04 弟子っ子はギャル令嬢!?
高校二年に進級した、麗かな春の放課後。
柔らかな陽気に誘われた俺、鹿角岳は、弾む心を抑え付けながら帰り支度をする。
今日はホムセンでも寄って帰ろうか。
それとも百円ショップでキャンプに使えそうな物を探そうか。
いや、書店で今週末のソロキャンプに持っていく小説でも物色しようか。
「ねえ、師匠」
高校でもソロの俺の放課後は、常に自由だ。
誰にも声をかけられることなく、誰にも気を遣うことなく。
「師匠ってばぁ」
ん?
何か幻聴が聴こえるけれど、きっと春の陽気のせいだろう。
キャンバス地のカバンを肩に掛けて立ち上がり、ふっと窓の外を眺める。
「桜、だいぶ緑が目立ってきたな──うわっ」
「ねえってば!」
肩のカバンを引っ張られて、思わずよろける。
仕方なく先ほどから聞かないフリに徹していた声の方へと向き直ると、明るい栗色の膨れっ面ギャル系美少女が立っていた。
「弟子を無視しないでよっ」
「だから弟子にしたつもりはありません」
俺は栗色の髪──雪峰明里に背を向けて、教室を出る。
が、雪峰はまだ後を着いてきた。
「……あの夜はあんなに優しかったのに」
背中でぽしょりと呟かれた声に、思わず立ち止まる。
「そういう誤解を招く言い方はやめろ。あと俺のことは放っておいてくれ」
「なんで?」
リノリウムの廊下を歩きながら、背後に迫る雪峰から早歩きで逃げる。
「ちょ、早いって」
当然だろ。
逃げるための早歩きなんだから。
「お願い、お願いだからぁ!」
突然の雪峰の叫びに、一瞬廊下が静寂に満たされる。
然程多くは無いものの、廊下を歩く生徒たちは一斉に雪峰を見て、その視線をゆっくりと俺に集めた。
「ったく……わかった。話なら学校の外で聞く」
「ほんと? やったぁ!」
おい、飛び跳ねるな。
ただてさえスカート短くて目のやり場に困るんだから。
あとそこの男子連中。
なんであんな男に可愛い子が、とか、分不相応だろ、とか小声で言い合うな。
それは俺が一番良く知っているのだから。
校門を一歩出た途端、俺は逃げる態勢を作って、走り出す。
──前に、後ろから腕を掴まれた。
掴んだのは雪峰の、白く、細い手だった。
つか細っ。手、細っ。
「……何でしょうか俺は学年一の美少女であらせられる雪峰さんと面と向かって対等に話すような身分じゃないので、ごめんなさい」
何処かのラノベで聞いたようなセリフを並べ立てて、煙に巻こうと試みる。が。
「なんで私がフラれた感じになってるの!?」
「いや、気のせいじゃないかな」
おお、なかなか切れ味よいツッコミだ。
ちょっとだけ雪峰を見直してやってもいいかも知れない。
俺の中で、現在の雪峰の評価は、
命知らずの無謀バカ
である。
もちろんこれはキャンパーとしての評価だ。
それ以外の雪峰は知らないし、興味も無かった。
なんなら今この瞬間も、特別な興味は無い。
ていうか。
「……何か用事なのか?」
用事ならさっさと済ませて、早くホムセンか書店に行きたい。
「私のキャンプ装備、一緒に作って!」
え、いやですけど。
数ターンの押し問答の後、校門の前で騒いでいる訳にもいかず、仕方なく場所を変えることにした。
が、
「なんでここなんだよ……」
雪峰に連れられて入った先は、駅の近くにある、女子高校生で溢れ返ったカフェだった。
店に入った瞬間のあの甘い匂い、トラウマになりそうだ。
「あはは……私、こういうお店しか知らなくて」
苦笑しながら、得体の知れない長ったらしい名称のコーヒーのストローに口をつける雪峰は、この華やかな店内に似合っている。
対する俺は、もう居づらくて堪らない。
いつでも店を出られるようにバッグは肩に掛けたまま、雪峰の隣で俯いて雪峰と同じ物を飲んでいた。
つか、めっちゃ甘い。
なんならもう場違い感と極度の甘さで、コーヒーの味がしないまである。
「でね、キャンプの装備を買い替えたいんだけどねー」
「ネットで調べたら出てくるぞ」
「い、いや、そこは経験者のナマの声を参考にしたいのっ」
「なら、アウトドアショップに行って、店員さんに相談するんだな」
実際アウトドアショップの店員さんは、彼ら自身がベテランキャンパーである事が多い。
経験者の意見を聞くには、もってこいの場所だ。
「私は、師匠にお願いしたいんだけど……ダメ?」
──っ。
そんな上目遣いで、男全員が騙されるとは思うなよ?
高校二年のクラスになって数日。
この雪峰明里という女の子のことが少し分かってきた。
まず、雪峰は人気者だ。
休み時間には雪峰の席に男女問わず数人が集まる。
昼休みは俺自身が教室にいないから知らんが、でもまあ人の輪の中心になっているのだろう。
同時に、雪峰に関する噂もいくつか小耳に挟むことが出来た。
ひとつ。雪峰明里はビッチである。
ひとつ。雪峰明里は社長令嬢である。
雪峰のおねがいを聞き流しつつ、今までに得た雪峰自身の情報を反芻して、腑に落ちない点があった。
この前の装備は、決して金にモノを言わせた道具ではなかった。
むしろ、少ない予算でカタチだけ揃えた結果のような気がする。
「なあ、雪峰」
相変わらず語り続けていた雪峰の言葉を遮って、問うてみる。
「予算は、いくらくらいなんだ?」
その瞬間、雪峰明里は固まった。
ホームセンターで揃えるとしたら──
安い新品のソロ用テントは、だいたい五千円。
付属のペグやガイロープは頼りないので、そこそこちゃんとした奴を揃えて二千円。
この前焚き火台とクーラーボックスは持っていたから、後のランタンとか細々した物は百円ショップで買えばいい。
あとは、シュラフか。
これで、だいたい一万円くらいで収まるくらいだろう。
難しい顔をして頭の中で計算していた雪峰が絞り出した答えは。
「ご、五千円、くらいかなぁ」
今度は、俺が固まった。