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87:サクラヒヨリと紫苑ステークス

 香織は、パドックで停止しているサクラヒヨリへと駆け寄り鼻の上を優しくなでた。そして、何時もの様にサクラヒヨリへと話し掛けて落ち着かせる。


「うん、落ち着いているね、ヒヨリは良い子だね」


 そう言って語りかけながらサクラヒヨリの状態を確認するが、レースだというのが判っているようで程よく気合が入っているように見える。


「うん、大丈夫だね。頑張ろうね」


「キュフフン」


 サクラヒヨリの返事に思わず微笑んで、サクラヒヨリへと騎乗する。


「鈴村騎手、今日も頼むぞ」


「はい、頑張ります」


 サクラヒヨリの引き綱を持つ武藤調教師に、香織はそう返事を返す。


 そんな香織はふと2頭ほど前でやたらと気合を入れて頭の上げ下げをしている馬に目がいく。そして、その馬のゼッケンに書かれた名前を見て唖然とする。


「鈴村騎手、どうした?」


「いえ、あのやたら掛かってる馬なんですが、名前がミラクルシアターって、一応チェックはしましたし、同じオーナーなだけで血統は別ですから気にしなかったんですが」


「ん? ああ、しかし大丈夫だろう。まさかなぁ、去年の再現なんか起きたらまさにミラクルだぞ?」


 そう苦笑する武藤調教師だが、何となく嫌な予感がする。もっとも、昨年と違いミラクルシアターは6番のゼッケンを付けている為に幸いなことに真横ではない。


「そうですね、ゲートも一つ離れていますから」


 そう思うと意識を切り替えて今日のレース展開をイメージする。


「キュフン」


「あ、ヒヨリ、大丈夫だよ。ヒヨリは良い子だね」


 恐らく武藤調教師と香織との遣り取りで何かしら不安を感じたのだろう。サクラヒヨリは若干落ち着かない挙動を見せたため、香織は慌てて首をトントンと叩きサクラヒヨリを落ち着かせるのだった。


「さて、本馬場入場だな。此処からはサクラヒヨリと鈴村騎手に任せたぞ。悔いが無いレースをしてくれ」


 武藤調教師もあえて明るい感じで激励し、引き綱を外す。

 そして、それを待っていたかのようにサクラヒヨリは本馬場へと駆け出していくのだった。


 ゲート前では各馬がぐるぐると円を描いてゲート入りを待っている。

 ただ、今までのレースと明らかに変わってきているのは、どの騎手達も香織の、そしてサクラヒヨリの状態を窺っているような視線を感じることだ。

 昨年の紫苑ステークスの時と同様に、今回もサクラヒヨリはグリグリの1番人気だった。そして、それ以上にミナミベレディーのここ2レースの勝ち方が強く、その為にサクラヒヨリも警戒されていた。


 うわぁ、今まで以上に厳しいレースになりそう。へたに内に付けたら馬群に沈められそうだね。


 サクラヒヨリの武器は、奇しくもミナミベレディーと同じスタート力とロングスパートだ。全姉の活躍を見るからにスタミナもあるだろう。その為、先行させるのは脅威と思われているだろう。


「その分、直線での末脚は今ひとつと思われているんだろうけどね」


 ただ、ミナミベレディーがそうであるように、サクラヒヨリも歳とともに次第に馬体が完成してきており、流石に一流スプリンターや一流マイラーに敵わないまでも、そこそこの末脚になってきている。


「GⅠ馬クラスには敵わないんだろうけどね」


「キュヒヒン」


「ん? 大丈夫だよ、ヒヨリは可愛いね」


「キュフフン」


 サクラヒヨリの首を優しくトントンしていると、ようやくファンファーレの音が聞こえてきた。


 奇数番号の馬から順番にゲートへと案内されていく。そして、8番のサクラヒヨリもゲートへと誘導される。ただ、サクラヒヨリはミナミベレディーと違いゲート内では不安を感じるので、首をトントンしながら声をかけ続ける。

 そして、最後の馬がゲートへと誘導されるのが見えた。


「そろそろだよ」


 声色を変え、サクラヒヨリにゲートを意識させる。


ガシャン!


 大きな音とともにゲートが開き、サクラヒヨリは一気にゲートから飛び出した。


「うん、ベストなスタート!」


 8番という事で、このスタート後の長い直線で先頭へと進みたい。その時、スタート直後に通過する観客席から歓声が沸きあがった。サクラヒヨリはあまり歓声を気にしないが、ここでこの歓声に思いっきり影響された馬がいた。


「うわ、6番が凄い勢いだ」


 内へと寄る為に後方を気にしていた香織は、慌てて内へ寄る事を止める。その後方から凄い勢いでミラクルシアターがサクラヒヨリの横スレスレを通過して駆け上がっていく。


 ただ、この為にサクラヒヨリは思うように内に寄る事が出来ず、更には内側にいた先行馬達も前へ前へと進むために思ったような位置取りに入れない。そして、各馬がバタバタとした展開の中、コーナーへ向けての上り坂に差し掛かった。


「ミラクルって名前には祟られているかもしれないわ」


 思わずそんな言葉が零れる中、サクラヒヨリは坂を意識してピッチ走法へと走りを切り替える。

 やや外寄りに距離をロスしながら、第一コーナーへと入る。この段階で自然とサクラヒヨリは前から6番手の位置へとつけた。


「う~ん、予想と違って流れ的には速いね?」


 サクラヒヨリを先行させず、馬群に囲うようなレース展開に持ち込んでくると思っていた。そして、実際にサクラヒヨリを先行させないようにと内にいる先行馬が前につける展開になった。

 しかし、ここでの誤算はミラクルシアターが掛かって飛び出したために内の馬達も釣られて馬群が縦長に展開した事、それに合わせて全体のスピードが上がった事だろうか。


「後ろ正面に入るまでに、もう少し前に行くよ」


 サクラヒヨリの手綱を扱いて、コーナーを使って更に前へと進む。

 その間にも、後方からも馬がサクラヒヨリの後方に進んでくるのが判るが、サクラヒヨリが内を走る馬に並びかける状態の為に抜き去る事も、内へと蓋をする事も出来ない。


 その間にサクラヒヨリは坂を利用して前に出ようとする。しかし、内に入った馬も同様に並走する形で前に進んでくる。ただ、前の馬が内にいる為にサクラヒヨリはその外を通る形で前へと進む事が出来た。


「よし、2コーナーからは緩やかになるからね。向こう正面では息をいれるよ」


 ただ、先頭に立つミラクルシアターは更に5馬身程前に付け、そのすぐ後方にも2頭の馬が今は落ち着いたテンポでラップを刻んでいる。


 サクラヒヨリは目の前の馬を交わし4番手の位置へと進めると、向こう正面の直線へと入った。


 ただ、ここで後続の馬に動きが出る。

 サクラヒヨリをマークしていた馬はサクラヒヨリを追うように前に出て、サクラヒヨリの真後ろへと付ける。そして、後ろから更に馬が上がって来る。しかし、前を走る馬が比較的離れている為に今の所囲まれるような状況にはなっていない。


「それにしても、嫌な感じね」


 息をいれる為にサクラヒヨリのペースを落とす。すると、サクラヒヨリの横へ並走する様に馬が上がって来る。後ろにピタリと付けた馬とでサクラヒヨリにプレッシャーを掛けて来ていた。


「ヒヨリ、気にしなくて良いからね。今はしっかり息をいれるんだよ」


 香織はサクラヒヨリに負担にならないよう心掛け、出来るだけ穏やかな声で話しかける。

 しかし、サクラヒヨリは香織が気にする程には周りの馬を気にした様子が無い。


「あれ? もしかして、フィナーレを鍛えるのに自分が同じ立場にいたから?」


 北川牧場で、後ろや横にミナミベレディーとサクラヒヨリがぴったりとついて、サクラフィナーレを鍛えていたと聞いている。そして、その実際の映像も武藤厩舎で見させてもらっている。


 何処となく余裕すら感じさせながらサクラヒヨリは向こう正面の直線を走り、前の馬に続きながら3コーナーへと突入していく。


「4コーナー途中からスパート掛けるよ」


 香織はサクラヒヨリにこの後の予定を告げる。しかし、その前に前を走っていたミラクルシアターの脚が明らかに鈍り、ずるずると下がり始めるのが見えた。


「せめて最後の直線まではもって欲しかった」


 此の侭では前を塞がれるかもしれない。

 もっとも、4コーナーを過ぎれば全体に横へと広がれば良い為、判断が難しい所だった。


「ヒヨリ、行くよ!」


 サクラヒヨリの外を走る馬が3コーナーで少し遅れたタイミングで、サクラヒヨリを一気に前へと押し出す。そして、前の二頭がそれ程外へ膨らむとは思えない為、サクラヒヨリを加速させて直線の中ほどへと位置取りをした。


「頑張って! 私も頑張るから!」


 ストライド走法でスパートを掛けるサクラヒヨリは、すでに脚を残していない前2頭をあっさりと抜き去り先頭に立つ。その後方では真後ろへと付けていた馬が最内へと馬を進めるが、前に立ちふさがったミラクルシアターを抜く為にスパートがワンテンポ遅れた。


「最後の坂で走りを変えるからね!」


 必死にサクラヒヨリの頭の上げ下げを補助しながら、香織は必死に手綱を扱く。

 サクラヒヨリはその指示に素直に反応して前へと更に加速した。


「坂だよ! ベレディー!」


 いつもの坂の合図に反応し、サクラヒヨリはピッチ走法へと走りを変えた。

 そして、力強いステップで坂を一気に上り切ってゴールへと駆け込むのだった。


「すごい! ヒヨリ、いつの間にこんなに力を付けたの!」


 確かにメンバーに恵まれたし、展開にもある意味恵まれたのだと思う。それでも、サクラヒヨリはまったく危なげなく後続に一馬身の差をつけてゴールへと駆け込んだのだ。


「すごいよ! ベレディーより安定してる?」


 何となくだが身体能力はベレディーより上のような気がして、嬉しい様な、何とも言えないような、複雑な気持ちになる香織だった。

もし、ベレディーとヒヨリが同じレースに出るとしたら鈴村騎手はどちらを選ぶのでしょう?

というちょっと意地悪な展開に?(ぇ

という事で、ヒヨリちゃんは危なげなく勝ち切っちゃいました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全姉とよく似た何なら純粋な身体能力は上っぽい全妹が同じレース走るとかそれは確かに警戒する その全姉がG14勝しかも牡馬と混合で完勝しているとか >サクラヒヨリはあまり歓声を気にしないが、…
[良い点] ヒヨリが勝ってほっとしました。 武藤調教師と助手さんがフラグを立てていたので負けてしまう展開なのかと思っていました。 安定感に加えて雨にも多少は強いですし、耳元で「ベレディー」って言ってお…
[良い点] ヒヨリに貫禄が付いてきましたね、ここでよを持って勝てると言う事は、本番でも勝ち負けに持ち込める力があるって下馬評が主流になる? まあ、オークスの活躍馬や夏に力を付けるのが上手く行ったライバ…
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