96:やっと回復してきたトッコと、武藤厩舎と鈴村さんと
タンポポチャさんとお別れして、2日後には私の調教も再開されました。
もう少し早ければ、一緒に走れたのかなと残念に思いますが、こればかりは仕方がありません。その代わりと言っては何ですが、ヒヨリと一緒に走る事が増えました。
「ブフフフン」(ヒヨリは調子良さそうね)
「キュフフン」
うん、何となく得意絶頂? でもね、そういう時こそ気をつけないと怪我をしかねないのを私は知っていますよ。
「ブヒヒヒン」(怪我には気をつけるのよ)
「キュフフン」
「ブルルルルン」(怪我したらお肉一直線よ)
「キュヒン」
判っているのか判っていないのか、でも怪我は心配です。
ヒヨリの今度のレースは昨年私がタンポポチャさんに負けた秋華賞だそうです。
レース名を聞いても最初はピンと来なかったんですけど、失礼な事にヒヨリの厩舎の人が、昨年は私が負けたを連呼するんです! 酷いと思いませんか?
その為か判りませんが、ヒヨリがやたらにやる気になっているんです。
「ブフフフン」(無理しちゃ駄目よ?)
「キュフフン」
「ブルルルン」(負けても大丈夫だからね)
「キュヒヒン」
べ、別に姉の尊厳だ何だで言っている訳じゃ無いですよ。本当にヒヨリが無理しないか心配しているんです。怪我しちゃったら元も子もないですからね!
そんなヒヨリとコースを一緒に走るのですが、程々ですよというのに元気に駆け回るのです。
「ブフフフン」(私だって疲れるのよ?)
「キュヒン」
うん、相変わらず何を言っているのか判りませんね。
病み上がりの私では、このテンションのヒヨリの相手はちょっと辛い物が・・・・・・。
「サクラヒヨリは絶好調な感じですね」
「併せ馬をしていてもベレディーが引っ張られている感じですね」
ヒヨリの鞍上にいる鈴村さんと、いつも鈴村さんと交代で乗る騎手さん? が会話をしています。
でもね、私は病み上がりだからね! 無理すると怪我しちゃうから自重してるんだからね!
ただ、言葉にするとヒヨリがまた何か言いそうなので、黙ってますけどね!
嘘じゃ無いんですよ。実際にまだ余裕はあるんです。ただ、先日まで筋肉痛だったのでちょっと恐々動いちゃうのは仕方が無いと思います。
その後、ヒヨリとの調教を終えて、綺麗に洗って貰ってから私は馬房へと戻りました。相変わらず洗って貰った後にハムハムされるんですけどね。せっかく綺麗に洗って貰ったのになぁって思ったものですが、最近はもう慣れちゃいました。
ヒヨリのレースの方が早いので、鈴村さんはヒヨリの馬房の方へ行っています。でもね、ヒヨリにレースの映像を見せても駄目だと思うんだけど。こないだ鈴村さんがヒヨリは全然レースの映像を見てくれないって愚痴ってたけど、普通は当たり前だと思うんですよ?
そんな私は今度のレースがなんと芝の2000Mだという事で、あんなにどんよりしていた気持ちが晴れやかになりました。
同じ名前のレースなのに芝2000Mと3200Mがあるなんて紛らわしいですよね? そのせいで渾身の演技で調教師のおじさん達に心配までかけちゃいました。でも仮病だってもうしません。今度のレースは芝の2000Mだったんです!
「ブフフフフン」(2000Mだったら大丈夫だもんね!)
◆◆◆
サクラヒヨリの調教を見て、武藤調教師は笑みが零れる。
先日の紫苑ステークスを走った時と変わらずに好調を維持し、天候も今の所晴れの予定だ。これであれば秋華賞においても勝ち負けまではもっていけるだろう。
「桜花賞の時とはサクラヒヨリは成長しすべてが一変している。もっとも、他の馬達も同様であろうが、雨でさえなければなんとかなるだろう」
「昨年の今頃を考えれば天と地ほど違いますね。あの頃は勝てなくて、どうやって勝てるようにするかで頭を悩ませていましたから」
未勝利戦は勝ったが、その後が良くなかった。丁度今頃は悩みに悩んでいた時だった。その後、鷹騎手が騎乗してくれたこともあり百日草を勝つ事が出来たが、その後のレースでは大敗した。
「あの頃は晩成だからと若干諦めていたがな。ただ全姉のミナミベレディーが桜花賞でGⅠ馬になっていたから上手くいけばとの思いもあったが、走らなかったからなぁ」
先行馬としての資質はそれなりには感じていた。百日草を粘り勝ちし、2勝馬になったまでは良かったが、距離適性に悩まされていた。自身で調教していて感じたのは、マイルは厳しいとの評価だった。
「そう考えれば秋華賞、エリザベス女王杯と楽しみに出来るんだ。贅沢なんだろうが、今年は今年でフィナーレに悩まされているがな」
そう言って苦笑を浮かべる武藤調教師の視線の先には、サクラヒヨリと離れて調教を受けているサクラフィナーレの姿だった。
「それでも放牧前とは一変しましたね。体力面でのひ弱さはありますが、トモもしっかりしてきましたし精神面でも鍛えられてます。まあ、サクラヒヨリが思いっきりスパルタしてますからね」
今まさに目の前では、コースを回って来たサクラヒヨリが目の前で馬なりで走っているサクラフィナーレへと目標を定めたように見える。
「サクラヒヨリもミナミベレディーに最初の頃は良く後ろから追い立てられたそうだからな。まあ妹でそれをやり返している訳では無いだろう」
「フィナーレもサクラヒヨリには懐いていますから。もっとも、それ以上にミナミベレディーに懐いていますけどね」
ミナミベレディーと引綱での散歩となると時々フィナーレも一緒に歩く事がある。
その時のフィナーレの喜び様といったら凄い。ちなみに、サクラヒヨリも併せての3頭一緒になるとサクラヒヨリのフィナーレに対しての牽制が凄い。
ミナミベレディーに擦り寄ろうとするフィナーレに対し、サクラヒヨリがその間に割り込む事などざらだ。
「フィナーレも新馬戦が決まったしな。欲を言えば年内で2勝しておきたいなあ。そうすれば桜花賞に出走する条件的にもな」
「流石にフィナーレで桜花賞は厳しいと思いますが、サクラヒヨリが昨年のこの時期に桜花賞を勝てるとは思っていませんでしたし、まあ達成すれば凄い事です。3年連続、全姉妹による桜花賞制覇ですか」
そう言って笑う調教助手に苦笑を返しながら、武藤調教師はふと真顔に戻る。
「サクラヒヨリには秋華賞をまず獲らせてやりたいな。そうすれば牝馬2冠だ」
桜花賞より秋華賞のほうが適正距離的にも問題は無いと思うが、4歳以降を考えると今此処でGⅠを2勝しておくのは大きい。
「来年以降は下手しなくてもミナミベレディーという壁がいますしね。春の天皇賞に限ってみれば、どう考えてもミナミベレディーに勝てそうなイメージは湧きません。今年のあのレースは反則ですよ」
「そうだなぁ、あの距離で逃げられたら、ましてやスタミナ的にも問題無いと来たからな。ましてや晩成だぞ?」
苦笑を浮かべる武藤調教師は、それでもサクラヒヨリに勝利を齎さなければならない。
「タンポポチャが引退するが、マイラーやスプリンターの適正無いからなぁ」
早くも来年の事でも苦悩する武藤調教師だった。
◆◆◆
鈴村騎手はサクラヒヨリの状態には満足していた。
体調もベストと言っても良い状態を維持しており、ミナミベレディーの獲る事の出来なかった秋華賞をぜひとも勝ちたいと思っていた。そして、その為の対策もしているのだが・・・・・・。
「ヒヨリちゃん、ほら、このレース見てごらん? ベレディーが勝てなかったレースだよ。ここで最後にタンポポチャに負けちゃったの」
秋華賞のレース映像を映しながらヒヨリに見せるのだが、サクラヒヨリは一向に興味を引かないようだ。
「ベレディーの名前には反応するのに、映像は判らないのかなあ」
ミナミベレディーの出場しているレースであればサクラヒヨリも反応してくれるかと期待をしていたのだが、サクラヒヨリはミナミベレディーの名前には反応して耳をピクピクさせるのだが、ノートパソコンと関連付ける事は無く無関心だった。
「だめだなぁ、ベレディーみたいに出来るかと思ってたんだけど」
同じ厩舎内であればベレディーとヒヨリが並んでノートパソコンを見るなどして、映像に馴染ませる事も出来るかもしれない。ただ、流石に別厩舎の馬を夜一緒にする事は難しいだろう。
「失敗したなぁ、ベレディー達が北川牧場に居る時に試してみればよかった」
そもそも馬に映像を見せてどうなるのかという疑問など欠片も無く、鈴村騎手は如何にヒヨリにレースを覚えさせるかで悩んでいるのだった。
昨日は、更新できずに申し訳ありませんでした。
今日は何とか更新を・・・・・・
先日に頂いた感想で、ヒヨリとフィナーレの会話があり笑わせていただきました。
いったいどういう会話をしているのでしょうか? 想像すると楽しくなってきます^^




