91:オールカマー 実況とその後の騒動 前編
『晴天に恵まれたこの中山競馬場、秋の天皇賞優先出走権を賭け、第※※回GⅡオールカマーが今まさに開催されようとしております。
今年のオールカマーは地方競馬からは8月に行われた黒潮杯を勝ちましたカゴシマホマレ、昨年の皐月賞勝利馬ミチノクノタビの2頭が参戦しております。
しかし、今年は何と言っても春の天皇賞、宝塚記念を勝利し、牝馬初の天皇賞春秋制覇を狙うミナミベレディー、放牧明けのレースでの勝利がない中このオールカマーで初のGⅡ勝利となるのか! トカチマジックは毎日王冠、ファイアースピリットは京都大賞典などへ出走を決める中、このオールカマーでミナミベレディーの勝利を阻む馬はいるのか・・・・・・』
モニターで実況が始まり、馬見調教師達は先程までのミナミベレディーの様子をモニターで注視していた。
「やはり集中できていないな」
「そうですね、やはり何処となくいつもと違いますね」
鈴村騎手がミナミベレディーの首をトントンと叩く様子が見える。
これは、今までのレース前にはあまり見られない仕草だった。もともとミナミベレディーはのんびりとした馬だが、レース前にはちゃんとレースに向け気持ちを高めている。その一番よい例は北川牧場の桜花ちゃんが見に来ているときだというのだから笑えないのだが、そうでない時もきっちりと勝利に向けて意識を研ぎ澄ましているような所がある、
「今回はべレディーがレースに意識が向いていない気がするな」
「そうですね、やはり放牧明けというのが有るんですかね?」
蠣崎の言葉に頷く馬見調教師だが、そういう意味でも最近感じるミナミベレディーの成長が意味をなしてくる。
「まあ、本番前の一叩きが出来る様になって良かったと思うか。今日は怪我なく帰ってきてくれれば良いと思おう」
「そうですね、本番まで一ヶ月ちょっとですからね」
そう話していると、ファンファーレの音が聞こえてきた。
『無事、各馬揃いましてスタートしました! なんと5番ミナミベレディー出遅れとは言いませんがスタートが遅れた! ここで先頭に立つのは2番オリバーナイト、好スタートを切りました。外から11番カゴシマホマレも押し出してくる。7番ダークレインも悪くないぞ。各馬一斉に先頭争い、ミナミベレディーは先頭争いからやや下がって8番手から9番手、これは思わぬ展開!
これはミナミベレディー陣営の計画通りなのか! 逃げ馬ミナミベレディーが今日は逃げずに中団待機に戦法を変えてきた! 未だに先頭争いが続く中、最初の坂から1コーナーへ入ります。ここからは緩やかな上りだ、ここで漸く馬群は縦長に展開していく。
そして2コーナーから緩やかな下りに変わって各馬の脚も自然と速くなる。ここで動いたのがミナミベレディー、前の馬をゆっくりと1頭1頭と躱しながら現在5番手。
向こう正面の直線、先頭は2番オリバーナイト、そのすぐ後ろに11番カゴシマホマレ、3番手にダークレイン、その横に13番ネクロミア、1馬身後ろに5番ミナミベレディー、今までのレースから一転し先行差しを狙うのか!
各馬緩やかな坂を下り3コーナーへと入りました。依然ミナミベレディーに動きはない。代名詞のロングスパートに入ることなく行くのか! ここで後方の馬達が前へと距離を縮めて来ます。
ミナミベレディーの前を走るネクロミアの鞍上日比野騎手、ミナミベレディーのスパートを警戒してかしきりに後方を確認します。おっと! ここでミナミベレディーに手鞭が入った! ミナミベレディー一気にスパートするが、コーナーからやや離れるように直線的に進む!
前の馬を交わすにはややコースが変だ! これは逸走か? どうなんだ! ここで前を走るネクロミアが大きく外へとよれた! しかし、ミナミベレディーその横を大きく距離をロスして直線に入った!
何だこれは! 鞍上の鈴村騎手、ネクロミアがよれるのを予期したかのような騎乗! 審議です! 審議のランプが早くも点灯しました! 先頭は変わらずオリバーナイト! ほぼ差がなくカゴシマホマレが並走、まもなく最後の坂、ここでダークレインは足が止まったか! ミナミベレディー懸命に先頭を捉えようと駆ける! 後方から一気にオーガブラザーが上がってきた!
ミナミベレディー、再度強烈なスパート! 坂を一気に駆け上がって先頭を捉えた! 残り半馬身、これは抜き去るか! どうだ! 捉えるか! 抜けた! 抜けた! ミナミベレディーゴール前で一気にオリバーナイト、カゴシマホマレを交わし首差でゴール!
勝ったのはミナミベレディーだ! それも、ロングスパートでもない! 大逃げでもない! 中団から一気に前を走る4頭を抜き去ってのゴール! 末脚の切れを不安視されていたミナミベレディーがまさかの差しきり勝ちだ! 秋の大一番を前に、ミナミベレディー、新たな武器をまた一つ手に入れた!』
「おいおい、勝てたのは良いが、なんだ今のレースは! 明らかに妨害行為だぞ!」
「レース中から頻りにミナミベレディーを気にする仕草をしていましたよね。絶対に故意ですよあれは!」
レースを見ていた馬見調教師と、蠣崎は最後のコーナーでのネクロミアの外への膨らみが騎手によって行われた事を確信していた。近年、中央競馬では少なくなったが、過去には良くとは言わないがレースに金銭が絡むがゆえに発生していた事案だ。
「鈴村騎手も嫌な予感がしてのあのコース取りだったんでしょうね」
「そうだな、ちょっと行ってくる」
審議のランプが点灯したことからも、競馬協会のほうでも把握しているだろう。しかし、こちらとしても協会に厳重に抗議しなければ、下手をすれば人の、そして貴重な馬の命に関わる事だ。
馬見調教師は、顔を真っ赤にして協会事務所へと向かうのだった。
◆◆◆
ゴールしてミナミベレディーを停止させた香織は、とりあえず無事にレースが終わったことにホッとしていた。
あの騎手が行った手綱捌きはしっかりと覚えている。あれはべレディーが外へとスパートを掛けたための動揺でのミスなどではない。明らかに意図しての手綱捌きだった。それは即ち故意に全力疾走中のミナミベレディーに馬をぶつけようとした事に他ならなかった。
「絶対に許さないんだから!」
「ブヒヒヒン!」(すっごいムカつくの!)
ミナミベレディーも首をブンブン振って怒りを現している。こんなミナミベレディーを見るのは初めてだが、やはりミナミベレディー自身もあの動きに危機感を覚えたのだろう。
周りを見渡すと、さっさと検量室へと入っていく件の馬の姿が見えた。
香織は、必死に心を落ち着けながら、そして憤っているミナミベレディーを宥めながら手綱を操り検量室へと向かう。
そして、香織が検量室へと入ると、奥の方で何か騒動が起きているのがわかった。
ただ、馬達が驚き怪我をしたりしないように怒鳴り声などは抑えられている為、何が起こっているのかわからない。とにかく、香織は検量を終えて先ほどの騎手へと抗議に向かうことにする。
「もう一回言ってみろ! わざとじゃ無いだと! 俺達がそんな事も気がつかない馬鹿だと思ってるのか!」
「あれがわざとじゃ無いなら貴方は騎手を辞めたほうがいいですね。まあこの後の結果次第では騎手資格剥奪だと思いますが?」
「うるさい! 何で関係ないお前たちにそんな事を言われないといけない! お前ら関係ないだろうが!」
喧騒が起きている場所へと香織が足を踏み入れると、そこでは例の騎手が香織の知る美浦所属の騎手達に囲まれているのが見えた。
「俺はモニターで見てたんだがな、あそこまで露骨にされたら嫌でも気がつくわ。やるにしても下手すぎですね。貴方は地方競馬に来れませんよ。地方の騎手はもっと巧妙ですよ?」
見たことのない、恐らく言動から行って地方競馬から来ている東浦騎手なのだろうけど、思いっきり不穏な発言をしている。ただ、どうやら先程の行為に気がついた美浦所属の騎手達が問い詰めてくれているようだった。
「あれは、明らかな妨害行為です。思いっきりべレディーにぶつけようとしましたよね?」
香織も、輪の中に入ってその騎手を問い詰めることにするが、その騎手の顔に見覚えが無かった。
前後編に分けちゃいました。
実況が入って長くなっちゃったので><
といいながら、この騒動の落としどころを必死に考えていたりします。
完全な故意だとしたら、傷害未遂事件にならないの? とか、色々考えちゃって、書いたあとでしまったと後悔していたりw




