75:安田記念
タンポポチャさんとは、午前中は先日と同じように一緒に馬なりで走って、散歩してと調教と言うよりは軽めのトレーニング。午後は私が宝塚記念と呼ばれるレースへ向けての単独での調教と忙しくしていました。ただ、タンポポチャさんは明日朝にレースを走る為に移動だそうで、またしばらくはお会いできないみたいです。
「ブルルルン」(無理しちゃ駄目ですよ?)
「キュヒヒン」
「ブヒヒヒン」(怪我したら終わりですからね)
「キュフフン」
引綱に引かれてトットコ歩きながら、タンポポチャさんと会話をしています。
通じているのか、お返事の内容とか判りませんけどね!
幸い明日もお天気は晴れなんだそうです。だから、滑って怪我をする事が無さそうなのは良いのですが、牡馬と一緒のレースみたいです。
「ブルルルン」(甘い言葉には気をつけるのですよ)
「キュヒヒーン」
「ブヒヒヒン」(女子高育ちは騙されますよ)
「キュフン」
何となくコロッと騙されそうな気がするタンポポチャさんですが、とりあえずお返事では大丈夫と言っていると思いましょう。前回の牡馬牝馬混合のレースで負けちゃったのは、きっと牡馬の視線を気にしてお澄まししたからだと思いますよね。
「ブルルルルン」(レースでは、どんな表情をしていても見られませんよ)
「キュヒヒヒン」
レース後にお澄まし顔に戻れば大丈夫ですよね。最中にどんな凄い顔をしていても、前にいる馬が振り返る事は無いですし、ましてや自分が先頭なら見られないのです。
ただ、今まではエリザベスとか、ヴィクトリアとか、私は天皇賞とか、何かすっごくゴージャスな名前でしたけど、今回タンポポチャさんが走るのは安田記念です。安田さんが誰か判らないのですが、何となくグレードは低そうなので大丈夫かな? 心配しすぎかもしれませんね。
タンポポチャさんとのお散歩が終わって、綺麗に洗って貰って一旦馬房へと戻されます。
洗って貰ってから、最後のグルーミングをお互いにハムハムして、ここ最近のローテーションが終わりますが、またしばらく会えないと思うとすっごく寂しく感じます。
「しっかし、ミナミベレディーと何でこんなに仲が良いのやら」
「お互いに認め合っているんですかね?」
「格付け争いとかしないなぁ」
私達の様子を見ているおじさん達が何か言っていますが、お互いに数少ないお友達ですからね!
競走馬時代に交流を持てるなんて普通は無いんじゃないでしょうか? そう考えると本当に仲良くなれて良かったです。最初はバシバシ敵意がありましたよ。
まあ、あれは私も悪かった所がありますよね。でも、あれが切っ掛けで仲良く成れたかな?
ただ、ヒヨリもタンポポチャさんも若干嫉妬深い気がするのです。
何となく私をどう思っているのか気になりますよ?
「ブフフフン」(私は牝馬ですよ?)
「キュフフン」
何となく判ってるわよと呆れた視線を受けた気がしました。
◆◆◆
「タンポポチャは今日も絶好調だな。集中力も高い、勝ち負けは問題なさそうだ」
磯貝調教師は満足そうにモニターに映るゲート前を廻るタンポポチャに視線を注ぐ。
牡馬混合芝1600m、タンポポチャの最適と思われるこの距離で何とか実績を作りたい所だった。
「トカチマジックがここに出て来るとはな。適正距離は芝2000くらいか、それでも宝塚記念に行くと思っていたんだが」
トカチマジック以外にも、高松宮記念を勝ったテンカイオウドなどスプリンターも参戦してくる。
ただ、万全の状態であるタンポポチャであれば、そう簡単に負ける事は無いと信じていた。
「気性が改善された御蔭でレースで掛かる事も無くなりましたし、鷹騎手からも手応えは良いと聞いています」
「そうだな、馬なりでの調教でミナミベレディーを寄せ付けないそうだ。まあスタートダッシュでミナミベレディーに負けていたらどうしようもないが」
タンポポチャの末脚こそ最大の武器であり、ミナミベレディーはロングスパートが最大の武器。それ故によーいドンでの勝負であれば100回やって100回タンポポチャが勝つだろう。また、勝てないようなら何かしらの故障を疑うべきだ。
「パドックでも、最後の本場場入りでも落ち着いていた。周りの牡馬など思いっきり見下ろしていたな」
「他の牡馬はチラチラタンポポチャを見ていましたけどね」
ファンファーレが鳴り響き、モニターの中で6番のゼッケンを付けたタンポポチャが落ち着いた様子でゲートへと入っていくのが映る。
「鷹よ、頼むぞ」
あと数分後、その結果が待ち遠しいような、そうで無い様な、複雑な気持ちで磯貝調教師はモニターを見つめるのだった。
◆◆◆
『18番プロミネンスアローがゲートへ入りまして、今スタートしました! 各馬揃ったスタート、2番テンカイオウド、好スタートで先頭へ立ちます。ここで、16番コチノクイーンここで手綱を扱いてテンカイオウドに並びかけます。3番手には・・・・・・
4コーナー廻っていよいよ最後の直線へ! 先頭はコチノクイーン、テンカイオウドは半馬身後ろ! 後方からプロミネンスアロー、トカチマジックも伸びて来た! 更に後方、タンポポチャはそこから届くのか! 各馬最後の坂へと差し掛かって先頭変わりましてプロミネンスアロー、そのすぐ外トカチマジック、更に後方からタンポポチャが伸びて来た! コチノクイーン、テンカイオウドは後退、坂を登り切って残り200m、ここで先頭はトカチマジック、その後方から凄い勢いでタンポポチャが伸びて来る!
壮絶な叩き合いだ! トカチマジック、タンポポチャ、一歩も譲らぬ壮絶な叩き合い! 2頭揃ってゴール! タンポポチャやや有利か! 勝敗は写真判定となります! 3着にはプロミネンスアロー、4着テンカイオウド・・・・・・』
鷹騎手はしっかりと最後差し切った手応えの元、ゆっくりとタンポポチャを馬首を返す。そして、急がせる事無く並足で走らせていると、観客席から歓声が響き渡った。その歓声に導かれながら視線を電光掲示板へと向けると、1着に6番の文字が輝いていた。
「良し! 勝ったぞ!」
右腕を高々と振り上げ、観客へとアピールする。
鷹騎手のパフォーマンスに更に観客席は大きな歓声が響き渡った。
「お疲れさん、何とか勝てたな」
スプリンターであるテンカイオウドが先頭に立つことは判っていた。そこへ大外を引いたコチノクイーンが前へと出た事によりレースは高速レースとなる。この段階で鷹騎手としてはマークすべきはトカチマジックのみとなった。
そのトカチマジックも、枠順が1番となった事で馬群に包まれる事を警戒し、終始4番手から5番手でのレースとなる。後方12番手付近に位置どったタンポポチャは、3コーナーから流れのまま緩やかに前へと進み、最後の直線、坂で一気に末脚を爆発させ先頭へと駆け抜けたのだった。
「しかし、考えていたより際どかったな」
トカチマジックの末脚は前に馬がいる場合には鋭い差しを見せる。しかし、抜き去った後に再度の末脚を使うと言う事や、前残りで粘ると言う経験が無い。そこに勝機を見ていた鷹騎手は、最後の最後で一気にタンポポチャで抜き去るつもりでいた。
「頭一つは差が出来るつもりでいたんだがな」
実際にはタンポポチャが並びかけた時、騎乗していたロンメルの指示にトカチマジックはしっかりと反応した。しかし、その反応に掛かった1テンポのズレが最後の勝敗を分けたと思っている。
「並びかけるのがもう少し早ければ負けていたか?」
タンポポチャと検量室へと向かいながら、先程のレースを思い返し一人で呟く鷹騎手。タンポポチャは耳をピコピコさせながら、鷹騎手の言葉を聞いているようだ。
「ん、すまんな。タンポポチャは頑張ったぞ! ミナミベレディーも喜んでくれるぞ」
「キュヒヒーーン」
自分の独り言には反応を示さないタンポポチャが、ミナミベレディーの名前に反応した事に鷹騎手は苦笑を浮かべた。
「まったく、まあ勝てたんだ良いか」
検量室へと入りながら、1着馬のスペースへとタンポポチャを導くのだった。
一応、安田記念に特に含む物は無いのです!
レースを書く為に安田記念を調べて、初めて由来を知った私ですけど><
サブタイトルの番号にズレがある教えていただきました。
時間を見て、番号を訂正させていただきます。
ご連絡ありがとうございます。m(_ _)m




