56:金鯱賞 その後
『各馬ゲートイン、今スタートしました。綺麗に揃ったスタート、7番ブラックスパロウ、12番オーガブラザー揃って先頭に立ちます。その後ろには3番ミナミベレディー、その半馬身後ろに1番コニシルンバ、その後ろに16番ウインドセイバー・・・・・・
各馬落ち着いて1コーナーへと入ります。先頭は変わらず7番ブラックスパロウ、その半馬身後ろに12番オーガブラザー、各馬比較的詰まった状況、先頭から最後尾まで7馬身から8馬身という所。
1000m通過タイムは63.0 これはスローペースだ! 先行馬が有利と言われる金鯱賞でこのスローペースで良いのか!
スローペースに危機感を覚えたのか、後方から16番ミルコプリンスが上がっていく。それに合わせて1番コニシルンバも外へと馬を持ち出した。
3番ミナミベレディーがそのまま囲まれた。これは作戦か、これは大丈夫か!
スローペースのまま馬群一固まりのまま3コーナーから4コーナーへ、ようやくここで各馬スピードが上がっていく。依然先頭はブラックスパロウ、その後ろにオーガブラザー、各馬競うように直線へ向かいます。
最後の直線7番ブラックスパロウが先頭で坂を駆け上がる! そのすぐ外をオーガブラザー! ここで内側を抜けてミナミベレディーが上がって来る! 更に後方からはトカチマジックが来た! 更に外には6番ヒガシノルーンも上がって来る!
しかし先頭は依然ブラックスパロウが粘る、オーガブラザーはやや遅れたか。ミナミベレディー脚色が良くない、伸びてこない!
ここで大外から11番トカチマジックが駆け上がって来る! ヒガシノルーン、ミナミベレディーを一気に交わし3番手に上がった! そのままの勢いで前2頭に襲い掛かる! トカチマジックだ! トカチマジックが半馬身突き抜けた!
並み居る強豪を押しのけて11番トカチマジック1着でゴール! 2着には7番ブラックスパロウ、3着には12番オーガブラザー!』
モニターに見入っていた大南辺は、レースが終わって一つ大きく溜息を吐く。
「珍しくほぼ有力馬が上位を占めた人気順の結果になったな」
金鯱賞は荒れる時は荒れると言われている。ただ、今年は好天に恵まれ高速馬場でのスタミナ勝負かと言われていた中、終始スローペースでレースは展開し、結局の所はGⅠ実績のある牡馬が上位3着までを占めた。ただ、4着に牝馬であるミナミベレディーが入った事は、今後において大南辺に手応えを感じさせていた。
「貴方、十勝川さんにお祝いを言いに行かないと」
レースの結果そっちのけ、夫の所有馬が負けた事などまったく気にした様子も無く、レース終了時からキョロキョロと十勝川を探す妻に思わず溜息が出る。
「少しはミナミベレディーが負けた事を残念に思ってくれんか」
「あら、ごめんなさい?」
申し訳ないという思いの欠片も感じられぬ妻は、十勝川を見つけそちらへと足早に向かっていった。
その妻を追いかけるように大南辺も向かうのだった。
◆◆◆
馬見調教師は、レースをモニターで見ながら思わず唸り声を上げた。
ベレディーは明らかに周囲を囲まれ、得意とするロングスパートをする事が出来ない。そして、そのままズルズルと直線に入り、善戦するも4着に終わる。
「これは、警戒されたな。ここに来て洗礼を受けたか」
「最初からベレディーを囲う気でいましたかね? まあどちらにしろ思いっきりベレディーの長所を封じられました」
これまで周りの評価がそれ程高くなかったが故に、ベレディーへのマークは厳しく無かった。
それがここに来て一気に厳しくなった。恐らくは先日のサクラヒヨリによる共同通信杯勝利も関係してくるのだろう。
「共同通信杯で勝ったことがよりインパクトになったか。要はサクラハキレイ産駒のロングスパートは警戒され今後は騎乗が難しくなるな。今までの様にすんなりと前に行けるかどうか、より枠順が絡んできそうだ」
「今までの様に血統とか、馬体などでは無く、既に達成している実績で判断するようになったというところでしょうか。まあ、ある意味サクラハキレイの血統を警戒してとも言えますが」
「もう少し油断していてほしかったがなぁ。そこまで圧倒出来るほどではないんだが」
「否定はしませんが、今回4着ならよしでしょう」
馬見調教師と蠣崎は再度モニターを見る。
「そうだな牝馬で4着は評価されるな。道中あれだけ不利を受けての4着だ」
「そうですね。まあ鈴村騎手とベレディーを出迎えに行きましょう」
二人は揃ってベレディーのいる検量室の方へと向かうのだった。
◆◆◆
鈴村騎手が検量室から出て来る。そして、馬見調教師達がいる事に気が付き、頭を下げる。
「申し訳ありません。外に出せずベレディーの長所を生かせませんでした」
その表情に思いっきり悔しさを滲ませる鈴村騎手。
「そうだな、ベレディーは思いっきり警戒されていたようだ。ただ、今後も恐らくこういうレースが増えてくるだろう。それは何もベレディーだけではなく、サクラヒヨリに関してもだぞ」
「はい」
鈴村騎手も今日の騎乗がベレディーのロングスパート封じである事と思っていた。ただ、今日のレースは逃げ馬が不在であったという点も大きいと思っている。
「天皇賞でも特にスローペースになりやすいが、何か考えないと馬群に沈みかねないか」
長距離でのハイペースなレースはあまり見られない。なぜなら、馬にかかる負担が大きい。
ただ、そうなると枠順によっては今日の様に馬群に沈む事は大いに考えられた。
「ちなみに、ベレディーの様子はどうですか?」
レース毎に疲労の度合いが大きいベレディーである。その為、蠣崎は今日のレースで蓄積された疲労が気になっていた。
「ロングスパートが出来なかった為ですが、幸いにして大きく疲労した様子は見られません。多分ですが1週間、長くても2週間かからずに調教復帰できると思います」
「4歳になって馬体も完成してきたという事だろう。まあ今までのレースでは疲労が大きくなるレースが多かったからな」
「そうですね」
今後は今までの様にレース毎に体調を崩すと次のレース予定が立て辛い。勝つためのレース計画が非常にシビアになって来る。もっともベレディーは特に体が弱い訳では無く、回復は比較的早いし故障と言ってもコズミが殆どだ。そう考えれば逆に丈夫なのだろうとも思う。
「まあ天皇賞春は何と言っても芝3200mだ、今までと展開も何もかもが変わるから期待しよう」
「頼み込んで桜花ちゃんを呼びますか? 桜花ちゃんがいると勝率上がる気がします」
笑いながらそんな事を言う蠣崎を見て、馬見調教師は苦笑交じりに告げた。
「そういえば、サクラヒヨリは桜花賞出走を決めたそうだ。併せて、ゲン担ぎに桜花ちゃんをご招待するらしいぞ? 発想がお前と一緒だな」
そう馬見調教師が笑っていると、大南辺がやって来るのが見えた。
◆◆◆
「ブヒヒヒン」(う~負けちゃったよ)
私はレースが終わってきれいに洗って貰いました。でも、気分はしょぼんとしていました。
別に勝てると思っていた訳では無いのですが、何となく此処までやって負けたなら仕方が無いよね? と思えるほどに頑張ったと言う手応えが無いので、より一層落ち込んじゃいます。
「ベレディー、ごめんね。もっと騎乗が上手くなるように頑張るね」
私を迎えに来た鈴村さんも、何か思いっきり落ち込んでるのが判りました。レース前に考えていた走りが全然出来ませんでしたからね。
「ブフフフン」(次はがんばる!)
私がそんな思いを込めて嘶きます。そして、頭を鈴村さんにスリスリしていると、調教師のおじさん達がやってきました。
「鈴村騎手、おつかれさまでした」
「いえ、不甲斐ない騎乗で申し訳ありませんでした」
鈴村さんはそうお返事をしています。でもね、周りを囲まれちゃって仕方が無かったのよ?
最後頑張ったけど、全然前のお馬さんに追い付けませんでした。でも、昔のように離されたりとかはなかったもんね。
そんな事を私が思った時、最後の直線で思いっきり私を追い抜いて勝っちゃったお馬さんの姿が浮かびました。
「ブヒン!」(悔しい!)
突然の私の嘶きに、鈴村さん達が驚きます。ただ、私は悔しさが込み上げて来て頭をブンブンと上下に振って気分を落ち着けようとしました。
「ベレディー、落ち着いて、大丈夫だからね。怖い事とか無いからね」
鈴村さんが私の首をトントン叩いてくれます。
調教師のおじさんと厩務員さんは私に何かあったのかと、慌てて脚から蹄から念入りに確認し始めちゃいました。突然嘶いてしまって悪い事をしちゃいました。
「ふぅ、どこも悪い所は見当たりませんが、もしかすると他の馬の話をしたので焼き餅を焼いたのかもしれませんね」
「怪我が無くて一安心だ。見た所は異常も無いし疲れも以前程には感じられないな」
「今日はそこまで追い込んだレースが出来ていませんから」
調教師のおじさんに鈴村さんがそう答えます。
「ブフフフン」(ごめんなさい)
私はしょぼんとして謝ります。
「ベレディーは悪くないんだよ。私が油断してたのがいけないの。何時もみたいにレースが出来ると思ってたから。こんなに警戒されているなんて思わなかったから」
「そうだな、私も驚いた。思いっきりベレディー対策されていた。もっとも、あのスローペースはベレディーを警戒してただけではないと思うがね」
「トカチマジックの末脚はすごかったですね。先行馬達も体力を残していたというのにあの威力ですから」
「ただ、天皇賞春には出てこないだろうから、そこは安心しておこうか」
ん? 天皇賞に出て来ないで安心してって、私は天皇賞に次は出るのかな? 今年も桜花賞でも良いのよ? あ、でもヒヨリが出るなら姉妹で競い合っちゃうから駄目ね。
そんな事を私は思っていたのでした。




