6:新馬戦が終わって
新馬戦に勝ったミナミべレディーですよ! これで馬肉の運命から少し離れる事が出来たでしょうか?
その後、表彰式まであって、久しぶりに牧場のおじさんと桜花ちゃんが来ていました。
「ブヒヒ~~ン」(お久しぶりです?)
良く考えたら1年以上経ってますもんね。桜花ちゃんももう高校生なんでしょうか? 思いっきり制服姿でした。はぁ、よく考えたら私も花の女子高生だったんですよ? もう記憶も薄らいじゃっていますが。
牧場のおじさんも、桜花ちゃんも、調教師のおじさんも、みんな満面の笑みを浮かべています。
ただ、何となくあのお隣を走っていたお馬さんに助けられましたね。あのお馬さんが膨らんでくれなければ結構危なかった気がします。何と言っても初めてのレースですから。
「久しぶりに勝つことが出来ました。騎乗させていただきありがとうございます」
鈴村さんがご主人様にお辞儀しています。
「トッコ、良かったね、まずは1勝おめでとう!」
「ブルルン」(ありがとう~)
桜花ちゃんが首をトントンしながら、褒めてくれます。
それより、どうせなら角砂糖とか何かは貰えないのかな? フンフンと桜花ちゃんの匂いを嗅ぐと、桜花ちゃんは私の意図に気が付いたようです。
「ごめんね、今持って来て無いから後であげるね」
「キュイーーン」(わ~~~い)
嬉しさのあまり桜花ちゃんの顔をベロンベロンしちゃいました。
その後、角砂糖を貰って嬉しくてピョコピョコスキップしてみんなを笑わせて、厩舎に戻ったら厩務員さんにリンゴも貰っちゃいました。
勝つとやっぱり扱いが違うのかな? ただ、厩舎に戻ったら何か一気に疲れが来て、ドヨンとした感じに体が重くなっちゃいました。
「やっぱり疲れが出てますね」
「そうだな、レース直後は元気な様子だったんだが、一日たってどれくらい回復するかだな」
お部屋の外で調教師のおじさん達が何か会話をしていますが、私は疲労で睡魔に襲われているのです。そのまま眠っちゃいますよ。
「しかし、ベレディーは良く寝ますね。他の馬はこんなに寝ませんが」
「そうだな、他の馬の倍は寝ているかもしれん。もっとも、それで疲労の回復が早くなるなら大歓迎なんだが」
「夜なんて寝藁に寝っ転がって爆睡してますよ。野生のやの字もありませんね」
何か話してますね。でも人の声が子守唄に聞こえて来て・・・・・・
◆◆◆
「お疲れさまでした。何とか勝つことが出来ましたね」
「まあ運が味方したようなところもあるが、それでも勝ちは勝ちだ」
蠣崎と馬見調教師は共に祝杯を上げながら、ミナミベレディーの次走をどうするか考えていた。
「大南辺さんは何と言っているんですか?」
「出来れば7月の中京である2歳ステークスに出走させたいと言われたが、移動がなぁ」
未だ長距離移動を経験したことの無いミナミベレディー。ましてや北海道から愛知への移動となると、一旦は美浦で休ませての移動を覚悟するしかない。馬に与える影響は必ずあると覚悟しないとならないだろう。
「8月札幌のコスモス賞あたりを考えていたんだが、まあ状態が良ければ思いきって札幌2歳ステークスを出しても良い。ただ、大南辺さんは出走頭数が少ない中京で確実に賞金を積み上げたいそうだ」
「まあ例年ですと中京は7、8頭という所ですか。札幌では10頭以上は覚悟しないとですね」
「距離が1800に伸びる事でプラス要素はあるのだが、今回の牝馬限定とは違うからなあ」
そう言って溜息を吐く馬見調教師、新馬戦を勝ったとはいえ、どちらかというとデビューする馬がまだ少ないうちの空き巣狙い的な勝利である事は否定できない。
「よし、コスモス賞で大南辺さんを説得する。大移動でベレディーが調子を崩す事の方が怖い。そもそも8月の中京など灼熱地獄だぞ」
「ですよねぇ、まあ私は8月の中京は知りませんが」
「ただ、説得する分ベレディーを何としても8月のコスモス賞は勝たせないと不味いぞ、調教の方は任せるからな」
馬見調教師のプレッシャーに蠣崎は顔を引き攣らせるのだった。
◆◆◆
その頃、鈴村は思いっきり浮かれていた。
「今日は良い一日だったなぁ、やっと1勝できたし、持ち馬は増えたし」
5Rの勝利に続き、9Rでは12番人気のオリバーナイトで2着馬と鼻差の3着、流石に勝ち馬とは半馬身差があったとは言え、この騎乗で次走も継続してオリバーナイトに騎乗する事が出来る事となった。
「まあ12番人気だった半分以上の原因は私の騎乗って事だろうけど」
誰が騎乗するかで人気は当たり前に変動する。ましてや、今期は勝鞍の無い自分だ。
騎乗してから思ったのだが、馬の実力的には掲示板であれば何とか載る事が出来るくらいの力はある馬だったと思っている。
「でも、やっぱりミナミベレディーよね、牝馬限定であれば確かに重賞が取れておかしくないかも」
今日の騎乗で実際の所、最後は抜かれるかもと思っていた。残り600mからのスパートは早仕掛けと言われても可笑しくない。中長距離馬と思われるミナミベレディーでは直線のスピード勝負では勝てないと踏んでの早仕掛けで、まさに賭けでしかなかった。
「勝負根性というのとは違う感じだったかな? それでも良い粘りをしてくれたし、心配してた他馬に怯える事も無かったし、良い事尽くめ」
ここ最近頭を過るのは引退の二文字だった。特に今年に入って1勝も出来ていない状況に、焦燥感では言い尽くせない程の焦りを感じていた。
「えへへ」
ネットの競馬検索をすれば、今日の自分の勝利が簡潔ではあるが載せられていた。
その短い記事を幾度も読み返し、勝利騎手に自分の名前がある事が無性に嬉しい。思わず締まりのない笑い声が洩れるくらいには。待望の今期1勝目、だから仕方がない事だと鈴村は思った。
「次走はコスモス賞あたりかな、それまでにミナミベレディーをもっと知らないと」
今日は内枠1番と先行するのに文句ない枠を引き当てていた。
それでもやはり芝1200は厳しすぎた。斜行馬が出なければ負けていたと思っている。それでも、芝1200での走りは今後に大きな参考になった。
「まあこれから続々と有力馬がデビューしてくるし、G1に出られる馬かと言われるとね」
今まで見て来たG1馬達を思い浮かべ、そこまでのパワーは感じなかった。
「いつか稲妻が走るような出会いをしてみたいなあ」
鈴村香織 29歳独身 アラサーで本来であれば色々と焦りが出てくる年齢のはず。それなのに、白馬の王子様ではなく、王子様の馬を求める残念女子であった。
「うるさいわ!」
あ、あれ? 何か悪口言われた気がして思わず大声を出してしまった鈴村であったが、自身の突飛も無い行動に驚いていた。
「うん、浮かれすぎ注意だわ。明日はベレディーの様子を見に行かなくちゃ。初めてのレースで体調を崩さないといいけど」
明日へと意識を向け、早々にベットへと潜り込むのだった。
◆◆◆
北川牧場では、久しぶりの新馬戦勝利に北川ファミリーや従業員達が揃ってちょっとだけ豪華なお祝いをしていた。
「とりあえず未勝利での登録抹消は免れた。新馬戦ですんなり勝つなんていつ以来だ?」
「7年前のミユキガンバレ以来ですよ。ミユキもGⅢを勝っていますし、トッコも期待できますよね!」
「あの子は賢いから、調教もすんなり進んだそうだし、出来ればGⅢを一勝どころかそれ以上を期待したいなあ」
誰もが今日の勝利にホッとしていた。
そして、サクラハキレイの今年の産駒がまたも牝馬であり、トッコの全妹の為、セールでの金額にも期待をしている。
「トッコが順調にオープンまで行ってくれれば、そう考えるとセールに出す時期も悩むわね」
妻である恵美子の言葉に、北川 峰尾も頷いた。
「恐らく8月のコスモス賞あたりになるんだろう。流石にぶっつけで札幌2歳は出さないと思うんだが」
勝つに越したことはないが、負けるにしても負け方というものがある。
それを考えると、トッコのレース前となる8月に行われるセールに出すか、それ以降に出すかは賭けである事は間違いない。
「お父さん、そもそもトッコっていくらで売れたの?」
庭先取引となったトッコの為、桜花は売却価格を知らされていなかった。
もっとも、懇意にしている馬主さん達が買ってくれなかったし、最初に出したセールでも帰って来た事を考えればそれ程期待できない事は知っている。
「あら、大南辺さんが気に入ってくれて、それで1500万で買ってくれたのよ?」
「1500万円! 凄いじゃん!」
北川牧場の産駒とすると、売却額1000万を超える馬はまずいない。
トッコと同年馬は数が少なく、大南辺が1500という北川牧場としては破格の値段で購入してくれた事は、まさに砂漠に慈雨の状態であったのだった。
「まあ日々の飼葉代だ何だで費用がかかるからな。それでも助かったのは間違いない。最悪は馬肉で数十万だしなあ」
今年も無事に生まれた産駒はすべて買い手がついた。
その後の事はともかくとして、牧場としては一安心だ。あとは少しでも生き残れるように牧場でも出来る範囲での育成をしてあげるしかない。
「う~む、悩むねぇ、どのセールで出すか」
セールは一度ではなく、当歳馬、1歳馬とそれぞれ複数回行われる。
まだまだ当歳の幼駒であるがゆえに、いくら親しい馬主でも庭先取引で購入を決断してくれる人はいない。余程に血統などに優れていれば別ではあるが。そうなると、やはりもう少し成長してからでないと値段はつかないだろう。
「トッコが活躍してくれればなあ」
トッコの勝利に沸きながらも、北川牧場の悩みは尽きないのであった。
掲示板とか書いてみたくても、何か敷居が高いんです><
7月の2歳馬のオープン戦って少ないのですね。調べてて手頃なのが無くて吃驚しました。
長距離移動はちょっとねぇ。