60:桜花賞 その後
『今年も満開の桜に彩られ、第※※回 3歳牝馬限定芝1600m、芝の状態は良、18頭の若き牝馬で競われますクラシック第一戦、桜花賞がここ阪神競馬場で行われようとしています。
今年は何と言っても、昨年の桜花賞を勝利したミナミベレディーの全妹サクラヒヨリが、同じくミナミベレディーのパートナー鈴村騎手を鞍上に出走、史上初姉妹揃っての2年連続勝利があるか! 最優秀2歳牝馬スプリングヒナノがそれを阻むのか! 例年にない盛り上がりを見せます桜花賞・・・・・・』
桜川はモニターから流れる映像と、ラジオから流れる実況を聞いていた。
今回、桜川は阪神競馬場に珍しく妻と4歳と2歳になる子供を連れて来ていた。
自己所有馬がGⅠ出走など滅多には無い。父や祖父の時代にも数度あったが、どれも勝利する事は無く終わり桜川一族としても悲願のGⅠ勝利を掛けたレースであった。
ただ、桜川としてはそれ以上にもしGⅠにサクラヒヨリが勝利した時、まだ幼い子供達にぜひ記念として表彰式へと参加して欲しかった。まだ幼い子供達の記憶に残るかはともかく、写真は記録になる。
「私の一生でも2度と有るか無いかの出来事になるかもしれないしね」
「あら、でも桜花賞以降もサクラヒヨリなら何度かチャンスはあるんじゃないの?」
傍らで揶揄う様に告げる妻に苦笑しながら、子供達の様子を見る。
「おとうちゃま、お馬さん見に行きたい!」
流石は桜花賞といった結構な人混みに、息子は物怖じする事なく興味津々である。今日もお父さんが所有しているお馬さんがレースに出るからと言った為、お馬さんを見る為に楽しみにしていたようだ。
下の娘は兄の喜びに釣られて当初は楽しみにしていたようだが、すでに疲れたのか愚図り始めていた。
「お馬さんは大きな音が嫌いだから静かに見れるかな?」
「うん! ちゃんと静かにする!」
息子の返事に微笑みながら、妻から娘を受け取ろうとするが娘は妻から離れようとしない。
その様子に苦笑を浮かべ、息子へと手を差し伸べた。
「お父さんと一緒にお馬さんを見に行こうか」
「うん!」
娘は妻に預ける事として、息子を連れてパドックへと向かう。桜花賞までまだ2レース程は時間がある為に、今パドックにはサクラヒヨリは居ないがまあ問題無いだろう。
桜川は息子の手を取って、馬主席から移動するのだった。
◆◆◆
『桜花賞、ゲート入りが始まっていますが16番カラフルフルーツ漸くゲートに入りました。ゲートが開き各馬一斉にスタート、4番サクラヒヨリ、12番スプリングヒナノ好スタート、逃げ馬16番カラフルフルーツ今日は後方からのレースとなるか。
先頭にサクラヒヨリ、その半馬身後ろに12番スプリングヒナノ、3番カリスマルビーは更に半馬身後方、その更に1馬身後ろには1番ピスタチオラテ、更に・・・・・・
直線を過ぎまして各馬3コーナーへと向かいます。依然先頭はサクラヒヨリ、600m通過タイムは34.3、各馬あまり動き無く3コーナーから4コーナーへと向かいます。
ここで、先頭を走るサクラヒヨリが得意のロングスパートか! 4コーナーに入った所から速度を上げて1馬身、2馬身と後続を突き放します。ここで後方からいっきに上がってきた14番サイキハツラツが2番手に上がった!内につけ直線に入る!
直線に入った所で満を持して各馬に鞭が入る! 12番スプリングヒナノ、前と横を塞がれ伸びない! 外へ3番カリスマルビー、内からは14番サイキハツラツ、1番ピスタチオラテも上がってきた。
依然、先頭はサクラヒヨリ、残り200m、このまま先頭を維持できるか! 最後方から16番カラフルフルーツ5番手に、14番サイキハツラツ坂をものともせずサクラヒヨリに襲い掛かる。その外では1番ピスタチオラテ、外に出した12番スプリングヒナノ、これはキツイか、ここから届くのか!
先頭はサクラヒヨリだ、しかしサイキハツラツ残り半馬身! 残り半馬身が縮まらない! サクラヒヨリ更に伸びる! サクラヒヨリだ! 4番サクラヒヨリ再度伸びて1着でゴール! その首差に14番サイキハツラツ! 3着に1番ピスタチオラテ、1番人気スプリングヒナノは漸く4着、5着にカリスマルビー!
大荒れの嵐がここ阪神競馬場に吹き荒れました! 桜の女王には2番人気の4番サクラヒヨリ! 2着に8番人気のサイキハツラツ、3着は14番人気ピスタチオラテ! 昨年に続き今年の桜花賞も大荒れ、桜吹雪が吹き荒れています!
勝ったのは昨年桜花賞を勝利したミナミベレディーの全妹サクラヒヨリ! 2年連続姉妹での桜花賞勝利! 桜花賞を獲る為に生まれてきたのか! 恐るべき姉妹、恐るべき血統!』
「うっきゃ~~~~~!!!」
馬主席へのご招待を頂いていた北川ファミリー、ただ恵美子はいつもの様に一般の指定席にしておけば良かったかと後悔をしていた。相変わらずの馬主席の雰囲気に、初めは静かに借りてきた猫のような状態であった娘は、レースが始まると同時に猫に逃げられてしまったようだ。
「ちょっと、ここはいつもの一般席じゃないのよ」
周りの目を気にする恵美子に対し、桜花ちゃんはまさかの2年続けての桜花賞勝利に限界突破してしまったようだ。レース途中まではブツブツと拳を握りしめて呟いていただけだったのだが、最後の直線になると一気にヒートアップしてしまった。
そして、サクラヒヨリが先頭でゴールをした瞬間から、娘は興奮した猿になってしまった。
「桜花! いい加減にしなさい。これ以上騒いだら判るわね」
まさに地の底から響いて来るかのような声で桜花ちゃんへと最後通牒を突き付ける。すると、桜花ちゃんの熱狂は吹き荒れるブリザードの真っ只中へと放り込まれたかのように掻き消えた。
「あ、え、えっと・・・・・・ごめんなさい」
慌てて周りを見る桜花ちゃんに対し、馬主である桜川一家も思いっきり苦笑を浮かべている。
桜川家の2歳になる長女などは口をポカンと開けて桜花ちゃんを見ていたのだった。
「・・・・・・てへっ?」
周囲から集まる視線に耐えられず、桜花ちゃんはちょこんと自分の頭を叩きながら舌を出す。
しかし、母はこの段階で再教育の必要性を痛感していた。
「さすが生産者の御嬢さんですね。サクラヒヨリの勝利を此処まで喜んでいただけると、私達の喜びも更に強くなりますよ」
桜川はそう言って桜花ちゃんをフォローする。
ただ、その横に座る娘は、未だにドングリ眼で桜花ちゃんを見ているので、その騒ぎようが判ると言うものだろう。
「桜川さん、申し訳ありません。せっかくご招待いただいてこの様な大騒ぎをしてしまって」
「うぅ、すいませんでした。嬉しすぎて爆発しちゃいました」
「いえいえ、流石は桜花さんです。お呼びした御蔭でこの桜花賞に勝つことが出来ましたよ」
「そうですね、夫ではありませんが、お名前にあやかるつもりだったのですが、本当に勝てて嬉しいです」
桜川夫妻の言葉に、北川家の二人は恐縮仕切りである。
「お姉ちゃんの御蔭でお馬さん勝てたの? お姉ちゃんありがとう!」
「え? あ、えっと、どういたしまして?」
「これ、桜花!」
桜川家の長男が周りの言葉から素直に桜花ちゃんにお礼を言う。そのお礼に対し何と返して良いか判らず混乱した桜花ちゃんの返答に、周囲は再度笑いに包まれるのだった。
そして、周囲から祝福を受けながら一同は揃って表彰場へと向かう。桜花ちゃんは昨年に引き続き2度目の桜花賞の表彰に満面の笑みが零れる。そんな中、桜花賞のプレゼンターに細川美佳が現れて驚きの表情を浮かべた。
「え? 美佳さんがプレゼンターなんです?」
「勿論! 共同通信杯からサクラヒヨリは一推しだし、今日も勝ってくれると信じてた!」
勝ったのがサクラヒヨリじゃなかったらどうしたのだろうか? そんな思いが湧き出るコメントをする細川だったが、最近はそれこそ競馬アイドルなどと言われ始めている。併せて、今日は何と言っても若き牝馬の祭典、それ故に競馬協会から指名されたのだろう。
「もうじき主役が来るからもう少し待ってね。多分、香織ちゃんはテレビのインタビュー受けている頃だろうし、サクラヒヨリは綺麗にして貰ってるからね」
細川が言う様に鈴村騎手も、武藤調教師達も、そしてサクラヒヨリもまだ到着していなかった。
そして、すこしすると武藤調教師達に連れられ、首から桜花賞の優勝レイを掛けたサクラヒヨリが得意そうにやって来るのが判った。
「桜花賞かぁ・・・うれしいなぁ」
優勝レイに視線を注ぎ、改めて桜花賞の勝利を喜ぶ桜花ちゃんであったが、此方へ来るにつれて聞こえる馬の嘶き声に首を傾げる。
「・・・・・・武藤調教師は、何であんなの持ってるんだろう?」
桜花ちゃんのみならず周りにいる人達の視線が注がれるのは、武藤調教師が持つ馬の嘶きが再生されている携帯式の録音機だった。




