが、一度行ったら慣れると彼女が言ってた事を思い出して、これから始まるライブを全部楽しんで行こうと気持ちを切り替えた。


準備が終わると、ライブハウスの照明が落とされ、今度こそライブが始まるようだ。そして、3組目までの出演者はこんな感じだった。


1組目はアコースティックギター弾き語りの男性1人、ライブ活動を始めてから間もない新人ということをMCで言ってた通り、客席にまで緊張感が伝わるライブだった。


2組目はアコースティックギターとボーカルの男性2人組、これを目当てに来ている女性客も多くいたようでライブは終始盛り上がっていた。


3組目はキーボード弾き語りの女性1人、落ち着いた雰囲気でしっとりと聴かせる癒しのライブだが、MCではネタか本当か良くわからない話で会場の笑いを誘っていた。


ライブハウスは、時間が経つにつれてお客さんも増えていき、来た時には10人もいなかったお客さんは3組目の演奏が終わった時には4、50人くらいだろうか、気づけばイスは満席になり、立って見ている人も目立つくらいになっていた。


そして4組目は彼女の出番。アコースティックギターを持って彼女がステージ上に現れると、なぜだか一気に緊張し始めた。マイクチェックなど準備をしている彼女は長い髪の毛を束ねて、やや派手な柄物の服装。ショッピングモールで見た時は普通の人というイメージだったが、今日はどちらかというとミュージシャンっぽいイメージだ。そして準備が終わると


「お待たせしました」

「本日のトリを務めさせていただきます。神崎ありさです」

「皆さん、盛り上がる準備は出来てますか?」

「それでは1曲目から盛り上がっていきますよ!」


アップテンポな曲から始まった彼女の演奏に、お客さんも手拍子で応える。照明や音響のせいか、それともライブハウスという雰囲気のせいかわからないが、俺にとってはステージ上で演奏する彼女の姿は、ショッピングモールで歌っていた彼女とは別人のように見えた。


盛り上がる周りとは裏腹に、1曲目と2曲目に演奏した曲は両方とも聴いた事が無い、買ったCDにも入っていない曲だったため、俺はノリについて行けないというか、出遅れ気味だ。


2曲目終わりのMCでは、今日彼女に起きたちょっとしたハプニングの話をして会場を和ませていた。短いMCが終わるとすぐに3曲目が始まる。3曲目と4曲目は買ったCDに入っている曲だ。雰囲気に飲まれて出遅れ気味だったが、聴いた事がある曲を聴いて何とか追いつくことが出来た。そして、4曲目終わりのMC


「今日はありがとうございました」

「楽しい時間はあっという間ですよね、次が最後の曲になります」


会場のお客さんから漏れる「えー」という声、俺も気持ちは同じだ。ところが、MCはここからが本番だった。


「皆さんに大切なお知らせがあります」


一瞬で会場が静まり返る。俺にも何か重大発表的なことがあるという事が雰囲気で伝わってきた。どんな発表があるのか勝手にドキドキしていると


「3月17日の日曜日にワンマンライブをすることになりました!!」

「場所は生まれ故郷の大阪です」

「ついに大阪でワンマンライブをできる事になりました!!」


え?ちょっと、どう言う事??

一気に湧き上がる会場とは裏腹に頭の中が「?」ばかりになって再び置いて行かれてしまった俺、何とか気持ちを立て直し、周りから少し遅れて拍手を送る。当然周りは喜んでいるようだが、今の俺には状況を理解する事は難しかった。そんな俺の事など気にせず最後の曲が始まる。


「最後の曲行きます!」


頭の整理は後にして、とりあえず今はライブを楽しもう…

最後はショッピングモールで3曲目に演奏した曲、俺もライブハウスに来ているお客さんに合わせて一体となって手拍子で盛り上がった。


体感的に数分ではないかと思えるくらいあっという間のライブ。演奏が終わり、彼女の「ありがとうございました」という声と共に拍手が鳴り響く。深々と頭を下げた彼女は顔を上げると、笑顔でステージから降りて行った。


「アンコール!!アンコール!!」


アンコールがあるのか… これって、最後の人だけのか…

彼女がステージから降りてすぐ、会場のお客さんからアンコールの声と手拍子が響く。ライブハウスの仕組み?が良くわかっていない俺だが、何度も置いて行かれるわけにはいかないと、会場の雰囲気を読み取って一緒に手拍子をする。すると、彼女が再びステージ上に登場。


「アンコールありがとうございます」

「ここで少し今回の大阪ワンライブについてお話ししますね」

「私はこれまで約5年、学生の頃からここ横浜を拠点に活動してきました」

「故郷の大阪では年に数回、と言っても夏休み里帰りした時に1、2回ライブするくらいでワンマンライブをする事なんて考えられなかったんです」


そう言えば、大阪出身だったのか…

ホームページのプロフィールとか、もっと良く見ないとな…


「この話を頂いたときはびっくりと嬉しさと、お客さん来てくれるのかという不安と色んな感情が沸き上がり、何をして良いかわからなかったんです」

「でも一晩寝て落ち着いたら、これをきっかけに一気に高い山に登ってみようかなという気持ちが大きくなって、迷ってたり悩んでいても仕方ない、思い切ってやるか!という気持ちになってたんです」

「まだその思いは具体的ではないんですが、今日のライブの何十倍、何百倍というお客さんの前で歌ってみたいんですよね…」


MCを聞いて思った。そうか、彼女も変わろうとしているのかもしれないのかと。彼女とは目指す方向は違うかもしれないが、俺も人生変えて行く方向に挑戦だな。


「ちょっと話がそれたので、ワンマンライブの話に戻すと、大阪のワンマンライブはバンド編成でやります」

「絶対に、一生の記憶に残るライブにしますので、大阪は遠いかもしれないですけど、是非同じ空間で一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです」

「そして、詳細は明日ホームページ上で発表しますので、どうかどうかよろしくお願いします」


深く頭を下げた彼女に会場のお客さんから大きな拍手が送られる。彼女の迫真のMCに圧倒されて、また雰囲気に飲まれてしまった俺。しかし、冷静に考えて大阪は遠い。いや、遠いとかそういう問題じゃない、行く行かないと言うより、行く選択肢が今は見つからない。


「ワンマンライブの話もしたので、それではアンコール行きます!!」


そんな事を考えているうちにアンコールの曲が始まる。その曲はショッピングモールで最後に聞いた『彼方の光』だ。ライブハウスに来ているお客さん全員が彼女の演奏に聴き入っている。俺が人生を変えてみようと思ったきっかけの曲だが、他の人も同じなのだろうかと考えてしまう。そして、演奏が終わり


「本日は本当にありがとうございました!!」

「神崎ありさでした」


大きな拍手に包まれながら笑顔で彼女がステージを降りると、照明が変わり会場が明るくなる。俺は席でライブの余韻に浸っていたが、熱気で喉がカラカラだと気付き、まだ引き換えていないドリンクチケットを引き換えることにした。ドリンクカウンターへ行ってドリンクチケットを渡すと


「ドリンクチケットは、600円までのアルコールとソフトドリンクに引き換えられます」


「えーと…」

「それじゃ、ミネラルウォーターで」


ちょっと迷ったが、空腹にアルコールは厳しかったのでペットボトルのミネラルウォーターに引き換える。のどが渇いていた俺は受け取ったミネラルウォーターを一気に飲み干して一息つく。


気付くと、ほとんどの人が出演者たちの物販スペースに並んでいる。その光景を見て、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てると、俺も彼女の物販スペースへと向かった。数人並んでいたものの、10分ほどで順番が来たようだ。


「あ、この前ショッピングモールでチケット買ってくれた方ですよね」

「来てくれて本当にありがとうございます」

「ライブ楽しんでもらえましたか?」


「そ、そうです」

「ライブハウス初めて来たんでちょっと緊張しましたけど、ライブは楽しかったです」


「楽しんで頂けたようで良かったです」

「確か… しいさんでしたよね」


「は、はい」


いきなり笑顔で声をかけてくれる彼女。あのショッピングモールで会っただけの俺を覚えているのかと思って驚いた。名前は「しいさん」で認識されているようだが、緊張している俺は名前を訂正するまで意識が回らなかった。それよりもMCで言ってたワンマンライブの話が気になり、質問してみることにした。


「あ、大阪でワンマンライブやるんですか?」


「そうなんですよ」

「横浜で1人の活動を始めてから、いつか故郷の大阪でワンマンライブやる事を目標にしてきたんですね。大阪で通常のライブするのも難しいのに、ワンマンライブ何て本当に出来るか疑心暗鬼だったんですけど、思い続けていればいつか出来ると信じて、そうしたら色んな人が助けてくれて、やっとここまで来ました」

「あ、さすがに大阪はさすがに遠いですよね…」


ワンマンライブに対する思いを語ってくれる彼女。しかし、彼女と会うのが2回目で、まだの関係性が薄い俺にとっては、彼女の思いをすぐに理解できる状態ではなかった。何を答えて良いかわからなかったが、何とか言葉を振り絞って


「大阪は昔… 学生の頃に行ったことあるくらいで」

「ワンマンライブ行きたい気持ちもあるので、頭の片隅に置いておきます」


整理のつかない頭の中を言葉にしてみたが、自分でも何言っているのかよくわからない。色んな感情が複雑に絡み合ってる状況であることは確かだ。


「もちろん、無理しなくて大丈夫ですよ」

「明後日の日曜日にもフリーライブがあるので良かったら来てくださいね」

「こっちは横浜なので、近いですから…」


「わかりました。明後日は行きます」


気付くと時間は22時、ライブハウスの閉店時間が迫っているのだろう、片付けが始まり、お客さんもかなり少なくなっていた。俺は、後ろにまだ数人並んでいたこともあり、物販では何も買わずに彼女と話をしただけでライブハウスを離れた。


初めてのライブハウス、頭の中が追い付かないくらい色んな出来事が起き、緊張と不安の連続だったが、ライブは楽しかった、来て良かったという事だけは間違いない。そんな思いに更けながら帰宅するため新横浜駅へと向かうのであった。

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