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77:宝塚記念 後編

 ゲートでのスタートは綺麗に決まったかな。

 鈴村さんに「ナイススタートだよ!」と言って貰えたので嬉しくなっちゃいますね。


「この直線の先は上りになるから注意だよ」


 スタート直後の緩やかな下りの直線を利用して先頭に立ちますが、この先には坂が待ち構えているそうです。確か事前の作戦ではこの坂を利用して後続を引き離して前に出て、場合によっては逃げになっても構わないので馬群に沈まないように、周りを囲まれない展開に持ち込む予定だったかな?

 そんな私の外側から、一気に別のお馬さんが更に前へと躍り出ようとします。


「ダンプレン? ベレディーの頭を押さえに来たかな」


 前走の天皇賞春では逃げに入った私ですが、今回も最初の直線にある坂を利用して距離を取る予定でした。先行馬、先行差しが有利と鈴村さんが言っていたのですが、最後の直線が長いのとゴール前の坂がどう影響してくるのか不明なので、出来るだけ自分のペースに持ち込むことにしたのです。


 でも前に来たお馬さんが邪魔ですね?


 大外から私の前に入って来たお馬さんですが、先頭に立ったのは良いのですがあまりスピードを出すつもりが無さそうです? 走るのにちょっと邪魔になりそうなので抜いちゃっていいのかな?


「外側に他の馬が来る前に前に行くよ!」


 鈴村さんの言葉に、私はすぐに反応して前のお馬さんに併せ馬の様に並びかけました。


「やっぱり、思いっきり蓋をしに来ようとしてたね」


 私の視界にも後ろから更に一頭のお馬さんが前に出て来ていたのに気が付きました。ただ、その馬が横へ来る前に加速した御蔭で、その馬を躱して前のお馬さんに並びかけていきます。

 私が前に出たせいなのか、最初は前にいた馬が更に加速して前に出ようとします。

 でも、私は最初から少し早めに進んで後ろとの差をつける予定でしたので、隣の馬と並びながら進んで行きます。その為か、後ろの馬達の足音を聞いてもちょっと全体のペースが早まりました?


 そのまま前にいたお馬さんと2頭並んで直線を進むと、最初の急な上り坂に差し掛かります。


「ピッチ走法」


 鈴村さんから指示が飛ぶのに合わせて、走り方を変えて勢いのまま坂を駆け上がります。坂を上がり切ると並んでいたお馬さんから1馬身以上の差が出来ています。そして、その勢いのまま最初のコーナーへと走り込んでいきます。


「うん、ストライド走法に戻ったね。向こう正面では息を入れるからね」


 コーナーを先頭で回りながら進んで行きます。ただ、先程ご一緒したお馬さんがピッタリと後ろへとつけて来ます。そのすぐ後ろにもお馬さんがいますが、全体的に馬群は縦長になっているのかな。


 あの馬、牡馬なんですよね。振り向けたら威嚇してやるのに、女性の背後にピッタリついて来るなんて気持ち悪いですよね!


 兎に角、後ろの変態さんは気にしないようにして、先頭で駆け抜けて向こう正面の直線へと入りました。


 直線に入る前に確認すると、真後ろのお馬さん達は相変わらずすぐ後ろにいます。でも、その後ろとなると3馬身から4馬身くらいは離れていました。


「うんうん、ここで少しペースを落とすよ。後ろの馬に抜かれても気にしなくて良いからね」


 鈴村さんが軽く手綱を引きます。


 それを合図に私はペースを落としました。でもね、後ろのお馬さんも私を抜く事は無く、真後ろで同じように速度を落としました。ますますストーカーさん染みてないですか?


 平坦な直線を走っていると、次第に後ろの馬達の足音が聞こえ始めました。


 私のペースが落ちた分、後続に詰められているのかな? ちょっとスピードを落としすぎた? 今一つ全体のペースが判らない私は、鈴村さんの指示を信じて走るしかないのです。


「次のコーナーから緩やかな下りになるよ。でも、そこで足を使いすぎると最後の坂があるから持たないよ。直線に入ってから加速して、最後の坂で勝負するからね」


 ある意味、鈴村さんの作戦通りに進んでいるとは言えます。


 後ろのお馬さん達に囲まれる事無く来れているので上出来かな?


 ただ、前の金鯱さんで思い出されるのは、後ろから一気に駆け抜けていったお馬さんです。

 タンポポチャさん並みの加速力を感じました。あの時は私が必死に走ってもぜんぜん付いていける気がしませんでした。


 そう考えると、しっかり後ろと距離を空けないと最後の直線は長いから怖いなあ。


 そんな事を思って、もうじきコーナーへと入ろうという所で、私のお鼻にポツンと何か冷たい物が当たりました。


 ん? あれ? 何か当たった?


 走っているさなかに、気になってお鼻と言うか、顔と言うか、ちょっと気にすると、また何かがお鼻にポツンと当たります。そこで漸く私は自分のお鼻に当たった物が何か気が付きました。


 あ、雨だ! 雨が降り出したよ!


 まだポツポツという感じです。でも、明らかに目に雨が降る様子が見えます。走っている為なのか、少しずつ強くなっている様な気がします。このまま芝が濡れたりしたら脚が滑るし、転倒するかもしれません。


 雨を認識した瞬間、私の背筋に一気に寒気? 鳥肌? が立った気がしました。


 拙いよ~~! 雨が本格的に降るまでにゴールしないと! 滑るよ! 転ぶよ!


 3コーナーに入る瞬間から、私は少しでも早くレースを終わらせるために一気に速度を上げました。


「ちょ! べ、ベレディー! まだだよ! まだ早いよ!」


 鞍上で鈴村さんが慌てた様子で叫びます。そして、手綱をクイクイと引きます。私のハミにもしっかり伝わってはいたんですが、私の頭の中は雨の事でいっぱいいっぱいでした。


「うそ! どうしよう! 何、ベレディー何があったの!」


 鞍上から必死に声を掛けてくれる鈴村さんですが、私はそれに答える事無く3コーナーから4コーナーを抜けてそのままの勢いで直線へと入ります。


「あああ、もう! こうなったら走り抜けるよ! 頑張れベレディー!」


 速度を上げて直線へと入った私は、大きく膨らんでコース中央をそのままの勢いで駆け抜けていきます。

 この時、私の頭は後続の馬の事は欠片もありませんでした。ただ、雨が強くなる前に何とかゴールを駆け抜ける事。その事しか頭にありません。


 ポツポツと顔に当たる雨を感じながら、私の心の中は恐怖で一杯でした。

 併せて、息が苦しいです。持久走の時以上に呼吸が辛いです。その辛さが更に恐怖を煽りました。


 そんな中、鈴村さんの声が一瞬聞こえます。


「ピッチ走法!」


 その声に合わせて自然と走りがタンポポチャさんっぽい走り方になります。そして坂を上り切った先にゴールがありました。


「ベレディー、大丈夫? 異常は? 怪我はない?」


 鈴村さんが慌てた様子で私から下馬して、私の様子を確認します。


 でもね、どこかが痛いとかそういうのは無いの。ただ、すっごい疲れたのと、怠いのと、あとは息が苦しくてお返事がまだ出来ないのよ? 息が整うまでちょっと待ってね。


 鼻をフゴフゴしながら一生懸命呼吸を整えます。

 その間にも、鈴村さんは私の状態を確認して大きな異常が無さそうな事に安堵したみたいです。


「ベレディー、凄いよ! 頑張ったね!」


 そう言って私の鼻先を優しく撫でてくれます。

 ゴールを越えた所で鈴村さんが手綱を引いて走るのを止めた事は何となく覚えています。そして、私もゴールを越えたその瞬間に気持ちの糸が切れました。そんな私の顔に当たる雨は、先程感じたよりも遥かに強くなってきていました。


 ううう、本当に本降りになる前にレースが終われて良かったよ~。


「ブヒュヒュン」(怖かったの)


 雨に対する恐怖に囚われていた私は、漸く体全体が以前のようにギシギシしているのを感じました。

 今もお鼻ですごい息を継いでいます。まだまだ肺に酸素が足りていないです。


 そんな時、観客席からいつもの様に大きな歓声が響き渡りました。


「え? すごい! レコードだ!」


 ん? 音楽ですか? CDすら廃れたはずですけど、鈴村さんはまだレコード持ってるの?


 未だに酸素が行き渡っていないからか、私の思考が全然はっきりせず、ただ疲れたって気持ちだけがいっぱいになりました。


「ブフフフフフン」(疲れた~持久走くらい疲れたの~)


「うん、頑張ったね。凄いよベレディー! 1着だよ!」


「ブヒヒヒン」(1着だったの? でも疲れたの)


 私が甘えるように鼻先を鈴村さんの手に擦り付けると、そんな私の首を鈴村さんがポンポンとあやす様に叩いてくれます。

 私は、鈴村さんにゆっくりと手綱を取られながら、検量室へと向かいました。

火事場ならぬ、雨降り始めの馬鹿力?

トッコは雨が降り始めて混乱して暴走しちゃいました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作戦をシッカリ理解しているお馬さんって強いなトッコさん そして思いっきり蓋しに来ようとする面々 トッコさん馬郡に閉じ込めない限り勝つの難しい相手だもんな 普段トッコさんがとても聞き分け良い…
[一言] 元人間、他の馬になぞ釣られないが、雨でかかる……!
[気になる点] せっかくのグランプリだったので人気投票の場面も見て見たかったです。
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