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93:レース後のトッコと磯貝厩舎

 トッコさんお怒りのレースが終わって美浦トレーニングセンターへ帰ってきたのですが、トッコさんピンチです! 思いっきり筋肉痛で苦しんでますよ! ちょっとお怒りモードでその日は全然問題なかったんですが、寝て起きたら体中がギシギシと軋んでいるみたいなんです。


「ブフフフン」(体中が痛いの~)


 私の様子を見に来ている調教師のおじさんにそう訴えます。


「やはりコズミが出ましたか。あの末脚での追い込みで出るとは思っていましたが」


「筋肉注射はしてもらったのですが、べレディーも辛そうですね」


 寝藁にゴロンと寝転がってる私を見て、心配そうにおじさん達が見ています。

 でもね、あの注射ってすぐに効いて来ないんです。何度も経験しているから知ってるんですよ?


「ブフフフフン」(痛いの~、だから持久走は無理なの~)


 もしかしたら右足が肉離れ起こしてないかな? って思ったんだけど、残念ながら筋肉痛だけだったの。

 だからしっかりと筋肉痛をアピールしないとですよね。


「今日のところは様子見だな。明日以降で引き運動をしながら調整するしかないね」


「そうですね、レースまでまだ一月以上ありますから、それに回復速度も上がっています」


 調教師のおじさん達の会話で、レース回避の言葉はまだ出てこないですね。

 これは明日もしっかりと筋肉痛をアピールしないと駄目かもしれません。


「明日の引き運動はサクラヒヨリと一緒にするか、べレディーも多少は痛みから気が紛れるだろう」


「そうですね、しかしせっかくタンポポチャが来てくれているのに会えずじまいになりそうですね」


 ん? おじさん達の会話にタンポポチャさんの名前がありました? 


「今週末のスプリンターズステークスに出走するために今日到着するんですよね?」


「ああ、あちらは出来ればべレディーと引き運動でも良いから一緒にさせたいとの事だったが、肝心のべレディーがこれではな」


 あれ? タンポポチャさん今日この美浦に来るのですか? 


「ブルルルン」(タンポポチャさんに会えるの?)


 私は寝転がった状態から首を上げて調教師のおじさんたちを見ます。


 すると、おじさん達も私の方を見ました。


「ん~、まあ明日獣医の先生の診察しだいだが、べレディーのコズミがあまりに酷い様だと引き運動も厳しそうだからな」


「そうですね、まあべレディーの回復しだいですが」


 私は痛む体を無理して起こします。


 ほら、大丈夫ですよ? 引き運動くらいなら問題ないですよ?


 脚を上げ下げして調教師のおじさん達に様子を見せます。


「ブルルルルン」(タンポポチャさんとお散歩したいですよ?)


 そんな私の様子を見て、調教師のおじさんが少し考え込みます。

 その横にいるおじさんは何故か後ろを向いていますが、どうしたんでしょう?


「べレディー、とにかくしっかりとご飯を食べて、水も飲んで、休むんだぞ。明日の朝に獣医の先生にしっかりと診てもらおうな。無理しちゃだめだからな」


「ブフフフン」(しっかり休む~)


 私は言われたとおり、ちゃんとご飯を食べることにします。ちょっと残したんですよね。


 でもね、筋肉痛は嘘じゃないのよ? 体がギシギシいっているのは本当なんだからね?


◆◆◆


 馬見調教師と蠣崎は、べレディーの馬房から事務所に戻った。そして、ミナミベレディーの状態について意見を交わす。


「いやぁ、朝のべレディーの様子を見たときは焦りましたよ。真面目に天皇賞は無理かと思いました」


 そう告げる蠣崎の表情は、思いっきり苦笑が浮かんでいた。


 昨日のレースを終えて、美浦トレーニングセンターへと戻ったミナミベレディーは、早速獣医の検診を受けた。そして、幸いにも今のところ大きな故障のようなものは見当たらないとの診断を受けた。

 ただ今までも翌日にコズミを発症していた為、今日朝一番での診察と筋肉注射も依頼していたのだ。そして、早朝にミナミベレディーの様子を見た蠣崎は、以前のようにぐったりと横たわるべレディーを見て、慌てて馬見調教師を呼びに行ったのだった。


 その後、獣医師の先生が朝一番に診察し、注射をしてもらった後に先生から聞かされた診断に二人揃って唖然としてしまった。


「確かにコズミは出ているが、引き運動くらいなら問題はないよ。注射もしたし数日で軽くなら走らせても問題ないかな」


「え? いや、べレディーは結構コズミが苦しそうなんですが?」


「ああ、あれは仮病だね。恐らく昨日のレースが結構疲れたんだろう。ただ、思ったほど体調も悪くはないからコズミが酷いふりをしてるんだね。仮病を使う馬なんて珍しくないだろう?」


 獣医師の先生が言うとおり、馬見調教師が今まで預かった馬の中にも調教が嫌で仮病を使う馬はいた。ただ、今までミナミベレディーが仮病を使ったことは一度もなかったのと、毎回レース後には体調を崩していたために仮病とは欠片も思わなかったのだ。


「あの馬は賢いからね。たぶんレース後に体調を崩せばゆっくり出来るって覚えてるんじゃないかな? まあ実際に今までは体調を崩していたからねぇ」


 そう言って笑う獣医師も、それこそ美浦トレーニングセンターにミナミベレディーが来てからずっと診察をしてくれている。それ故に実際にコズミが起きているのか、それとも仮病なのかの判断がついたのだ。


「しかし、面白い馬だね。そうだ、確か明日にはタンポポチャ号が来るんだろ? ミナミベレディーの前でタンポポチャの話をしてごらん。凄い勢いで回復するかもしれないよ?」


 そう笑いながら告げた獣医師の言うとおりにミナミベレディーの前でタンポポチャの話題をしてみた。


 すると、先程までグッタリしていたミナミベレディーが起き上がって飼葉を食べ始めるのだ。更には大丈夫ですよとでも言うように脚を上げ下げまでしてくれた。その様子に二人は吹き出すのを堪えるので必死だった。


「ただ、実際にコズミは出ているそうだから無理に走らせるのは厳禁だそうだ。明日はあくまで引き綱での運動のみ。回復状況を見ながら慎重に行こうか」


「判りました。ここで無理をされて、本当に故障でもされたら大事ですからね」


 とりあえず、明日の予定を考えながら、武藤調教師からも引き綱での散歩だけでも良いのでサクラヒヨリと一緒にさせて欲しいと頼まれたことを思い出した。


「しかし、べレディーも人気者で辛いね」


「本当に、引き綱での運動って私達が一番辛いんですよね。午前と午後と担当を分けるにしても」


 そう言うと、蠣崎は大きく溜息を吐くのであった。


◆◆◆


「ふむ、そうか、引き綱での散歩であれば午後にご一緒していただけるか。それは助かったな」


 磯貝調教師はタンポポチャを美浦トレーニングセンターへと送る手はずを整えた中、馬見厩舎にミナミベレディーの様子伺いをした。先日のレースを勿論のこと磯貝調教師も見ており、例のネクロミアの疑惑の瞬間を見た瞬間、思いっきり激怒し怒鳴り声を上げていたのだ。


 ただ、その後のミナミベレディーの末脚を見て、その激怒した感情はあっさりと別の感情に塗り替えられたのだが。


「ええ、もしかしたらレースの疲労で今回は断られるかと思いましたが、ミナミベレディーへの負担はそれ程大きくは無かったようで安心しました」


 調教助手の言葉に、磯貝調教師は少し考えた後に返事をする。


「もともと晩成の血統だからな。ミナミベレディーも漸く馬体が仕上がって来たんだろうな。そういう点では晩成の馬は羨ましいな」


 磯貝調教師の言葉に、磯貝厩舎にいた他の面々も驚きの表情を浮かべる。


「それって、つまり今まではまだ仕上がってない状況であの成績を出してたって事ですか?」


「いや、それだとこれから更に強くなるって事です?」


 調教助手たちの言葉に、頭を掻きながら磯貝調教師は説明をする。


「そもそも、ミナミベレディーはひ弱ではないぞ。それなのにレース毎に体調を崩すのは明らかに無理が祟ってるからだ。ただ、馬自体は恐らく丈夫なんだろうから故障という故障はない。という事はってところだな。まあ実際は知らんが大きく外れちゃいないだろうよ」


「うわぁ、歴代最強牝馬の称号も夢じゃないですね」


「ああ、あっちは少なくとも5歳までは走るだろうからな。羨ましすぎるぞ!」


 実際のところタンポポチャが来年も走ったとして、今年ほどの実績を残せるかは微妙だ。タンポポチャの血統はやや早熟といった所で、4歳がピークだからだ。


「まあスプリンターズステークス前に引き綱での運動であろうと、ミナミベレディーと一緒に出来るならそれに越したことはない。美浦トレセンに行ったのにミナミベレディーに会えなかったらタンポポチャのご機嫌がどうなるか、何故か美浦トレセンだって判るみたいだからなぁ」


 タンポポチャの明日の移動を考えながら、磯貝調教師はミナミベレディーの体調が悪くなかったことに安堵するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仮病トッコさん可愛いです♡(*´ω`*) >そんな私の様子を見て、調教師のおじさんが少し考え込みます。その横にいるおじさんは何故か後ろを向いていますが、どうしたんでしょう? コレ笑ってい…
[一言] 一話から一気に読ませていただきました お肉になりたくないとか 雨だとイヤとか 怪我して薬殺はイヤとか 元人間らしさがあふれる トッコがいい味出してて 楽しくここまで読ませていただきました…
[一言] まあ放牧でゆっくり出来る筈が 最近は妹や姪相手に教室やってたからなって俺が調教師なら解釈しちゃいそう 実際は血族やタンポポチャさんとの触れ合いでリフレッシュしてんだろうけど
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