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2.出会いときっかけ

新幹線の切符を買うことになるまでの話はこうだ。


おっと、その前に俺の自己紹介を簡単に。

名前は椎山(しいやま) (みのる)、26歳。どこにでもいるような平凡なサラリーマン。平日は会社へ行って仕事、休日はほとんど家で過ごす。これと言った趣味もなく浮き沈みの少ない人生を送っている。


失礼、話を元に戻そう。

時間を遡ること約2か月前、正月明けの週末のこと。年末年始をほとんど家で過ごした俺は足りなくなった日用品などを買いに横浜のとあるショッピングモールへ来ていた。

買うものも買ったし、他に予定もないから帰るか…


ショッピングモールの出口へ向かって歩いて行くと、中央広場に差しかかる。そこには椅子が並べられ、ステージでは何かイベントをやるような雰囲気。立ち止まってみると1枚の看板が目に入った。


【横浜みなとショッピングモールライブショー】

 時間  : 13時、15時

 出演者 : 神崎(かんざき)ありさ(音楽)、スーパーゼロ(お笑い)

 観覧無料


誰だ?両方聞いたことないな…

時間を確認すると14時55分、特に予定のない俺は、観覧無料という事もあって時間つぶし感覚で見て行こうと思った。広場を見ると並べられている椅子に10人ほど座って開始を待っているようだが、どんな人がどんなライブをするのかわからない俺は広場の後方にある柱の付近でひっそり立って待つことにした。


待つこと約3分…

出演者と思われるアコースティックギターを持った1人の女性とスタッフらしき人がステージに現れる。最初は音楽ライブから始まるらしい。


あの人がライブをするのか…

初めて見るその女性は、年は俺と同じか少し若いくらい、髪は肩より20センチほど長い暗めの茶髪でストレート、服装はモノトーン、身長は160cmくらい。いかにもミュージシャンと言う雰囲気ではなく、どちらかと言えば普通の人だ。


ま、無料だから…

この時の俺は期待感などほとんど無く消極的なスタンス。マイクチェックなど準備を終えたその人は、待っている人達に声をかける。


「まもなく始めますので、お時間ある方は是非聞いていってください」


もうすぐ始まると聞くと、良くわからなくてもワクワクするものである。すぐに時間は15時になり、いよいよライブが始まるようだ。


「それでは時間になりましたので、15時のステージ始めます」

「横浜みなとショッピングモールにお越しの皆さん、こんにちは。神崎ありさです」

「お買い物中の方が多いと思いますが、お時間ある方は、是非ライブ楽しんで頂ければと思います」

「早速1曲目行きます」


ギターを奏でながら1曲目の演奏が始まった。見た目の雰囲気とあったバラード調の曲、力強くも透き通るような心地よい歌声がショッピングモールに響き渡る。


正直、この時点での俺の印象は可もなく不可もなく普通、特別印象が残るような事はなかった。立ち止まる人もいれば素通りする人もいて、こんなもんだろうと。俺もこういうイベントに遭遇する事はあったが、大抵通り過ぎるか少し聴いて立ち去るので、立ち止まってじっくり見ることなど今までなかった。


1曲目の演奏が終わり、お客さんから拍手が送られる。ステージ上のその人は「ありがとうございます」と短い挨拶をすると、すぐに2曲目を演奏。儚い恋を描いたその曲は、休日の昼下がり、まったりとした時間が流れているショッピングモールに相応しい曲だ。


2曲目が終わり、ステージ上のその人はMCを始める。演奏が聞こえたからだろうか気づくと、ライブが始まる前とは比べ物にならないくらい多くの人が広場に集まっていた。


「本日はお集まり頂いてありがとうございます」

「改めまして、横浜を中心に活動している神崎ありさと言います」


「短い時間ではありますが、休日の午後のひと時、私の曲で和んで頂ければと思います」

「それでは、3曲目は元気な曲をお届けしますので、手拍子していただければ嬉しいです」


時間が限られているからだろう、イベントの説明や他愛もない話などをした後、すぐに3曲目の演奏が始まる。3曲目はアップテンポで楽しい事だけをいつも考えていたいという曲、会場の人の手拍子を誘っていた。この時俺は、笑顔で楽しそうに歌う彼女の声に、音楽に、そのステージに、完全に引き込まれて行った。


「次で最後の曲になります」

「終わりましたらステージ横のあちらで、CDやグッズなどを販売しますので、興味ある方はお立ち寄りください」

「それと、今スタッフがチラシを配布してますので受け取っていただければと思います。こちらは無料です」


スタッフらしき人がチラシを持って俺のところにも来る。そのチラシを1枚受け取ってみると、彼女のプロフィール、発売中のCDの情報、ライブスケジュール、ホームページのURLやSNSアカウント等が載っている。


そして最後の4曲目

遠くて届かないものでも、いつか届く時が来るから、諦めずに頑張って行こうという想いが込められた曲。俺もその一人だが、広場にいるほとんどの人が彼女の演奏するギターの音に、歌声に聴き入っている。そして、最後に演奏したこの曲を聴いて、俺にある感情が生まれた。



この人の歌がもっと聞きたい…



俺は今まで送ってきた人生を振り返って、このままで良いのかと思う時もあったが、何も実行することはなく結局何も変わっていない。しかし、これこそ本当に何かが変わるきっかけだと確信したのか、心が震えた。そして、演奏が終わり、広場で見ているお客さんだけでなく通りすがりの買い物客からも惜しみない拍手が彼女に送られる。


「本日はありがとうございました」

「物販ご希望の方はあちらで待ってます」


見てよかった…

ステージ上でお客さんの拍手に包まれている彼女は、30分ほど前に感じたイメージと全く変わり、今は輝いているように見えた。


そして、物販の方を見ると既に10人ほど並んでいる。せっかくの機会なのでCDを買っていこうと、俺も恐る恐る列の最後尾に並ぶ。こんな所で初めて会った人のCDを買うなんて事が無かった俺は、ちょっと緊張しながら並ぶこと約10分、順番が来たようだ。


「初めまして」

「今日はお買い物ですか?」


「は、はい」


初対面の俺にも優しく笑顔で接してくれる彼女に緊張しっぱなしだったが、何とか声を振り絞って答えた。テーブルにはCDの他にもライブのチケット、ポストカード、ハンドタオルなど、グッズも並んでいたが、曲を聞きたかった俺はテーブルに並んでいる3枚のCDを見ていると彼女が話しかけてきた。


「CDですか?」

「今日歌った曲が入っているCDはこちらになりますが、気に入った曲とかありましたか?」


「あ、最後の曲が良かったです。CDに入ってますか?」


CDも気になったが最後に演奏した曲が特に気になっていた俺は彼女に質問をしてみた。


「最後の曲ですね、タイトル言ってなかったですけど『彼方の光』という曲です」

「このCD、アルバムで8曲入っているんですが、ここに入ってますよ」


彼女が1枚のCDを勧めてくる。初めてで何を買って良いかわからない俺に、商売として勧めているのだろうと心の中で思っていたものの、そのCDの曲リストには確かに俺が気になった最後に演奏した曲が入っていた。俺は、そのCDを手に取って


「それじゃ、これください」


「ありがとうございます」

「2000円になります。サイン入れても良いですか?」

「あ、お名前は何さんですか?」


サインと名前も書いてもらえるのか…

この時俺は、本名言うのが何となく気が引けた。そこで、学生の頃に「椎山」という苗字から「シーザン」とあだ名で呼ばれていたこともあり、というか今でもそう呼ぶ人もいるが、この名前を使おうと考えた。


「シーザンでお願いします」


「わかりました」


俺は名前を告げると、彼女は手際よくCDから歌詞カードを取り出してサインを始めた。その間にライブのチケットが気になって見ていると、3枚のうちの1枚は今度の金曜日で「お勧め」というポップが貼られていた。ライブハウスなど行った事が無い俺は、何かが変わるきっかけだと思って覚悟を決めて話をしてみた。


「ライブハウス行ったこと無いんですが、ライブ行っても大丈夫ですか?」


「え?もちろん大丈夫ですよ」

「今度の金曜日のライブがお勧めで、もちろん初めて来ても絶対に楽しめる内容になってます」

「新横浜のライブハウスですけど、お近くですか?」


俺はチケット、というかチケットの見本を手に取ってみると新横浜リングスというライブハウスの名前と簡単な地図が書かれていた。もちろんライブハウスは行った事無いが、新横浜なら地下鉄とかJRでも横浜からすぐだし、職場からも30分ほどで行けるから問題ないだろうと考えた。


「新横浜は電車ですぐなので大丈夫です」

「もっとライブ見てみたいので、今度の金曜日行ってみます」

「このチケットも買っていきます」


「え、良いんですか?ありがとうございます」

「簡単に説明すると、ライブハウスの受付でこのチケット渡してくださいね。その時に、1ドリンク制になっているので受付でドリンク代500円が必要になります。ドリンク代払うとドリンクチケット貰えますので、ドンリンクカウンターへ行って好きな飲み物と引き換えが出来ますよ」

「初めて行くと色々戸惑う事もあると思いますが、1度行ったら慣れますので、ライブ楽しみにしててくださいね」


初めてライブハウスに行くという俺に丁寧に説明してもらい、不安は少し解消された。ここでは彼女に話さなかったが、俺は彼女の曲を聴いて人生を変えられるかもしれないと思ったから、行ったことない場所、やったこと無い事へチャレンジする決心をしたのだ。財布から5000円札を取り出しながら、何か生まれ変わったかのような良くわからない気持ちになっていた。


「5000円ですね… はい、1000円お釣りです」

「それじゃ、今度の金曜日までにCD沢山聞いて予習してきてくださいね」


彼女は、俺の事をどういう風に思ったかはわからない。でも、物販では最後まで優しく笑顔で対応してくれたのは間違いない。お釣りの1000円、CD、チケットを受け取った俺は、帰り際にお笑いのライブが始まっているのも気にせず、ショッピングモールを後にした。


家に帰ってCDの歌詞カードに書かれた名前を見ると、俺の滑舌の問題か、彼女が聞き間違えたため「しいさん」となっていた。

ま、良いか…


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