62:春の天皇賞 前のトッコとタンポポチャさん
私は、今週ついにレースと言うことで、栗東トレーニングセンターへとまたお邪魔しています。
今回はちょっと早めにお邪魔していまして、何故かわかりませんがタンポポチャさんとお会いすることができました! そういえば、タンポポチャさんって栗東にお住まいだったんですよね。
なんでもタンポポチャさんはヴィクトリアなんちゃらという4歳以上の牝馬GⅠに出るそうで、残念ながら私が出走するレースではご一緒できないそうです。
それで何でお会いできたのかというと、良くわからないですがテレビ番組のお陰? ただ、やたらとテレビカメラとか、マイクとかを持った人たちがいてタンポポチャさんがちょっとピリピリしている感じですよ?
「ブフフン」(お久しぶりです?)
「キュフン」
お互いに顔をスリスリして、首をハムハムしてグルーミングをします。
牧場にいるときはともかく、厩舎にいる時なんかは基本的には他のお馬さんとの交流はないので、何となくタンポポチャさんも今日は嬉しそうにしてくれてます? 競馬場では無いからか、いつも程にツンツンした感じがないのです。
「それでは、馬なりで軽く併せ馬をします」
「はい、先行はべレディーで行きますか?」
「ミナミベレディー号は今週レースだから、後ろからの方がよいかな?」
「いえ、前からでその後タンポポチャ号が抜きたければ抜いていただいても構いません。この子はあまりそういうの気にしませんから」
鞍上の鈴村さんとタンポポチャさんの騎手さんが何か話をしていますが、どうやらタンポポチャさんと一緒にコースを走れるのかな? 勝ち負け関係なく一緒に走れるのはなんか楽しみですね。
そのまま、トレーニングセンターのコースへと出ると、どうやら私と一緒に走れるのが判ったタンポポチャさんが頭をブンブン上下させています。うん、なんかすっごい楽しみにされているようで嬉しいのですが、なんか気合が入りすぎてないでしょうか?
「ブフフフン」(のんびりでいいのよ?)
「ブヒーン」
うん、なんでしょうか? タンポポチャさんの瞳にメラメラと炎が見える気がしちゃいますね。
ただ、私はそのまま手綱の指示を受けてコースへと軽い速度で走り始めます。そして、1馬身くらい後ろからタンポポチャさんが付いてきます。
「よし、そろそろ行こうか」
「判りました!」
どうやらタンポポチャさんの騎手さんのほうが偉い人? 鈴村さんの声が若干硬いですね。ただ、手綱の指示を受けて私は速度を上げます。ウッドチップのコースなので、ちょっとクッションみたいな踏み応えで私はこのコースは好きかな。
タッタカ走っていると、後ろから一気にタンポポチャさんが私の横を追い抜いて行こうとするので、私もそれに合わせて更に加速してタンポポチャさんと並んだ状態で直線を走ります。
チラリと横へと視線を向けると、タンポポチャさんもチラチラと視線を送っているのがわかりました。
そして、前方に仮設のゴール板が見えた所で、二人で更にもう1段加速して勝負をしました。
うわ~~ん! 負けちゃいましたよ! 思いっきり置いていかれました。よーいドンだとやっぱり加速でタンポポチャさんには勝てませんでした。
「キュフフン」
「ブヒヒーン」(負けちゃった~)
タンポポチャさんが非常に嬉しそうです。なんかご満悦って表情をしているのがすっごく悔しいです!
ほ、本番は違うんだからね! こうなったら今週のレースで鬱憤を晴らしてやる!
その後、一緒に綺麗にしてもらった私は、私に勝って満足したタンポポチャさんにハムハムされています。まぁ、勿論私もお返しにハムハムしてあげるんですけどね。
「最後の200mはちょっと焦ったな。あそこまで走らせるつもりは無かったんだが。ミナミベレディーは大丈夫かい?」
「はい、私もビックリしましたけど許容範囲のスピードでしたし。でも、やっぱり2頭ともゴールとか判っているんですね。あの仮設のゴール板を意識して遊んでましたね」
「ああ、あれには驚いたね。しかも、息もぴったり合わせてスパートするとは思わなかったな」
鈴村さん達の会話が聞こえてきます。ただ、これで今日の調教も終わったみたいですね。
テレビカメラを持った人が未だに右往左往していますが、あの人たちはまだお仕事中なのでしょうか?
◆◆◆
「お疲れさん、鈴村騎手も鷹騎手もどうだ、手応えは良さそうだね」
「レース前の馬なりにしては気合が入っていたね」
「磯貝調教師、馬見調教師、あれは私達というより馬達が思いっきり楽しんでの結果ですよ。最後なんて完全に競争を楽しんでましたから。どうですか、あのタンポポチャの満足そうな顔」
「思いっきり勝ち誇っているな」
「まあ輸送での疲れもなさそうだし、べレディーも調子が良さそうなので一安心だね」
「べレディーもあくまでレース前というのは判っていますから」
「どっちの馬も無理はしてない遊びの範囲だね」
それぞれの騎手が、各馬の調教師達に調教の様子、馬の状態などを伝えていく。
一通りの報告を終えた所で、引き綱をつけて洗い場へと馬を誘導していった。その様子を後ろから着いていきながら両調教師はお互いに会話を交わしている。
調教師達は当初どうしようかと悩んでいた。ましてや、ミナミベレディーはレース前の大事な時期だ。そこを競馬協会とテレビ局の強い要望で実現し、番組構成上の関係で行われたタンポポチャとミナミベレディー両馬の併せ馬だったが、やらせて見ると意外にこの感じは悪くないのではと思っていた。特に馬同士がリラックス出来ているのが良い。
「うちのタンポポチャが再来週そちらへ行きますので、宜しければ同じようにご一緒に調教できれば」
「ああ、それは構いませんが、その時べレディーが調教をつけられる状態にあればぜひ。あの馬は1レース毎に体調を思いっきり崩すので」
「ああ、そういえばそうでしたな」
最近はそこまでではないと言っても、春の天皇賞はそれこそ芝3200mと長距離になる。その際の疲労がどれ程になるかは未知数で、またいつもの様にコズミで動けなくなるかもしれない。
「それにしても、不思議ですね。あんなに仲が良いとは」
「そうですね、特にうちのタンポポチャは血統から言っても気性が激しい。負けん気が強いのは相変わらずですが、気性が激しいとは言われなくなりました。お陰で掛かることもなく、成績を出せてますな」
そう言って笑う磯貝調教師だが、それを言ってしまえばレースが被らないからと言ってライバル同士で調教はそれこそ滅多に行われない。まさにテレビによって生まれた奇跡だった。
「今回メインはうちのタンポポチャじゃなく、そちらのミナミベレディーと母馬のサクラハキレイでしたな。桜花賞を獲るために生まれた血統でしたかな? たしか、先日は北川牧場と十勝川ファームで馬のお見合い会を開いたとか。良い産駒が生まれてくれると良いですなあ」
「さすがですね、良くご存知で。実際の所、北川さんの牧場も中々に厳しいみたいですからね。後継の繁殖牝馬産駒で何とか重賞勝ちが欲しい所でしょう」
「今年のキレイ血統産駒は確か1頭は牝馬だったとか」
「らしいですね」
生まれた子馬の情報をさりげなく聞き出そうとする磯貝調教師に、馬見調教師は惚けた様子で情報を渡さない。実際に今年のミユキガンバレの産んだ産駒の牝馬は中々に期待できそうだという情報も貰っていた。合わせて残念ながらヒカリの産駒は牡馬との事だっだ。
わざわざ競争者を増やしたくは無いが、どうせ調べるんだろうなあ。
そんな事を思いながら、漸くグルーミングを終えた2頭を引き離し、馬見調教師はべレディーの手綱を引きながら馬房へと戻るのだった。
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