5:新馬戦当日です
札幌競馬場第5R 牝馬限定芝1200m 新馬戦 梅雨の時期にありながら珍しく好天に恵まれ、馬場は幸いにして良馬場。そんな中でのミナミベレディーのデビュー戦、出走馬は当初の予定から減って8頭。パドックを廻る各馬達の様子を見ると、どの馬も新馬戦とは言いながら余裕を持たせながらもしっかりと仕上げてきているのが判る。
「う~ん、晴れて良馬場なのは好条件だが、1200mはやっぱり短すぎたかな。コチノクイーンが出走を回避してくれたおかげで有力馬は不在だと思うのだが、それでも1800で行くべきだったかなあ、まあ今更なんだが」
ミナミベレディーの調教が非常に順調に進んだ故に早々のデビューを決めたのは良い。パドックで改めて見るにその馬体は他の馬と比べても一回り大きく、存在感を示してはいる。
「1番は馬体はいいよな、ただ長い首、張りのあるトモ、繋ぎの形状を含めどう見ても中長距離だろ? なんで芝1200mに出て来たんだ?」
「牝馬だからじゃないか?」
「いや、牝馬限定って言っても駄目だろ其れ」
自分の選択に対し、グサグサと胸に突き刺さる意見が聞こえてくる。
そんな私がパドック横にいる事に気が付いたベレディーは、私を見てフンフンと首を上げ下げする。
「何か掛かってるのか? まあ1番は無しだな」
「新馬は判らないぞ? そもそもゲート次第なところあるし、出遅れとかざらだからな」
パドックを見ていた男達が、ネットで馬券を買う動作をしている間に、私は小さくベレディーに手を振って馬主席へと向かった。
◆◆◆
「ベレディー、大南辺さんが応援に来てくれてたね。頑張るよ!」
パドックで騎乗し、先導馬の後をついてコースへと向かう中、鈴村はベレディーへと話しかける。
まだ2週間弱の付き合いではあるが、この牝馬が非常に賢く、人の言葉を聞き取っている事に気が付いていた。恐らくは言葉に籠る音の感じで判断しているのだろうが、まるで会話を理解している様に思える時もある。
「プヒヒン」(うん、いたよね)
返事を返してくるベレディーに思わず笑い声が零れる。その私にどうしたのかとベレディーの耳がピンと立ってピクピクしている。
初めてのレースでも落ち着いているね。これなら勝ち負けは行ける!
出走馬達は皆が首が太く短く短距離向けの馬体をしていた。牝馬限定とはいえ芝1200mという事に不安が無いかと言えば不安だらけである。ましてや、自分は今年に入って騎乗機会が激減し、勝ち鞍は0だった。今日は札幌9Rにも騎乗できるが12番人気の馬という事で厳しい。何としてもこの新馬戦は勝っておきたい。
ベレディーより私の方が緊張しているかもしれないね。
ただ、それを言葉にするとこの頭の良い子にも緊張が伝染しそうで口には出せない。
「さくっと走ってさくっと帰ってこようね」
「ブヒヒ~~ン」(うん、初めてだから楽しみ)
ベレディーのどことなく暢気な感じの返事に、私の緊張は溶けて行く様な気がした。
◆◆◆
ゲートの前でみんなと一緒にぐるぐると回っているのですが、これは何をしているのかな? 周りの雰囲気に感化されて段々と緊張してきちゃうじゃ無いですか。中にはすでに頭をブンブン振ってお口から泡を出している子もいます。
「プフフン」(大丈夫だよ)
初めての競馬場で気が立っているみたいなので声を掛けてあげたんですが、駄目ですね、こっちに威嚇までしてきます。そうこうしているうちに、ようやくゲートへと案内されるのですが、1枠1番の私は一番最初にゲートへ案内されちゃいました。
「ベレディー、落ち着いてね。みんなが入ったらすぐにゲートが開くから、そっからダッシュだからね」
騎乗の鈴村さんは、私の首をポンポン叩いて励ましてくれます。
私はと言うと少し離れたゲートに入ったお馬さんが、ガシャッガシャと煩いのでつい其方が気になっちゃってました。
「最後が入ったよ、開くよ」
こういう時、馬って視界が広いので横のゲートも見えるんです。それで、横目で係員の人がゲートを潜って離れて行くのを見て私もスタートの態勢に入ります。
ガシャン!
相変わらずの大きな音を立ててゲートが開きます。
でも、さすがに最近は慣れましたよ? で、当初言われていた通りに一気に前に加速します。結構良いスタートが出来たんじゃないかな?
横目で横を見ると、他のお馬さん達も走っているのが判りますね。少し離れた子は早々に鞭を入れられて前に出てくるのが見えます。ただ、私の横のお馬さんも私より加速力が上なのか、段々と私に追い付いてきています?
「うん、最高のスタートだよ。あとは後半600くらいで加速して、一気にスタミナ勝負に持ち込むよ」
えっと、600って半分ですよね? ただ、その半分が良く判らないのですが、指示待ちで良いですよね。ただ、あっという間にカーブがやって来たので外に膨らまないように意識しながら回っていきます。
横のお馬さんが邪魔ですね。何かぶつかりそうな気がして嫌です。そんな事を思っていたら、外側にいたお馬さんが思いっきり外に膨らんでくれました。
「ラッキー! これで楽になった!」
うん、これで加速して多少膨らんでも問題なさそうなのです。
「よし、行くよ!」
まだカーブの途中なのですが、横に余裕が出来たからかな? 肩を手でトントンと叩かれたので後ろ足に力を込めて加速します。
カーブが終わってそのままの勢いで直線に入ります。
この時、視界に入るお馬さんは一頭もいません。ただ、後ろでドドドという走る音が聞こえて来ます。
何か追われているみたいでこれはこれで怖いですね。
何か私は現在先頭にいるみたいですけど、鈴村さんはまだ手綱を持ったままグイグイとしてくるのです。確か他のお馬さんは加速力がすごいお馬さん達だったから? 聞かされてた事前情報が頭に過ったので、私は必死に加速します。
「あと少し、あと少しだから頑張って!」
結構頑張ってますよ! というか疲れてきましたよ!
鈴村さんの悲鳴のような声以上に、ドドドという音がより近くなって、ついに後ろから来るお馬さんの姿が視界に入って来ました。
馬は視野が広いのでしょうがないのですが、不味いです! このままだと負けちゃいます!
お肉は嫌~~~! そう叫びたいです。でも、叫ぶ余裕なんか無いですね!
次第に大きく視界に入って来るお馬さんを気にしながら、疲れなんてなんのそので必死に足を動かします。
前なんかより、横目に見えるお馬さんから必死に逃げていたら、突然に鈴村さんが手綱を緩めました。
「ヒヒン?」(どうしたの?)
手綱が緩んだため、一気に気が抜けてしまって横のお馬さんに抜かれちゃいましたけど、横のお馬さんも加速を止めてゆっくりとした歩きにかわりました。
「やった! 勝ったよ! 一着だよ!」
そう言いながら私の首をポンポンとしてくれる鈴村さん。あれ? ゴールしたのですか? あ、よく考えたら短距離走とかだとゴールテープとか無いですよね。
ただ、どうにか一着になれたみたい。じわじわと嬉しさが込み上げてきました。
ピョピョン! ピョピョン!
「プヒヒ~~~ン!」
「うわ! ちょ、ちょっと! ベレディー、嬉しいのは判ったから落ち着いて!」
嬉しさで思わずスキップしながら走ってたら、鈴村さんが慌ててしがみ付いてきました。
あぅ、ごめんなさい。落ちそうになった?
◆◆◆
『 今、ゲートに各馬納まりました。ゲートが開いて各馬一斉にスタート、ややバラバラのスタートになりました。1番ミナミベレディー、好スタートで先頭に立ちます。6番キミノタメニハシル、鞭が入って先頭を窺おうかという構え、2番ウインドセイバーそうはさせじと前に出ます。
あっと、ここで2番ウインドセイバー、コーナーを回り切れず外に大きく膨らんだ! 審議です、審議のランプが点灯しました。
各馬そのままコーナーを抜け直線に向かいます。先頭はミナミベレディー、そのまま粘れるか! 後続も追い上げてきます。4番プリンセスフラウ、じわじわと差を詰めて行きます。ミナミベレディー粘る! 粘る! そのまま粘り切ってミナミべレディー一着でゴール! 鞍上の鈴村騎手、なんと8か月ぶりの勝利を手にしました!』
大南辺はラジオからの実況を聞いていたイヤホンを外し、久々の自身の所有馬の勝利に思わずガッツポーズをしていた。途中どころか、最後のゴールする瞬間を見るまで、距離の不安、適性、あれで良かったのかなど色々な思いが過る中、久しぶりの新馬戦勝ち馬に次第に笑みが浮かぶ。
「大南辺さん、おめでとう」
「ありがとうございます」
幾人かの知り合いに声を掛けられながら、足早に馬主席を出て表彰場所へと向かう。
ミナミベレディーの次走をどうするか、そんな事を思いながら。
競馬場が判らない、お馬さんが判らない、馬主さんが判らない、調教師さんも判らない、何か歌になりそうな気がしてきたわ
ご指摘で調べていたら実在馬の名前がヒットしたので慌てて1頭のお馬さんの名前を変更しました。
レース実況書いてると、お馬さんが多数出て来るんでチェックモレしちゃいました><
ご指摘ありがとうございます。