06 わくわくドキドキショッピング
「着いたー」
まるで月面に着陸したようなテンションで雪峰明里が叫ぶのは、ホームセンターの店の前だ。
すでに時刻は夕方、けっこう人が多い。
その多くの人、特に学生らしき若い男子が雪峰に視線を集める。
着いたーとか叫んだせいもあるが、理由は雪峰の見た目だろう。
肩よりも長く光る、明るい栗色の髪。
少し丈の長いブレザーの胸元に覗く、白いシャツとアゲハ蝶のようなネクタイ。
膝上丈のスカートからは、すらりと白い生足が伸びていて。
なるほど、これは目の毒だ。
こいつは、多くの男たちを惑わせるギャルという生き物だと、あらためて実感した。
ふう、俺が他人に興味が無い奴でよかった。
素早く目を逸らして危険回避してよかった。
あぶない、あぶない。
「……何してるの師匠、早くいくよ」
ジトっとした目で見るなスカートを押さえて隠すな。
ちょ、ちょっとしか見てないから!
そもそも、弟子なら師匠を急かすなこのやろう。
絶対こいつには機能性重視のダサいアウトドアウェアを着せてやろう。
などと面と向かって言えるはずもない俺は、黙って雪峰の後へ続く。
店内に入った途端、目の前にテントが張ってあった。
そろそろキャンプ商戦のシーズンか。
「うわー、このテント、おっきいねー」
「ファミリー用だろう」
「いいなぁ、いつかあんなテントで……」
「今はソロ用のテントだろ」
何故かうっとりし始めてた雪峰を促して、目的の売り場へと向かう。
「ここで見るのは、テントと寝袋だ」
「ランタンとかは?」
「それはあとでいい」
すたすたと歩きつつ、お目当ての商品を見つけて立ち止まる。
「これだな」
手に取った商品は一人用の、いわゆるツーリングテントと言われるものだ。
その中でも比較的設営のしやすそうなドーム型のテントを持って、雪峰に見せる。
「これなんか良さそうだな。特売品だし、値段も手ごろだ」
「おお、ちゃんとしたテントだー」
当たり前だ。
この前のサンシェードとは用途が違う。
ちゃんと雨避けのフライシートも付いている、ちゃんとしたテントである。
ただ展示品のみの特売だし、組み立てが少々手間がかかる物だ。
「ほえー、色も可愛いし、なんか良さそう!」
「なら候補のひとつに「これ買う!」……え?」
雪峰は手に取ったテントを抱きしめて、すっかり上機嫌だ。
「そんなに簡単に決めていいのか?」
「大丈夫、だって師匠が私に選んでくれたんだもん」
「おい、使うのはお前だぞ?」
「いいのいいの。さ、次は寝袋だねー」
……なんか調子狂うなぁ。
女子の買い物は時間かかるという言い伝えは、ガセだったのか。
兎にも角にも、テントが約三千円。
残り予算、二千円。
寝袋コーナーでまずやる事は、確認作業だった。
「雪峰が持ってる寝袋は、どれだ?」
たしか色はネイビー、ブランドロゴは見えなかった。
「あ、これだよ、これ」
たたたた、とんっ、と駆けて行った雪峰が手に取ったのは……どこのブランドだ?
てか、九八〇円!?
「ね、安いでしょー」
「まあ……そうだな」
たしかに安い。が、その安さには理由がある。
ひとつは、材質。
そしてもうひとつは、使用温度だ。
雪峰から寝袋を受け取って、タグを探す。
「お、あったあった。これ見てみろ」
「ん? どれ?」
くりんと傾けた顔を雪峰が寄せてくる。
途端に女の子特有の、あのカフェに立ち込めた甘い匂いが漂う。
つか顔が近いんだよ。
ったく、ビッチと言われるだけあるな。距離感がおかしい。
思わずのけ反って距離を取ると、雪峰の顔全体が見えてしまう。
まつ毛、長いな。
頬っぺた、つきたての餅かよ。
唇は……げふんげふん。
ダメだ、やめよう。
咳払いをひとつ、一歩引いて雪峰に寝袋を渡す。
「そこにタグがあるだろ」
「うん、でも意味わかんない」
だろうな。
ネットなどで事前に調べれば解るだろうが、値段のみで決めた雪峰には選ぶ基準ですら無かったようだし。
とりあえず、温度表記の見方だけは教えておかなければ。
「その表記だと、最初の数字が快適に使える気温、次が下限気温だ」
「下限、気温って?」
「その寝袋で生命を維持できる、最低気温だな」
雪峰が見ている表記は、25-5。
つまり、気温五度なら辛うじて生命を維持できる、という意味だ。
「これでわかったろ。あのキャンプ場で寒かった理由が」
「……うん。私、すごく危ないことをしてたんだね」
雪峰は真剣な目で寝袋を見つめている。
「じゃあ、寝袋も買い直さないとだね。予算、足りるかなぁ」
「いや、いい。インナーシュラフを使えば、な」
「インナーシュラフ?」
インナーシュラフっていうのは、寝袋の中に入れて、二重にして使うシュラフだ。
フリースや毛布生地などで作られたインナーシュラフがあれば、夏用シュラフでもある程度の低気温にも耐えられる。
そして、これは買わなくても解決できる。
「インナーシュラフは、家にある毛布を使えばいい」
「え、そうなの?」
「予算が少ないからな、とりあえずそれでいい」
雪峰は顎に人差し指を当てて、小首を傾げる。
「……うん、使えそうな毛布はあるわね」
この後いろいろ説明したが、次に行きたい店もある。
早めに切り上げて店外に出ると、雪峰はちゃっかり購入した特売品のツーリングテントを、笑顔で抱えていた。
大事にしろよ。
それが今後の、第二の家だ。