7:何か問題があるみたいです
前走からまた調教牧場へと戻って訓練の日々です。
どうも今度は芝1800mを走る事になるそうで、訓練でも息を入れるなどの練習をさせられるのですが、最初は息を入れるって意味が判らなかったのですよね。
「ブフフン?」(深呼吸すればいいの?)
走っている最中に大きく息を吸っちゃったりしてペースが崩れたり、そうじゃないよと言われてもねぇ。
まあ走っている間に、だんだんと何が言いたいのか分かってきましたけど。
「う~ん、素直に反応はしてくれるんだけど、やっぱりそうなのかなぁ、さっきのちょっと気になったのよね」
鈴村騎手が何かお悩み中? 一応、言われたとおりに走っているつもりなんですけど。
その後も何回か坂道を走ったりしました。
ただ、時々他のお馬さんが走っている横をちょっと離れて走ったりもします。
何でしょう? それ程速く走るわけではないので負担はそれ程でもないのですが、ちょっと気になります。
今日の調教が終わって、綺麗に洗ってもらっている時に調教助手の蠣崎さんがやってきました。
ちなみに、体を洗ってもらうのも、ブラシで綺麗にしてもらうのも大好きです。やっぱり女の子ですから、綺麗にしていないと幻滅ものですよね?
お、角砂糖? それともリンゴ? 人参でも良いよ?
フンフンさせてやって来た蠣崎さんの臭いを嗅ぐと、苦笑を浮かべながら縦長にカットされた人参を出してくれます。
「キュイイーーン」(わ~い、人参だ)
出された人参をボリボリと食べていると、鈴村騎手と蠣崎さんが今日の調教の話をしています。
「そうなんです。素直に反応はしてくれるし、走り自体も悪くは無いんですが」
「そうですか。わかりました、テキには話しておきます。ただ、私はまだ他の馬と一緒に走るのに慣れていないだけだと思うのですが、ただ次走の為には早急に何とかしないとですか」
失敗しました、人参を食べるのに集中しすぎていて、会話の流れがぜんぜん把握できていません。
「馬を怖がるとかは無いと思うので、でも顔に泥とかが飛んで来たら多分ですが力が出せないと思います」
「ヒヒン?」(ん? なあに?)
「ああ、大丈夫だよ。ほら、食べなさい」
半分の残りの人参を出されました。勿論美味しくボリボリと食べさせていただきました。
ただ、そのせいで結局の所、何を話していたのか分からずじまいとなってしまいましたが。
その翌日、私はお顔に覆面を着けられちゃいました。
「ブフフン?」(これなあに?)
レースの時に同じ様な物を着けていたお馬さんも居たのを覚えています。
「それでは、7歳馬のスターマイアイドルが先行しますので、その後ろから最後に追い込む感じでお願いします」
今日は久しぶりに調教師のおじさんもいます。鈴村さんに指示を出していますが、追い込みというと最後にドバーンと加速して追い抜くのかな?
普段は後ろから来る馬に抜かれないようにする訓練が多かったので、また新しい事を試すみたい。
先行するスターマイアイドルさんを追いかけて、何故か今日は砂場を走るみたいです。何でしょうか、ズボズボと足が埋まって走りにくい所ですね。
「では先行します。お願いします」
スターマイアイドルさんに騎乗した騎手さんの声で、私もその後を追いかけて走り出したのですが・・・・・・うわ! 何かすっごく砂が顔に飛んでくるのです。
「ブルルン」(走り辛いよ~)
真っすぐ追い駆ければ追い駆けるほどに顔に飛んでくる砂の量が増えます。うわうわ思っていたら、どうやらゴールしたのかスターマイアイドルさんは並足に戻っていました。
「予想以上でした。此処まで砂が顔に当たるのを嫌がるなんて、途中の手綱なんかも気づいていなかったみたいです」
そのまま調教師のおじさんの所に戻ったら、鈴村さんがそう報告します。
「プヒーン」(ごめんなさい)
しょぼんと頭を下げて、上目遣いで二人をチラ見します。
でも、顔にあんなに砂が飛んで来たら仕方が無いと思うんですよ? 目の中に入ったりしたら涙が出たりと大変ですよ? 覆面だけでなくゴーグルを希望します!
「早めに気が付いて良かったという所だが、そうすると逃げや先行も中段ではなく前よりしか選択肢はないか。となると厳しいな」
「いえ、慣れてないだけだと思います。北川牧場に確認したのですが、牧場時代もベレディーは馬群で走り回るという事をしたことが無いらしいです。いつも一頭か、または凄い後方でゆったり走るのみだったとか」
「ふむ、要は慣れという事か。ただなぁ、それで苦手意識を更に強くしてしまう事もあるぞ?」
皆さん非常に深刻な表情をされていますが、ゴーグルは駄目ですか? 覆面が良いのならゴーグルもありだと思いますよ? ただ、私の言葉は残念ながら叶えられることはありませんでした。
その後、幾度か同じような練習をしましたが、顔に向かってくる砂とかがどうしても気になってしまいます。その為、走る事に集中が出来ません。
そんな時、調教師のおじさんが何か変な物を持ってきました。
「あれ? もしかしてホライゾネットですか? 初めて見ました」
蠣崎さんがおじさんの持って来た小さな網みたいなものを見ています。
「ああ、目に砂が入ったりするのが嫌っぽいからな、これで改善できればと手配しておいた」
ん? 良く判んないけど、覆面に合わせて目の部分にセットされました。
そして、先程と同じように前の馬を追いかけて砂場を走るのですが、なんと! 先程とは大違いで目の負担がすっごく軽減されていますよ!
「ブヒヒーーン!」(わ~~い、楽だよ!)
思わず嘶きが出ちゃいました。それくらい違いがあるのです。
その後、3回走りましたが、無事に前の馬に追いついて、追い越すことが出来ました。もっとも、早足くらいなので当たり前なんだと思いますが。
「効果はあったようだな。これで一安心だ」
「はい、これなら予定通り中段からの差しで行けそうです」
鈴村さんも漸く笑顔を見せてくれました。
でも、私だって本番だったらもっと我慢して走ったと思いますよ? たぶんですけど。
そして、何日かが過ぎて、またご飯の量が減りました。すっごく悲しいです。
でも御飯が減るという事は、またレースが近くなってきたんだと思います。皆さん大忙しですし、何か追い切りというのもさせられました。
「いい感じで維持できてますね。勝ち負けくらいは行けそうな気がします」
「ベレディーはマイペースな子だからな。気性は大人しいから助かる」
「ブフフン」(でしょ? 良い子だよ?)
最終的には乗馬でも何でも生き残れるなら良いのです。だから良い子PRは欠かせません。
「明日は早朝に馬運車が来るからな。頑張るんだぞ」
厩務員さんがこっそり角砂糖をくれます。
「キュイイーン」(わ~い、角砂糖です!)
ゆっくりお口の中で溶かしながら楽しみます。一気にボリボリ食べてしまえば一瞬で終わっちゃいますもんね。
そして、翌日は言われた通りに馬運車へと乗り込みます。
こないだと同じ競馬場だから、のんびりと寝ながら向かいましょう。朝が早かったので眠いのです。
「ブルルルル」(おやすみなさい)
馬運車に繋がれて、車が動き出したらすぐにお眠りの時間です。次起きたら競馬場かな?
お馬さんって本当に泥とか砂とか嫌がると思うんですよね。
ゴーグルみたいなの無いのかなと思って調べてみたら、ホライゾネットっていうのがありました。
実際につけてる競走馬っているのでしょうか?