63:春の天皇賞 前編
『晴天に恵まれた京都競馬場、春の天皇賞に出走する古馬18頭、今年はどのようなドラマが刻まれるでしょうか? 昨年の覇者ファイアスピリットが連覇となるか、昨年の宝塚記念を勝利したシニカルムール、昨年の菊花賞馬ダンプレン、錚々たる牡馬に対し、エリザベス女王杯を勝利したミナミベレディー、牝馬ながらもダイヤモンドステークスを勝ちましたプリンセスフラウと今年も豪華なメンバーが揃い踏み』
競馬番組によって早くも天皇賞の番組が始まり、一頭一頭の馬の説明が行われる。
『2番と先行馬として枠順では好位置を引きましたミナミベレディーです。スタート巧者でもありますから、恐らく先頭集団を形成すると思われますね。
何と言っても先月は全妹のサクラヒヨリが桜花賞に勝利し、姉妹による連覇という偉業を達成しました。今日は是非、ミナミベレディーにも頑張ってもらいたい。
懸念としては未だ芝2200m以上のレースを経験していない事ですが、馬見厩舎では長距離向きの馬なのでと自信を漲らせていました。ただ、牝馬での人気では2番目、芝3000で実績のあるプリンセスフラウに次ぐ6番人気となっていますね』
ミナミベレディーの解説を聞きながら、馬見調教師は鈴村騎手から言われた今日のレースについて考えていた。
「さて、芝3200でどこまで行けるかだが作戦的には無理な作戦ではないと思うのだが」
事前に鈴村騎手から提案された作戦は、枠順が2番と好位置に恵まれた事でより展開を作りやすくなったと思われる。1年以上前の阪神2歳牝馬優駿では、初のGⅠレースを緊張で大失敗した鈴村騎手だが、未だに多少緊張はするようだがベレディーとの騎乗は安心して見ていられるようになってきている。
「まあ成長して来ているのだろう。ただ、混戦はまだまだ未熟だがな」
第4レースにて3歳未勝利戦に騎乗した鈴村騎手だったが、馬群中団と悪くない位置につけてはいたが、そこから馬を上手く出せずに結局12頭立ての10着と大敗していた。もっとも、馬自体の能力も見た所厳しい物はあったのだが。
「天皇賞か、まさか自厩舎の馬が出走する事になるとはな。ただ宝塚記念が天候を読めないだけに、何とかここを勝っておきたい」
厩舎としても、競走馬に関わるいちホースマンとしても、日本競馬の歴史と伝統的に見ても天皇賞はクラシックとは違った思い入れの強いレースだった。それだけでなく、この後に控えるGⅠレースを考えると、ベレディーで比較的獲りやすそうに見えるのがこの天皇賞春だった。
「ベレディーは長距離での折り合い自体は問題無いだろうからな。さて、そろそろベレディーの所へ行くか」
今は助手の蠣崎がベレディーの検量を行っている。その間に競馬場内に設置されているモニターで番組を見ていた馬見調教師は、蠣崎と共にパドックへとベレディーを連れて行くためにベレディーの下へと向かうのだった。
◆◆◆
調教師のおじさん達に連れられてパドックへ来ました。
もう慣れっこになってきましたけど、今日もいっぱいの人がザワザワとパドックを取り囲んでいます。カメラを向けている人もいっぱいいますし、今日は私の写真を撮る人も多いみたいですね。私が前に来たところでカシャカシャとシャッターの音が聞こえます。
「ブフフン」(私人気者です?)
何となくモデルさんにでもなった気がします。
ちょっと気取った様子で歩いてみます。気分はツンツンしているお澄ましタンポポチャさんです。ご本人がいないから出来る事ですね。居たらきっと激怒すると思います。
「ブルルルル」(貴方達は見ないで!)
何か周りにいる牡馬からの視線も増えました。貴方達は別に要らないのですよ! 私はカメラのモデルさんなのです。それこそ、周りのお馬さんに睨みを効かせますが、なんでしょう? あまり効果が無い様な?
「ベレディーは牡馬に人気だなぁ、美人さんだからな」
「本人は見るからに迷惑そうですね」
引綱を持っている調教師のおじさん達がそう言って笑いますが、そもそもレース前にこのお馬さん達は何を考えているのでしょう? 明らかにレースに集中出来てませんよね。
チラチラ感じる視線に、女子高育ちの私はだんだんイライラしてくるのです。ただ、それも漸く止まれの合図と共に鈴村さんがやって来て雰囲気が変わりました。
「ブフフフン」(やればできるじゃ無いですか)
騎手が現れた途端に雰囲気が一変するお馬さん達は、見るからに強そうな雰囲気を醸し出しています。
良く考えたらさっきのままでレースでも良かった気はします。そっちの方が楽だったような気がしますが、残念ながら皆さん思いっきりレースモードになっちゃったっぽいです。
「キュフフフン」(愛想を振り撒くべきでした)
威嚇するよりも、愛想を振り撒いて集中できなくするのが正解だったかも。ただ、お馬さんのセクシーアピールですか、よく考えたら難しいですよ? 人間みたいに両手で胸を強調することも出来ませんし、グラビアモデルさんみたいなポーズもとれません。
「ベレディー、何か集中できてない? 大丈夫?」
気が付けば何時の間にか鈴村さんが鞍上にいました。
不思議ですね、いつの間に移動したのでしょうか? というか、逆に私が集中力を奪われてしまっています。
「ブフフフン」(もしかして、罠にかかってました?!)
流石はGⅠを勝ってきた牡馬達です。女子高育ちの初心な牝馬など手のひらで転がすような物なのでしょうか? これは早急にタンポポチャさんやヒヨリにも注意しておかないとですね。
「はい、行くからね」
調教師のおじさん達に引綱を引かれながら、ゆっくりとトンネルを潜って本場場へと向かいます。
その間にも、鈴村さんが頻繁に私に声を掛けてくれます。
「ベレディー、今日は3200m走るからね。いつもの倍の距離だから、ペース配分が重要になるからね」
「ブフフン」(判った~)
一応判ったつもりですが、ペース配分と言われても実際は走った事が無いので良く判ってなかったりします。ただ、そもそも3200mを走るよと言われて判って走っているお馬さんってどれだけいるのでしょうか?
そう考えれば私がやっぱり有利だと思うのですよね。
「スタート直後から上り坂で勢いがつきにくいからね。ゲートから出てすぐに上り坂だからね」
「ブフフン」(判ってるよ~)
幾度となく繰り返した打ち合わせです。ただ、鈴村さんはお馬さんに作戦を話して、理解できると思っている所がちょっと心配です。何といいますか、現実とファンタジーの区別がちゃんと出来ているんでしょうか?
「ブルルルルルルン」(白馬の王子様を待ちすぎて、年老いちゃいそうですね)
「え? ベレディー、何か言った?」
言葉が通じなくて良かったと思うのですが、そもそも私の言葉判りませんよね?
そんな遣り取りをしている間にも、本場場へと入ります。
私は引綱を外されて、鈴村さんの合図で返し馬に入ってゲート前に向かいました。
すると、そこにはパドックとは様子の変化したお馬さん達がいます。何でしょうかこの変わりようは?
ただ、良い方向に変わっているお馬さんばかりでは無さそうですけどね。明らかに頭をブンブン振って気が立っているお馬さんも数頭います。でも、ここで変な挑発をしてぶつけられるのは嫌なので大人しくしていますよ?
ファンファーレと手拍子が遠くから聞こえて来ました。そして、奇数番号のお馬さんから順番にゲートへと誘導されます。そして、私も2番なので比較的早めにゲートの中へと誘導されました。
「ベレディー、大丈夫だよ。安心して良いからね」
うん? 何か鈴村さんが何時も以上に私に声を掛けて来ますし、首をトントンします。
「ブフフン?」(私は落ち着いてますよ?)
「あ、ベレディー、ごめんね。ヒヨリの時の感覚だった」
なるほど、ヒヨリはちょっと神経質ですもんね。私が鈴村さんの様子に納得している間にも、枠入りは順調に進んでいるようです。こんな時だってちゃんと周りの様子を見ているんですよ。
「最後の馬が入ったよ」
いつもの様に鈴村さんが合図をくれます。
私も馬体をグッと沈めてスタートの準備をしました。
ガシャン!
大きな音を立ててゲートが開きました。
私は、いつもの様にスタートを切りながらも、スタート直後にある坂を駆け上がる事を意識して、最初からピッチ走法に近い走り方でスタートしたのでした。
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
すっごく助かっています。
読み返しの時間が取れずに投稿しているので、いつもより誤字が多くて申し訳ありません><
移動中に読み返しをしていると、言い回しなんかで気になる所もあるので、時間が取れたら直したいなぁと思いながらも次話を優先しちゃってたりします・・・・・・。
感想で頂いた中でちょっと人気があった? プリンセスフラウちゃんが地味にGⅢ を勝っていたりしますw
と、とにかく天皇賞です!




