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80:大南辺さんと・・・・・・

 雨の降る中、傘を差しながらもミナミベレディーの表彰式が無事に終わる。雨の中での表彰式に終始ミナミベレディーはご機嫌斜めで早く馬房に戻りたそうな仕草をするのを鈴村騎手が宥めているのが印象に残った。


 流石に、これくらい時間が経つと大南辺の興奮も静まっている。

 中盤からの展開にテレビの事など頭からすっ飛んだ大南辺は、モニターの前で盛大にミナミベレディーを応援し、最後のゴールの瞬間には雄叫びを上げていたのだ。

 その傍らで妻が必死に腕を引いていた事さえ気が付いていなかった。


 大南辺とその妻の道子は、今日も二人で宝塚記念に観戦に来ていた。

 妻は相変わらず競馬には今一つ興味が無い様子で、今日も来て早々に馬ではなく馬主達との交流に精を出している。今では恐らく大南辺よりも知人が多いのではないだろうか。


「いやぁ、春の天皇賞に引き続き宝塚記念優勝ですか。これは今年の秋が楽しみですね。いまや年度代表馬の第一候補ですな」


「秋の天皇賞に勝てば、牝馬初の天皇賞の春秋制覇ですね。これ程の馬を手にされて羨ましい」


「実際の所、芝2000mは如何ですかな? 中々に有力牡馬が控えています。ましてや、GI5勝しているタンポポチャ号の動向も判りませんよ? ところで、タンポポチャ号と良く併せ馬を行うそうですが」


 大南辺の元にも多くの馬主達が今回の勝利を祝しにやって来てくれるが、妻の所へ向かう者達と違い、どちらかというと単純な祝福のみではなく、嫌味や妬み、それ以上にミナミベレディーが強くなった秘訣や方法に探りを入れようとする者が多い気がする。


「奥様はあまり競馬にご興味がなさそうなご様子ですね」


「ええ、あれは競馬のルールすら怪しいのではないでしょうか?」


 恐らくだが、妻なら何か簡単に情報を漏らすかと話しかけたのだろう。ただ、予想以上に知識が無く、話すら成り立たなかったのではないだろうか。何せ競馬場へは来るようになった妻であるが、未だに一度たりとも馬が放牧されている牧場や美浦トレーニングセンターにすら足を運んだことは無い。


 祝ってくれる人達も、大南辺にテレビカメラが1台張り付いている御蔭でグイグイと来ることが無いのは助かったが、早々に妻を連れて表彰式へと向かうのだった。


「ねぇ、あなた。さっき十勝川さんからお聞きしたんですけど、北川牧場の支援をされる事になるみたいよ。私達も何か噛ませて貰いましょう」


「ん? ああ、そういえばお見合い会をしたのだったな。そうだな、あとで十勝川さんとも話し合ってみるか。ミナミベレディーには本当に夢を見させてもらっているからなあ。それに、あの馬にも、あの牧場にも不幸は似合わないからな」


 賞金は勿論だが、それ以上に自分はこれ程までに夢を見させてもらっている。個人馬主であるが故に夢を追いかけて来た。その夢を幾つも達成し、今なお追い駆けさせてくれているミナミベレディーに感謝の念が堪えない大南辺であった。


◆◆◆


 ただただモニターを羨望の眼差しで見つめていた。

 テレビの中では鈴村騎手が宝塚記念を女性騎手でありながら、愛馬ミナミベレディーに騎乗し圧倒的な力を見せてゴールを駆け抜けた。その姿を焼き付ける様に見続けているのは、篠田厩舎所属の浅井騎手。今年3年目に入る女性若手騎手だった。


「はあ、凄いなぁ。一度鈴村騎手とお話をする場が欲しいな」


 厩舎に所属している為にお手馬も有り、必死に駆け抜けた一年目。廻して貰えた馬の御蔭も有りデビュー後2か月で5勝と同じデビューをした同期の中でも優秀な成績を残した。しかし、その後は思うように勝ち鞍を上げる事が出来ず、結局1年目の勝利数は11勝で止まってしまった。

 何度か掲示板に上がりはするのだが、どうしても勝ちきれない。勝つことに対する焦りを感じ始めている中での2年目。鈴村騎手が偶々自身も乗鞍があった阪神競馬場で、目の前で、桜花賞で勝利をおさめたのだ。


 これで憧れるなと言う方が無理だよ。


「美浦所属だったらもっと話す機会もあるのかなぁ」


 栗東トレーニングセンターに所属する騎手達は比較的交流の機会も多い。調整ルームなどでも良く会話をしているが、どうしても栗東と美浦で集まる傾向にある。もちろん幾度か鈴村騎手と会話をした事もあるが、自分が緊張してしまうのと、鈴村騎手は他の騎手と交流する事が苦手という事も有り親しいかと言われると電話番号すら交換していない身では親しくないと答えざるを得ない。


「フリーなのに普段も馬見厩舎に籠って調教のお手伝いをする事が多いって聞くけど、もしかして馬見厩舎に恋人さんでもいるのかなあ」


 馬見厩舎の事は全然知らない浅井騎手は、栗東で流れる噂以上の事は把握出来ていなかった。そして、栗東の騎手達の間では、かなり前から鈴村騎手はすでにお相手がいるという噂が流れていた。


 もっとも、その噂は美浦所属の騎手達が、鈴村騎手がデビューして3年ほどした頃にこれ以上のライバルを増やさない為に牽制で流した噂だったのだが。すでにその頃から7年以上の月日が流れているが、未だにその噂は効果を持っていたのだ。


「ああ、いい馬に出会いたいなぁ。でも、その前にもっと騎乗が上手にならないとだし、見習い期間が終わるのが怖いなぁ」


 鈴村騎手の様に見習い期間が開けてすぐに重賞を勝つことは難しいだろう。そして、6年目に重賞勝ちをした鈴村騎手ですら、100勝を越えるのにデビューから10年の月日を必要としたのだ。


 1年目で11勝、2年目は13勝、新人としてそこそこ順調に見えた2年であったが、この3年目の今年はまだ4勝止まり、しかも今年自分のお手馬となる馬で勝ち鞍を計算できる馬はいない。それでも、まだ斤量マイナス4kgの御蔭で騎乗依頼は多い。ただ、それも今の厩舎に所属している御蔭であった。


「鈴村騎手みたいにフリーになる勇気も無いなぁ」


 ミナミベレディーの噂は当初から栗東でも噂になっていたが、騎手達の間ではあまり評価は高くなかった。特にステイヤー向きの馬体の牝馬との事で、血統から言っても良くて牝馬限定のGⅢを勝てるかどうかとの評価だった。どちらかと言えば、その騎手に鈴村騎手が態々選ばれ抜擢された方が話題になっていた。


 女性騎手のマイナス2kg目当て、オープン馬になれば乗り替わるだろう。そう言われていたのに2歳のアルテミスステークスで見事に主戦を務め、初のGⅠでは流石に緊張からかミスをしての掲示板外。

 この時、誰もが乗り替わりになるだろうと思っていた。


「そのまま主戦で続投って聞いた時は吃驚したなぁ」


 しかし、その後はGⅠでのミスを返上するかのような桜花賞勝利。

 女性騎手として初のGⅠウィナーになる。


 目の前で行われたレース、桜花賞でミナミベレディーがゴールを駆け抜けたとき、浅井騎手は思わず地面に座り込んでしまった。あまりのことに腰が抜けたような状態になった。


 自分の憧れ、将来の夢が目の前のそこにはあったのだ。


 その後も、ミナミベレディーのみならず、全妹のサクラヒヨリで2年連続、2度目の桜花賞勝利。今まさにテレビで番組すら組まれるほどに鈴村騎手は遠い人になってしまった。


「あのテレビ番組も、どうせなら対談とかさせてくれれば良いのに」


 同じ女性騎手ということで、浅井騎手のところにもインタビューは来た。ただ、残念ながら女性騎手同士の対談はなかった。

 もっとも、番組の主体は馬であり、騎手の鈴村ですら主戦であるから番組に出ているだけだ。実際は鈴村騎手のマスコミへの対応がもっと流暢であれば鈴村騎手にもスポットが十分当たる可能性もあったのだが。

 なにせ日本における女性騎手初のGⅠジョッキー。それもすでにGⅠを5勝もしているのだから。


「あ、そういえば細川さんと電話番号交換したから、細川さんに相談してみようかな? 確か親友だって言ってたよね」


 細川嬢、いつの間にか自称友人から自称親友にグレードアップしていたのだった。


もし、最初の運命が浅井さんを選んでいたら、どうなっていたのかな?

あ、でも勝利数が足りないからGⅠ騎乗出来ないですね。

もっとも、馬見厩舎の人達も、誰もGⅠに出るなんて当初は思ってなかったんですけどねw

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― 新着の感想 ―
[良い点] レース直後の大南辺さんのリアクション大好きです♡(*´ω`*) 奥様はお疲れ様です…(笑) トッコさんの今回のレースでの記録結構な期間残りそうですよね リアルの宝塚記念と同じレコードタイム…
[一言] トッコがなかなか出てこない……トッコがどんな心境で牧場に戻るのかが楽しみです。 更新ありがとうございます。
[一言] 10年でG1を5勝できるジョッキーがどれだけいるか考えるとすごく恵まれてるなあ。
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