62:北川牧場と馬見厩舎と天気予報
北川牧場では、ミユキガンバレの出産で昨夜から関係者たちは今か今かとモニターを見つめている。
出産馬の馬房には使いまわしのカメラが設置され、人が近くにいる事を警戒する馬に配慮して事務所から出産状況を確認できるようにしていた。
「ミユキガンバレはちょっと神経質な所があるからな。ただ、今年は皐月賞を勝っているウイングキックを種付けしているからな。気性も普通だし、何と言ってもウイングキックは芝1600から2400までだから期待しているんだが」
サクラハヒカリも馬齢的に上がってきている。この為、出来ればミユキガンバレあたりに期待したい所ではあるが、キレイも産駒でも晩成と言っても良いのだから、もしかしたらの期待もある。
「サクラハヒカリは2年続けて天皇賞秋を勝ったGⅠ馬のソードカイザー、ただ何方もGI馬にしてはお安いだけに産駒実績は今ひとつなのよね」
ある意味、北川牧場にとってカミカゼムテキがお得感溢れていただけに、その産駒の種付けに悩んでいるのだ。
「先日うちの繁殖牝馬と十勝川さん所有の種牡馬でお見合いをしないかとお話を伺ったんだけど、お受けしましょう。こうなったら馬同士で選んでもらうのも悪くないわ。昨年の仔馬達も無事に売れましたけど、私の勘では良くてオープンかしら? 今一つでしたもの」
そうそう勘が正しいかといえば当てにならない事もあるのだが、それでも走りそうな馬というのは雰囲気を持っている気がする。
「だが、トッコもヒヨリも良くてGⅢだと思ったぞ?」
「馬鹿ねぇ、GⅢは行けそうと思えたって事じゃない」
妻の恵美子の言葉に、そういう見方もあるのかと思う峰尾であった。
「なるほどな、確かに言われてみれば、ただあれはキレイに似た体型だったっていうだけな気もするが」
そう言って首を傾げる峰尾だったが、これ以上話をしても進展は無いと話題を変える。
「そういえば見合いの話だったな、思わずうちの桜花と十勝川さんの所の子供かと思ったぞ。あそこの御子息は次男が確か20代だったはずだからな」
そう苦笑を浮かべる夫に呆れた視線を向けながら、それだったら大歓迎なのにと思う恵美子だが、あの子では再教育を施してもあのクラスの人達へお嫁に行くのは厳しいだろうと思った。
「十勝川さんの所は牝馬の成績が伸び悩んでますから、自家の種牡馬での実績が欲しいのでしょうね」
「そう考えればカミカゼムテキとサクラハキレイの出会いは奇跡だなぁ」
「そうね、GⅠ勝ちが無いから人気が出なくて安かったし、もともと白石さんとは面識があったから」
白石ファームは種牡馬を主体に経営されていたが、すでに牧場としてはカミカゼムテキともう1頭の高齢馬を残し残りの種牡馬は売却していたはず。一応カミカゼムテキはまだ種牡馬登録されているが何せカミカゼムテキも既に24歳、確かもう1頭も同じくらいの歳だったはず。
「あそこも結局後継者がなぁ。今年の種付けはカミカゼムテキの人気も上がりそうだが」
「そうねぇ、でもどうなのかしら? 後継者は私も桜花が牧場を継ぐなんて言い出すとは思わなかったわ。最初はちょっとどうかと思いましたけど、これからの時代は食糧不足がとか言われる時代になるみたいですし、そういう意味では酪農も悪くはないのかしら?」
「どうなんだ? 酪農は飼料とか結構必要だからな、大丈夫なのか?」
「そうねぇ、畑を広げます?」
段々とおかしな方向に話が展開していく二人だったが、従業員の二人はなんだかなぁという眼差しを向けながらも、ミユキガンバレの状態をモニターでしっかりと確認しているのだった。
◆◆◆
天皇賞春を来週末に控え、馬見調教師達は真剣に・・・・・・天気予報を調べていた。
「月間天気でも前後は晴れていますし、突然台風とかが来なければ大丈夫じゃないですか?」
「5月で台風なんか来ない、まあ大丈夫そうだ。これでレースにはなるな」
ミナミベレディーは幸いなことに晴れ女だ。晴れ牝馬と言うのが良いのかもしれないが、それでも、雨の日の調教などで思うのは、雨なら出走させないほうが良い。そんな事を思うぐらいに雨の日では走り方からして変わってしまう。
「雨の日だとどうも芝の上で足が滑るのが怖いみたいですね。何となくですがおっかなビックリ走ってるみたいな感じです。あれではいくら泥跳ね対策をしても早くは走れませんからね」
「天気ばかりは運だからな。早めなら出走回避も出来るが、GⅠを明日が雨ですから出走回避しますなんてできないからなあ」
馬見調教師はそう言いながら苦笑を浮かべている。もっとも、金鯱賞でもそれ程疲労を感じなかった為にミナミベレディーはしっかりと調教を施すことが出来た。これであったら、翌週の阪神大賞典でも良かったのではと思うのだが、すべてはタラレバの世界の事、今言っても意味はない。
「恐らく馬体が完成してきたんでしょう。これから4歳、5歳と楽しみですね」
春の天皇賞を出走後は、一応だが宝塚記念を予定している。それもこの調子であったなら問題なく出走出来るだろう。そして、秋はなんと言っても本命のエリザベス女王杯だ。ただ、ここも春の天皇賞を制覇したら秋の天皇賞を狙うことで話は出来ていた。もっとも、これこそタラレバなのだが。
「鈴村騎手がまたノートパソコン片手にベレディーの馬房に通っていますからね。サクラヒヨリの時はベレディーの嘶きの録音でしたよね? 普通なら真面目にやれって思うんでしょうけど、結果を出していますからね」
「そういえば武藤厩舎のサクラフィナーレはそろそろ新馬戦を考えないとだろうが、聞こえてこないな? あとは、太田厩舎に北川さんが言ってたベレディーお気に入りのサクラハヒカリの産駒がいたよな? 確か、プリンセスミカミだったか? 注目を浴びそうだよな」
何といっても両親を同じとする同系姉妹での桜花賞2年連続だ。こうなると3年もと期待するのが世の中であるが、恐らくそう簡単ではないだろう。
「ええ、ただ武藤調教師の所の厩務員が言うには、恐らくデビューは秋以降になるんじゃないかと。姉2頭と違い思いっきり仕上がりに時間がかかっているそうで、下手するとデビュー自体が年明けになるかもとか」
「う~ん、それならまあ仕方がないか。全妹だからといって走る保証はないし、そもそもサクラハキレイも晩成と言ってよい血統だからなあ。ただ、世論が怖いな」
もっとも、他人事だから笑える話であって、自分であったら恐らく焦りまくっているだろう。
「武藤さんからベレディーの放牧の際は是非よろしくと」
「笑えないなあ。まあ夏は北川牧場になるから、時期さえ合わせれば自然とそうなるだろうが」
思いっきり苦笑する馬見調教師であるが、少し当惑した様子で月間の天気予報を再度見る。
「オークスは思いっきり雨になりそうなんだよな」
「ですね、桜花賞には愛されてても、樫の女王には嫌われているのかもしれませんね」
実際のところ走ってみないと結果はわからない。ただ、サクラヒヨリは良くも悪くもベレディーに似ている。下手するとベレディーよりも身体能力は高いかもしれない。それでも、蹄の形や体系は同系統であり、恐らく雨は厳しいだろう。
「だからといって回避することなんか出来ないだろうし、万一でも可能性があれば出るだろう」
「牝馬3冠の初めを獲った責任もありますからね。体調が良いのに出走しないは許されないでしょう」
世の中というのは中々に厳しい事が色々とあるのでした。
昨日は時間がなく投稿できませんでした。
申し訳ありませんでした。
更に、今話にはお馬さんが出ていませんね・・・・・・。
次話はようやく天皇賞前のトッコの様子などなどです。




