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79:宝塚記念 その後

 ミナミベレディーがゴールを駆け抜けた瞬間、武藤調教師は自厩舎のテレビの前で何も言わずストンと椅子へと腰を落とした。

 先日の春の天皇賞でミナミベレディーに対する評価を一転させた武藤調教師であったが、今日のレースにおけるミナミベレディーの走りにただ脱力したのだ。


「何だ今の走りは、いくら何でもあそこまで脚が持つわけがない」


 中盤からゴールまでの間に、明らかにミナミベレディーは騎手の指示を受け付けずに暴走していた。当初鈴村騎手もミナミベレディーを抑えようとしたが、馬の状況を見て難しいと判断したのだろう。そこからは終始馬に負担の少ない騎乗スタイルをとり、最後の坂においても補助による無理な頭の上げ下げは行っていない。

 それでいて2着に入った馬との差が3馬身だ。しかも最後の直線の上がりタイムは未発表の今は判らないが、恐らくはトカチマジックなどの追い込み馬と然程変わらないタイムなのでは無いだろうか?


「相馬眼にどんどん自信が無くなって行くな」


 武藤から見ると、ミナミベレディーとサクラヒヨリは父母が同じだけあって非常に似た馬であった。そして、最初に見た時の印象も姉妹揃って良くてGⅢが勝てるかどうかといった印象だったのだ。まさか、その姉妹が揃って桜花賞を勝てるなど今でも信じられない。その姉など今日の勝利でGⅠ4勝馬となる。


「はぁ、まあサクラヒヨリは秋に期待できるとして、こっちがなぁ」


 武藤調教師の目の前にある作業机の上には、サクラフィナーレと書かれた調教日誌が置かれていた。

 調教牧場へと送られ、その後はこの美浦トレーニングセンターへと入れられたサクラフィナーレは日々調教を積み重ねているが、何と言っても仕上がりが遅いのだ。


「まあ、今までもキレイの産駒はみんなこんな感じだったんだが、ミナミベレディーとサクラヒヨリの所為で期待がでかくなりすぎだよな。手応えから言って、フィナーレは良くてオープンまでだぞ」


 そう言いながらもサクラハキレイ産駒に対する自分の評価に自信が持てなくなっている武藤調教師は、明日になったら馬見厩舎へと訪問し、思い切ってミナミベレディーの帰郷に合わせる形で一旦サクラフィナーレを北川牧場で放牧させる事を決断するのだった。


◆◆◆


 うそ! 凄いよ! 勝っちゃったよ! ベレディーすごい!


 細川は、自分が大好きな馬であるミナミベレディーがこの宝塚記念で勝った事に驚きと共に嬉しさが倍増していくのだった。

 

 そんな内心の感情を悟られないように、それでも喜色溢れる表情で細川はテレビカメラに向かってミナミベレディーの勝利を大々的に宣伝する。4歳ですでにGⅠを4勝、その全妹であるサクラヒヨリの姉妹による2年連続桜花賞勝利にも触れ、これが如何に凄い事かを改めて、テレビを見るであろう競馬を知らない世代に対しても判り易い様に、そしてコミカルに伝えていく。


「そして、なんとワタクシ細川は、この後にですね~北川牧場代表代理で宝塚記念の表彰式に出席しちゃうのです! すごいでしょ~~~! 私はもうすっごく楽しみです! 今もすでにワクワク感が溢れちゃっています!」


 芸能界に入って早くも10年以上、今もアイドルとして活動しながらも最近では新しく出て来たアイドルグループなどに押され、人気も今ひとつ伸びを欠いていた。

 その中で偶々話が来た競馬番組のレポーターの話が今に繋がっている。ハッキリ言って競馬には何の興味も無かったのだが、必死に勉強した。そして、番組では俄かではあるが馬が好きだとアピールした。そして、何時の間にか競馬アイドルなどと呼ばれるように成れた。


「何と言っても北川牧場とミナミベレディーに出会い、番組そっちのけで馬に興味を持つようになったもんね」


 馬は何と言っても人の表情や仕草で相手を判断する。一見、ポーカーフェイスに見えながら馬に恐怖を抱いていたりすれば簡単に見抜いて来る。そして、一度侮られると大変なんだそう。


「ミナミベレディーは最初からすっごく人懐っこくて、氷砂糖を貰ったらダンスをするし」


 初めて馬見厩舎でミナミベレディーに出会った時の事を思い出してついニマニマしてしまう。


 ただ、細川がミナミベレディーに今ほどにのめり込んだのは、何と言ってもミナミベレディーが前評判が低い中を必死に走っている姿があったからだった。そして、他の素質馬や前評判の高い良血統の馬達を抑えての勝利に心が躍らない訳が無い。

 今の自分に重ねてしまうのも仕方が無いと思っている。だからこそ、ミナミベレディーの活躍は本当に嬉しいし、自分はただ見ているだけでなく表彰式にも参加させて貰える。


「嬉しいなぁ、贅沢だなぁ」


 そんな事を思ってモニターを見ていると、ADから声が掛かる。


「細川ちゃん、そろそろ表彰式の方に移動してね」


「は~い、判りました」


 自分とは違い淡々と映像を撮っている。この人達は今のレースを見ても何も思わないのかな? それとも、思っていても仕事で表に出さないのかな? 今度、香織ちゃんと色々お話しよう!


 そんな事を思いながら、細川は気持ちを切り替える。


 ADの指示を受けて急いで移動を開始する。自分に合わせてカメラさんやマイクさんもゾロゾロと移動を始め、周りにいる人達が自分の名前を話し合っているのを聞いて笑顔で手を振る。


「細川さ~ん、何時も見ているよ~」


「応援してるぞ~頑張れよ~」


「雨だけど頑張れよ~」


 若い世代に限らず、中々に濃い感じの中年のおじさんまでが笑顔で声援を送ってくれるのに会釈し、手を振り、表彰式へと向かう。


「あ、そういえば雨の日の表彰式は初めてだなあ」


 そんな事を思いながら。


◆◆◆


「くわ~~~~! おい、鷹何やってるんだ! 追い出しが遅いだろうが! それで交わされるとか何やってんだ!?」


 残念ながら宝塚記念に出走馬を送り出せていない磯貝厩舎では、テレビでレースを観戦しながら磯貝調教師が賑やかに騒いでいる。磯貝厩舎としては、ミナミベレディーの宝塚記念勝利は何としてでも止めて欲しい、今回、鷹騎手は乗り替わりでキタノシンセイに騎乗していた。その為、ミナミベレディーに対して何とか囲い込もうと動いたのは判っていた。ただ鈴村騎手の判断は早く、囲まれる前に先頭に並びかけに行った。

 そんな鷹騎手はトカチマジックに騎乗するロンメル騎手にも、他の騎手達にも諄い程にミナミベレディーのロングスパートの怖さを話しておいたという。しかし、実際には単独での先行を許す結果になったのは、恐らく鷹騎手の言葉が逆に警戒されたのかもしれない。


「いいか、理想とするのは金鯱賞だ、あの時の様に馬群の内に入れてロングスパートさえさせなければミナミベレディーは怖くない」


 段々と判って来たあの馬の怖さは、何と言ってもあの良く判らん持久力だろう。馬の常識から言って、1頭だけの先頭では自ずとスピードはそこまで上がらない。それを覆すあの速度を維持したスパート力。そして、次に怖いのはあの粘りだ。これも差し馬が横に来てからの意味の分からない粘りと更なる加速。この二つが合わさって初めてあの恐るべきロングスパートが成り立っている。

 ただ、勿論ミナミベレディーにも弱点はある。その弱点の最大のものは末脚の平凡さだ。この点だけを言えばタンポポチャが圧倒出来ていると言い切れるが、残念ながらオークスを勝利したタンポポチャではあるのだが肝心の適正距離は芝1600mだろう。

 ミナミベレディーがもしオークスに出走していたとしたら、8割近い確率で負けていたのではないだろうか?


「しかし、不思議なもんだな。適正距離が芝1600mのタンポポチャがオークス馬で、適性が恐らく2200m以上のミナミベレディーが桜花賞馬だからな」


 実に現実とは皮肉に溢れているのがこれだけでも判ると言うものだ。

 ただ、ここから問題となるのは、タンポポチャではジャパンカップも有馬記念も勝てないという事だ。芝2000mの天皇賞秋であっても混合戦では厳しいだろう。


 春においてタンポポチャの差し脚を以てしても勝てなかった大阪杯が頭に過る。タンポポチャ陣営としては理想的な展開、馬場も良馬場、なんらマイナス要素の無い中で最後は差し切れずに終わった。

 あれはやはり距離の問題もあった、もし芝1800であれば勝てていたかもしれない。磯貝厩舎の面々はそう分析していた。


 そして、マイルへとレースを切り替えてのヴィクトリアマイル、安田記念を走ってマイルであれば古馬達にも通用すると陣営は自信を持った。ただ、それではもう最優秀4歳牝馬にはなれない。春の天皇賞、宝塚記念を勝ったミナミベレディーを越えるインパクトが無いのだ。


「今の走りを秋にされたら、もう1個くらいはGⅠを取りそうだしな」


 流石に馬の実力だけでGⅠを勝てるわけでは無い。


 秋のGⅠ戦線ではガチガチにマークされるだろうし、多少無理をしてでもミナミベレディーを馬群に閉じ込めようとして来るだろう。


「ただなぁ、スタート巧者の逃げ馬だからなぁ」


 ある意味、一番状況に左右されにくいと言っても良いのがミナミベレディーと言っても過言では無いだろう。それでも同じレースで戦うとしたら、勝つ可能性があるのは秋の天皇賞くらいだろう。


「タイトルに拘らずに行くか、他のタイトルを狙うか、オーナーと打ち合わせしないとだが、秋のレースはもう一度練り直しだなぁ。GⅠを5勝している馬でなんで此処まで悩むことになるんだ?」


 ここでも、ミナミベレディーの宝塚記念勝利で大きく溜息を吐く人が居るのであった。

転生競馬のお話の「おおそといっき」が最終回を迎えていました><

この後、後日譚みたいなのはあるとの事で、楽しみにしています!

お話の中の掲示板楽しいんですよね。憧れるんですが、私には無理だぁと断念しちゃったのです^^;


このお話は競馬小説を書き始めるきっかけになったお話の一つです。最後の感想で推していただきました!

改めまして、ありがとうございます。m(_ _)m


ちなみに、これは本当の偶然なんですが、サクラハヒカリの産駒で、現在繁殖牝馬にミユキガンバレっているんですが、ミスプリに騎乗されている騎手お名前が・・・・・・

実は途中で気が付いたんですが、お馬さんの名前に苦労しているので、何となく頭に残ってたのかな?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 距離が長い分適性が偏る3200mの春天と違って宝塚って2200mかつ実力馬が揃うからその中で勝つって物凄いんですよね 距離的に他のレースも期待出来ますし しかし追い込み馬と直線上がりタイム…
[良い点] 後書きにある別の小説で、作者さんがこの作品をおすすめしていたので読ませていただいています。
[良い点] 細川さん癒しをありがとうございます! 馬体見てもなんで走れるかわからない馬あるある! 秋のタンポポチャ様への期待感増々!! [気になる点] タンポポチャ様が負けたのは距離適性の問題なのかな…
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