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97:トッコとフィナーレ、そして武藤調教師の試練?

 気が付けば秋も深まり今朝早くヒヨリは秋華賞へと向かったそうです。

 栗東トレーニングセンターに寄るならタンポポチャさんに会えるのになぁ、そんな事を思いながらもヒヨリにその話はしない方が良い気がして、私は黙ってお見送りをしましたよ? 昨日の調教終わりにですが。


「ブフフフフフン」(ヒヨリは神経質だから大丈夫かなぁ)


 内弁慶というのでしょうか? 結構強気のお嬢様に見えて、実際はそうでも無いのですよね。

 御蔭で今回も鈴村さんが録音機を持って来て、私の色々なパターンの嘶きを録音していきました。でも、あれって意味あるのでしょうか? 前に録音した嘶きで十分だと思うのですが、どうなんでしょう?


「ブルルルン」(それで頑張れるならいいかな)


 私はヒヨリのお姉ちゃんなのですから、協力できる事なら協力しますよ。

 ただ、鈴村さんがどんどんと、ある意味遠い所へと旅立って行ってるようで心配になります。


 ベレディー、もっと情熱的に! って言われたのですが、情熱的な馬ってどんな馬なのでしょうか?

 鈴村さんが求めている路線が判らなくなってきている今日この頃です。


「ベレディー、サクラフィナーレが待ちわびているぞ」


 実は今の私は、厩務員のおじさんが騎乗して、トコトコと練習コースへ向かっている所だったりします。

 私ももうじきレースがありますし、同じ日になんとフィナーレも初レースに出走する予定? だから当日はフィナーレと一緒に競馬場へ向かうみたい。


 まあフィナーレは判っていないみたいだけどね。


 そんな私がコースの入口へと辿り着くと、フィナーレがそれこそ全身から嬉しさを滲ませているみたいに歓迎してくれます。


「キュヒヒヒン」


「ブフフフン」(お姉ちゃんですよ~)


 何となく姉というより母親と思われていそうで怖いですね。まだピチピチのつもりですよ?

 ただ、頭をスリスリしてくるので、私も同じようにしてあげます。


「しかし、ここの姉妹達は本当に仲が良いな。競走馬でここまで仲が良いのも珍しい」


「まあ血縁ではないですが、仲が良い馬はいますよね。ただそれでも珍しいのは確かですが」


「ミナミベレディーを頂点として、タンポポチャ、サクラヒヨリ、サクラフィナーレと3頭ですね。そう考えると馬から見てミナミベレディーは美人なのか、親しみやすい感じなのか」


「ブヒヒヒン」(勿論美人なんですよ)


 やはりそこはしっかりと主張しておかないとですよね。


「キュフフフン」


 ほら、フィナーレもそうだそうだと同意してますよ!


「ブルルルン」(フィナーレも良い子ですよ)


「キュヒヒン」


 フィナーレとこれだけゆっくり一緒にいるのも久しぶりかな? でも、もうじきフィナーレもデビューなので頑張りどころかも。


「ブヒヒヒヒン」(良いですか、スタートが大事なのですよ?)


「キュヒヒヒン」


 私の言葉に返事はくれるのですが、スリスリと甘えてくるばかりです。この子はヒヨリ以上の甘えん坊さんですね。


◆◆◆


 武藤調教師は、馬運車で運ばれてきたサクラヒヨリの体調を、馬房でミナミベレディーの嘶きを流しながら確認していた。今日は午後から栗東トレーニングセンターで馬なりで走らせたあと、明日の京都でのレースに備える予定だ。


「うん、長距離移動してきた疲れは無さそうだな」


 馬運車でも、所々でミナミベレディーの心を落ち着かせる嘶きというものを流していた。

 実際のところ、どうなんだと思わないでもないが、効果が出ているように見えるために止めるのにも抵抗があった。


「鈴村騎手が新たなパターンも追加で作ってきましたと言ったときには、本当に勘弁してくれと思ったんだが、ヒヨリはご機嫌だよなあ」


「キュフフフン」


 武藤調教師の言葉にも、返事を返してくれるほどにサクラヒヨリは落ち着いている。


「しかし、これはミナミベレディーの嘶きなんだよな。馬見調教師には迷惑かけてないよな?」


 鈴村騎手の奇行に慣れていると信じたいが、実際に馬見調教師とこの事で話し合ったことも、愚痴を言い合ったこともない。同じ美浦に所属し交流は多少なりともあるが、昨年まではそこまで親しい関係でもなかった。

 そう考えれば、この一年に満たない間に出来た縁は、中々に濃いものがあると思う武藤調教師だった。


「失礼、宜しいかしら? 武藤調教師さん」


 サクラヒヨリの残りの世話を調教助手達に任せ、いったん馬房を出たところで唐突に声を掛けられる。

 そして、声を掛けてきた人物へと視線を向け、思わず目を見張った。


「これは、十勝川さん」


 武藤調教師はもちろん十勝川の事は見知っていた。ただ、自身は調教師としてそれ程には有名ではない。それ故になぜ十勝川が声を掛けてきたのか、それは恐らくだがサクラヒヨリが理由だろう。


「あら、私をご存知でした? ありがとうございます」


 そう言って微笑を浮かべる十勝川だが、その視線は先程からサクラヒヨリの馬房へと注がれている。


「トカチマジックを含め、何度もGⅠ馬を生産され、ましてやオーナーブリーダーでもある十勝川さんを知らない競馬関係者がいたら驚きですよ」


「あら、そう言っていただけると嬉しいわ」


 そう言って上品に笑う十勝川。ただ、わざわざ自分を訪ねてきたという事は、何かを探りに来たと思うべきだろうか?


 たしか北川牧場とは提携を結んだという。ミナミベレディーが繁殖へと回った際は十勝川ファームに預けられるのではとの噂もあるからな。


 それ故に、ミナミベレディーやサクラヒヨリに害をなすとは考えにくい。それであっても、いくら十勝川とはいえオーナーの許可なくサクラヒヨリと会わせるわけには行かないが。


 武藤調教師は警戒しながら十勝川がわざわざ自身の馬房を訪れた理由を尋ねる。


「秋華賞を前にお忙しい中ごめんなさい。うちの馬が日曜日に出走するのでお隣の馬房にいるの。そしたら、馬の嘶きの声がエンドレスで聞こえてきたから不思議に思ってしまって」


 そうコロコロと笑いながら十勝川が指差す馬房には、まだ2歳と思われる牡馬が窓から頭を出して隣の馬房を気にしている様子が見えた。


「うちの今年のデビュー馬で期待はしているんですけど、レースが近いことに気がついたのか神経質になってたんです。それが隣から馬の嘶きが聞こえてきた途端に、あらあら不思議と落ち着いてきてつい好奇心で見に来てしまったの。ごめんなさいね」


 十勝川の言葉に、武藤調教師の顔が思いっきり引き攣る。


 今まで武藤調教師がミナミベレディーの嘶きを再生し、サクラヒヨリに聞かせている様子を知っている人物はそれなりにいる。ただ、敢えてその事を武藤調教師に直接尋ねた人物は、幸いに今まで一人もいなかった。調教助手に尋ねた者は何人かいるのだが、調教助手達は録音機を持ち込んできたのも、再生するように指示したのも鈴村騎手であり、詳しい理由はしらないと回答していた。


 実際のところ、間違った事は一つも言っていない。


「お騒がせしてしまいましたか。すぐに止めるように指示しましょう」


 内心では、そう簡単に再生を止めてしまうとサクラヒヨリのご機嫌に響くので避けたいところではある。ただ、周りから苦情等が寄せられるとなると話は変わってくる。


「あら? ごめんなさい、誤解させてしまったわ。どちらかと言うとお礼を言いに来たんですわ。まだ幼い馬ですから、落ち着けるまでに体力を消耗させてしまったらレースに響きますから。それどころか、宜しければあの馬の嘶きの音源のコピーを私どもにも譲っていただけないかと思いまして。もちろん金銭などもお支払いしますわ」


 十勝川の提案に、ますます困る武藤調教師だった。


「いえ、あの馬の嘶きは、サクラヒヨリの主戦である鈴村騎手の指示でして。私も詳しい理由までは聞いていないんですよ。ましてや録音機も含め彼女の私物なので、私が何かをお話できる立場にないので」


「あら? そうなんです? それは残念だわ。鈴村騎手は昨日の夜からもうお篭りされていますわね」


 騎手はレース前日の夜までに、騎手の宿泊施設に入らないとならない。そして、鈴村騎手は土曜日にも乗り鞍があり、すでに昨日の夜から京都競馬場に入っていた。


「明日、鈴村騎手に会った際にそれとなく伝えておきますよ」


 武藤調教師の言葉に、十勝川はお礼を言って立ち去るのだった。

投稿時間が遅くなってしまって申し訳ありません。

あと、明日の日曜日はすいません、投稿はお休みになります><


秋華賞に行く予定が、展開に悩んでいたら武藤調教師にピンチが訪れる結果になりました!

うん、武藤調教師・・・・・・ごめんね(ぇ

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― 新着の感想 ―
[良い点] >鈴村さんがどんどんと、ある意味遠い所へと旅立って行ってるようで心配になります >鈴村さんが求めている路線が判らなくなってきている今日この頃です 周囲が奇異なものを見る目で見ていても実績が…
[気になる点] よその馬にも効果があるとは予想外ですね。どう聴こえるんでしょうか…
[良い点] トッコ効果、つまり特効? 馬の調教技術は日進月歩の勢いがあり、美浦と栗東に格差が生まれたの原因の一つとも言われたりするようですが、トッコが起点となって新たな調教の技術が発展して行くかも?と…
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